第13話
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「どうやら、橋の工事の所で聞いた、何もない平原に存在する扉が臭いですね。
そこの扉を開けることができると、次の段階の世界へ行くことができるのではないでしょうか。
恐らくは、また別の次元へ向かうのだと思います。」
帰る道すがら、源五郎が説明してくれた。
どうやら、この世界でのクエストを全て完遂すると、更なるレベルを求めて新しい世界(次元)での冒険へ進めるらしい。
ふうむ、今のままでも簡単には終わりそうもないと思っていたのだが、更なる世界も待っているのか、これは楽しみだ。
ギルドへ戻って清算をして、道具屋で薬草を補充する。
念のため武器屋で鉄の剣を研ぎに出す。
タンクも鉄の爪を研ぎに出しているし、源五郎も予備の矢を購入している。
皆、念のための予備確保に余念がない。
なぜなら、自分の袋へ入れておけば重さも関係なく持ち運べるのだ。
余計に武器を持っていれば、戦いの最中に刃こぼれしても何とかなる、万一の時のつなぎだ。
そうして宿屋へ向かい、宿泊する。
どうやら、俺が出したメーカー見積りで、加納の案件は落ち着きそうだ。
逆ザヤだが損金は最小で済みそうで、俺がじかに交渉すればもう少し頑張れた等とふざけたことを口走る加納を無視して、いつものように得意先回りをして帰社した。
ところが、こうなると大手のKD社に対して、多少逆ザヤでも継続契約を取ってきたことは功績だと、部長がはやし立て始めたのだ。
こういった契約を続けて行けば、いずれ大きな契約が取れるのだと、加納の席まで来て大きな声で笑っている。
ちょっと前までは、契約遂行さえ危ぶまれて青い顔をしていたというのに、現金なものだ。
まあ、加納に関しては、そのような状況でも泰然自若としていたようだが・・・、奴は大物だ。
それとなく部長秘書に聞いた話だと、どうやら部長と加納の出身大学と学部は同じで、会社訪問を受けた部長が加納を引っ張ったらしい。
そう言った経緯があるため、部長自身の面子がかかっているのだろう。
どうやっても加納というエースが活躍してくれないと、部長の立場も危うくなってしまうのだそうだ。
それを知ってか知らずか、横柄な態度でろくに仕事もしない加納が、もてはやされているのだから、本当にたまったものではない。
とりあえず、俺は俺だ、加納のことなど気にせずに自分がやるべきことをやろう。
大きなものではないが数件見積り依頼を受けたので、メーカーへ打診のメールを送り、帰宅した。
このところ、平日はビールも飲まずに素面で寝る毎日だ。
体には健康的だが、精神面でもゲームで結構気がまぎれるせいか、ストレスもさほど溜まってはいない。
シャワーを浴びて、弁当の晩飯も急いで済ませ、ゲーム機に横たわる。
今日はファブの港町の東側のクエストを指定し、準備完了だ。
宿屋の受付にいつの間にか立っている。
よく見ると、この受付嬢もかなりかわいらしい娘だ。
宿屋を出て、武器屋で研ぎ終わった剣を受け取るとギルドへ向かう。
始まりの村よりも人通りは多く、誰もかれもが美男美女ばかりで、本当に目移りしてしまう。
数人の女の子とすれ違うと、すぐに振り向いてしまい、首が疲れてしまうほどだ。
本当に、こんな世界が現実世界ならば、彼女らとお付き合いできうる関係になりたいものだとつくづく思う。
大抵の人たちは、俺達と目を合わせることもなく、体がすり抜けてしまうが、そうでない人ですら、軽口どころか、挨拶すら躱すこともないのだ。
今は、ゲームの世界だから、イベントでもなければ話すことも出来ない、がんじがらめに縛られた関係だ。
別に、俺達がモテないわけではないと・・・、考えたい。
ギルドに到着し、受付嬢をちらりと見る・・・うーんやはり美しい。
そう思いながら、部屋の中央の柱へと向かう。
本当に、彼らと普通の人間社会のような関係を持てないのだろうか。
ここが、次元が違うとはいえ現実世界を借りているのであれば、その世界と一つになれれば、彼らと親しくなることができるだろうに・・・、などと思案にふけっていると、
