第92話
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「じゃあ、戻るか。」
そういって、入って来た渓谷の隙間へと歩き出す。
「な・・・なんかいますよ。」
源五郎が、恐ろしいものでも見たかのように、震えながらその先を指さす。
少し狭まった渓谷部分が、真っ黒い塊で占拠されていた。
ウニウニとうごめくそれは、先ほど見た黒い虫状の生き物のようだ。
そいつが、壁面にびっしりといや、何重にも積み重なっているようで、ただでも狭い渓谷の間隔が、更に狭くなってしまっている。
一体どうしたと言うのだ・・・、先ほどまでは俺たちの姿を見ただけで、ビビッて逃げ回っていたというのに。
今度は、近づいて行っても逃げるどころか、更に集まってきている様子だ。
ありゃりゃ、いきはよいよい・・・じゃないけど、素直には帰してくれないのだろうか。
「くえーっ、くえーっくえっ!」
『ズザザザッ』突然極楽鳥が、大きく鳴くと、黒い虫のような生き物たちが、渓谷の先へと引っ込んで行った。
あれ?どうしたのかな?
「ぐるぐるぐるるる・・・・」
驚いて振り返ると、極楽鳥が巣の上で立ち上がっていた。
見るとその足元にも動く影が・・・、それは小さなヒヨコの様だった。
真っ白なヒヨコが、大きな殻を破ってまさに誕生しようとしていた。
1羽、また1羽と、次々に殻を破って飛び出してくる。
「あらー・・・、かわいいわね・・・。」
レイが思わず、極楽鳥の巣へと駆け寄ろうとする。
「駄目だレイ、近づいちゃいけない。
奴が緊張するだろ、そのストレスで、子供をどうにかしてしまうかも知れない。
俺達は、このままおとなしく、立ち去ろう。」
俺はレイを引き留め、来た道を戻って行く。
「ええっ・・・、残念ねえ・・・。」
レイは悔しそうに唇をかんだが、やがて納得したように俺の後ろに付いて歩き始めた。
「ぐるぐるるるる・・・くえっくえっ」
あの黒い虫たちが、無事に帰してくれればいいがと、考えながら歩いて行くと、狭くなった通路では黒い虫たちが、やはり右往左往していた。
特に、極楽鳥が鳴くたびに声に驚くのか、一瞬動きが止まって、わさわさと当てもなく逃げ惑っているように感じられる。
先ほどは殺気立っていたというか、俺達の姿を見ても引こうとしなかったように感じたのだが、錯覚だったのだろうか。
何にしても、無事に渓谷を後にして、竹林に舞い戻って来た。
渓谷を通っている間中、極楽鳥の鳴き声が聞こえていたように感じる。
そのまままっすぐ歩いて行くと、1時間ほどして青竜の里へ戻ってきた。
「まあまあ・・・、よくぞご無事で・・・、雨つゆ草は手に入れられたのですか?」
トシミさんが里の入口で、笑顔で出迎えてくれた。
「はっ・・・はい・・・。
あっ雨つゆ草ですが・・・、こっこんなものがくっついていたようです。」
どうにも、彼女と目を合わせにくい・・・、顔を見るたびに、彼女の裸体が脳裏に浮かんでしまうのだ。
俺はなるべく彼女から目をそらすようにして、栄養ドリンクがついた根ごとトシミさんに手渡した。
彼女の依頼は雨つゆ草だったのだから、葉の部分だけ渡してドリンクはもらっておいてもよかったのだが、やはり一つの植物(?)としてできているのであれば、依頼を受けたものとしてすべてお渡しするのが筋だろう。
まあ、お礼として、各人に1本ずつくらいは栄養ドリンクをくれないかなという期待は十分に持っているのだが。
「まあ・・・、ありがとうございます。
この、根の部分についているのは、体力を全回復させるドリンクです。
よかったです、このまま持ってきていただいて・・・、この根からドリンク部分を取り外すのは、特殊な手法でおこなわなければ、蓋が外れて中身がこぼれてしまうのです。
我が一族は、この根の採取に長けておりますから、安心してお待ちください。
きれいに取り外した物を、お渡しいたします。
立ち話もなんですから、家へ戻りましょう。」
トシミさんはそう言って、雨つゆ草をドリンク剤ごとナガレさんに手渡し、彼女はそれを抱えて家の中へ入って行った。
我々は、トシミさんと共に、彼女の家へ向かう。
おやおやそうだったのか・・・、栄養ドリンクというのは正解だったが、根から外すのは簡単ではなかったようだ。
外してきてくれると言う事だったが、全部頂けるのだろうか?
