初戦
そして、ついにトーナメントの日がやってきた。全二日間の日程であり、前半が団体戦であり、後半が個人戦である。
学内トーナメントとは言うが、試合の行われるのは王都にある総合訓練場であり、ここでは市民による感染も行えるよう広い設備が備え付けられている。王立アカデミーにおける新入生歓迎のほか、市民に対しても将来の騎士候補生たちの勇姿を見せる場ともなっている。王宮騎士たちもこの試合を観戦し、どのような人材がいるのかを見ていく。王宮騎士と言っても、多くの部門や部隊に分かれており、それぞれ優秀な人材を求めている。近衛騎士団や王宮魔術師団、王都警備隊、国境警備隊など、大きいものから小さなものまで多く存在する。
「セウス様」
「お疲れ様、ペルゼン」
選手控室に向かうセウスはこの日のために会場内の結界を点検していたペルゼンにそう声をかけた。
セウスや貴族たちが試合の観戦に来るため、王宮側も支援は惜しまない。いくら騎士や候補生たちがたくさんいると言っても、何があるかはわからない。外部からの攻撃に耐えうる強固な結界は、王都中に張り巡らされているが、さらに強化している。やりすぎて悪いことはない、ということだ。
「それにしても、相変わらずですね」
「そうだな」
ペルゼンの言葉にセウスは同意する。
ペルゼンもかつては参加したことはあるし、セウスも父母とともに観戦に来たことがある。
あの時繰り広げられた戦いは、今でもセウスの脳裏に深く焼き付いている。
セウスは未だ戦争や戦闘は体験したことはない。だから、彼の脳裏に浮かぶ戦いの情景は常に、この闘技場での出来事である。
「懐かしいなあ、数年前まではここでああやっていたとは」
「やはり、プレアデスと団体戦に参加したのかい?」
まだセウスの物心つかない頃に学生であったペルゼンとプレアデス。友人同士ならば、二人で組んでいたのだろう、とセウスが言うと、「いいえ」と魔術師は首を振る。
「どっちもほかの団体に属して、決勝で戦いましたね。結局、こちらが負けましたが」
そう苦笑いするペルゼンだが、個人戦ではペルゼンが勝ったのだという。
「いやはや、魔術師が騎士に勝つなんて、私が初めてだったらしいですからね」
プレアデスの接近を阻みながら、どうにか術式を構築するので手いっぱいであり、まさか勝てるとは、と当時は思ったようだ。
普段はやる気のなさそうな顔のペルゼンだが、プレアデスとは良き友人同士であった。切磋琢磨してきた二人は、たがいに敗けたくはなかったろう。
「まったく、あのころは楽しかったですよ、毎日がね」
魔術師はそう言うと、セウスを見る。
「セウス様はまだ一年ですし、これからきっと、いろいろなことが舞っているでしょう。精一杯、今を満喫してください、王よ」
そう言い、霊をするペルゼンに、セウスは感謝をこめて言う。
「ありがとう、ペルゼン。・・・・・・・・そろそろ、トーナメント参加者に学長からのあいさつがある。行かなくては」
「ご武運を」
ペルゼンに右拳を上げて答えた砂色の髪の王を、ペルゼンは笑みを浮かべて見送った。
「まったく、こんなに面白そうな試合があるというのに、プレアデス。お前はもう逝ってしまったなんて、未だに私には信じられないよ」
砂色の髪の王の導く世界。それを見ずに逝った親友の分まで、魔術師は生きていこう、と改めて思うのであった。
「すまない、遅れた」
送れて到着したセウスを仲間たちは迎える。
「いいってことよ、それにまだ始まっちゃいねえ」
騎士服に身を包んだバルドバラスが言う。ほかの面々も、学校指定の黒い騎士服に身を包んでいる。
普段はその服に袖を通さないツェツィーリエも珍しく着ている。さすがに、学校内だけのことではないから、彼女も気を使わざるを得ない、ということか。
「それよりも、ずいぶんな人ですね」
「そっか、アノガルやツェツィーリエは初めてだもんね、参加するのも来るのも」
アノガルの言葉に、リケンがそう言う。アノガルもツェツィーリエも、王都に来たのはアカデミー入学が初めてであり、当然トーナメントも初めてなのだ。