≪ピカッ≫眩いばかりの閃光に辺りが包まれた。
目がくらむほど、一面真っ白で何も見えなくなる。
暫くしてようやく視界が戻ってきた。
何のことはない、ギルドの建物の中のままだ、それはそうだが・・・、
何やら外が賑わしい。いつも、それなりに外は人通りもありにぎやかなのだが、それとは違う。
何だ、とかどうしたといった声に交じって、悲鳴のようなものや、叫び声まで聞こえてくる。
ギルドの入口まで行ってドアを開けてみると、多くの人々が入り口前に詰めかけていた。
「おめたちは何者だ、突然光と共に現れて・・・。
化けもんか?ここは、おら達の運動場だ、そこに一瞬でこんなに建物を建てて・・・、おら達が望んでもいないことを、どうやってやった?」
列の先頭に居るスラリと背の高い格好のいい青年が、大きな声で話しかけてくる。
「ま・・・町の外に化けもんみたいな、大きな虫が飛んでいるだー。」
「出航した船が、化けもんに沈められたー。」
町人たちの列の奥へ駆け込んできた人々が、口々に叫びまわる。
何かのイベントかとも考えたが、どうやら違うようだ。
人数の多さや、人々のふるまいを見ても、さっきまですり抜けてしまっていた別次元の人たちだ。
彼らから、俺達は見えないはずなのだが、俺達を見て驚きを隠せない表情をしている。
何が起こったのか・・・、全く分からない。
「落ち着いてください、一体どうしたというのですか?」
俺はギルドから出て、大勢の町人たちに囲まれた。
「おめ、そんな恰好で俺たちに危害を加えようってのか?
お・・・おら達は、暴力には屈しねえぞ。」
先頭の町人に言われてハッと気が付く。
俺は鉄の鎧で全身を固めているのだ、急いで兜を外す。
「お・・・おめ、人間じゃねえな。
魔物か?魔物が現れたのか?」
「ち・・・違います、俺は人間です。
ただ・・・、あなたたちとは住む星が違うというか・・・、地球という遥か彼方の太陽系の惑星から来たのです。」
肌の色や目鼻立ちが違う俺たちを、奇異な目つきで人々は見つめる。
今までは、俺達が彼らを見て違う人種だと思っていたのだが、今度は彼らからそう言った目で見られるのだ。
「もしかすると、次元の違う世界と我々の世界が一つになったのかも知れません。
だから、彼らからしたら空き地であった運動場に、我々の施設であるギルドや武器屋や道具屋などが、突然出現したように見えたのではないでしょうか。
先ほどの目がくらむほどの閃光は、次元移動したときの衝撃でしょう。
僕も、この世界へ来てから、何度もここの人たちとコミニュケーションを取りたいと願っていましたが、みんながそう願ったのか、願いがかなったのでしょうね。」
いつの間にかギルドから出てきていた源五郎が、解説をする。
「おおそうだ、この星は願ったことが叶う魔法の星だ。
でも、そんなことは決して幸せな事じゃねえ。
だから、関係者全員が同じことを望まない限り、実現しねえように改善したはずだ。
それを、おめたちはどうやって崩したんだ?」
願えばかなう星?なんのこっちゃ。
とりあえず、町の外は魔物が出るので町から出ないように皆にはお願いした。
俺たちのクエスト用の魔物であれば、町や村にはイベントでもない限りは入ってこないはずだ。
そうして、海も危険なので当分出航は止めてもらう事にした。
「あの家を見るがいいさ。」
町の人たちを落ち着かせた後で、ギルドの建物の前で代表者の話を聞く。
すぐ目の前の家の縁側で、夫婦が仲良く談笑しているのが見える。
やはり美男美女だが、妻とみられる女性はスタイルも抜群で、更に見惚れるほど美しい顔立ちをしている。
彼女に見とれていると、彼女は突然思い立ったように立ち上がり、走って隣の家の中へ入って行く。
そうして、別の男性とその家の2階にあるテラスへ出て来た。
まるで夫婦であるかのように仲睦まじく。
「あれ?」
俺が思わず声を出す。
「おかしいだろう、彼女はその他にも5人の旦那と夫婦になっているんだ。」
「えっ、どういうことです?」
なんのこっちゃと俺が聞き返す。
この星では多重婚が許されていて、奥さんは掛け持ちで夫婦生活をしているという事か?
「うつくしいだろう?
