第3話
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週末、待ちに待ったゲーム機が到着した。
ゲーム機というと、数十センチ角の箱型を思い浮かべるが、これはどちらかというと椅子というか、ベッドだ。
トレーニングセンターなどにある、リラクゼーション用の仮眠ベッドというか、良く宣伝している飛行機のビジネスクラスの座席のように、リクライニング機構が付いていて、寝られる椅子だ。
デモ機は、楕円形の繭を思わせる形をしていたが、こちらはもう少し流線型でスリムな感じがする。
いうなれば、安眠チェアーを百万円で購入したようなものである。
バイブ機能でもついていれば、マッサージチェアと考えることも出来るだろうが、勿論そんな機能はない。
しかも、1年契約なのだ。
高い買い物のようにも思えるが、装置を返還すればそれなりの下取りで引き取ってもらえるらしいし、追加契約は1年で20万円ほどなのだから、装置自体は80万円と言ったところか。
俺は早速装置をネットワークに接続し、セットアップした。
脳全体のスキャンはこの装置ではできないようで、既に契約時にデモ機で済ませており、俺用のデータをネットワークを介して読み込ませる必要があるのだ。
俺は夕食もそこそこに済ませ、歯を磨いて寝巻用のスウェットに着替えてから、ゲーム機に潜り込んだ。
これから、当分はここで寝泊まりだ。
ベッドは必要なければ処分してしまおうかなど、考えながら眠りについた。
空調費用など節約の為に、椅子にはヒーターと冷却用の冷媒が流れるパイプが仕込まれているらしい。
つまり、夏でも冬でも快適な温度に保たれて、しかも低消費電力で賄われるという、至れり尽くせりだ。
さすが、80万円と言ったところか、高いなりのメリットはある。
まず、仲間の選択画面が表示された。
限定百組という初回盤に契約した人たちだろう、名前のリストが表示される。
と言っても、当たり前だが本名であるはずもない。(俺は別として・・・)
まあ、名前をもじったりそのまま使っている人もいるかもしれないが、俺のハンドルネームはサグルだ。
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俺は、自分の名前が嫌いだった。
「お前は、まさにロープレをやるために生まれてきたようだな。
なにせ、村木摸だろ、村や木々を探って回るんだよな。」
小学校時代、クラスメイトにさんざん言われた言葉である。
それ以来、クラス替えとかの自己紹介では、“さぐる”を“ばく”と読んで、“むらき ばく”と告げる様にしていた。
まあ、名前の文字を変えている訳でもないので、先生も黙認していたようだ。
それ以来、社会人になっても“ばく”と読ませていて、“さぐる”を使うのは、こういったゲームの世界だけとなっている。
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リストから適当に選んでも良かったが、初めてだからどんな人たちかも判らないし、俺はパーティ人数を4人として、成り行きを選択した。
成り行きというのはお任せと少し違って、必ず4人選ばれるという訳でもなく、それこそ成り行きで3人だったり5人のパーティが組まれることもあるそうだが、基本は4人組みを目指すというもの。
お任せは、それこそ何でもありのようだ。
パーティ人数に関しても、最大も最小も制限がなく、何人で攻略してもいいのだが、ダンジョンにはそれぞれ持ち点があり、パーティ人数で頭割りされるそうだから、人数が多ければ攻略は楽かもしれないが、割り当ても少なくなる。
一人で攻略すれば総取りなのだが、そこまで簡単なダンジョンは、このレベルではないだろう。
なにせ、ダンジョンやイベントをクリアできなければ、経験値も金も得られないそうだ。
村の外へ出て、魔物たちに遭遇して戦って勝利しても、経験値も増えず、金も得られないそうだ。
但し、そう言った魔物たちの捕獲を仕事として引き受ければ、話は別らしい。
人数の外に、参加するクエストのレベルと1日で引き受ける回数を選択する。
ゲームをこれから始めるので、俺のレベルは最低のZで、当然ながら自分のレベル相当までのクエストしか選択は出来ないため、選べるのはZランクのクエストのみだ。
