認識は擦れ違う
「魔法が効かない?」
「左様でございます」
儀式から数刻が経過した現在、王国にて"巫女姫"と謳われるアルカシェル姫は、魔導師長の報告に眉を顰める。
八勇者を召喚できたのはよかったのだが、その内の三人に加護が行き渡っていない事態が発覚。
早急な対策として、魔導師長を合わせた数人で簡単な加護魔法だけでも掛け直せと姫は命令を下した。
しかし、その命令は無駄に終わってしまう。
「なんてこと……これでは、勇者が揃わないではないですか!」
「姫、落ち着いて下さい」
「貴方が冷静すぎるだけです、魔導師長!」
地団駄を踏みそうな姫を、手慣れた様子で白髪の老人である魔導師長が窘める。
二人は姫と臣下である前に、魔導師の師弟関係という親しい間柄ゆえの会話だった。
「そも召喚の儀とは、【力ある者】を手繰り寄せるものでございますからね」
「ならば、彼等は既に強者である、と云いたいの?」
「あくまでも憶測です。他の可能性として、魔法を受け付けない体質も考えられますからな」
「……そう」
勇者召喚の儀。それはこの世界の女神より賜った神代より続いている秘技。
あらゆる魔法に関係する者達が研究したが、いまだその仕組みは解明されていない。
しかも前回の召喚記録は100年以上前とされる上に、亡国の切れ端文献しか残ってなかった。
「女神の魔法陣は絶大です。悪しき心を持つ者が呼ばれることはないでしょう」
「だと、良いのですけれど」
溜息を吐きながら、姫は窓の向こう側を眺め、先程の応接間での出来事を思い出す。
説明は滞り無くできたが、その後が大変だった。
『いきなり誘拐して、さらに私達を救ってくださいだぁ!? そんなの俺達に関係ないだろうが!』
『そうよ、早くお家に帰してよぉ!』
少年少女達の抗議は正論ではあった。
けれど、呼ぶ方法しか知らない王国側の人間はその訴えを受け入れることが出来ない。
埒が明かない状況に、まずお互い落ち着く為に休息が必要だと判断した姫は、八人を用意していた客間へ案内させることにした。
云い足りない者もいたが、渋々といった面持ちで解散となる。
今回の召喚で招かれた者達は、これまでの会話から三箇所の異世界から来たことが予想される。
黒髪や茶髪の少年少女達三人の帰りたがっている世界、"チキュウ"。
民族衣装を身に纏った青髪の双子である二人がそう呼ぶ世界、"グディラル"。
そして、意思疎通ができず魔法も効かないという謎の三人組の世界、となる。
見た目も服装も違う彼等彼女等を合わせた八人は、今日この日より、我らが住まいし世界"シーリンダス"で勇者となる運命を歩み始めるのである。
八勇者の補佐に選ばれた姫は、未来の行き先が幸運であるよう、祈る気持ちで瞳が閉じた。
☆
客間は一人につき一室が用意されていた。
豪華よりも清潔さが目立つ、従者が使いそうな白壁の部屋である。
付いて行くままに行動し終えた後、件の言葉が通じない三人はその内の一部屋に集合していた。
「……ずっと、考えていたんだがな。賢者」
「はい、なんでしょうか?」
赤髪の少年が睨むように、【賢者】と呼んだ銀髪の眼鏡の少年に聞く。
「お前さん、実は召喚魔法に気づいていただろう?」
「ええ、気づいてました。それが何か?」
「やっぱりかぁぁぁぁあ! しかも回避しようと思えばできたんだろ?!」
「……テヘペロ☆」
「テヘペロ☆、じゃぬぇぇえ! 後そこのぐうたら魔闘士は寝るな馬鹿ぁ!」
「ぐえっ」
ツッコミと同時に軽い蹴りをいれられ、【魔闘士】の青年が寝台から転げ落ちる。
魔闘士は眠た気な顔で二人を見上げる。やはり、どこまでもやる気がなさそうであった。
「……まだなんかあんの?」
「こういう時こそ話し合いだろ! こんの自由人どもが!」
「まあまあ。落ち着く為に、お茶でもいかがですか?」
笑みを零しながら賢者は鞄から、ティーセットと茶菓子を出して並べていった。
備え付けられている何も置かれていなかった机の上に、可愛らしい空間が展開されていく。
怒りを放り投げドカリと座った少年に遅れて、魔闘士も素直に着席する。
「折角ですから、お茶会の続きといきましょう」
「ああ、お前はそういう奴だったよ……畜生」
少年は早くも白旗を掲げて、目の前の茶菓子に集中することを決めた。
けして、趣向品に目移りした訳ではない。そう少年は思っている。
「一息ついたことですし、今後の注意点を私から伝えたいと思います」
「「ふぁーい」」
「第一に、『我々はこの世界のものを飲食してはなりません』」
「まじで……?」
「故郷に戻る際の妨げは、事前に避けるべきですからね」
「いきなり糞ルールだな、おい」
「幸い、私が亜空間収納魔法で食料を持っていますので、少なく見積もっても二、三年保つかと」
世界が違う、ということは生命を構築する物質が別物を指している。
そして、生命を維持していくのは『食事』だ。この世界の物質を取り込めば、段々とこの世界に馴染んでいく可能性が高い。
まさに、生まれ変わると表現してもおかしくない現象であった。
「第二に、『我々は自己世界を維持する為以外に魔力を使ってはいけない』」
「「はああああ!?」」
自己世界を維持する、とは一体何だろうか。
結論から述べるなら、魔力で肉体と世界との間に境界線を引くことだ。
故郷の世界の魔力を常に全身に循環させ、この世界の魔力に浸食されないように防衛する。
また、こちらからも魔力で攻撃しないことで、異なる魔力同士を喧嘩させない方法である。
「それこそ糞ルールじゃん! それじゃあ何か? 俺達には物理攻撃一択しかないってか!?」
「その通りです」
「うわああああああ現実って残酷ううううううううう!」
「攻撃の幅が、激減……詰んだら、どうしよ」
「私達なら大丈夫だと思いますけどねぇ」
「「もしもを考えて下さいお願いします賢者様」」
三人の会話が進み、時刻は夕方に差し掛かろうとしている。
言葉がお互い通じぬとはいえ、食事には呼ばれるだろう。
はじめから食べることを諦めた三人は、それを辞退するつもりだ。
「そういやぁ、ここへ来るまでに変な魔法を向けられたけど……あれはなんだったんだ?」
「おそらく、召喚時に掛かる魔法の簡易版ですよ。自動翻訳等の効果があると考えられます」
「オレ、跳ね返しちゃったけど」
「いいんです。厄介になるであろう鎖は、前もって叩き壊すに限ります」
「鎖、ねぇ……」
召喚された他の者達は気づいているだろうか。自身に魔力の鎖が絡み付いていることを。
大きな力を与えるとは、即ち心身や魂さえも馴染ませようとする行為であり、この世界の一部にする儀式。
そこに、悪意は無い。他意はない。
ごく自然に、生きられるようにしようと誰かが祝福を与えているだけだ。
それにしても、世界の意志にしては、幾許か感情が強すぎる。
だが、それに近い何者かの仕業であることは、想像に難くない。
「どちらにしても、大丈夫でしょう? " "である、貴方ならば」
彼等の間にのみ通用する馴染んだ称号を聞けば、少年は不敵な笑みで応えるだけに留めておいた。




