幸せの時間を
「とりあえず行ってみよう」
さんざん悩んで、一日費やして出した答えがこれかよと自分でも突っ込みたくなるような答えである。
しかも、その答えを出した理由が『大丈夫、意外と何とかなるもんだよ。コウノスケもいるしね』という、何に悩んでたんですか?と思わず聞きたくなるような理由である。
窓からはいつの間にか日が差し込んでおり、小鳥のさえずりさえも聞こえてきていた。
さて、行くと決めたからにはそれ相当の準備が必要だ。
まず、私が魔女だとばれないよう自分自身へ魔法をかけることが最優先だ。
しかし、私もまだ16という若い魔女。経験も浅く、使える魔法も初歩的なものばかり。
そんな私が、周りの人をだますような高等な魔法が使えるはずもなかった。
「せめて、この手のアザだけでも隠せるようにしないと…」
魔女の決め手ともなる手の甲のアザ。これが隠せると隠せないじゃ全然違うだろう。
私は図書館のさらに奥にある埃のかぶった本棚から一冊に手に取った。
その本には、『高等魔法:変身分野 初歩的魔法編』と書かれている。
もっとも、私じゃ初歩編すらすべて分からない。それほど高等魔法とは難しいのだ。
その本には、様々な魔法が載っていた。
別の人間とそっくりになる魔法
小動物に変身する魔法
一瞬で瞳の色を変える魔法
そんな魔法の中に、私はお目当ての魔法を見つけ出した。
傷、アザを完全に見えなくする魔法。
これだ、これが私の探し求めていた魔法だ。
魔法の使い方はこうだ。
まず、見えなくしたい傷、アザを囲むように円を描く(何でも良い)
次に、その円の中に魔力をため、呪文を唱える
すると、円の中の傷、アザは完全に見えなくなる
高等魔法にしてはいささか簡単すぎる難易度。
それもそのはず、これには欠点があるからだ。
欠点は二つ。
1、一時間で魔法が解けてしまう事
2、誰かに魔法をかけた部位(頭、胴、腕、足で分けられる)に触れられると魔法が解ける事
しかし、逆に言えばこれらに注意すれば私のような見習い魔女にでも、少し努力すれば使えるということだ。
私は、早速魔法の練習に取り掛かった。
…魔法の練習を始めて早三日。
約束の日曜日はもう、明日に迫っていた。
「できた…やっとできた」
時刻は夜の十時。窓からは月が少々不格好な形で光っているのが見えている。
なんとか、私はアザを完全に隠せるようになった。
しかし、魔法をかけるまでに三分もかけないと完全には消えてくれなかった。
凄腕でもなくとも三十秒でかけ終えることのできる魔法を三分。
遅い、遅すぎる。私はどれほど落ちこぼれだというのだ。
しかし、もう、私には練習するだけの体力も魔力も残っていなかった。
これ以上練習して明日、魔力が足らず使えないなどになったらシャレにならない。
私は自室で休むため、図書館を後にしてすぐ横にある自室のドアノブに手をかけたとき戸を激しくたたく音が聞こえた。
こんな時間でもお構いなく戸を叩くような輩はあいつしか思い浮かばなかった。
二階で休んでいたはずのじいやが飛び降りてきて流れるような手順で開錠し、戸を静かに開けた。
案の定、そこにいたのはコウノスケである。
手には何やら大きめの紙袋を抱えており、息を切らしていた。
「エリー、これ、明日着てくれたらうれしいんだけど。どうかな」
コウノスケは息を整えもせず紙袋を私に突き出した。
私はそれを受け取り中を覗く。
中には純白のヒールと可愛らしい少し深めの帽子、そして、雪のように白いワンピースが入っていた。
どれもなかなか高そうなものばかりである。
「これ…どうしたの?」
「この三日で何とか揃えたんだ。エリーに似合うかなと思って」
なんとコウノスケ自身が自分で貯めたお金で買ったというのだ。私の為に。
嬉しい。嬉しいけど…
このワンピースも帽子も靴も、見た限りかなりいい素材を使っているように見える。
コウノスケは工芸家に弟子入りして給料をもらっている身。
お世辞にもいい暮らしをしているとは言い難い暮らしのはずだ。
それなのにこんなに高級品を買ってきたということは…
コウノスケをよく見るとやや、やつれている気がする。
「しっかりご飯食べてる?」
コウノスケは私の問いかけに少しビクッとし、明らかに目線をそらした。
食べていないのか…。しょうがないなもう…。
私はじいやに適当なものを作らせ、コウノスケに渡した。
コウノスケは少し照れた様子でそれを受け取ると、また明日と言って暗い道を帰って行った。
もう、私のことより自分を大事にしなさいよ。明日、あんたが倒れたら元も子もないんだからさ。
私は紙袋をギュッと抱えてそんなことを思った。
その時じいやが私の隣で少し咳き込んでいたことに私は気がつかなかった。
【2014/07/03追記】設定上のミスがありましたので訂正させていただきました。