それと、回数に関しては、1回参加してあとは周りの様子を見ていようと言う人もいるのだろうか、基本的にクエストの攻略時間は、そのレベル相当の4人組パーティで半日程度という事だ。
だから、2人組で1日かけて攻略しても、4人組で1日2回同レベルのクエストを攻略しても、得られる経験値とか金は変わらないそうだ。
加えて、クエストの種類を選択できる。
このレベルだとクエストの種類は、人助けと狩猟と宝探しがあって、更に経験値優先と金額優先が選択できる。
何もわからないので、ここはお任せにしておいた。
俺は逸る気持ちを押さえながら、設定もそこそこに、ゲーム開始のボタンを押して眠りについた。
眠ることが、スタートというのも、何か変な感じなのだが・・・。
俺は、どこか知らないが、建物の中に居た。
周囲に大勢の人がいて、その喧騒が伝わってくる。
煙草の煙で白く曇ったようになっているそこには、受付のような大きなカウンターがあり、部屋の中央部分の柱には小さな紙片が大量に貼り付けられている。
そういや、俺はタバコを吸ったことはないので、喫煙をするかどうかの項目はNOとして置いたが、ゲームの世界だけでも喫煙することにしてもよかったかと、少し後悔した。
まあいいさ、あとで設定は変えられる。
カウンターにはクエスト申込みと清算に加え、記録の文字がある。
どうやら、ここはクエストを受注するギルドの建物のようだ。
ここで、冒険の記録も出来るという事か。
俺は、どんなクエストがあるのか、部屋中央の柱の方へと歩み寄って行った。
すると、巨大な牛のような動物の大群に襲われそうになったが、なぜかすり抜けたなどと言った話し声が聞こえてくる。
見ると、小柄な青年が大きな体付きをしたひげ面の男と、会話をしている。
「失礼だけど、君のうちどちらかは、先日のデモの時に一緒に体験をした人ではないのかな?
俺はサグル、あの時はNo.15と名乗った。」
俺(俺の分身)は、その二人に声をかけてみた。
普段なら、そんな面倒くさいやり取りなどもってのほかなのだ(人見知りだし、営業という口先がものを言う仕事をしているせいなのか、仕事がらみでなければ、他人と話すなど面倒なことは嫌い)が、なぜかここでの俺は饒舌だ。
アンケートの性格欄に、人懐っこくすぐに友達を作ると書いたからだろうか。
しかし、脳をスキャンしているのだから、そんな嘘はすぐにバレバレのような気もするが・・・、それとも、本人のこうありたいという願望のようなものは、ある程度は叶えてくれるのだろうか。
「ええ、はい。僕はNo.21です。
あの時に、ぜひ契約したいと言っておられたので、会えないものかと、周りの人に声をかけて探していました。」
そう言う彼は、あの時とは全く異なる外観をしていた。
すらっとした長身の青年であったのに、今は小さい青年だ。
確かに外観に関しても、初期設定で選択できるし、途中で変更も可能のようだ。
性別的なこだわりもないから、男が女性の分身を使ってもいい事は良いのだ。
それにしても、折角長身で恰好が良かったのに、わざわざ背の低い男を選ばなくてもいいだろう・・・、とも考えたが、人間どんなことにコンプレックスを抱くのかも分からないし、彼はこの姿がいいのだろう。
ちなみに俺は、年齢通りの外観で、実を言うとゲーム機が選択した基盤となる分身そのままを使っている。
それでも、大抵の人はそれを色々とカスタム化するので、ここまで純粋に変更がない奴は他に居ないだろうというのが、俺なりの考え方だ。
なんていうのは、あくまでも表向きのいい訳で、本当は我が身もかえりみずに分身を格好良くしていると言われたり、ファッションセンスを疑われるのが怖くて、与えられたままにしておいたのだ。
そうすれば、同じような格好の奴が何人もいて、慰め合えると考えていたのだが、どうにも当てが外れた。
みんなそれなりに個性を出して、顔や体型のパーツを組み合わせ、オリジナルの分身を作り出していたのだ。
さすがに、大金を掛けたゲームだからなのか、おかげで、何もしていない俺の分身は、逆に目立つようになってしまった。
規定値通りでも、現実の自分と見比べれば、格段に格好がいいのではあるが・・・。
「俺も、出来れば君にもう一度会って、一緒にクエストを行いたいと思っていたんだ。
さすがに今回は、説明書をバッチリ読んでおいたから、もう迷惑はかけないつもりだ。」
