第91話
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身の丈3メートルはありそうな鳥の所へ、恐る恐る近づいて行く。
「くえーっ、くえーっ」
近づくにしたがって、極楽鳥の鳴き声が大きくなり、羽を広げ自分を大きく見せて威嚇しようとしてくる。
体を伸ばすと、足元に真っ黄色の球体がいくつかあるのが見える。
極楽鳥の卵なのだろう。
トシミさんが言っていた通り、卵を温めているのだ。
『ダッ』極楽鳥の視線が、まっすぐに俺に向けられているのを感じ取ったツバサが、ダッシュで右方向から近づいて行く。
「くえーっ、くえっくえっ」
『バシュッ』しかし、横方向にも視野が広いのか、極楽鳥はツバサが近づくよりも先に首を回して、その大きなくちばしで、ツバサの体を弾き飛ばす。
『ダッ・・・ダーン』ツバサは辛うじて両足で着地すると、そのまま踏ん張り体勢を立て直そうとするが、最後は勢いを殺すことができずに、そのまま岩壁に背中から叩きつけられた。
「火炎弾!」
『ブン!』レイが炎の魔法を唱えるが、極楽鳥はその場で大きな羽根を勢いよく動かすと、その強風で炎がかき消されてしまう。
「ちょっと驚かせて、隙を作ろうとしただけだけど・・・、仕方がないわね。爆裂火炎弾!」
今度は、極楽鳥の体を包み込むような大きな炎が襲い掛かる。
『ブンブン!』しかし今度も、その場で踏ん張った状態で、その大きな羽根をはばたかせると、炎は掻き消えた。
「炎はかき消されてしまうようね。じゃあこれは?爆裂水流弾!」
極楽鳥の体を飲み込むような水流が襲い掛かる。
『ズザザザザザーンッ』極楽鳥は身を低くして、巣にしがみつくようにしながら、流されるのに耐えている。
「ええっ・・・、これもだめなの・・・、じゃあこれは?爆裂冷凍!」
氷の魔法に対して、極楽鳥は、そのまま身をすくめて、卵を守るようにして蹲る。
『ブンブンッ』一瞬白く凍りついたかに見えたが、体の表面についた霜を払うように身を震わせると、すぐに元の姿に戻った。
何のダメージも受けてはいない様子だ。
「うーん・・・、これもだめとなると・・・・、じゃあ・・・、爆裂雷撃!」
今度は巣の周りに激しい雷撃を落とす。
しかし、極楽鳥は身を低くして耐えるだけで、その場を動こうともしない。
卵を守る親として、頑として動く気配を見せないようだ。
「こうなると・・・、ちょっと雷を当てて、驚かすしか手はないわね・・・。」
レイが、ちらりと俺の方に振り返る。
うーん・・・、雷って・・・、卵に当たっても困るよね・・・。
俺は、レイに向かって小さく何度も首を振る。
「じゃあどうするの?トシミさんが言っていたみたいに、強烈な炎で焼き尽くす?
そんなことしたら、卵だってゆで卵どころか、焼けて炭になってしまうわよ。」
レイが頬を膨らませて、俺を睨みつける。
極楽鳥は、攻撃をされ続けたと言うのに、こちらに対して反撃を仕掛けてこようとはしない。
卵を守ることに徹している様子だ。
こっちとしては卵なんか眼中になく、単に巣の材料としている雨つゆ草が欲しいだけなのだが、そんなことを言っても言葉が通じる相手ではないのだ。
ツバサはというと、後頭部に薬草を張り付けて治療を終えると、またもやすきを窺って極楽鳥の巣に近づこうとしているようだ。
うーん・・・、何か陽動作戦でも・・・、そうか・・・。
俺はすぐにレイを呼び寄せ、ヘッドライトを点灯させた。
薄暗く狭い渓谷で、明るいライトの光に長い影ができる。
その影に向かって両手で犬の形を作る・・・、その姿が極楽鳥のすぐ横の岩壁に映し出される。
それは、極楽鳥よりも大きな影絵の犬の顔だ。
犬の影は、口を大きく開けながら、極楽鳥に襲い掛かろうとしているように見える。
「くえーっ、くえっくえっくえっ」