みんなが彼女と結婚したがった。
そりゃ、誰かと既に結婚してしまえば多重婚は禁止だからこうはならなかった。
しかし、彼女が結婚できる年の誕生日に、7人の男たちが彼女と結婚したいと同時に願ったんだ。
その結果がこれだ。」
男は半ばあきれ気味に説明してくれる。
「その結果って・・・、先ほど別の方がおっしゃっていた、この星では願ったことが叶うという事ですか?」
俺が、念を押すように確認する。
願ったことが叶うなんて・・、夢のようだ。
「おおそうだ、願ったことが叶うんだこの星ではな。
だから、こんな不幸なことが生じるってわけさ。
かわいそうに彼女は毎日7人の旦那たちの間を、ぐるぐると回り続けなくちゃならないんだ。
そのうちの1人は俺だがね。
まあ不幸とは俺は思っちゃいないよ、1/7とはいえ、彼女と夫婦生活ができているしね。
しかし、彼女はどうだろう、幸せなはずはないよなあ。
だから、俺達は願ったのさ、願いがかなうにしても、その願いの関係する全ての人が等しく願わなければ、叶わなくなるようにって。
そうすれば、こんなバカなことが2度と起きることはない。
俺達だって、誰か一人を残して、他の6人が遠慮して彼女をあきらめさえすればいいんだが、こうなったからには、あきらめるなんて出来やしねえ。
だから、1/7でも文句を言わず、彼女との夫婦生活を続けているのさ。
こうなる前だったら、多分あきらめることだって可能だったろうからね。
大体、この星を照らすお天道様だって、遥か昔の人が願って、昼は3つで夜になっても一つの太陽が昇るようになっちまったんだからな。
それからはまあ、普通の生活ができていたんだが、おまえさんたちはどうやって、突然出現するなんて事が出来たんだ?
しかも大量の魔物たちまで引きつれて。」
男は信じられないといった表情で、俺達を見つめる。
信じられないのは俺たちの方だ・・・、願いがかなう星だなんて・・・。
だからか、だからこそこんな風に俺たちの分身が活動したり、魔物たちが出現したりクエストが出来たり、それらは全てこの願いがかなう星で誰かが願ったからなのか?
でも、全ての人が等しく願わなければ実現しないって・・・、どうなっているんだ?
「でも、結婚なんて双方が願わなければ、かなうものではないですから、元から当事者同士が願う必要性があったのではないですか?」
源五郎が、どうにも理解できないと言った風で、質問をぶつける。
「いや、そうじゃない。
願いがかなうんだから、俺が彼女と結婚したいと願えば、結婚できてしまったのさ。
なにせ願いがかなって、彼女も俺の事を愛するようになってしまう訳だからな。
それを防ぐには、彼女が俺とは結婚したくないって願っている必要性がある。
しかも俺が結婚を願うのと同時に願わないといけない。
だから、どちらか片方が願うだけで、結婚できてしまったわけだ。
それでもお互いに愛し合うから、幸せな生活は出来ていた、こんなふうな悲劇が起きるまではな。」
「ふうん、それで、関係する全ての人が同じように願わなければならないと、決めたのですね。
関係するというのは、親兄弟も含まれますか?」
「もちろん、親兄弟と両祖父までが願う必要性がある。」
男は当たり前のこととばかりに説明してくれた。
「その、全ての人が願わなければ叶わないって、一体いつごろに決められたのですか?