俺は、ゲーム機が納品されるまでの1週間、仕事の余裕があったので、説明書を熟読しておいた。
待ちきれない思いを紛らわす意味もあったが、やはりあの時の何にも調べずに参加したことを、悔やんでいたのだ。
「いやあ、迷惑だなんて・・・、こちらこそ助かったのですから・・・・。」
青年はそう言うと、少し顔を赤らめた。
「No.8の彼女にも出会えるといいのだが・・・。」
そう言って辺りを見回したが、あの時と同じ姿をしているとは限らない。
更に、一人一人聞いて回るわけにもいかないだろう。
向こうがこちらの事を、好意的に覚えていてくれるかどうかも不明なのだ。
一人だけでも、それなりの知り合いを確保できたことを良しとして、柱に貼られたクエストを物色することにした。
柱の面毎に、人助け、狩猟、宝探し、その他と分れていて、其々レベルごとに分類されている。
と言っても、今の所Zレベルの仕事がほとんどで、Yレベルが数枚。
それはそうだろう、始まったばかりから、既にAランクなんてやらせ気味の冒険者がいたら、すぐに契約破棄してゲーム機を送り返してやる。
もしかしたら、ここは初期レベルの冒険者が集うギルドで、これから行く先々ではそれに相当する高度なレベルのクエストが掲示されるのかも知れないなどと考えながら紙を眺める。
書いてある文字は日本語ではなさそうなのだが、なぜか意味は分かる。
俺の分身はこの言語に精通しているのか、よく考えればNo.21との会話も表示は日本語ではなかった。
それでも意味は分かった。
翻訳しているのではない、理解しているのだ。
それも、このゲーム機の機能なのか。
「これなんかどうだい、家の雨漏りの修理と草むしり。
他の仕事に比べると、経験値は低いし礼金も少ないが、どちらもこの村の中で出来る仕事だ。
Zレベルと言っても、経験値0じゃあ、とても村の外へ出て魔物たちと戦って、更にダンジョン攻略なんて事出来そうもない。
ここは、ある程度経験値を溜めて、更に薬草などアイテムをそろえてから外へ行こうと思うが、どうだろう。
それに、これなら人数が集まらなくても、2人で出来そうだしいいだろう?」
Zレベルと一口に行っても、其々難易度により貰える経験値や金に違いがあるようだ。
俺は比較的簡単そうな案件を抽出してみた。
「はい、いいですよ。僕も当面は簡単な仕事をこなして行こうと考えていました。
なにせ、準備金は百Gだけですからね。
死んで半分になっても困るし・・・。」
そう、とりあえず、冒険に先立って俺たちは最初から金を持っている。
百Gと言っても、薬草10回ぶんだが、それだと剣や防具などの武器も持てない。
やはりある程度稼いで装備もそろえたいところだ。
俺とNo.21は紙を手に持ってクエストの申込所へ歩き出した。
「そういや、君は何て呼べばいい?
俺はさっき名乗った通り、サグルで良い。
まさか、No.21を使う訳ではないのだろう?」
「ええ、はい、そう言えば名乗り忘れていました。
失礼いたしました、僕は源五郎でお願いします。」
「へっ?源五郎、本名なのかい?
それにしては古風な・・・。」
「違いますよ、水生昆虫のゲンゴロウ、僕は昆虫が好きなんです。」
「ああ、そうか・・・源五郎ね。判った。」
そうこう話しているうちに、カウンターへと着いた。
受付で、今むしり取って来たクエストの紙を渡す。
基本的に、同じクエストを複数チームで、同時に受けることは出来ないそうだ。
かといって早い者勝ちでもなく、クエストによっては特殊アイテムがゲットできるものも存在するそうだが、誰かがクリアしてしまえば、再度柱に掲示されるという事だ。
人に攻略されたくないと、ギルドで清算しないでクエストを独占しようとしても、クエストごとに期限があり、仕事を受けてから期限内に清算しないと未達成として、クエストが回収されるらしい。
そうなった後で清算しようとしても、無効となってしまう決まりということだ。
勿論、ゲットしたアイテムも消えてしまうようだ。
つまり、誰にでもチャンスはめぐって来るので、焦らずゆっくりと行儀よく・・・という事のようだ。
「サグル様と源五郎様の2名様のパーティですね。
リーダーはどちらの方が行いますか?」
「はあ?」
そういえば、そんなことも書いてあったか、パーティが受けることができるクエストは、そのリーダーのレベルに依るのだ。
