第8話
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途中、口裂け蝙蝠やこぶヤモリにコロネサソリも出現したが、俺の背後から源五郎やチョボが矢を射たり炎の玉をぶつけたりして駆除をし、数が多いこぶヤモリに至っては、タンクが洞窟の壁を伝って駆けて行き攻撃した。
地面に降りることもなく、すごい速さで壁を伝って走る様は、身が軽いというより、宙を舞っているような錯覚さえ感じる。
長い下り坂の先に、ウニョウニョとうごめく無数の細長いイソギンチャクのような魔物が現れた。
灰色がかった緑色をしていて、どうやらこれが宿り木の根のようだ。
すぐさま源五郎が矢を射る。
何発かは命中するのだが、ほとんど効果はない。
長い触手のような根を動かしながら、こちらを攻撃してくる。
俺は鉄の剣に持ち替え、根を払いのけようとするが、逆に剣を弾かれてしまう。
意外と堅いし力も強い。
タンクが素早さを生かしてうごめく根を躱しながら、付け根部分を攻撃しようとした瞬間
「ブー!」
そいつは緑色の液を吐きだし、タンクに降りかかった。
「うわぁ!」
タンクが叫ぶが、なにかどろどろの粘液の様で、粘っこい半透明の液がタンクの体を包み込む。
「火炎弾!」
「ブー!」
すぐさま、チョボが炎の玉をぶつけるが、粘液を飛ばして弾かれてしまう。
その間も、何事か呟きながら、源五郎は矢を射続ける。
対して効果は見られないが、俺は源五郎を信じて、陽動作戦のつもりで、うごめく根に対して剣を振るう。
なにせ根の動きは速く、しかも動きに規則性はないため、油断していると標的になってしまうからだ。
「火炎弾!」
源五郎のつぶやきがはっきりと聞き取れるような叫びになった時、放たれた矢に炎が合体、火矢となって宿り木の根に襲い掛かる。
チョボの繰り出す炎の玉と違い、ハイスピードの矢では防ぐことができなかったのだろう。
瞬く間に宿り木は炎に包まれる。
そうして動かなくなった宿り木の根を採取することができた。
根を刈り取った奥から、アイテムが出現した。
案の定、アーチェリー用の立派な弓と、魔法使いの帽子と運動靴と銅の盾が出現した。
まあ他のメンバーも、そこそこ活躍したと見られたという事か。
「それにしてもすごいな、火矢とはね。」
俺は源五郎を、尊敬のまなざしで見つめた。
「いやあ、攻撃魔法にも経験値を配分していると言ったでしょう?
チョボさんがよく使うので、火炎弾が炎の初級魔法だって分ったから、ずっと呟きながら矢を射っていたんです。
攻撃と魔法の合体が出来るかどうか、自身はなかったけど、うまくいきました。」
うーん、やっぱり彼はすごい。
ゲーム慣れしているし、発想が柔軟だ。
源五郎は初心者用の弓を袋にしまい込み、アーチェリーの弓を手にした。
かなり傷付いたので、これ以上強い相手もいないのだろうが、油断して致命傷でも負ったら大変だ、薬草で傷を治し、来た道を戻って行く。
そうして、洞窟を後にした。
どうやら、この地が洞窟の最下層のようだから、東の森の洞窟ではこれ以上のクエストはないだろう。
途中、光コケの所を通過したが、ライオン亀はいなかった。
彼らが攻略できたのか、あるいは彼らが全滅してしまったのかは分らない。
どちらにしても楽な戦いではなかっただろう、やはり源五郎が言った通り、ダンジョン内の弱い魔物たちを相手に練習というか、戦いの経験を積んで行くのが正しいやり方なのだろうな。
俺たちは、戦いを経験することにより、それぞれのレベルが上がって行っていることを、間違いなく認識していた。
村へ戻り、ギルドへ向かう。
黄昏草と宿り木の根を入れた袋をいつもの受付嬢に渡して、クエストの清算をする。
さすがに今日は、ファンファーレは鳴らない。
クエストの経験値もYになって増えているのだろうが、その分次のレベルまでの必要経験値も上がっているのだろう。
もう2〜3クエストをこなさなければならないだろうか。
チーム名を登録し、金を受け取ると、そのまま記録はせずにギルドを出て道具屋へ向かう。
そこでつかった薬草分を補充し、ついでに紙とペンに加えて、コンパスと定規と分度器も購入した。
なんに使うか分らないが、それでも持っていれば、何か利用方法はあるだろう。
「当面は東の森で経験値を溜めることにして、防具類など結構アイテムで出てくるから、武器屋で買うのはやめておこうと思う。
少し金を溜めて見るかね、死なないで行けそうだろ?」
