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「うわあああああああ!!!」
ああ、またか。
「食べ散らかしてる! うわあああ! 待て! それ以上踏み荒さないでくれ!」
毎朝、お疲れ、兄貴。
「子犬の食糞は諸説あるが、確たる原因は解明されておらず、故に特効薬はない。不治の病か……」
「病気じゃないし! まだ小さいんだから仕方ないんだよ!」
「そうだね。まだ生後2ヶ月半。大人になるまで半年はかかるだろうから、頑張って面倒みろよ、兄貴」
「……!」
掌におさまるかという程の黒い毛並みのロングコートチワワを胸に抱き、軽く絶望感漂ってる……三十路も近い大男。喜劇だ。
「まったく。早いとこ片付けて支度しろよ。朝飯、トーストでいいよな?」
「ああ。あ、すまん、昭彦ちょっとセキ持ってて」
台所へ向かおうとした俺に、チワワを差し出してくる。はあ……やっぱり今日もか。
生体用除菌消臭スプレーを染み込ませたテイッシュで、あれの付着した手足を拭いてやる。暴れるので、2人がかりだ。
「口の中も拭けよ。その液、飲んでも平気なんだろ?」
あれが接触した舌でベロベロされる身になってくれ。
「お、そうだな。昭彦は母さん譲りの甘いマスクの人気シェフだから、衛生面には気をつけないとな。それなのに、昼間預けっぱなしで、本当すまん」
「いや、シェフって言うなよ。喫茶店のマスターだろ。そろそろちゃんと覚えろ」
人気って何だ?
「え? でも親父は自分のことシェフって言ってたし……」
「俺は珈琲しか出さないから。料理できるみたいに呼ぶな」
「ええ? 昭彦、飯やめたん?」
はじめから、やってないし。
「兄貴、くだらないこと言ってないで、手動かせ。仕事遅れるぞ」
「お、おう!」
兄貴がケージ内のあれが撒き散らされたトイレを取り出したので、セキをケージに戻す。
セキがうちに来て3日。毎朝、とにかく騒々しい。
全部、安易に生き物を連れて帰ってくる馬鹿兄貴のせいだ!
そして、足音も荒く、廊下の古木をギシギシいわせて、往復する俺。
「兄貴、セキのフードふやかしといたから、やっとけよ!」