つまり、リーダーがAランクでさえあれば、俺のような始めたばかりのZランクでも、Aランクのクエストに一緒に参加できるのだ。
勿論、そんなのに参加してもすぐに殺されてしまうのが落ちだ。
死んでしまった場合は、生きて参加していた場面が、そのクエストのどの段階までだったかで、配分される経験値や金額が変わる。
つまりAランククエストが100段階あるとして、1段階目を越えて初めて1/100の配当が得られるが、越えられなければ0だ。
しかも、仲間が早く死んだところで、残ったパーティメンバーが、配分の残りを受け取れるわけではないのだ。
残りは没収という形で、誰にも配分はされない。
誰も得することはないので、負担を少しでも減らす為、パーティメンバーは仲間を大事にするわけだが、同時に無謀なメンバー選択もしなくなる。
そう言った思惑があるのだろう。
しかし、今の場合は俺も源五郎も同じZレベルだし、どちらがリーダーでも構わない。
なぜなら、別にリーダーだからと言って、配分が多い訳でも何でもない。
この場合は、本当に形式的な事だけだ。
俺はどちらかというと、ついて行きたいタイプだが・・・。
「ああ、俺は別に・・・。」
「サグルさんにお願いします。」
源五郎に任せるつもりでいたのだが、押し切られる格好で俺がリーダーとなってしまった。
俺は、申しつけられたことに対して、簡単に拒否できる性格ではないのだ。
示された書類にサインして、クエスト票を受け取る。
最初の依頼先は、ギルドを出てすぐの建物だった。
ギルドというのも、よく見ると、デモの時に俺たちが入った、学びの館だ。
デモの時に来た村の施設が、そのまま使われているのだ。
俺は、かえってその事が、現実世界を利用していると言う触れ込みを、真実めかしているように感じた。
ギルドの前の通りを左に歩いて行ったところなのだが、雨漏りというより、屋根がないではないか。
恐らく、これから繰り返しクエストの依頼として使われるからなのだろうが、作っては壊すと言ったやり方ではなく、分業制で段階的に構築していくやり方に、ある意味潔さを感じる。
俺たちの役割は、屋根を取り付けるための、足場の構築だ。
竹のようにまっすぐに伸びた、木の枝を組んで家の骨組みに沿わせて、足場を作って行く。
竹かと思ったが、節はなく、ひたすら長い棒なので、かえって引っ掛かりがなく、十字に組んで紐で結びつけるのが容易ではなかった。
それでも、俺たちの分身は体重がないかのように軽いようで、細い棒で出来た枠に渡した、これまた薄っぺらい板で出来た足場を平気で渡って、組み上げていく。
俺は、実を言うと高所恐怖症なのだが、なぜかここでは平気で高いところも歩いて行く。
途中、その工事をしている大工の頭領みたいな人に、ここから北へ行くと大きな港町があることを聞いた。
多分、次の目的地なのだろう。
俺は頭領に、本日分の仕事を達成した証として、クエスト票にサインをしてもらい、その場を後にした。
次のクエストは、だだっ広いグラウンドのような原っぱの草むしりだ。
勿論、そのうちの小さな一角分だけが、俺たちの今日の業務分だ。
ここでは、南の方には強力な魔物たちが多いから、レベルの低い間は決して立ち入るなと言われた。
逆に、東の森は弱い魔物しか出ないので、冒険を始めたばかりの初心者にはうってつけだそうだ。
そうして、ここでも責任者にサインをしてもらい、戻って行く。
大工の頭領やグラウンドの責任者の姿は、肌が青黒く耳がとがっていて、目は大きめで黒目しか見えない。
手足の数は人間と変わりはないが、地球人という感じではない。
どうやら、現地人と合わせているようで、道ですれ違う村人たちと姿かたちが酷似している。
しかし、こちらの方は話しかけても俺たちに気づくことはないし、引き留めようとしても体をすり抜けてしまう。
いわゆる、次元の違う人たちだ。
そんな様子を観察しながら、ギルドへ戻って、精算所でクエスト票を提出すれば、業務終了だ。
ここで、記録をすれば本日は終わることになる。
初級レベルなので、宿屋に泊らなくても、記録をすれば自動的に体力も魔力も回復するという事だ。
この村以外では、宿屋で回復をしなければならないらしい。
俺は、もう少し村の中でも見て回りたい気持ちだったが、なぜかそのまま記録をして、ふと気づけば現実世界の朝だった。