極楽鳥は、立ち上がって大きな羽根をばたつかせて、その影を払おうとする。
しかし、当たり前の話だが、そこには何も存在する筈はなく、極楽鳥のその行為は空振りに終わる。
「わんっわんっわんっ」
調子に乗って犬の鳴きまねまでしながら、影絵の犬の顔で、極楽鳥に襲い掛かる振りをする。
「くえっくえっくえっ」
極楽鳥の緊張は高まり、慌てたように羽をばたつかせるが、依然として巣から離れようとはしない。
『ダッ』それでも注意が俺の影絵に集中しているのを見て取ったツバサが、再度巣への接近を試みる。
『バシュッ』ツバサが手を伸ばして、巣の一部をもぎ取ろうとした瞬間、頭を振り回すと、そのまま大きなくちばしでツバサの体を持ち上げ、またもや投げ飛ばしてしまった。
『ガッガーン』ツバサは、岩壁に思い切りたたきつけられ、そのまま地面に落下し2度ほどバウンドした。
「だっ・・・、大丈夫かい?」
すぐに源五郎が駆け寄り、ツバサの体を抱き起す。
「はっはい・・・。」
何とか返事を返すが、ダメージは大きい様子だ。
巣に近づこうとしない限り、襲われることはなさそうだが、近づいたら容赦しないということだ。
隙をつくこともままならず、これではツバサの体が持たない。
恐らく、ツバサが本気を出せば、極楽鳥が仕掛けた攻撃をかわして、逆に倒してしまうことも可能なのだろうが、倒さずに雨つゆ草だけを持って帰ると、決めてしまったがために、反撃しようとしないのだろう。
彼女の性格から、中途半端な事は出来ないので、攻撃をしないとなると受けだけとなってしまい、それはツバサ本来の強さを消してしまうのだ。
このままではまずい、本来の目的は、クエスト完遂であり、極楽鳥の安全は二の次なのである。
それが、どう言う訳か、第一条件のようになってしまっているようだ。
「仕方がない、本気で攻撃するぞ。
極楽鳥が死んでしなうかも知れないが、仕方がない。
このままでは、こちらの身が危うくなってしまう。
卵だけは、傷つけずに残せるよう注意をして、極楽鳥は攻撃対象とする。」
俺は、意を決して、皆に告げる。
『えっ・・・、いいんですか?』
皆、意外そうな顔だった。
そりゃそうだ、人一倍平和主義者の俺が、自分からは仕掛けてこないものを殺そうとするなんて。
だがしかし、このままではらちが明かないのも事実なのだ。
かわいそうだが、俺達のクエスト進行の妨げになるのであれば、犠牲になってもらうしかない。
なるべく殺さずに痛めつける位で済めば、もっといいが、加減をして対処できる相手ではなさそうだ。
『シャキン』俺はマグマの剣を抜いて、身構えた。
「くえーっ、くえっくえっ」
極楽鳥が、威嚇するように翼を大きく広げて、自分を大きく見せようとする。
『ダッ』「おりゃぁっ!」
俺は大きく振りかぶると、極楽鳥目がけて、一気に駆け出した。
『ブンッ』右の羽を素早く動かして、俺の体を吹き飛ばそうとしてくる。
「たあぁっ!」
反応早く一旦停止し、羽の攻撃をかわすと、ジャンプ一番、その勢いのまま斬り付ける。
『ザシュッ』「ぎゃぁーすっ!ぎゃぁーすっ!」
肩口にマグマの剣で切り付けられた極楽鳥は、叫びながら身を翻し、俺を体ごと弾き飛ばした。
『シュタッ』踏み込みが浅かったのか、マグマの剣はあまり深くまで刺さらなかったが、それでも極楽鳥の左首筋からは勢いよく鮮血が飛び散っている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ふと見ると、源五郎は矢をつがえて深く引いたままで、射掛けることもせずに、じっと何かを待っている。
それはレイも同様だ、何かを待っているかのように、じっと俺と極楽鳥の様子を窺っている。
「とぅっ!」
唯一、ツバサだけが地面を蹴って、宙高く舞いあがった。
「おうりゃあっ!」
数歩下がった俺は、ツバサの攻撃に合わせて、再び振りかぶって駆け出す。