もしかすると、これが清き者のみ入れという意味だったのかも知れない。
よこしまな考えを持って、雨つゆ草だけ渡せばいいと、ドリンク剤を外そうとすると、中身が出てしまって使えなくなってしまう。
正直に、くっついていたとすべて手渡せば、綺麗に外して渡してくれるのだ。
清い考えを持って臨めと言う、ヒントだったのかも知れないな。
「それはそうと・・・、ご無事で戻られたという事は・・・、極楽鳥は業火で焼き尽くしたと言う事のようですね。
今回は、卵を孵すことも出来なかったというわけですか・・・、残念です。」
トシミさんが、突然おかしなことを言い始めた。
「えっ・・、だって・・・、なるべく生かしておいてくれと、トシミさんはおっしゃったではないですか。
ですから、殺さぬよう、結構大変な苦労をしました。
結局は、攻撃して傷つけてしまいましたが、薬草や魔法で治療して、その後弁当を食べさせましたから、元気になったようです。
それと、雨つゆ草を採取出来たタイミングで、雛は孵りましたよ。
かわいい白色のヒヨコのようでした。」
俺には、トシミさんの言っている言葉の意図が飲み込めず、恐らく顔が引きつっていることだろう。
「ええっ・・、でっでも・・・、あの黒点々が・・・、あれは雨つゆ草の根のドリンク剤が大好物の虫たちですから、雨つゆ草を抱えていると、一斉に襲いかかって来たでしょう?
普段は我々のような里の者ですら恐れて逃げ惑う、臆病な生き物なのですが、ドリンク剤目当ての時は豹変すると聞いています。
元々吸血の能力を持った虫たちですから、襲われた生き物は全ての水分を吸い出されて、干からびて死んでしまうと伝え聞いております。」
トシミさんは至極真面目な口調で告げる。
「そ・・・そんな恐ろしい生き物とは・・・、弱々しく逃げ惑う虫たちだとばかり思っていました。
そう言えば、渓谷が狭くなる手前までは、雷蝙蝠たちが大量に居たのですが、その奥にはそう言った魔物たちは一匹も見かけませんでした。
あれは、その黒点々とかいう虫を恐れていたという事ですか?
そんな危険な生き物でしたら、どうして警告してくださらなかったのです?」
俺は、どうしてトシミさんが、あの虫の事を話してくれなかったのか、悔しくて仕方がなかった。
もしかすると、昨夜の誘いを断ったせいなのだろうか・・・。
「いえ・・・、だからこそ、極楽鳥を強烈な炎で焼き殺すようにお願いしたのです。
極楽鳥は業火で燃え尽きると、その灰の中から不死鳥として復活するのです。
その時に、黒点々たちを全て焼き尽くしながら、天へ昇って行くと伝えられております。
あなたたちが、その業火を作ることができる力があるかどうか、分らなかったものですから、無理強いしても仕方がありません、殺す時には一気に強烈な火炎でと、申し上げた次第であります。」
トシミさんはそう言って目を伏せる。
ありゃりゃ・・・、そうだったのか・・・、俺達の実力を推し量っていたという訳ね。
強烈な火炎を作り出す力がなければ、極楽鳥には勝てないと・・・、更にドリンク剤目当ての黒点々とやらにも。
恐らく、レイが最上級の炎系の魔法を繰り出せば、極楽鳥を焼き殺すことは出来たのだろう。
そうしなかったものだから・・・、黒点々というのか、あの虫のような生き物は・・・、吸血?体中の水分を吸い尽くされて、干からびてしまうって?何という恐ろしい生き物なんだ。
しかし、どうして俺たちはそんな恐ろしい生き物に、襲われずに無事帰ってこられたんだ?