俺は他の3人の意見も聞いてみた。
「ああ、ここの武器防具屋よりも上等なものがアイテムとして出てくるから、それを待った方が得策だろう。
金を溜めておいて、次の街へ行った時に、もっといいもんが売っていたら買うさ。」
他のメンバーも同意見のようだ。
まあ、この村ではこれ以上必要とするものも、手に入りそうもないとも言える。
せいぜい薬草と弁当ぐらいのものか。
とりあえず、武器屋へ行って銅の剣と鉄の剣を研ぎに出す。
タンクは鉄の爪を研ぎに出し、源五郎は矢を40本補充し、チョボは治癒系の初級魔術本を購入したようだ。
金を溜めるも何も、これだけの事をしたら今日の報酬も、いくらも残ってはいない。
宿屋へ行かなくても、ギルドで記録をすれば、体力も回復するという初期の特典も頷けるというものだ。
消耗品の補充を終えるとギルドへ戻り、また明日と挨拶してから記録をする。
そうして、朝になって俺は目覚めた。
夜遅くに帰っても、皆に迷惑かけずに冒険できた。そう言えば1週間に1度のアクセスでも構わないと言って居たか。
ゲーム機の中の俺は、結構自分で判断して行動していたようにも思える。
しかも、俺が考えていたチーム名に加えて、更に源五郎の案に手を加えてチーム名とした。
俺のアクセスを待っていたとしか思えない行動だ。
各自のアクセス待ちをしていて、全員そろってからスタートしているのだろうか。
いや、それでは誰かがアクセスしなかった日の冒険が出来なくなってしまう。
一体どう言った工夫がなされているのか、色々と考えさせられる。
俺の設定がZレベルのクエストとなっていたから、向こうの俺は最初のうちZレベルを探していたが、あくまでも成り行きなので、指摘されるとYレベルに変更したのだろう。
俺は忘れないうちにと思い、クエストのレベルをYにして、場所は東にしてみた。
北に港町があることと、南には行くなと言われていて、魔物が少ないと言われた東の森を最初のターゲットにしていたのだ。
当面、東の森でのクエストを繰り返し、レベルアップを目指そう。
翌日、朝一で会社を出て、YJ社へ向かう。
加納がほったらかしにしていた案件の、見積書提出のためだ。
見積もりだけならば、メールやFAXでもいいのだが、納期が近いため、苦手なのだが直接交渉だ。
「いやあ、よかった。
加納君からは何の連絡もないから、弱っていたところだよ。
うちみたいな小さな会社じゃ、何社も入って来はしないからね。
どうやってやりくりしようか、悩んでいたところだよ。
やっぱり、担当を変わってくれと打診したのは正解だった。
まだ別件があるからよろしくね。」
YJ社の担当の課長さんは、喜んで納期含めて快諾してくれた。
不安を抱えてやってきたのだが、やさしそうな人で安心した。
おかげで俺は大口顧客を失ったのだが、仕方がない。
先方には関係のない、わが社の事情だ。
それにしても、なんか気になることを言っていたな・・・。
俺は、礼を言ってYJ社を後にし、ついでに得意先回りを済ませた後、定時前に帰社した。
すると、机の上にYJ社関連の企画書が置いてあった。
というより題目だけで、見積もりも何も手さえ付けてはいない。
企画だけ済ませて、YJ社の了承を得ただけで何もやってはいないのだ。
俺は頭を抱えたが、とりあえず数社に納期と見積もりを依頼するメールを送った。
そうして本日分の契約書を作成して、YJ社へFAXで送付すると、とりあえずの仕事は終わりなので帰宅した。
受付では、4人組がクエストの受付を行っている所の様だった。
仕方がないので、後ろについて順番を待つ。
「だーかーらー、このままじゃ、何もできずに死んでばかりだよ。
この村の中で出来る、簡単なクエストをこなして行こうよ。」
「いや、草刈りとか屋根の修理なんかやる気にもならん。
洞窟へ行くのが一番の上達の早道だ。」
どうやら、引き受けるクエストの事でもめているらしい。
しかし、最早2週目になっているのに、未だに草刈りとか言っているのか?と、ふと顔を見ると、昨日のコバンザメ野郎の様だった。
俺たちの分身の外観は、人間の姿を模しているが、所詮は顔パーツの寄せ集めだ。
だから、(普通の顔のパーツもあることはあるのだが・・・)みんな美男美女ばかりが多い、その為似通った冒険者たちが多いのも事実だが、背格好やグループメンバーから言って、間違いないだろう。
「ここへきて、受ける仕事でもめているのか?
