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短編ホラー説話集

本当は怖い心理テスト

作者: 真波馨

「本ちゃん、ちょっと心理テストに付き合ってよ」

 陶子とうこの不意の一言に、私、本田梨香子ほんだりかこはノートの上でペンを持ち忙しなく動かしていた手を止めた。顔を上げると、真っ赤なスマートフォンを片手に、にやにや笑いを浮かべる友人の姿がある。

「は? 何よいきなり、心理テストって」

「今度はね、ふふ――とりあえず試してみてよ」

「わー、出た。陶子ってさ、本当に好きだよね、そういうの」

「いいから、いいから。面白いんだって」

「さっきからスマホをいじってばかりだったのは、それを検索していたからなのね」

「いいじゃない。どうせ本ちゃんだって、また小説のネタを考えていただけでしょ」

「こら。どうせとは何よ、どうせとは」

「ぱっと気分転換ってことでさ。ね?」

 スマートフォンを軽く振りながら、殊更に明るい声を上げる彼女、浅田陶子あさだとうこの言葉に、私は盛大な溜息を返す。だが彼女の誘いを拒否しなかったのは、次の作品のネタが浮かばず悪戦苦闘していたことが、まぎれもない事実だったからである。私が「小説家になりましょう」というインターネット上のサイトで定期的に作品を掲載していることを知っている彼女は、私が常にネタ探しに模索していることを承知済みであった。

「新しい発想が、この心理テストから浮かんでくるかもよ」

 断じてそのようなことはない、と言い切ることもできず、私はしぶしぶ彼女の余興に付き合うことにした。

「あー、じゃあまずはこれからだね。この手のテストでは定番中の定番――母親と父親、そして一人の娘という家族がいました。ある日、父親が交通事故で亡くなってしまいます。父親の葬式で、母親はとても魅力的な男性に出会い、彼に一目ぼれしてしまいました。その男性は、父親の会社の社員だそうです。数日後、母親は娘を殺してしまいました。何故でしょう?」

「何それ。どう考えてもおかしな人じゃない」

「確かにそうなんだけどさ。いいから、考えてみてよ」

「はあ――うーん、その娘が急に邪魔に思えたからとか?」

「だよねえ。普通に考えたらそうだよね」

「今さらだけど、それ何の心理テストなのよ」

「実はね――いや、これは後から言おうかな」

「良からぬ気配がする」

「うーん、そんなこともないよ――じゃあ解答ね。普通の人は、本ちゃんの言うように〝娘が邪魔になったから″って答えるみたい。で、普通じゃない人の解答は〝娘の葬式で、また例のヒ一目ぼれした男性に出会うことができると考えたから〟だそうよ」

「物騒な答えね。というか、普通じゃない人って何よ? 一体何の心理テストなのよ」

「では、次の問題!」

「スルーするな」

 怪談や都市伝説などといった奇妙なジャンルに造詣のある彼女のことなのだから、きっとその手の心理テストなのだろうと予想して私は、だから「まあ、いつものことか」という軽い気持ちで、その後も彼女の気の済むまで心理テスト大会に付き合い続けた。

「――ああ、だいたいこんな感じかな」

「なかなか当てはまらなかったわね、私」

「多分、本ちゃんには素質がないんだろうね」

 呑気な声を上げる友人に、「何の素質なんだか」と呆れをふんだんに含めた声で返す私。

「ところで、結局何を判断する心理テストだったのよ。いい加減教えなさいよ、もう終わったんだから」

 何気なく首を横に向けた私は「わ、もうあんなに真っ暗」と思わず呟いた。腕時計に目をやると、大学の自習室に籠り始めてから既に四時間以上が経過していた。窓の外は、既に夜闇に包まれている。少し離れた先で、街の灯りがちらちらと瞬いていた。

「梨香子さあ、〝サイコパス″って言葉、知ってる?」

 にわかに立ち上がった彼女は、何故だか異様にふらふらとした足取りで、自習室の出入り口ドアに向かっていく。私は首を傾げ、「サイコパス?」とおうむ返しに言った。

「いわゆる〝精神病質″に当たる人々の総称なの。普通の人とは違った考えを持っていて、凶悪な犯罪に手を染めたり、平気で人を殺したりする。特徴としては、良心の異常な欠如、日常的に平気で嘘をつく、罪悪感がない、自尊心が過大で自己中心的。でも口が達者で、表面上は魅力的な人間に見えるときもある」

 ルシファーよ、と、彼女は呟く。彼女の言葉にいま一つ追いつくことができない私は「え?」と聞きかえす。

「人という地位から堕ちた存在。悪魔の象徴。まるで、堕天使に成り下がったルシファーのようだと思わない?」

 ははは、と、何がおかしいのか唐突に笑い出す彼女に、私は言い知れぬ不安が体の中で渦を巻き始めているように感じた。今の友人は、何かが違う。彼女が私のことを「梨香子」と名前で読んだことは、今の今まで一度たりともなかった。

 本来なら、梨香子の大学は八時を回ると警備員が一度巡回に訪れる。自習室の時計は、既に八時三十分を回っていた。何かが、おかしい。いつもと、違う。

「陶子、もう遅いし、そろそろ帰ろうか。ね?」

 荷物も片づけないと、と椅子から立ち上がった私は、がちゃり、というやたら大きな音を耳にした。音のした方に顔を向けると、ドアの前で私に背を向け俯く友人の姿が見えた。

「だからさ、私、ほっとしたよ。梨香子がこのサイコパス診断のテストにほとんど当てはまってなくて」

 いつもよりも数段低いトーンの声で呟く彼女は、ゆっくりと私に顔を向けた。それは、私がいつも見ている友人の顔と、何故だかまったく異なっているようで――。

「――じ、冗談じゃないの。陶子、そういう変なジャンルが好きだし、今回だって、どうせその類の心理テストをたまたま見つけただけでしょ?」

「夜も、もう随分暗くなってきたね。警備員さんも、もしかしてもう帰ったのかな? 人のいる気配ないしさ」

 薄気味悪いほどの笑みを浮かべた友人は、ドアから体を離し一歩私の方へと近づいてくる。一歩、また一歩。彼女の影から見えたドアに鍵がかかっていることに、そのとき私は初めて気が付いた。

 文章にするならば、「言い知れぬ恐怖が、一歩、また一歩と、私に近づいてくる」とでもいうところだろうか。そんな場違いな考えが、瞬時頭の中に浮かぶ。

「でも、いつ誰かが来るかわからないから、早く終わらせないとね――ああ、そう言えば」

 ショートパンツのポケットから何かを取り出す友人。一瞬体が強張るが、彼女の手に握られていたのは、四つ折りにされた一枚の紙きれだった。それを、丁寧にゆっくりと広げていく。その動作一つ一つの時間が、異様に長く感じられた。逃げ出したい気持ちはあるのに、何故だか体が言うことをきいてくれない。

「うちでさ、私も試してみたんだよね。この診断。そうしたらさ、ほら見てよ。これが私の結果」

 紙切れが彼女の手元を離れ、私の足元にひらりと落ちる。見たくないもの見たさ、とはこういうことなのか、意思とは無関係に私の手がその紙に伸びる。拾い上げ、そっと広げたそこに書かれていた結果を見て、私は――。




――本当は怖いサイコパス診断。あなたは大丈夫ですか。あなたの隣にいる人は、本当に大丈夫でしょうか。

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[気になる点] 「普通じゃない人って誰よ?」とあるが、 はじめに「サイコパス診断をする」と言ってあるのだから 分かっているのでは?
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