表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしも願いがかなうなら  作者: 飛鳥 友
第1章 始まり
9/213

第9話

                    9

 この日は、東の森に出現するようになった魔物討伐というクエストを2件引き受けた。

 皆のレベルが上がったので、ついに東の森でも魔物が出現するようになったのかとも考えたがそうではなく、クエストを受けなければ出現しないようだ。


 それも、真っ赤なライオン亀(正式名称は獅子亀というらしい)と宿り木の根の退治という、洞窟奥のクエストをこなしていない人向けの対応のようにも感じられる。

 攻略法も分かってしまっている相手なので、皆に弱点や注意事項を朝会よろしく徹底した後、無難にこなして、清算後に記録する。これで、本日のクエストは終了だ。



 翌日、見積書を作成後、得意先へ出かけようとしていたら、丁度部長と出くわし、呼び止められた。


「村木君、KD社の納品の件なのだが、君が見積もりを止めているそうじゃないか。

 あの会社は、納期にも大変厳しいんだ。

 君も忙しいのだろうが、すぐに見積もり検討してくれないか?」


 恐らく、加納の奴が部長に泣きついたのだろう。

 上からお達しが来てしまった。


「い・・・いえ、わ・・・私が見積もりを止めるなど、出来るはずもありません。

 それに、あの発注先は元々、加納が主担当だったメーカーですから、・・・・。」

 俺は、多少しどろもどろだが、何とか要点だけは告げることができた。


 そうなのだ、加納が担当している製品群を作っているメーカーだったのに、加納の対応が悪く、なぜか俺の方の受けがよくなっているだけなのだ。

 しかも、俺の担当製品群は扱っていないので、普段は俺とは関わりのない会社なのだ。


「そうは言っても、彼も忙しいからねえ。

 手伝ってやることくらいは、出来るんじゃないかね?」


「い・・・忙しいのは自分も同じです。

 今週は加納がやり残した仕事の後始末で、他の得意先の業務に支障が出ています。

 本日も、得意先への商談が控えていますので、加納だけが忙しい訳ではありません。」


 俺は頑として突っぱねた。

 なにせ、あの金額では、どうやっても、叶う筈もないのだ。


「しかし、加納君は君なら契約できるのに、わざと妨害しているのじゃないかと言っているんだよ?

 そう思われているのは、君に不利なんじゃないかね。」

 なんという事を言ってくれるんだ、加納というやつは・・・。

 本当に信じられない。


「ぼ・・・妨害とおっしゃられますが、平社員の私に何の妨害が出来ます?」

(一度ご自分でご確認いただければ・・・)と言いたかったが、そこまで言うと引っ込みがつかなくなるので思いとどまった。


「ふうむ、そういってもねえ・・・、まあ、確かに君に何かできるとも思えんし・・・。」

 ふと部長に目をやると、俺の後方を見つめている。


 ちらりと振り返ると、そこには課長の姿があり、申し訳なさそうに両手を合わせていた。

 ようやく解放してくれたので、すぐに得意先へと急ぐ。

 部長に対して、俺の受けが悪いことが逆に幸いしたようだが、はっきり言ってうれしい事でもない。


 用件を済ませ帰社したのは、既に9時を回っていた。

 それはそうだ、今週始めて俺の担当している、本来の得意先の仕事が出来たと言ってもいいくらいなのだ。

 とってきた見積り依頼の内容を確認すると、数社に打診のメールを入れる。

 そうしてようやく帰宅することができた。



 この日も、東の森だ。

 洞窟内の清掃の仕事があり、これは1日の仕事だったので引き受けた。


 どうにも、会社でのことがムカついてならない。

 それを解消する為にゲームをやっているのだから、楽しくやらなければいけないのだが・・・。

 中ボスは出ないが、こぶヤモリやコロネサソリに加えて、口裂け蝙蝠などを退治しながら清掃していく。


 経験値よりも報酬目当てのクエストだ、事務的にこなしていくのみ!

