セアリエルの行方
学内トーナメントに向けたセウス達の訓練は早朝やアカデミーの授業の終わった放課後に行われていた。
それ以外の時間は、当然ながら授業がある。
アカデミーの授業は一般教養のほか、各々にあった教化選択科目がある。大きく分けて騎士科目と魔術科目がある。騎士志望の物でも一定以上の魔術科目はとらなくてはならないし、逆もまたしかりである。
セウスら六人中、セリーヌとリケンは魔術科目中心であるが、そんな二人も騎士科目はとらなくてはならない。だが、運動が苦手な二人は「騎士道学」「戦術概論」などの授業を取っている。リケンは基本、運動以外はできるからいいが、セリーヌは興味のないことはとことんないタイプであり、リケンに泣きついて勉強していた。
一方の四人だが、セウスを除く三人は完全な戦士型の人間であり、魔術はからっきしであった。
バルドバラスはコントロールが非常に悪く、かつ魔力も安定しない。アノガルはコントロールはできるが、魔力はほぼ皆無と言って過言ではない。ツェツィーリエはやる気すらなく、もう諦めている。
セウスは剣術も魔術も人並み以上にできるため、そんな三人の勉強を見てやっている。が、三人はお世辞にも優秀な生徒ではなく、さしものセウスもお手上げであった。
「魔術理論なんて、使わねえだろ」
バルドバラスがそうぼやき、指定図書を投げる。ツェツィーリエは先ほどから舟をこぎ出している。アノガルはその顔を気難しそうに歪めているが、ほか二人と違い投げ出しはしない。が、勉強がはかどっているか、と言うと話は別だ。
「如何なる敵が来るかわからないんだ、そう言うことは知っておかなければ」
そうバルバドスに言うとセウスは寝ている少女に声をかける。
「寝るな、ツェツィーリエ。明日の小試験危ないと泣きついてきたのは、お前だろう」
「もういい、アタシは寝る」
そう言い、ツェツィーリエはセウスの声が聞こえないとばかりに耳をふさぎ、目を閉じる。
溜息をつき、セウスはアノガルを見る。
「アノガル、大丈夫か?」
「はい、セウス。大丈夫、大丈夫ですよ・・・・・・・・・・」
そうは言うが、その顔は芳しくはない。
はあ、とため息をつくセウス。自分一人では、どうにもなりそうにない、と。
良くも悪くもセウス達のグループは目立つ。一年にして、ハイレベルな戦いを繰り広げる、と上級生たちからも注目されている。
それもあり、そんな彼らには教官たちの目も向けられる。
教官棟に呼び出されたセウスの前には、彼の担当教官であるハバナンが座っている。
「セウス、お前のところの奴らだが自分の得意分野以外はからっきしなのだが、どうにかできんのか、と多くの教官たちから言われている」
低い声でそう言う教官にセウスははあ、と返事をする。
ハバナンは学校内ではセウスを王ではなく、生徒として扱うとして呼び捨てである。ほかの教官たちが完全にセウスが王であることを少なからず引きずっているのに対し、この人はぶれないな、とセウスは感心する。
「お前たちはいい意味でも悪い意味でも目立つ」
「わかっているつもりです」
「ならいいがな。ああ、あとツェツィーリエにはもっと騎士らしい振る舞いを、と言っておけ。それとセリーヌにも。ここは学校であり、社交界ではない、と」
「了解しました」
セウスは苦笑して礼をすると、教官の前から去る。
ハバナンは冷めた茶を飲み干し、セウスのいた場所を見る。
セウスの周りにいる者たちは、明らかに普通の物とは違い、持つものを持っている者たちだ。だからこそ、普段の生活や成績などであらを探す者もいる。
セウスの目指すものが何かは知らぬが、そんなくだらないことで彼の王の進む道を潰したくはない。そう言う思いもあり、ハバナンはあえてセウスに言ったのだ。
そう言う経緯もあり、セウスも仲間たちにいろいろと言ったのだが。
自由人なツェツィーリエはこの調子だし、ほかのメンツも勉学は得意不得意の差が激しいし、生活面でも少々問題ありだ。アノガルは生活面は問題なく、教官たちからの受けもいいが、やはり不得意科目が足を引きずっている。
このメンツを引っ張っていく、ということに少々の不安を感じるセウスであった。
小試験が終わり、死んだ顔のバルドバラスとアノガル、それに無表情のツェツィーリエ。
これは駄目だったな、とセウスはため息をつく。
そこに、違う授業で合流してきたセリーヌとリケンが来る。
「セウス」
「セリーヌ、リケン。そっちの小試験は?」
セリーヌたちの授業でも小試験があり、セリーヌがリケンに泣きついていたのはセウスも知っている。本来ならば、セウスに泣きついたであろうが、三人を相手していて手の離せなかったセウスを諦めざるを得なかった、という事情があった。
「ばっちりよ。リケンのおかげね」
「セリーヌの努力だよ」
リケンはそう言い、照れた様子で頭を触る。
「俺たちは散々だったぞ」
バルドバラスが三人を代表して言う。
「あんた、脳みそ筋肉だもんね」
「うるせえ、花畑女」
「なんですって!?」
バルドバラスとセリーヌが口論し始める。周囲の生徒がなんだ、とばかりに見てくるため、セウスがそれを治める。