好物のドリンク剤を目の前にして、それを只見逃すとは・・・、やはり、あの時極楽鳥が鳴いたことに関係しているのだろうか。
奴が、俺達をそのまま生かして帰すよう命令したのだろうか。
黒点々は、雨つゆ草の根にできるドリンク剤が大好物だったが、極楽鳥の居る巣には近づこうとはしていなかった。
その前で、じっとすきを窺っていると言った感じだった。
あれは、誰かが雨つゆ草を手に入れて戻ってくるのを、待ち望んでいたのだろう。
つまり、黒点々は極楽鳥が苦手であり、火の鳥になった極楽鳥に焼き尽くされてしまうと言う言い伝え通り、極楽鳥には勝てないのだ。
その極楽鳥が、なぜか見逃してやるように指示してくれたのではないのか。
うーん、良くは判らんが、ラッキーだったと言うことだ。
「祭壇の準備が整いました。」
そんな事を考えていたら、ナガレさんがトシミさんを呼びにやって来た。
そうだ、青竜を祭る儀式というものが執り行われるのだろう。
「皆様方も、よろしかったらご参加ください。」
トシミさんに誘われて、最前列で儀式に参加する。
末席を願ったのだが、青竜様への供物である雨つゆ草を採ってきた最大の功労者として、場所を割り当てられてしまったのだ。
厳粛な儀式が行われた後は、どこも一緒だろうが、盛大な酒宴が始まる。
この里は女性ばかりで、しかも粒ぞろいの美女ばかりだから、まさに酒池肉林・・・、とはいかないが、最高に楽しい夜になった。
「ふあ?」
ズキズキする頭を抱えながら、周りを見回すと、すでに日は高く昇っているのか、外はざわめいていた。
「おはようございます、レイさんたちは既に荷物をまとめて、朝食にやってきましたよ。」
俺の寝ているベッドわきで荷物をまとめている源五郎が、さわやかな笑顔を見せる。
いつもいつも、二日酔いの朝に似つかわしくない、はつらつとした笑顔だ。
「ふあー・・・、そうか、急いで支度をしなければいけないな。」
俺は、急いで顔を洗って食堂へ向かう。
「もう、飲み過ぎなのよ、少しは遠慮という事も知っておかないとね。
それと、体の事も考えてね。」
「ははあー・・・、申し訳ない。」
レイの言葉に、深く頭を下げる。
朝食のテーブルに着くそうそう、レイに叱られてしまった。
無理もない、飲み過ぎで相当生気の無い顔をしていることだろう。
「まあまあ、いいんですのよ・・・、この里は女ばかりで、男性の豪快な飲みっぷりを見るのは、本当に久しぶりで、里の者も喜んでおりました。
それに、昨晩は青竜様を祭る儀式も無事執り行われましたし、本当にありがとうございました、改めてお礼申しあげます。」
食事を運んできてくれた、トシミさんが笑顔で俺をかばってくれ、頭を下げる。
「俺達にとっても任務ともいうべきクエストですから、礼など無用です。」
そう、俺達にとって、冒険を続けて行くうえで必要な事であり、この積み重ねがゲームのクリアへと繋がって行くのだから。
「これは、雨つゆ草を採取してきてくださったお礼の、青竜の爪です。」
トシミさんが、宝箱を持ってきてくれた。
中には、子供のこぶし大の円錐形の先がとがった象牙のようなものが・・・牙?いや、爪というのだから、爪なのだろう。
「ありがとうございます。」
俺は、青竜の爪を大切に布でくるんで袋の中にしまう。
「それからこれは、ドリンク剤です。
今回採って来ていただいた雨つゆ草の根には、全部で40本ございました。
それと、この村に伝わるドリンク剤10本も一緒にお持ちになってください。」
そう言って、ドリンク剤が入った箱を5ケース持ってきてくれた。
今までの里と違い、手持ちまで含めて、全てを分け与えてくれるようだ。
こんなにいただいて、いいのだろうか?
「どれだけ弱っていましても、これを飲むだけで体力が全回復するドリンクで、無傷の時に飲用すると、飲んでから10分ほどはダメージも受けないとも聞いております。
戦いの際、有利に進められるよう、考えてお使いください。」
へえ・・・、体力が回復する効果だけではなく、戦いの最初に飲めば、それから10分間だけは無敵モードという事か。
そんなお得なアイテムが、50本も・・・、こいつはすごい。