 清算後、記録して終了する。



 昨日依頼したメールの返信を確認しながら見積書を作成していると、またまたお呼びがかかった。

 部長直々の呼び出しだ。

 緊張しながら部長室へ入って行く。


「昨日メーカーに私が直接確認して、君が先方に何らかの指示を出していることはないと判った。

 しかし、加納君に言わせると、君ならあの発注で契約することができると言っているんだ。


 2ヶ月前の契約は、確か君の口添えで実現したのだよね。

 どうして今回は、そうしてくれないんだ?」


 また、同じことの繰り返しだ。

 どうにも、加納の奴には学習能力というものがないらしい。

 無理なものは無理だと言っているのに。


「その件なら、契約時にも明記いたしましたが、メーカーの得意先が倒産したことにより、不動在庫が発生し、あわや連鎖倒産かといったタイミングでした。

 その為、在庫がはけるならと、破格値で提供いただいたものです。


 先方も、以降は得意先の状況を見ながら大口発注を受けるかどうか検討しているでしょうし、こういった事は2度とあるはずがありません。

 その為、同じ金額で発注することは、出来るはずもありません。」

 俺が、契約当時何度も念を押して通達し、但し書きまでした事項なので、整然と説明できた。


「ふうむ、しかし、君ならできると私も期待しているんだがね。」

 何に期待してくれているのだか・・・。


「期待頂けることは光栄ですが、出来ることと出来ないことがあります。

 加納がわが社のエースなら、自分で解決できるのではないでしょうか。

 いつまでも私や後輩社員の手を煩わせて、大騒ぎして何とか契約までこぎつけているのがエースというのは、悲しいのではないでしょうか。」


 俺は、多少皮肉を込めて応対した。

 俺自身、こんな言葉を発しているのが、半ば信じられないと、驚いているくらいだ。


「いや、加納君に言わせると、そうやって仕事を課員に振ることにより、各自に仕事を覚えさせているんだと言っていたよ。

 感心じゃないか、日頃から後輩や同僚の教育まで考えているなんて。」


 どうも、部長は加納の事が気に入っているようだ。

 何がいいのか分からないが、加納がやっていることは全てが素晴らしい事であり、周りはそれにつられてようやく仕事をしているという風に見られているのだろう。


「どうでしょうね。

 加納に仕事の面倒を見てもらっているという印象は、私は持っておりません。

 それよりも、彼の仕事の尻拭いをしているとさえ感じています。


 いかがでしょう、今回はいい機会ですので、加納1人に仕事をさせて見て、その結果を判断頂くというのは。」


 部長がどうして加納をひいき目で見ているのか分からないが、この機会に目を覚ましてもらおうと提案した。

 黙って我慢していても、事態は好転するどころか、ドンドン深みにはまって行くのなら、この辺りで浮かび上がる努力をしてみよう。


「ふうん、まあ彼もエースなりに考えがあったのだろうが・・・、いいだろう、そうしてみよう。

 しかし加納君一人で、君たち課員が関わってようやくこなしていたという仕事をやってのけた場合、君たちの立場は無くなるよ、それでいいんだね?」


 メーカーに確認してくれたのなら、加納の評判があまり良くないことに気がついてくれてもいいだろうに、あのメーカーはそうは答えてくれなかったのだろうか。

 恐ろしいことを言われてしまったが、とりあえず、加納だけからの言い分を聞くことを止め、確かめてくれることとなった。

 相変わらず、随分と加納よりではあるのだが・・・。


 部長の部屋から戻ったタイミングで、今度は加納にお呼びがかかった。

 今の話をするのだろう。

 暫くすると、奴が戻ってきた。


「けっ、お偉いさんだから持ち上げていたが、結局いざとなると何の役にも立ちやしねえ。

 このままじゃ、俺の輝かしい経歴に傷がつきかねないところだ・・・、面白くねえ。」


 加納はつぶやくというより、課員全員に聞こえる様に叫ぶと、そのまま椅子に座って天井を見上げて押し黙ったように動かなくなった。

 あれだけ自分の味方になってくれていた部長にすら、この態度だ。


 奴には、どこまでも自分の役に立ってくれなければ、全て敵と言った風なのか。

 あきれるとともに、どうして奴に対して部長が、ああも弱腰なのか気になって来た。

 親会社の役員の息子とか、あるいは祖父が元総理大臣ですなんて言う家柄なのだろうか・・・。


 まあ、当面迷惑を掛けられることがなければ、俺としては大満足だ。

 加納が何とかして契約を取ってくればいいし、駄目でも俺としてはどうしようもない。

 どちらにしても簡単な事ではないはずだし、俺たち課員の力が足りないのを、加納がフォローしていたなんて評価にはならないと考えている。


 俺は数社の見積もり検討と、注文書の作成を行って、近場の得意先に向かい契約を結んで帰社した。

 すると、加納は未だに席で上を向いたまま仏頂面だ。

 おいおい、時間もないだろうにいいのか?


 課員は既に帰宅して、誰もおまえの手伝いをする奴なんかいやしないのだぞ?

