八勇者召喚
人類の命運を掛けた、暗雲ばかりが続いていた空が珍しい快晴を告げたまさにその日。
大理石に囲まれた宗教めいたその場所にて、大掛かりな魔法儀式が執り行われようとしていた。
儀式を任された魔導師達は、任された位置に佇んで一斉に詠唱を開始する。
その光景を固唾を呑んで見守る姫君と騎士達。
詠唱していくにつれ、中央に広がる敷地に魔法陣が輝きながら浮かび上がっていき、儀式が完了する瞬間、目を覆わんばかりの白光が辺り一帯を覆い尽くす。
光が止んで視界が開けた先には、先程まで誰もいなかった筈の魔法陣の上に八人の人間が現れていた。
勇者召喚が無事に成功した証である。
姫が騎士達が、疲れ切っている筈の魔導師達でさえ歓喜に沸き上がった。
しかし、唖然とする召喚された者達に、一足早く気付いた姫が歩み寄る。
一番近い黒髪の少年の前で立ち止まり、姫は凛々しい表情でドレスの端を可愛らしく摘まみ上げ会釈した。
「我々の世界へ、ようこそ御出でくださいました。八勇者様」
「……はぁ?」
「なんだって」
「八、勇者?」
困惑する似通った制服の少年少女三人の声に、姫は深く頷いてみせる。
「突然の事態に驚かれていることでしょう。まずは、詳しい説明は別室でさせていただきたい」
『ちょぉおっと、タンマ! 話し合いの時間をくれ』
よろしいでしょうか? と云う筈だった言葉は別の者の大声に掻き消された。
頭が理解してすぐ、姫の顔がみるみる青ざめていく。
その理由は、大声の人物にちゃんと加護魔法が掛かっていなかったからだ。
それどころか二人の召喚者が加わって聞き及んだことがない言語を、姫達の焦りを素通りして話し合いを始めたのである。
『よーし、お前ら情報整理するぞ』
『……確か、私達は久しぶりに会ってお茶会をしていた最中、でしたよね』
『その最中に謎の穴に吸い込まれた気がすんだけど』
『なら、謎の穴=召喚魔法か?』
『そうなるでしょうね』
『うわー、まじかー』
『そして、相手が話す言葉を俺は知らんのだが』
『オレも知らね』
『私も存じあげません』
『と、いうことは?』
『いうことは?』
『ここは異世界である、という答えが妥当です』
『ですよねー』
『ですよねー』
いまだ茫然自失である他の召喚者達も置き去りに、三人の会話がこそこそ続いていく。
最初に大声をあげた一人目は、燃え上がる焰のような長髪を纏った少年である。
大きい瞳にも関わらず吊り上がった目元が凛々しさを強調し全体的に整っており、将来美形になるのだろうと予想できた。
着流しているゆったりとした衣服は殆どが漆黒だが、よく見れば銀糸と紺糸で縫われた木目細かい刺繍が美しい、平民出身とは考えにくい姿形であった。
追随した二人目、真面目そうな眼鏡の少年は銀髪と赤目という珍しい色合いであり、その素肌も色白で一見すると儚い印象を与える。だが、その瞳の力強さを見れば違う印象にすり替わるだろう。
こちらもゆったりとした衣服を着ており、白を基調としたその造形は魔導師か聖職者を連想させた。
そして最後の三人目、やる気がなさそうな態度のまだ幼さが残る青年は、十人のうち九人が振り返るであろう華やかな美形である。
その髪は夕日のような橙色で、光の反射によっては金色にもなるようだ。
鍛えられた腕を惜しげも無く晒した青色の衣服は、武術家特有の軽装備となっている。
『言葉を理解できないのは久々だな』
『あちらの目論み通りにならなかったのは、私達にとって僥倖か不幸か。……どちらにせよ、言語習得するしかありませんけどね』
『めんどくさっ』
『ゴラァ、面倒くさがってる場合かぁ!』
『そうですよ、生き抜く為には言語情報は必須ですからね』
『ウヘェー……』
『一先ず、あちらにおられるお嬢さんの指示に従いましょう。声音具合と仕草や動きである程度は予測できる筈です』
『微妙な展開になった場合は、各自の判断で動くってことでいいか?』
『いいんじゃね?』
『ええ』
『じゃあそれで』
気が済んだのか、三人は顔色が回復していない姫へ向き直った。
予定外の非常事態。だが、このままという訳にもいかない。
一抹の不安を振り払い、姫は八人を見渡しなおした。
焦ってもしかたない、そう判断したのか。召喚者達は無言で姫を見据えている。
「……それでは、応接間に移動します。皆様、付いて来てくださいませ」
今度は全員が大人しく指示に従う為に立ち上がる。
姫を先頭に、側に騎士が二名が先行する。自然と八人は列をなして歩き出した。
さらに後ろから、残りの騎士達が続いて来る。
残った魔導師達が、その歪な一団を敬礼で見送った。
『今から説明だったら、俺等理解できないけどどうするよ?』
『そうですねぇ。できれば言葉を理解してから後日に説明がいいですが、それも伝えられませんし……』
『ふあぁ〜あ、眠ぃ』
今後問題視されるであろう三人が、小声とは云え異世界語で話している。
それに姫も騎士達も答えることが出来ず、歯痒い思いを抱いていた。
当の本人達は何故かお気楽そのもので、危機感というものが見受けられない。
そんな三人にあてられてか、他の五人も少なからず緊張が和らいでいた。
長く続いた赤絨毯の廊下の途中で、大きな扉が前に辿り着く。
騎士達が扉は開き、姫と八人は応接間へ入っていった。
その部屋は、先程まで居た儀式大広間に負けない、きらびやか室内建造と装飾が施されていた。
萎縮する少年少女達へ、姫はそれぞれ椅子に座るよう促す。
全員が座り終えた後、姫は一呼吸を置いてから、八人の勇者へと告げた。
「では、皆様が何故この場に訪れることになったのか。私から説明させていただきます」
真剣な表情に変わった姫。
見え隠れする感情を伴いながら、八人の勇者達は耳を傾け始める。
窓に映る景色は、青空から薄暗い雨空へと移り変わろうとしていた。




