最終話:幸せを噛みしめるように
止まりかけの思考回路は目の前の光景を見て、完全に機能しなくなる。
これはどういう事だろう。
何が起きているのかさえも理解しようとしない思考回路を、何とか動かしいたのは他の誰でもないコウノスケの声だった。
「エリー!とりあえず部屋に運び込まないと!どこに運べばいい!?」
気がつけばコウノスケがじいやを抱きかかえている。
そうだ、こんなところで固まっている場合じゃない。今はじいやを助けないと!
思考回路がようやく正常にめぐるようになってきた。
「とりあえず私の部屋に運んで。図書館のすぐそばの扉よ」
コウノスケは分かったという返事の代わりに大きくうなずき、じいやを抱えて歩き出した。
私もコウノスケの後に続く。
何とかじいやを私の部屋まで運びこみ、ベッドに降ろした。
「ひどい熱だ。エリー、氷と水の張った洗面器を持ってきて。あとタオルも!」
私がコウノスケに言われたとおり水の張った洗面器、氷、タオルを持ってくると、慣れた手つきで看病を始めた。
私はコウノスケが言われた通りのことを着実にこなす程度しかできなかった。
気がつけば日はすっかり落ち、外は暗闇に包まれていた。
じいやを部屋に運び込んでから早六時間がたとうとしていた。
コウノスケは私の食事を作りに行くと言って、部屋を出て行った。
じいやの熱はいまだ下がらず、まだ容態は不安定だとコウノスケが言っていた。
…私にできることはないの?
眠っているじいやを見下ろしながら思う。
コウノスケに任せっぱなしなんて、嫌なの。
でも、何もできない私はただ見守るしかない。
どうすれば…役に立てる?
私は窓の外で不気味に輝く満月に照らされながら、一人部屋でうつむいていた。
その後、コウノスケが簡単な食事を作ってきてくれたので二人でそれを食べた。
甘すぎず、少し酸味を利かしているコウノスケの料理はこんな状況でなければ美味しく食べれたことだろう。
食べ終わると、コウノスケは食器を持って再び部屋を出た。
その際コウノスケに「手伝おっか?」と聞いたが、「いや、いいよ。じいさんのそばにいてあげて」と言われてしまった。
情けない。
何もできない自分が 情けない
何もできない自分が 恨めしい
何もできない自分が 憎い
そんな時、私に一つのアイデアが舞い降りてきた。
医療魔法
昔少しかじった程度だが、もう一度本を読めば唱えれるだろう
医療魔法はそこまで難しい部類ではない。
熱を引かせるだけならすぐにできるだろう。
私は自分の部屋を飛び出し、すぐさま図書館に向かった。
やった。これで役に立てる。
私だって役に立てるんだと証明できる。
頭の中が嬉しさで満ちていく。
私は早速、医療魔法の魔導書を引っ張り出し、読み漁り始める。
これじゃない、これでもない、これも違う。
あった!これだ!!
やっとの思いで見つけたページを読み始める。
方法はこうだ
1、額に手を当てる
2、手に魔力を貯める
3、呪文を唱える
たったこれだけのお手軽3ステップである。
方法と呪文さえ分かればもうこんなところに用はない。
本を投げ捨て、急いで図書館を出た。
その際、失敗すれば最悪死を招くという注意書きは一文字も読まなかったようだ。
部屋に戻ってきた私は呼吸を整え、ゆっくりじいやの額の氷をどかし手を当てる。
熱い…、でも、もう大丈夫。すぐに元気にしてあげるからね…。
目をつむり集中…。手に魔力が集まってくるのが分かる。
いける… 今だ!
私は呪文を唱え始める。
その間も集中を切らしてはいけない。
…唱え終わった。魔法はかけ終わった。
どうなった?しっかりできたはず、何も問題はなかったはず。
私は恐る恐る目を開く。
そこには…
もう、心臓が動いていないじいやの姿があった
えっ…?いや…えっ?なんで?おかしいでしょ?どうして?へっ?なに?なんでよ?しっかりできたじゃない。なに?どうゆうこと?失敗?失敗したの?ミスったの?いや、いやいや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。 ねぇ・・・?
扉が開き、コウノスケが入ってきた。
「エリー、お待たせ。じいさんの様子は…」
コウノスケはそこで言葉を詰まらせた。
コウノスケにも分かったのだろう。
私はぎこちなく首を回しコウノスケの方を向いた。
コウノスケは私の視線に気づいたようで、コウノスケと目があった。
「コーノスケ?」
私の感情のこもっていない高い声が静かな部屋に響いた。
「ねぇ、コーノスケ、笑ってみて?」
私は体ごとコウノスケの方を向きゆっくり歩きだした。
「コーノスケ、私のこと笑ってみて?」
扉際で立ち尽くすコウノスケは今だ無言でこちらを見つめている。
「笑ってって言ってるでしょ?」
コウノスケはまだ何も言わない。
「笑ってって言ってるでしょ!」
私は叫んで、コウノスケの胸に飛び込んだ。
目の縁が熱い。涙がぼろぼろと流れてくる。
そんな私をコウノスケはそっと背中に腕を回し、私を抱きしめてくれた。
コウノスケの体は温かく、ぬくもりに満ちていた。
コウノスケのぬくもりと、こんな私を抱きしめてくれた優しさに包まれ、私は子供のように泣きじゃぐった。声を上げ、ただただ泣いていた。
どれほどの時間泣いていただろう。
涙も絶え絶え私は少し落ち着きを取り戻した。
それでも、このぬくもりが気持ちよくてあと少しだけこのままでいようと思った。
何故だろう、安心できる。
コウノスケがいる。ただそれだけのことで安心できる。
大丈夫だよと言ってくれている気がする。
コウノスケがすべて受け止めてくれる。そう思えてくる。
コウノスケは私が思っているよりも、私の中ではるかに大きく、強く支えとなっていた。
ダメ、コウノスケがいないなんてダメ。
コウノスケが…必要なの。
「ねぇ、コウノスケ」
私はコウノスケの胸から離れ、しっかりと自分の足で立った。
「私ね、ダメなの。コウノスケがいないとねダメだったの」
コウノスケの顔をジッと見つめる。
「だからさ、これからはずっと私のそばで支えてほしいな」
その言葉に対してコウノスケは、優しく微笑んで静かに「うん」と言ってくれた。
そして、さっきよりも強く私のことを抱きしめてくれた。
コウノスケのたくましい腕の中で私は、一筋の涙を流した。
~end~
最後までご愛読していただきありがとうございます。
一万五千字程度の短いお話でしたがいかがでしたでしょうか?
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