セウスに頭を押さえられ、セリーヌは紅くなり沈黙する。バルドバラスもふん、と鼻息を鳴らし口を閉ざす。
セウスはとりあえず、と言い仲間たちを見る。
「昼食にしようか」
地獄の時間が終わり、昼食をとったこともあり、バルドバラスは元気を取り戻していた。
「それより、団体戦の対戦表、出てたぜ」
残り一週間に迫ったトーナメントに、バルドバラスは胸躍る、と目を輝かせていう。セリーヌが脳筋、と呟くのをバルドバラスは無視した。
「最初はどうやら三年相手らしい。前衛四人の後衛二人。こちらと同じ構成だ」
「へえ」
リケンが頬についたパンくずを取り、バルドバラスを見る。
「で、その人たちはどうなの?成績とか」
「王都外での魔物相手に実戦経験しているらしいからな。俺らよりは場数分でいるし、油断できねえな」
バルドバラスはそう言うと、不敵な笑みでリケンを見る。
「だが、俺は勝てない相手じゃあないとは思うがね」
「自信たっぷりだな」
セウスの言葉に「そりゃあな」と笑う。
「こっちには学年トップがわんさかいるしな」
「座学はボロボロだけどね~」
ツェツィーリエが自虐的に言う。それを無視してバルドバラスはおほん、と咳をする。
「とにかく、一回戦は突破だ」
「それより、個人トーナメントの方は出ているのですか」
食事を終えたアノガルがナプキンで口元を拭き、バルドバラスを見る。
「そっちはまだだ。けど、俺たちが最初から当たることはねえだろう。なにせ、それなりの数が参加するからな。ま、負ける気はしないがね」
「よく言うわ、脳筋・垂れ髪のくせに」
「煩いぞ、セリーヌ!」
またも口論しだす二人を見て、セウスはため息をつき、リケンは苦笑いする。
そんなセウスらを陰から見る者たちがいた。
「あれがセウス王と奴の仲間たちか」
「ええ、そうよ」
アカデミーの学生服に身を包んだ二人組は囁き合う。
「ふん。甘っちょろい顔のひよこどもじゃないか。まさか、あんな連中が」
「油断はしないで」
女の方が男にぴしゃりと言う。
「いずれ、あの男は私たちに災厄をもたらす。今のうちに、芽は摘まなくては」
「また、『神』のお告げかよ?」
男の茶化すような言葉に、女は鋭い視線を送る。怖い怖い、と肩を竦めて男はため息をつく。
「まあ、いいさ。いずれは俺たちフロイデンと敵対するものだ。事故にでも見せかけて、トーナメント期間中になきものにするなど、造作もない」
ククク、と笑う男。その隣で、女はセウスに憎しみの目を向ける。
「セウス・・・・・・・・・・・・・」
小さくつぶやいたその言葉は、誰の耳にも入ることはない。
女は目をそらすと、ギリ、と唇を噛む。その唇から、うっすらと血が見える。
二人の男女は、いつの間にかそこから去っていた。
ここ最近、トーナメントのことや王に緊急に意見を伺う事態もなかったために、王宮に来なかったセウス。
セウスは補佐官であるペルゼンより、定期報告を受けていた。
「それで、見つかったのか?」
「いえ、まだ見つかりません」
「やはり、国内にはないものと見たほうがいいか」
「とはいえ、帝国が持っていった形跡はありません」
王の執務室で話し込む王と補佐官。二人が話しているもの。それは、数年前から探されていた「ある物」についてだ。
その「ある物」とは、セウスにとって、そしてトローアにとって非常に重大なものである。
「いったい誰が、セアリエルを・・・・・・・・・・」
「そもそも、セアリエルは王の血筋を継ぐ者しか持てない宝剣です。持ち去りようがありません」
何らかの特殊なスキル、または魔術でも難しいでしょう、と告げるペルゼンにセウスは黙って頷く。
数年前のフロイデンの襲撃。その際、セウスの父セオドアはセアリエルを手に、多くの騎士とともにその猛攻を防いだ。
しかし、セオドアの死体の周囲には彼の持っていたセアリエルは見当たらなかった。
セオドア王の葬儀後、トローア王家に伝わるその宝剣の捜索をセウスは命じていた。しかし、一向に見つかることはなかった。
ペルゼンが補佐官となった後は、彼を責任者としてセアリエルの捜索を続行していた。が、この腕利きの魔術師の指示のもとでも、セアリエルは見つからなかった。
先ほどの会話の通り、セアリエルはセウスらトローア王族にしか使用することはできない。セウス以外に現在、王族はいないし、数代前の王族との関係者たちも死亡しているか、セアリエルを持ち出すことができない状況である。
フロイデンが持ち去ったとも考えづらいし、かといってトローア国内にあるとも思えない。
戦場の近くには川などもない。誰かが持ち運んだ、としか思えないが、現状それは不可能に近いことである。
「引き続き、捜索は継続します」
「頼む」
ペルゼンの言葉に、重くセウスは言う。セアリエル。それは、父やその父たちがトローアを守り、導いてきた象徴であり、希望であった。それを見つけたいと思うのは、当然であった。
なにより、亡き父の形見である。
セアリエルの発見は、亡き母の願いでもあった。
心の中に不安を感じながら、セウスは椅子の背もたれによりかかる。
来週にはいよいよトーナメントがある。今は、そちらに集中しよう。
父が持っていたセアリエルの輝きを思い出しながら、セウス王は深い眠りに落ちて行く。