そんなことは受付前でやらずに、決めてから出直してくれ。」
俺は、自分が不機嫌な事もあり、そいつらを押しのけて受付へと向かう。
まあ、こんな態度を取るのは、あくまでもゲームの世界だけでの事ではあるが・・・。
そこには、いつもの受付嬢が困った顔をして立っていた。相変わらずかわいい。
俺が柱から取って来た紙を手渡すと、ほっとしたように笑みを浮かべる。
どれくらい奴らがここでもめていたのか分からないが、業務に支障を及ぼしていたのは間違いがないだろう。
俺は東の森でのクエスト票を受け取ると、そのままギルドを出ようとした。
「ちょっと待ってくれよ、先日俺たちを洞窟へ連れて行ってくれたグループだろ?
調子よさそうだな。
シメンズというのか、俺たちはヤンキーパーティというグループだ。
ちょっと相談に乗ってくれないか?」
先ほどの4人組に呼び止められた。
「なんだ?」
俺は、余り機嫌がよくはないので、横柄な態度で応対する。
「いやあ、我々は初日から東の森の洞窟で光コケの採取を目指しているのだが、全くうまくいかない・・・。」
聞くと、初日から2週間すべて全滅しているらしい。
それはそうだ、支給された金に手も付けずに、武器も薬草もなしにダンジョンへ向かっているということだ。
すぐに死んでしまうため、もったいないから毎回リセットしているようだ。
だから、体力も技も全く成長していないだろう。
「せめて薬草ぐらいは買って、手当した方がいいんじゃないのか?
残金がなければ、半額になることを気にせずに、死んでも継続して進められるだろう?」
面倒くさいので、そう言ってすぐにギルドを後にした。
「ああいう連中は、自分で考えずに、何でも聞いて解決しようとしますから。
そのくせ、言われたことを守りもしないで、失敗するとアドバイスした人のせいにします。
相手にしない方が無難です。」
「ああ、そうか・・・。」
源五郎の言葉に、そんなもんかなのかと、気づかされた。
この日は、東の森で希少な痛草と森中央平原の草むしりを行った。
草むしりでも、東の森となるとそこそこの経験値ももらえるので、あの4人組に教えてやろうとしたら、源五郎にたしなめられてしまった。
自分たちで、適切なクエストを選択できなければ、独り立ちできないというのだ。
俺は、彼らをそのまま見守ることにした。
翌日、早めに会社へ着いてメールの確認を済ませた後、朝一でYJ社へ向かおうとしたが、課長に止められる。
何事かと思っていたら、臨時朝会という事だった。
「いやあ、やっぱり加納君はわが社のエースだ。
早速大口契約を取って来るとは、一緒に挨拶に行った私も鼻が高いよ。
君たちも見習うように。」
一昨日KD社に部長と一緒に挨拶に行った加納が、早速契約を取ったので、その功績をたたえるために朝会を開催したようだ。
俺は、流行る気持ちを押さえて時間が過ぎるのを待ち、部長が部屋を出ると同時に自分も車のカギを握りしめて、出て行こうとした。
「おう、この間の奴、よろしくな。」
ところが、そんな俺に対して加納は発注書を突きつけてきた。
見ると、とんでもない安値で発注書が書き込まれている。
それをどうせいというんだ?
