10話「ナースウォッチ」
「懐中時計って可愛くない?」
「……生まれてこの方、時計に対して可愛いなんて感情を抱いたことないわ」
「えー? わたしはアレクサンドーラの時計とか可愛いって思うけどな」
「んー。まぁ私がファッションに疎いってのもあるんでしょうけど、基本的には時計には利便性しか求めてないわね。でも七芽が言ってるのは腕時計でしょ? それに対して……」
「んだよ。女子力勝負すっか? お?」
懐中時計か。
利便性なら腕時計の方が上だし、そもそも最近じゃスマホもあるし。
わたしは桜花ちゃんとは反対でファッションとして付けるくらいだなぁ。
「いいと思うけどなぁ。懐中時計。丸いし」
「え? そんな理由?」
大体の時計って丸いんじゃあ……。
「いや、この前さ。あたし風邪引いたじゃん?」
「あぁ。公園で子どもたちと《消防士ごっこ》とか言って水掛け合ったあとのやつね」
「あいつら容赦ねーんだよ。年上だぞ? 女子だぞ? 手加減してくれてもいいじゃんな。……それで病院に行ったんだけどそんときに看護師さんが懐中時計持ってたんだよ。それが可愛くてさ」
「あ、それってアレでしょ? ピンか何かで胸に留めてるやつ」
「そうそう! ……お? じゃああれってそんな珍しいもんじゃねーの? それともあたしとななめーるが同じ看護師さん見たとか?」
「……へぇ。それってナースウォッチって言うんだって」
桜花ちゃんがスマホを見せてくる。いつの間にか検索していたらしい。
「お、ほんとだ。……にしてもナースウォッチて。そのまんまじゃねーか」
「まぁ簡単に言うと腕に付けてると邪魔になるからみたいね。人の命を扱う仕事だし『腕時計に引っかかって点滴失敗しました』じゃ洒落にならないでしょ」
「あー。ななめーるは絶対看護師無理だな」
「なんで!」
「ん? 心当たりないとでも? ん?」
「そんなに……失敗は、してな、い……よね?」
「…………」
「なんで何も言わずに笑ってるの? あれ? 桜花ちゃん?」
確かに他の人よりは少し、ほんの少しだけ失敗することが多い気もするけど。
でもそれだってちょっとしたことが原因だから失敗の内には入らないというか……。
「そ、それなら絵空ちゃんだって看護師無理でしょ?」
「あぁ、無理だな。そもそもなりたいとも思わねーし」
意外とあっさり認めた。なんかちょっと肩透かし。
そうなると……。
「…………」
「…………」
「ん? なにかしら?」
桜花ちゃんが看護師かぁ。
頭も良くて手先も器用で。なんでもテキパキこなすし出来ると思うけど……。
「……一番ねーわ」
「……そだね」
「あら? それなりにこなす自信はあるわよ?」
「おーかおーか」
絵空ちゃんが桜花ちゃんの肩にぽん、と手を置く。
「看護師って人を癒す仕事なんだぜ?」
「……どういう意味よ」
絵空ちゃんと一緒にわたしも睨まれたけど今度はわたしがただ笑ってごまかすだけだった。