キリク
小柄な男はキリクと名乗った。
麻衣はキリクから地味な色の羽織りを借りると、それを制服の上に着て、男に言われるまま歩き出す。
道はいつ誰が通るか分からないから、道沿いの木々の間を通った。
「キリクさん、あの私まだあんまり理解出来てなくて・・・。ここは日本じゃないんですか?」
でも、キリクは日本語を話している。
矛盾しているが、異世界なんて話より日本語の出来る外国人の方が信憑性もあるというものだ。
「オレには、その"日本”ってとこがどんな場所なのかさっぱり分からないけど、ここは魔族と人間の住む世界だ。麻衣ちゃんの世界に魔族はいたかい?」
そんなのいるわけがない。
中にはいると考える人もいるだろうけど、少なくとも麻衣は出会ったことはなかった。
「・・・・・・じゃあ、ホントにここは地球じゃないってこと?」
口にしてみて、麻衣は急に不安になってきた。
言葉は通じるし、たまたま出会ったキリクはいい人みたいだ。
けど、ここにはパパもママも誰もいない。
「帰る方法とかないんですか?」
震えだした手をキュッと握って、麻衣は再び質問した。
「悪いけど、あっちから来ることはあっても行くことは出来ないって、オレは聞いてるよ」
キリクは本当に気の毒そうな顔をして、麻衣から目をそらす。
これが演技なら、大賞ものだ。
「あの、じゃあ・・・・・・私は殺されるんですよね?」
それはさっきキリクが言ったことだ。
鴉に消されると。
「なんで、殺されなきゃいけないんですか?私何もしてないのに」
麻衣は実際川に突き落とされてここへ来た。
自分に向けられる殺意がどれほど恐ろしいかよく分かっているのだ。
もう、あんな思いは二度としたくない。
「ここに来たことが罪らしいね。この世界に流されてきた人は全員殺さなきゃいけない。それが決まりなんだ。でも、誰も人殺しなんかしたくないから、それを鴉が請け負ってくれているんだ」
「鴉ってなんですか?今まで来た人の中で生き残った人はいないんですか?私はいつ殺されるんですか?」
麻衣は質問しながら、ボロボロと涙を溢れさせた。
怖い、怖い怖い怖い!
助けてと叫びたいが叫べない。
ガタガタとまだ見てもいない殺人者に怯えて震え出す。
「まあまあ落ち着いて。まずは風呂に入るといいよ。それから、温かいものでも飲んで。まだ時間はあるから、ゆっくり話そうか」
そんなことより早く質問に答えて!
麻衣はそう言おうとして、目の前に民家があることに気づいた。
木造のお世辞にも立派な家とは呼べない、小さい小屋だ。
その少し離れた場所には同じような小屋がたくさん並んでいた。
ここが村なのだろう。
森の中にひっそりと隠れるようにある小さな村。
キリクは麻衣を家の中へ招待すると、風呂に入るよう勧めた。
家の中はほぼワンルーム。
キッチンが入ってすぐ横にあって、ベッドが右奥。中央には手作りらしい、テーブルと椅子。
暖かそうな暖炉があって、とても落ち着く空間だった。
麻衣はそこで初めて酷く疲れていることに気がついた。
とりあえず早く温まって、着替えて寝たい。
質問はその後でいい。
麻衣はキリクに勧められるまま、風呂に入り着替えとして置かれていた甚平に袖を通し、倒れ込むようにベッドに横になった。
知らない男の家とか、そんな警戒心はこの時一切なかった。
だから安心して、熟睡したのだ。
キリクがその結果床で寝るとかも、考えないで。
不安や恐怖は疲れと眠気で忘れることができた。