王宮暮らしのバルドバラス、セリーヌ、リケンは毎年のことで分かっているが、二人はわからないのだ。
「毎年、人々が見に来るのよ。試合を見に、ね」
セリーヌが観客席を埋め尽くす人々を見て言う。
「トローアではコロシアムとかそういう賭け事とかも行われないから、こういう行事をみんな楽しみにしているのよ。神聖な騎士の試合だから、賭け事するような人もいないしね」
騎士団のバックアップもあり、死者が出るようなこともない。フロイデンや他国で行われる野獣と人間を戦わせたり、見世物にするものとは違う、と言うことだ。
ほお、と息をつくアノガル。どうでもよさそうな顔のツェツィーリエ、とだいたいいつも通りの反応であった。
「ま、いいけどさ。セウス、まずは勝ちに行くぜ。王宮の奴らにも見せてやるさ、俺らがどれだけ強くなったかを」
バルドバラスの世話になった騎士たちも、警備やら何やらでこの会場に来ている。彼らのためにも強くなった自分を見せたいのだと、黒髪の少年は意気込む。
「そう言えば、ペルゼン師は来ているの?」
「ああ、さっき会ったよ」
「そっか」
リケンは師が来ていると聞くと、やる気がより出てきたようだ。個人戦には出ないが、少しくらいは師に実力を見せたい、と言うことだろう。
がんばれよ、と肩を叩くセウスに、リケンは頷いた。
さほど長くもなく、学長の話が終わると、トーナメントの開催が声高らかに宣言される。王宮魔術師団による、魔術で作られた花火が青い空を染め上げると、早速試合の準備が行われる。
闘技場には大きな円形のフィールドがあり、そこで試合が行われる。
試合による破損を試合終了後に発動する修復魔術を駆けるなど、王宮魔術師たちが準備に追われている。
第一試合は、四年同士の戦いである。セウスらの試合はその四つ先である。
選手用の観覧席に座るセウスとバルドバラス、アノガル。
「どちらも騎士主体、か。互いに魔術師は一人だけ」
「まあ、魔術師ばっかいて後衛ばかり、というのよりは現実的だよな」
セウスとバルドバラスが両チームを見て言う。アノガルは無言で腕を組み、試合の開始を待つ。
三人は戦うかどうかは知らないが、それでも戦いで学べるものがある、とここで観戦をしている。
リケンは師を探しに行き、女子二人は連れ立ってどこかに行ってしまった。
緊張感がないなあ、とセウスは苦笑する。
試合前に戻ってくれば、いいか、と思い、セウスは試合を見る。
両チームたがいに礼をし、騎士が武器を構えると、審判の騎士がはじめ、と叫ぶ。
トーナメントが始まった。
試合内容は、さすが、というものであった。
同じ四年同士と言うこともあり、実力はほぼ均衡し、最後まで接戦であったが、どうにか引き分けには持ち込まずに力押しした。
勝ったチーム、負けたチームともに集まる人々の拍手と歓声が浴びせられる。
「なるほど、これは面白いですね」
初めて試合を見たアノガルはそう言い、笑う。
「だろう?毎年こんなの見てたら、騎士にならない、なんてやつはいねえよ」
バルドバラスはそう言い、早く自分の番が来るのを待っていた。
両チームが去ると、破損していたフィールドが元に戻り、次の試合の準備に移行する。
「それにしても、勝った方のチームリーダーはすごいな。あんな短期間で魔術を構成しながら接近戦を行うとは」
「セウスには、敵いませんが。我々もできればいいのですが」
バルドバラスとアノガルはそう言い、ため息をつく。先ほどのチームリーダーやセウスのように魔術を使いながら、と言うのは二人には高度すぎる。
まあまあ、と慰めるセウス。
そんな彼らの前で、第二試合が始まろうとしていた。
「お待たせ、セウス」
第三試合が開始し、次の自分たちの試合のため、選手控えに向かったセウスらのもとに、残りの三人が合流する。
セリーヌとリケンは魔術師のローブに身を包み、手には杖を持っている。ツェツィーリエは騎士服の袖をまくり、腰には両刃の剣を差している。
「絶対に勝つぞ、初戦は」
「わかってるわよ、バルド。あんたもしっかりやりなさいよね」
バルドバラスとセリーヌはそう言う。セウスはリケンとツェツィーリエを窺う。
