第6話
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とりあえず、森の南へと進む。
クエスト票を見ながら、名前を呼んでみる。
「マーリーンちゃーん!マーリーンちゃーん!」
「グルルルル!」
右前方の茂みから、何やらうめき声が聞こえてくる。
マーリーンちゃんなのか?
息を飲んで、目を凝らしていると、茂みから出て来たそいつは、真っ黒でしなやかな肉体を持っていた。
「く・・・、黒豹?」
俺はすぐに剣を抜く。
「待ってください、先ほどの洞窟内では魔物がいましたが、この森含め道中では魔物はいませんでした。
更に魔物たちは、なにか少し地球の生き物とは違った感じがしました。
目の前に居るのは、黒豹でしょう。
動物園とかでしか見たことはありませんが、確かに黒豹です。
もしかすると、我々とは次元が違うこの星の生物という可能性もありますが、こいつは明らかに我々に反応しています。
という事は、クエストに関係する何かです。
可能性の高いのは・・・、マーリーンではないかと・・・。」
すぐに、源五郎が右手を広げて俺を制する。
うーむ、確かに源五郎の洞察力は鋭いし、大抵は正しいことを言っている。
とすると、親黒豹からの依頼という事になるが・・・。
よく見ると、首に巻いたリボンのような紐には小さな鈴が付いていて、野生ではなく人に飼われていたことを、さりげなくアピールしている。
クエスト票にちらりと目をやると、特徴欄に歩くたびに鈴のきれいな音がしますと書いてある。
マーリーンちゃんで間違いなさそうだ。
「どうする?」
俺は、今にも襲いかかってきかねない黒豹から、視線を動かさずに背後のメンバーに尋ねる。
「うーん、どうしましょうか・・・。」
源五郎がうなる。
「なにか、体をマヒさせるとか、動きを止める魔法はないのか?」
俺はチョボに確認する。
「調べて見るから、時間を稼いでくれ。」
チョボに言われて、俺たちは黒豹を逃がさないように取り囲む。
と言っても、食われるのは嫌だから、あくまでも遠巻きにするだけだ。
剣を鞘に納めて鞘ごと握り、豹の鼻づらを押さえこもうとする。
豹は嫌がり後ろへ逃げようとするが、タンクが回り込み構えて逃がさない。
反対方向では源五郎が弓矢を構えて威嚇する。
そうして、タンクが素早い身のこなしで豹を翻弄し続けて時間を稼ぎ、チョボが途中から何事か呟きだした。
段々とチョボのつぶやきが、声になってくる。
「麻痺!」
「キャゥン!」
チョボの呪文に、黒豹は一瞬飛び跳ね、すぐにしびれた様に動かなくなった。
電気ショックを受けたようだ。
俺は、ギルドで松明と一緒に受け取った荒縄の意味をようやく理解し、細長い棒状の木の枝を見つけて、黒豹の足を縄で縛り付け、棒を通してタンクと共に棒の両端を肩で担いだ。
黒豹を逆さ吊りの格好で運ぶのだ。
俺が前を歩き、タンクが後ろを担当して、村までの道のりを延々と歩いて行く。
途中、チョボと源五郎組にバトンタッチして尚も歩き、ようやく村へ辿りついた時には日も暮れていた。
黒豹を担いだままギルドの建物の中へと入って行き、受付でクエスト票と吹き出し草と光コケを詰めた袋と共に、縛った黒豹を渡す。
いつもの受付嬢が忙しそうに手続きをしていたと思ったら、突然場内にファンファーレが鳴り響いた。
「おめでとうございます、サグル様、源五郎様、チョボ様、タンク様、それぞれYへレベルアップされました。」
『おおっ!』
受付嬢の言葉に、周りの冒険者たちも色めき立つ。
結構速い出世なのかもしれないな。
注目を浴びて、なんか照れくさい感じがする。
「これは、マーリーンちゃんを見つけ出したことに対する、飼い主からのお礼です。」
と言って、魔法使いの服と鉄の爪に加えて、竹で出来た胴巻きを2つくれた。
チョボが魔法使いの服を貰い、タンクが鉄の爪を貰い俺と源五郎が胴巻きだ。
更に成功報酬を受け取る。勿論均等割りだ。
「また明日も、このメンバーで冒険に行きたいね。」
そんなことを言いながら、記録をしてこの日は終了する。
週明けの月曜日から、課長からお呼びがかかった。
加納も一緒だ、何の事かと一緒に向かうと、そこは部長室だった。
「先週末に、YJ社からクレームが来た。
先週月曜日の納品、約束より3日も遅れたそうだね。
村木君が配送したんだね?」
部長は、俺たちが部屋に入った途端に切り出してきた。
「はい、その件なら、先週の火曜日に村木から報告を受けております。
加納が担当の会社でして、彼が月曜日は手が離せないという事で、代わりに村木が配送に伺っただけです。」
課長が、俺の代わりに答えてくれる。
「ふうむ、どちらにしても先方はカンカンで、担当者を変えてほしいと言っている。
どうやら月曜日に伺った村木君がいいと言っているのだが、それでいいかね?」
さすがに得意先からも苦情が出始めたか、加納の悪運もこれまでだ。
俺は、内心しめしめと思っていた。
しかし、俺も担当が少ない訳ではない、今でもギリギリで、YJ社まで抱えるとなると、相当にきつい。