『ブンッ』『ブンッ』今度は時間差を置いて、右と左の羽を交互に振り回し、俺を吹き飛ばしにかかる。
しかし、ツバサの動きも目に入っているせいか、少しタイミングが早いので、難なく躱せる。
『ザシュッ』すかさず奴の左側へ回り込むと、先ほど切りつけた辺りに狙いを定めて剣を振り下ろす。
『シュタッ』『ズブッ』『シュタッ』極楽鳥の頭を越える形で跳躍したツバサが素早い動きで、反転して戻ってきた。
手には何やら緑色の塊を抱えて。
「やりました、雨つゆ草を頂きました!」
俺の後ろからツバサの叫び声が響き渡る。
「ぎゃーすっ、ぎゃーすっ」
同時に、極楽鳥の首筋から鮮血が、ほとばしる。
「おおっ・・・、ごめんな・・・、どうやら目的は達したようだから、戦いは中止だ。」
『パチッ』俺はマグマの剣を鞘へと納めると、そのまま極楽鳥の元へと近づく。
『ブンッ』『ブンッ』尚も極楽鳥は、羽を動かして、俺が近づくのを拒もうとする。
しかし、かなり傷付いているのか、羽の動きは弱く、躱して尚も近づく。
「ぎゃーっ、ぎゃーっ、ぎゃーっ」
極楽鳥は、敵の急接近に、パニクったように泣き叫ぶ。
逃げ出したくても、大切な卵があるから逃げ出せないのだ。
「悪かった、痛かっただろ・・・、しかし、こちらにもクエストという大事な使命があったんだ。
許してくれ。」
俺はそう言いながら、極楽鳥の傷口に、薬草を2枚重ねて当ててやった。
「くえっ?・・・」
流れ出る血が止まり、少しほっとしたと思った瞬間
『バシュッ』俺の体が宙を舞った・・・、極楽鳥のくちばしに弾きとばされたのだ。
『ダッダーン』俺の体は勢いよく地面に叩きつけられ、数回はバウンドしただろう。
ツバサの時よりも、勢いよく飛ばされたようだ。
そりゃそうだ、斬りつけられたんだものな・・・、だがまあ、それだけ力が戻ったという事だ。
「よしよし・・・。」
俺は、笑顔で極楽鳥の様子を見る。
首筋の傷口は、だいぶ塞がってきた様子だ。
先ほどのレイの魔法攻撃でも、何ヶ所か傷ついているので、もう少し薬草を当ててやりたいところだが、その前にこちらの身が持ちそうもない。
「今回だけだからね・・・。治癒の光!」
俺の行動を見ていたレイが唱えると、極楽鳥の体を暖かいオレンジ色の光が包み込む。
ううむ・・・、魔物に対しても治癒魔法を掛けることは出来るようだ。
という事は・・・、冒険者に対しても攻撃魔法を掛けることができると言う事か?・・・、まあいい、あまり深くは考えない様にしよう。
「ほれ、これを食べろ。」
俺はそう言いながら、袋から弁当を取り出すと、それを広げて、極楽鳥の目の前に放り投げてやった。
薬草の効果もあったのだから、弁当の効果もあるだろう、せめてものお詫びだ。
体力回復につながると考えたが、奴が雑食性かどうかまでは分っていない。
「くぅえーっ、くぅえーっ」
草食だったらちょっと無理かな・・・、と思っていたら、むしゃむしゃと弁当を食べ始めた。
これで一安心だろう。
「結構傷つけてしまったけど、これで少しは回復するだろう。
雨つゆ草はゲットしたな?」
「はいっ!」
俺の問いかけに、ツバサが緑の葉っぱを高々と振り上げる。
1枚が手の平よりも大きな、先端が丸い葉が4枚広がっている。
葉っぱがもっと小さければ、四葉のクローバーと言った風だ。
「更に、こんなものが付いていましたよ。」
ツバサは、伸びた根の先についている小さな瓶を手にしていた。
見ると、茶色い小さなガラスの小瓶で、手で回して開けるキャップが付いている。
見た目は、栄養ドリンク剤なのだが、ラベルの絵も右腕の力瘤を模った絵が描かれていて、体力回復用のドリンクと言ったところだろう。
ひーふーみー・・・数えると、40本ほどの栄養ドリンクが球根のように雨つゆ草の根の先に出来ている。
ふうむ・・・、これも頂いてよろしいのだろうか。