「二人とも大丈夫か?」
「僕は大丈夫です、セウス」
「誰に言っている?」
リケンは明るく言い、少女は不敵に笑っていた。精神統一をしていたアノガルも、試合が終わったとなると、目を開く。そして、確かめるように腰の細剣を撫でる。
司会が入場を促すと、セウスは仲間たちを見て言う。
「さあ、行こうか」
皆は静かに頷くと、セウスを先頭に歩き出す。
拍手と喝采が彼らを包む。それを眩しそうに見ながら、セウス達は進む。
今回の試合の審判はハバナンらしい。どうやら、騎士時代の後輩に頼まれたそうで、彼も断りきれなかったらしい。ハバナンならば、どちらかに有利な判定もないだろう、とセウスは感じた。
礼、というハバナンの声に従い、双方が頭を下げる。そして、各々の武器に手を駆け、戦闘の準備をする。
そのまま、しばしの時間が流れ、ハバナンの低く、よく通る声がその静寂を切り裂いた。
「はじめ!」
その瞬間、リケンの魔術がまず放たれる。だが、これは相手チームの魔術師二人係で張った障壁で防がれてしまう。相手側もセウス達のことは調べているらしく、リケンの高速魔術についても警戒していたようだ。
「リケン、セリーヌはそのまま相手魔術師を引き留めてくれ!バルドバラスっ!」
セウスはバルドバラスを横目で見る。大きな盾を構えた親友は、にやりと笑い、接近する敵前衛を見る。
「重力操作ァ!!!」
その瞬間、敵チームリーダーを除く前衛三人の身体の動きが鈍くなる。そこに、セウスとアノガル、ツェツィーリエが切りかかる。
とはいえ、実践慣れしているだけあり、落ち着いている。チームリーダーは自分だけ突出しないよう下がり、三人に指示を出す。三人は落ち着いて剣を受け止める。
槍を持ったチームリーダーはバルドバラスを見ると、その手に持っていた槍を投げる。
「当たるかよ!」
「当てる!」
黒髪の少年の言葉に、槍を投げた三年の騎士はそう言う。バルドバラスは盾と剣で槍を弾き飛ばす。
弾かれた槍は、そのまま地に落ちると思われた。だが。
「行け、我が槍よ!」
「何!?」
起動が変わり、槍は意志を持つかのようにバルドバラスに襲い掛かる。とっさのことに、バルドバラスの気がそれ、重力操作が解かれる。
「はっ!」
「ちょっと、バルドバラス!」
勢いよく反撃してきた敵の攻撃を防ぎながら、少女は抗議の声を上げる。が、バルドバラスはそれどころではなく、槍と格闘中である。
「仕方ないですね。重力操作なしで、押し切るしかないですね」
「そうだな」
チームリーダーを倒そうにも、前衛が邪魔で通れない。幸い、魔術師の心配はしなくとも好さそうではあるが。
槍を投げた騎士は、腰から剣を抜き、セウスを見る。
「槍を操りながらも、戦えるということか」
セウスの呟きに、敵チームリーダーは笑って答える。
「その通りです、セウス王。四対一で、果たして我々を倒せますか?」
「フ」
セウスは笑い、敵を見る。
「こちらも、そこいらの騎士とは違う。勝たせてもらう」
「いいでしょう、ならば!」
セウスに向かって、敵チームリーダーは奔る。指揮官を叩くのは、戦闘では当たり前だ。二人がかりで倒す、ということだろう。
だが、そうはさせない、とアノガルは自身と対峙していた騎士の剣を押しのけ、バランスを崩すと、素早くセウスに向かう敵リーダーの前に立ちふさがる。
「早い!だがしかし」
アノガルの剣劇を避けると、敵リーダーは足を駆け、アノガルの体勢を崩す。そこに、先ほどまで退治していた相手がアノガルに襲い掛かる。
「アノガル!」
ツェツィーリエが叫び、胸元から取り出した短剣を投げる。それが、アノガルの背後を襲う騎士に向かう。
騎士はそれを打ち払ったことで、最大のチャンスを逃す。アノガルは素早く体勢を立て直すと、背後の騎士を迎撃し、その武器を弾き飛ばす。その首元に剣を当てると、審判であるハバナンが「有効」と言う。
戦闘不能、または首に剣を突きつけられたものは試合続行不能になる。これで、一人無効化した。
だが。
「はあ!」
その騎士を倒したアノガルは、敵リーダーの攻撃で意識を刈り取られた。