 俺は伝票の整理をすると、加納を横目に見ながら帰宅した。



 この日も東の森のクエストをこなす。

 経験値と金が溜まるまでの1週間は仕方がない、我慢だ。


 日曜になり洗濯を済ませた後、久しぶりにビールを飲むことにした。

 昼間っからだが、俺は別にアルコール依存症という訳ではない。

 酔ってクエストに挑みたくはないので、昼間飲んで昼寝をしようという腹だ。


 おつまみのサラミとチーズを食べながら、ビールを飲み終え、ベランダで昼寝をする。

 柔らかな初夏の日差しが心地よく、ぐっすり眠れた。

 夕方から友人と会い、いつも通りに過ごして、今度は酒を飲まずに早めに帰宅する。


 そうして、村の西方面にクエストの場所を指定して、本格的な睡眠=冒険に向かう。


「じゃあ、いい加減次の段階のクエストを検討しましょう。」

「ああ。」


 いつも明るい源五郎の言葉に、俺は仏頂面のまま部屋中央の柱へと向かった。

 東の森で1週間クエストを行ったが、武器や防具類はあれから出現することはなかった。

 各パーティごとに、レベルに応じて出現制限があるのだろうか。


 仕方がないので、各自防具類に金を使う事にしたほどだ。

 俺は皮の小手や銅の兜をそろえた。

 1週間稼いでも、残金はほとんど残っていない。


 今やレベルXに達し、その欄でも、結構仕事が増えてきたが、西方面は今の所、狩猟系しかなさそうだった。

 西の湖に出没する、ぬっしーの捕獲とまぬけ貝の採取、どちらも1日のクエストだが、湖関係だから大丈夫だろう。


 見ると、報酬がかなり高い。

 俺は、皆に振り返ることもなく目についた2枚の紙をもぎ取ると、そのまま受付カウンターへ向かう。


「シメンズの方たちですね。

 リーダーに変更はありませんか?」

「ああ。」


「では、ぬっしーの捕獲とまぬけ貝の採取、頑張ってきてください。」

 武器屋に寄って、研ぎ終わった剣と鉄の爪を回収し、村の西側の出口から村を出る。


「まぬけ貝には毒もなく、戦闘能力もほとんどないとなっている。

 しかし、ぬっしーには要注意だ。

 古代の恐竜然とした、巨大な魔物とある。


 接近戦には要注意となっているので、極力、矢や魔法などで周りから攻め立てて行く作戦で行きたい。」

 機嫌は悪いが、お決まりとなりつつある、作戦会議というか朝会はこなしてから、目的地へ向かう。

 地道な努力が、全滅を防ぐのだ。


 見渡す限りの平原を歩いて行くと、すぐに、身の丈ほどもある巨大なトンボのような魔物が襲ってきた。

 目玉の大きなトンボで、透明な4枚羽があるが、鋭い牙で噛みつき攻撃を仕掛けてくる。

 7色にきらめく羽根はまさに極楽トンボだ。


 どうにも、ここの世界の魔物たちは鋭い牙をもっているのが多い。

 俺は鉄の剣を抜くと、襲ってくる極楽トンボを切りつける。

 図体が大きいので、衝撃も大きいがたたっ切れる。


 タンクも鉄の爪で切り裂いていく。

 源五郎の矢は、さすがに素早く動くせいか、狙いが定まらず、3本に1本当たればいい方だ。

 それはチョボの火の玉も同様で、こちらも命中率が悪い。


 但し、彼らが離れた敵に対して攻撃を仕掛けているからこそ、間近に迫ってくる敵が少なく、何とか対処できているのだ。

 これだけの数に、一気に襲い掛かられたら、無事では済まないだろう。


 極楽トンボの大群を何とか処理して先へ進むと、すぐに巨大なバッタが襲い掛かってくる。

 こいつらも鋭い牙と、頭の後ろまで裂けた大きな口をしている、大バッタだ。

 こっちは、一旦は地上に居るので、遠くに居る奴らは弓矢と炎の玉の餌食にできた。


 厄介なのは飛んでくるやつらで、意外と素早く、なかなか剣が当たらない。

 素早い動きで小回りが利く、タンクの鉄の爪が活躍した。

 大バッタや極楽トンボの相手をしながら尚も西へと向かうと、やがて目の前に大きな湖が現れた。


 行きすがら、東の森への道中もそうだったが、結構村人たちとすれ違う事が多い。

 やはり美男美女ばかりで、しかも若い女性の独り歩きも珍しくはない。

 東の森への道は、魔物たちに出くわすこともなかったから不思議ではなかったが、こちらの道はずいぶんと魔物たちが多い、大丈夫なのだろうか。


 と、心配したところで、ふと我に返った。

 すれ違うたびにいちいち避けていたのだが、避けなくてもすれ違う村人たちは、体をすり抜けて行くのだ。

 次元が違うので、彼らの次元には魔物たちは生息していないのだろう。


 平和な村がうらやましいなんて一瞬思ってみたが、すぐに冒険のためのゲームの世界なのだから、魔物やダンジョンがなければつまらないのだと思い直した。


 湖の手前の林の中に、公衆トイレのような建物があるのが見える。

 そこへ行ってみると、“賢者のトンネル”と書かれていて、扉には鍵がかかっていて中へ入れなかった。

 仕方がないので、また湖へと足を進める。 


 そうして、湖のほとりのボート乗り場に辿りついた。

 ボート小屋も向こうの次元のものかと思ったが、扉が開いた。

 中へ入ってみる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