そう考えていると、
「村木君が担当しているKD社だが、先日ようやく最初の取引が成立した。
さほど大きな契約ではないが、会社規模から考えて、今後は大口契約が望めるだろう。
そこで、KD社の担当を加納君に変更するつもりだ。
やはり、大手にはエースをぶつけないとね。」
「はあ?」
俺は、部長が言っていることの意味が分からなかった。
KD社は、長年契約が取れなかったので、どの担当者も敬遠していた会社だ。
それを俺が、時間が出来るたびに繰り返し訪問し続け、ようやく先週最初の契約にまでこぎつけた、いわば俺が開拓した会社なのだ。
それを、なんで加納なんかに。
「しかし、KD社は私が・・・。」
「いや、何も言わなくてもいい。
これは、決定事項なのだよ。
KD社は大手だが、見積もり比較がシビアで、なかなか契約を取ることが難しい会社だ。
ここを、加納君以外の担当者に任せていたのが間違いだったんだ。
加納君ならすぐに大口契約を持ってくるだろう。
じゃあ、引継ぎをお願いする。」
有無を言わせぬと言った態度だった。
一体何があったのか・・・、開いた口が塞がらなかった。
俺は、意気消沈して部長室を後にした。
課長も、掛ける言葉が見つからないのか、じっと押し黙っていた。
一人、加納だけが・・・、
「まあ、そう言う事だから、KD社の担当者名簿をよろしくな。
俺が担当すれば、すぐに最大顧客になるさ。」
加納はそう言いながら、やりかけの書類を俺の机の上に放り投げてきた。
見ると、YJ社宛の途中までの見積書だ。
ところが、発注先すら何も書いてはいない。
「これは・・・、納期が来週早々になっているが、どこへ発注する予定だ?
納期の詰めと、見積もり価格はどうなっている?」
「ああ、そいつはまだだ。
今日中に何とかする予定だったけど、俺はKD社にあいさつ回りに行かないとな。
村木が一緒だといいんだが、これをやらなければならないだろ?
まあ、本来なら引継ぎをしっかりやって欲しいところだが、仕方がない、勘弁してやるよ。」
そう言って、奴は部屋を出て行った。
後で女子社員に聞いたのだが、部長と一緒にKD社に向かったらしい。
しかも、今朝早くに加納は、部長室を訪問していたとまで聞いた。
つまり、奴はYJ社から苦情が来たことを察していて、先手を打って担当変更を申し出ていたのだろう。
しかも、部長にダイレクトに告げることによって、あたかも業務上の必要性があるかのように。
やられた、1年以上にわたって努力してようやく作った、KD社とのコネクションをただ取りされてしまった。
奴がエースと言ったって、先輩達から受け継いだ主要取引先のうち、懇意にしてくれる会社だけを選択して、しかも利益が出るギリギリの契約ばかり取ってきているだけだ。
契約金額は大口だが、利益率は全然大したことはない。
俺は、そう言った派手なパフォーマンスは嫌い、小さな契約でも堅実で継続性がある物を主体にし、更に新規顧客確保の努力を続けて来たんだ。
どうして、そう言った影の努力が評価されないのか。
今回も、たまたまKD社に赴いたら契約が取れただけのように思われているのだろうか。
男子たる者、表へ出れば7人の敵がいると古くから言われているが、本当に仲間とか同僚なんて信じることも出来やしない。
俺は、夜遅くまで掛けてようやく発注先を見つけ、見積書を作成すると急いで帰宅した。
明日は、早朝からYJ社へ訪問して契約してこなければならない。
ふと気が付くと、今日もギルドの中に居た。
昨日と違うのは、源五郎の外に2人の男と一緒に居ることだ。
「じゃあ、今日の仕事を探してみますか。」
俺は、そのまま部屋中央にある柱へと向かう。
そうして、宝探しの面を物色していると・・・
「せっかくレベルが上がったんだから、Yレベルの仕事にしませんか?
その方が、経験値も稼げますし、報酬もいいですよ。
勿論、それなりに危険も伴うとは思いますがね。」
源五郎に言われてふと気づくと、俺はZレベルの欄の紙をじっと眺めていた。
昨日までは何枚もなかったのだが、今日はYレベルの欄にも仕事が掲示されている。
「あ・・・、ああ、そうだな。Yの仕事を探そう。」
言われて初めて気が付いた俺は、視線を上側に切り替えた。
Yレベルの仕事は難しいのかどうか、依頼内容だけでは判らない。
しかし、報酬の経験値と金額が多いので、やはりそれだけ難しいのだろう。
それでも、クエストによって、経験値も金額も幅があるようだ。
俺は、東の森の洞窟の奥に自生している黄昏草の採取と、洞窟最深部にある宿り木の根の採取の2枚の紙を取った。
どちらも、4人パーティで1日の仕事となっているが、同じ洞窟内なので、何とかなるだろう。
「これでいいかな。」
残る3人の意見を聞こうと、紙を向こう側にして掲げて見たが、皆はそのまま受付へと歩き出していた。
仕事内容はお任せですか・・・、信頼されているねえ。
そう思いながらも、悪い気はしなかった。
「サグル様、源五郎様、チョボ様、タンク様のパーティですね。
チーム名はお決まりですか?