「アノガル!」
倒れたアノガル。両チーム人数が減るが、戦いの状況は変わらずだ。
「鬱陶しい」
ツェツィーリエはそう言うと、セウスを見る。セウスに頷くと、ツェツィーリエは大きく深呼吸し、剣を振り上げる。
少女と交戦していた騎士の剣が折れ、その喉元に少女の手刀が叩き込まれ、倒れる。
そのままツェツィーリエは敵リーダーに向かっていく。
敵リーダーは澄んでのところで剣を向けると、ツェツィーリエのその恐るべき剣戟を防ぐ。
「く、なんという強さ!」
そう言うと、敵リーダーは剣を捨て、バルドバラスを弄んでいた自分の槍を手元に招きよせる。
槍はそのまま敵リーダーの腕の中に納まる。
セウスは戦っていた相手を戦闘不能に追い込む。
敵リーダーの前に、セウスとツェツィーリエが立ちふさがり、遅れてバルドバラスが来る。
「遅かったね、バルドバラス」
「悪かったな、ツェツィーリエ。だが、あいつのスキル、はんぱないぞ」
バルドバラスはそう言い、槍を見る。
「俺の重力操作が効かない。たぶん、あのチームリーダーにも、な」
「三対一とはいえ、楽には勝てない、か」
「いいえ、五対一よ、セウス」
そこにセリーヌとリケンがやってくる。敵チームリーダーは驚き、二人を見る。
「エルマーとシャーリーは・・・・・・・・・・」
「あの二人なら、おねんね中」
セリーヌはそう言い、笑う。彼女の足元から生える茨がうねうねとうねっている。
リケンばかりに気を取られていた敵魔術師たちは、その間に張り巡らされたセリーヌのスキル、『茨の封印』で行動を制限され、リケンの高出力魔術で杖を破壊されていた。
まさか、あの二人が負けるとは思っていなかったのか、敵リーダーは額の汗を拭い、深呼吸する。
さすがの彼も、五人相手はきつい。彼ら三人相手もできないと思っていたのに、五人となればもう負ける未来しか見えない。
彼は槍から手を離し、セウスを見ると言った。
「降参」
それを聞いたハバナンは、声高らかにセウスらの勝利を告げた。
「勝者、セウスチーム!」
観客席がわああ、と歓声に包まれる。
バルドバラスはアノガルに肩を貸し、フィールドから降りる。ツェツィーリエはアノガルの武器とやん剣を回収し、リケンやセリーヌとそのあとに続く。
セウスは敵チームリーダーに近づき、その手を差し出す。騎士はセウス王の手を握りしめる。
「さすが、ですねセウス王」
「いえ、貴公も見事な戦いでした。まさか、アノガルを倒されるとは思っていませんでした」
セウスは苦戦こそすれど、まさか戦闘不能者を出すとまでは考えていなかった。
相手はいやいや、と笑う。
「団体戦では負けましたが、個人戦で相対した時は勝たせていただきますよ」
ニヤリと笑う黄色の髪の槍使いを見て、セウスもニヤリと笑う。
「そう言えば、お名前をまだ聞いていませんでした」
「ああ、失礼しました」
そう言い、恭しく膝をつき、騎士は主君に名を告げる。
「ジュリアス・クーンです、陛下」
そう言い、差し出された手を取り、セウスは言う。
「貴公が正式な騎士に任じられる日が待ち遠しいな」
「私も、陛下の槍となれる日を待っています」
では、と言い立ち上がった騎士は颯爽と去っていく。
そこには、敗者の雰囲気はない。
セウスは胸を張って、フィールドを後にする。
「つまらない。こうもあっさりと勝ってしまうと」
女はそう呟き、フィールドを去るセウスを見る。その顔は、輝きに満ちている。
がり、と爪を噛む女を見て、男は笑う。
「安心しろよ、次も勝ち進めばセウスは俺と当たる。そこで、俺が負かしてやるさ、あの王様をな」
流石に事故死に追い込んでやる、と笑っていた男もセウスの周囲の仲間たちの実力を知り、それは難しいと悟る。だが、それでも自分が負けるとは思ってはいなかった。
「その言葉、期待していいのね」
「任せておけ」
そう言い、不吉に笑う男を睨むと女は息をつき、爪を噛むのを辞める。
「セウス、セウス、セウス・・・・・・・・・・・・・・・」
ただその名を囁いた女は、もう見えなくなってしまった少年王の名をひたすら呟くのであった。