「なんだ、これは。俺は忙しいんだ。大体、俺が誰のせいで忙しい思いをしているか知っているのか?
加納が注文だけ取って何もしていない、YJ社の案件の処理をしているんだ。
これ以上俺に何をさせたい?」
「別に大したことじゃない。
この間発注したのと同じ価格で、数量もほぼ同等だ。
また頼めるだろ、見積もりの必要性もないから手間もかからないしな。
なにせ、この会社はお前が懇意にしている所だろ。」
そう言いながら、まだ手に持った書類を俺の目の前に突き付けてくる。
「馬鹿を言うな、この間だってお前が無茶して取ってきた案件だったろ。
たまたま、ここに売れ残り在庫があったから、捨ててしまうよりはいいだろうと言って、格安値で提供してくれたんだ、残分含めてすべて引き取るという約束でね。
だから、この時の残りはまだ倉庫にあるから、その分は納品可能だが、それ以上は無理だな。
加納にも、説明しておいただろ?」
2ヶ月ほど前に、加納が利益度外視して契約を結んできた案件で、課員全員で発注先を探していた時に、たまたま納品先の倒産で在庫を抱えていた会社が見つかったのだ。
大量在庫をさばききれずに、連鎖倒産も見込まれていただけに、破格値でも受けてくれたのだ。
さすがに、2度目は甘い汁を吸わせてはくれないだろう。
「いやあ、しかしこの会社は俺の事を嫌っているだろ?
村木が注文すれば受けてくれるが、俺の注文は全く受けようともしてくれない。
だから、村木から頼んでくれ。」
いつもなら、多少の無理は目をつぶって引き受けてしまう俺が、断っているのが信じられないと言った様子だ。
いくらなんでも、この提示価格では無理なのだ。
「だから、無理だと言っているだろう、何度も同じことを言わせるな。
加納だって、勝算があって契約して来たんだろ?
人を頼らずに、自分で何とかしろ。」
俺はそう言うと奴の手を振り払って、階下へ降りて車に乗り込んだ。
はあはあと、息が荒くなっているのが自分でも判る。
かなり興奮しているのだ、慣れない行動は、心臓に悪い。
あの会社が加納からの注文を受けたがらないのは、何も俺がどうこうしている訳ではない。
加納が大量発注を約束して、まず半分の量だけを格安値で注文した後、半年以上も放置していたのである。
棚卸間近になって苦情が来たのだが、本人は記憶の外と言った風で、何の手当をする様子も見られなかった。
担当者に泣きつかれた俺が、ようやく納品先を見つけて事なきを得たのだが、下手していたら、訴えられかねない案件だった。
それからは、俺の言う事は多少の無理は利くようになり、更に加納のおかげとも言えないことはないが、大量在庫をはけたこともあり、そこには結構恩を売ってはいる。
それでも、今回の価格では望みはない。
俺は、YJ社に今日もまわると契約を交わし、別の得意先との商談も済ませてから帰社した。
時刻は7時だったが、課員は全員パソコンに貼り付いて仕事をしていた。
「どうしたんだ?」
俺は、帰って来るなり、後輩社員に様子を聞いた。
「加納さんの契約の発注先が決まらなくて、全員帰れないんです。」
後輩社員は泣きそうな顔で答える。
それはそうだろう、あんな価格で引き受けるメーカーなどあるはずもない。
俺は今日の契約の処理をすると、少し遅くなったが8時には帰宅することにした。
みんなにも、頑張っても無理だから早く帰るよう、小声で告げて。
以前の俺なら、自分によほどの用事がない限り、不満を漏らしながらもみんなに付き合っただろう。
しかし、今の俺には毎晩やることがある。
必ず毎晩アクセスする必要性があるわけでもないが、それでも仕事をほっぽって帰宅するわけではなく、自分のするべきことは全て済ませているのである。
誰に遠慮する必要がある、俺は課長の顔をちらりと見てみたが、あきらめた様に手を振って来たので、安心して部屋を出た。
多分、他の社員も早めに帰してくれるだろう。