そうなされば、毎回参加者のお名前を読み上げなくても済むようになりますが・・・。」
いつものかわいらしい受付嬢は、満面の笑みで問いかけてくる。
「あ・・・、ああ、そうだったね。
忘れていたから、今回のクエストの最中にでも決めておくよ。」
そういえば、そんなことがあったなあと感じつつ、今日は気がせいていた為に、何も設定していなかったことを後悔した。
「判りました、リーダーの変更もございませんね。
では、頑張ってきてください。」
受付嬢は、人懐っこい笑顔とは裏腹に、あくまでも事務的に処理をしてクエスト票を渡してくれる。
俺は、それを受け取り、ギルドを後にした。
「じゃあ、まずは昨日貰った金で身支度を整えよう。
クエストをこなすと、アイテムがもらえることは判ったが、死んでしまったら金が半分になってしまう。
最初のうちは、ものに変えておくに越したことはない。」
俺たちは武器屋や道具屋を回ることにした。
胴巻きを手に入れたので、ブーツを購入した。
よく考えると、裸足のままだったのだが、不思議と平気で歩いていた。
しかし、今後ダメージがある毒の沼などに、はまる危険性もないとは言えない。
そうなった時に、少しはダメージが軽減されるだろう。
残りは、薬草と毒消し草の外に弁当も購入しておいた。
他のメンバーも、同じような買い物をしているようだ。
「すっかり忘れていて申し訳ない。
チーム名を決めないか?
俺は当面このメンバーのままで、パーティを組みたいと思っている。
だから、チーム名は必要だろう。」
買い物を済ませた後、村を出るまでの間の道すがら、俺は皆に少し待ってもらう事にした。
「いいですね、僕も考えてきました。」
すぐに源五郎が賛同してくれる。
「ああ、いいよ。」
「僕も、一応考えてきた。」
チョボもタンクも賛成してくれた。
「じゃあ、俺から・・・・カムラッドというのはどうだろう。
英語だが同士や戦友という意味の言葉だ。」
俺は、今朝、バーガーショップで朝食を取りながら、検索した結果を告げる。
別に英語が得意な訳ではないが、まあ、カッコいい意味と発音だ。
無難な線だろうと思って、記憶しておいたものだ。
「ああ、いいですねえ、僕も英語で4人の男ばかりのパーティだから、フォーメンズなんて考えていましたけど。」
源五郎が感心したように話しかけてくる。
「ああ、いいね。
俺はリーダー名を取って、チームサグルでいいと思っていたが、そっちの方がいいや。」
「僕はダンジョンマスターなんて考えていましたけど・・・。そっちが良いです。」
チョボもタンクも同意してくれた。
「ふーん、そうかあ・・・。
俺と源五郎君は実は日本人なのだが、チョボさんとタンクさんはどうなんだい?
個人情報にはなるが、国籍くらいは平気だろ?」
俺はふとある考えがよぎったので、念のために聞いてみることにした。
なにせ、視線の下部にある会話画面には国籍不明の記号なのか文字なのか、判別もつかないのような物が羅列されているだけだから、それでも俺自身は理解できているという事は、自動翻訳されているのだろう。
「俺は日本人だよ。それと、さんはいらないからチョボで良い。俺も、サグルと呼ばせてもらう。」
「僕も日本人。僕もさんはいらない、タンクで良いよ。リーダーって呼ばせてはもらうけど。」
「じゃあ、僕もリーダーって呼びます。君付けも外してもらって構いません。」
「あ、ああ、ありがとう。
源五郎のフォーメンズだが、4人だからシメンズはどうかな。
クエストが掲示されている柱も4面だし、そう言った意味も込めてヨンメンズとかシメンズと言ったチーム名もありじゃないかな。」
俺は、ふと思いついたことを口に出していた。
あまり自分の考えに自信を持つタイプではないので、みんなが賛成してくると、逆に不安になってしまうのだ。
実は心の中は、面白く感じていなかったりして・・・・、なんて余計な事を考えてしまうタイプなのだ。
源五郎の案だって馬鹿に出来ないし、ちょっと変えればそれなりに聞こえるんじゃ・・・。
「おおいいね、ダイレクトな英語でないのが気に入った。」
「僕も賛成。」
「僕も・・・やっぱり流石ですね。」
「じゃあ、ヨンメンズはあまりにもダイレクトすぎるので、シメンズにしたいと思う。」
何が流石なのかは分らんが、とりあえず俺一人だけの案は避けたいので、源五郎との共同制作のような形に落ち着いてほっと一息だ。
「あのー、昨日東の森へ行って、クエストをこなしてきた方たちですよね。
僕たちも今日は東の森のクエストを引き受けて来たのですけど、同行してよろしいでしょうか?」
立ち止まって長話をしていたら、見ず知らずの4人組に声をかけられてしまった。