不可解と表舞台
『帰還魔法には準備が必要です。けれど、今は情報収集を優先しましょう。
また、戦闘能力を他者に気づかせぬよう、気をつけてくださいね』
初日の結論から数週間。
三人はまず、家庭教師兼使用人だと思われる人物との意思疎通を最優先に行動した。
それまでの間に三人は、全ての飲食を断り、訓練も言葉の壁を理由にやんわりと逃げて、支給品は簡素な庶民服しか受け取らなかった。
王国側は当然、三人の様子に困惑し改善させようとする。
しかし、改めることはついぞ無かった。
絶食状態と思われている三人がピンピンしているのだけは、謎を解明しようと動きがあった。
けれど、それさえも充分な証拠が揃わず、うやむやのまま一月の歳月が過ぎようとしている。
最初に日常言語を習得したのは賢者であった。
応用に進みつつ王国図書館に通う日々は、情報収集というより趣味になっている。
と云っても、それを表向き知らせてはいないし、図書館も隠れて行っているのだが。
続いて赤髪の少年も日常会話ならつっかえることなく話せるまでに成長する。
問題なのは、三人目の青年、魔闘士だ。
魔闘士は興味のないことを学ぶ姿勢が極端に低い。
それは異世界であろうと変わらない事実であり、他二人が通訳してくれそうという状況で真面目に覚える気が余計になくなり、学習進行が完全に停滞していた。
「……無理に覚えさせなくても、いいんじゃないか」
「……そう、ですね」
天才肌の二人の諦めにより、魔闘士本人の言葉学習はここに終了した。
☆
すでに訓練を受けている五人の風景を通りがけに眺めた後、三人は巫女姫への面会を願った。
三人は一月も放置してもらって多少の後ろめたさがあるものの、逆に開き直って話を聞くことにする。
賢者達の予想通り、召喚理由は『破滅からの救済』であった。
破滅とは云うが、侵略者である。王国はそれらを【異形魔】と呼んでいた。
王国は、世界の人類の存亡を掛けて、八人の勇者とやらを呼び出した。
勿論そこまでに至るのがすぐだった訳ではなく、王国や他国が協力して戦い続け、人類の減少と比例して異形魔の数が増えていると調査で判明し、覆そうと試みたそうだが悉く失敗に終わり、最後の希望として召喚魔法を発動し、現在に至るということだ。
なぜ、八人の勇者なのか。
それは千年前の召喚記録で登場した伝説の勇者達に由来するらしい。
それからは『世界を救う勇者達は常に八人でなくてはならない』という考えが通例だとか。
その話を聞き終えた三人の相違は、『ああ、そうなんですか』という素っ気ないものだった。
「お三方もその勇者として御呼びしたのです。どうか、我等に力をお貸しください……!」
「「興味ないです」」
「……えっ?!」
即答の返事に巫女姫は素っ頓狂な声で驚いた。
行動には、義務や責任や損得勘定と、色々なものがある。
しかし、自力でどうにかできてしまう三人には不必要であった。
脅しも通用しなければ、殺し合いになるなら受けて立つ心構えもあった。
また今すぐ追い出されるのなら、ご好意で貰った庶民服も返却し去る気満々なのだ。
「お、お待ちください! 成功した暁には望む報酬を用意します! ですから……」
「いりません」
「それに、勇者が一番望んでいるものが用意できるんですかー?」
「!?」
一番の望みはきっと、『元の世界に帰還させる魔法』だろう。
けれど今の説明の中には、戻れると言う言葉が一つもなかった。
「その様子では無理のようですね?」
「代わりに富、名声、女? そんなものいらない」
「その前に使い潰されるのが目に見えています」
「生き残る保証が、まずないしなぁ」
「勇者の責務? 義理? 誇り? ……ただの貴方達による責任転嫁でしょう?」
「新しい居場所や生涯ってのも、勘弁だな」
「「俺(私)達は、俺(私)達自身で生きる場所も在り方も決めます」」
震える巫女姫を、三人はつまらなそうに眺めている。
彼女の瞳には、ただならぬ殺気が込められていた。
「……どう我々が云おうと、お受けしていただけないのですね?」
「ええ」
「ここで襲われて殺されようとしても、願い下げだな」
「……それは、残念です」
室内にぞろぞろと騎士達が詰めかけ、巫女姫を守るように前に立ち、三人を取り囲んだ。
「その者達を捕らえなさいっ!」
☆
たしかにあの時、号令により騎士は三人の異世界人を取り押さえようと動いた。
すると、今まで無言であった青年が突然踏み出し、その場に居た騎士全員を吹き飛ばしたのだ。
一人の総重量が100ガラクが平均で当たり前の騎士を、瞬く間にである。
しかも、魔法を使わずに己の筋力と技量でやってのけたのだ。
驚いて固まっている巫女姫は完全に無視し、そのまま勢いをつけて扉を蹴破った異世界人達は、王城の騎士達を千切っては投げ、千切っては投げ、を繰り返し、最後には閉じられた城壁を暗殺者のように駆け上り、城外へと姿を消した。
踏みにじられた王国は、異世界人三名を世界規模の指名手配として多額の懸賞金をかけた。
異形魔の脅威の中大胆な試みは予想通りというか、異形魔との戦いが優先され、指名手配の件は庶民から忘れ去られていった。
残りの五人の勇者は文句や衝突が耐えなかった。
それでも続いたのは、素直な性格の者が多かったからだろう。
五人は本当の勇者として、王国を旅立って行った。
それから二年後に、異形魔の王を討ち滅ぼしたという知らせを届くことになる。
勇者五人が異形魔の王との決戦で辿り着いた大地には、すでに何も無かった。
ただ、真っ平らな地表だけが静かに横たわっているのみ。
かつてこの地に、何があったのか。
識る者は、もうどこにもいない。