あなたも含めてお若いですから、ほんの1〜2年位前のことですか?」
源五郎が尚も問いかける。
「お若いと言われても・・・、俺達は歳を取らないことになっているからな、いうなれば永遠の若者よ。
だから、そうやって決めたのも結構な昔だよ・・・、何十年も前の事かもね。」
そうなのか、年を取らないって・・・不老不死まで叶うんだ。
「まあ、1年とか言ってもこの星の1年が地球の1年と等しいかどうかは判りませんけど、主たる原因は次元が違うからでしょうかね。
次元が異なれば、その次元内での全員が望めば願いがかなうのではないでしょうか。
今回我々ゲームをやっているメンバー全員が願ったことにより、この星の人たちの次元と合体したと考えられます。
我々側には、もちろん魔物達や村人や町人などのエキストラが存在しますが、彼らはイベントに対してあてがわれているだけですから、これまでは数に入ってはいなかったのでしょう。
なにせ、プログラムされたことしか会話も出来ませんでしたからね。
今後は、我々皆が望んだから普通に話すことができるようになるでしょうし、関係者の一員になったでしょうがね。」
いつものように源五郎の洞察力は見事だ。
この説明ならば納得する。
「なんにしても、こうなってしまっては、外に居る魔物たちも、我々が何とかします。
今までと違って、一度退治してしまえば、次々と発生することはないでしょう。
それまでは町から出ないでください。」
俺はそう告げて代表者に引き取ってもらった。
俺が全ての冒険者の代表ではないのだが、他の奴らだって異論はないはずだ。
なにせ、そう言った魔物退治の為に高い金を払ってゲームに参加しているのだ。
「でもラッキーじゃないか、これで、美人の姉ちゃんたちとも仲良くできるってぇもんだ。」
チョボが満面の笑みをたたえて話しかけてきた。
「いや、そう喜んでもいられないぞ、次元が移ったんだ、それが果たしてどちらの次元へ移動したのか問題だ。
この星の住人達が俺達の次元へ来てくれたのならまだいいが、俺達が移動したとなると・・・。」
俺は、難しい顔で答える。
「どっちだっていいだろう、そんな事。
要は、今まですり抜けていた人たちとも話どころか、仲良くだってなれるんだぜ。
これだけ美女がいれば一人や二人・・・。」
チョボはニヤつきながら辺りを見回す。
「いえ、非常に大事な事です。
下手をすれば僕らは孤立してしまいますよ。」
源五郎も厳しい表情で、チョボを諭す。
「ええっ、一体どう言うこった。」
「地球と通信が出来なくなってしまう恐れがあるという事だ。」
俺は、考えるのも恐ろしいことを彼に告げる。
「まずは、宿屋へ行って確認しよう。
まだ朝だが、1日くらい潰しても構わない。
宿で休憩して、地球で目覚めるか確認しよう。」
そう言うと、俺は宿屋の方へ歩き出した。
「お、おおう。」
チョボもタンクもついてくる。
源五郎だけが、一人立ち止まって考え事をしていたが、すぐに駆け足で追いついて来た。
「いらしゃいませ。4名様ですね。
おひとり様50Gになります。」
いつもの受付嬢が、いつものように応対してくれる。
俺たちは各自50Gを支払うと、そのまま意識が飛ぶのを待った。
ところが、何も起きないばかりか、番頭が出てきて俺たちを部屋へ案内してくれた。
10畳間くらいのフローリングの部屋で、ベッドが一つ置いてあるだけの簡素な部屋だ。
それはそうだ、この町へ来てから部屋へ案内されたことはない。
いつも、受付で金を払った途端に冒険が記録され、自分の部屋で目覚めるだけだ。
恐らく、こんな部屋の設定もなかったのか、あるいは誰かがのぞいた時の為に、部屋を作りベッドだけ置いておいたのか、どちらにしても本当にただ寝るだけの部屋だ。
仕方がないので、ベッドに横になる。
寝心地は悪くない。
俺は、そのまま目をつぶる。
長ーい時間が経過したように思える、俺は目を開けて周りを見回してみる。
周り中無機質な白い壁があるだけだ。
何のことはない、先ほど入った宿のへやのままだ。
眠っていないからなのか?いや、まだ午前中だし眠れるわけもない。
仕方がないので、起きあがって受付へ戻って行く。
そこには既に源五郎とタンクの姿があった。
「やっぱり戻れませんでしたね。」
「ああ、でも、寝ることも出来なかったから、意外と昼寝をすることはゲーム上も可能なのかもしれない。
だから、夜になってもう一度寝て見ないとよくは判らんなあ。」
源五郎の言葉に、俺は軽く答える。なるべく、心の中の動揺を隠すように。
「まあ、そうですね。
じゃあ、今日できることをやってしまいましょう。」
そうこうしている間にチョボも姿を現した。
こちらは少しは寝たのか、目を擦りながらの登場だ。
「ふぁーあ、やっぱり地球には戻っちゃいないみたいだな。」
俺たちはそのままギルドを目指した。
ギルドの柱には、たくさんの紙が貼ってはいたが、中身は同じものばかりだった。
“ファブの港町周辺の魔物退治”俺はその1枚を手に取ると、受付へ向かった。




