学内トーナメント
王立アカデミーには寮があり、基本的にここに所属する学生はこの寮で寝泊まりする。
一応、セウスやバルドバラス、セリーヌ、リケンはここに部屋を持っている。が、彼らの場合、ここを使用することはそうそうない。特にセウスは王宮にて仕事をしなければならないことから、自身の荷物を一切持ち込んではいないし、寮の部屋自体を使っていない。
バルドバラスやリケンらは学生でありながら、セウスの護衛も兼任しており、その行動にほぼ付き従っている状況である。セウスの公務中は彼らの仕事はないため、ここの寮で生活はしているが。
寮は基本的に一人一部屋である。とはいえ、部屋そのものは結構広く、人が五、六人は入って寛げるスペースはある。
男女は別れているが、特に厳密な立ち入り制限はない。騎士たるもの、常に騎士たるふるまいをするものである、ということで今更そんなことを言う必要もないだろうという判断だ。だが、時たまそれを理解せずに女子寮に忍び込んだりした学生には教官たちから叱責と悪ければ退学もありうる。それもあり、そのようなことをする不届きものはいない。
そんな男子寮の二階のバルドバラスの部屋にはセウスを除く五人が集まっていた。セウスは今、公務と言うことで王宮に行っている最中であり、おそらく明日の朝までそちらに滞在するであろう。
「それで、なんなのよバルドバラス。改まって呼び出して」
ツェツィーリエが気怠そうに黒髪の青年を見て言う。女、と言う割には身だしなみに気を使わず、その髪はところどころ跳ねており、服装もいかにも休日、といっただらけた服装であった。
アノガルなどは常にきっちりした服装であるため、そんなツェツィーリエの格好に苦言を呈していたが、今では諦めているようだ。
流石に三週間も時間を共にしていれば、それくらいはわかってくるのだろう。
「僕もそれは気になるな」
リケンは本を片手にバルドバラスに言う。天才魔術師が今読んでいる本は、古代魔術の本であるが、バルド場バラスは読むことはできない。ここにいる中で、リケン以外に読めるとすればセリーヌのみ。セウスも少しは読めたはずだな、とバルドバラスは思う。
「いや、本来ならセウスと二人で話そうとしたんだが、何せあいつも忙しいからな」
「それはそうでしょう、セウスは王なのですから」
アノガルはそう答える。
「だからさ、俺たちでいろいろやれることはやっといたほうがいいと思うんだよ。来月のトーナメントとかをよ」
「トーナメント?」
バルドバラスの言葉にセリーヌが反応する。知らないのか、と問う黒髪の少年に知らないと首を振る少女。
「一年から六年まで無差別で行う学内トーナメントさ。いわゆる新入生歓迎会、らしい。硬いアカデミーの中では気軽なイベントだってさ」
「それで?もしかして、それに出ようとか」
「その通りさ、リケン」
そう言い、バルドバラスは要項の紙を取り出し、皆の目に見えるよう広げた。
「俺たちなら団体戦も個人戦も行けるだろう。どうだ、やってみないか?」
団体戦は最大六人まで。セウスを含めても六人。基準は満たしている。個人戦も武器は自由、スキルの使用もありとなっている。
「セウスはどういってるのよ」
「任せる、ってさ」
バルドバラスがそう言い、セリーヌを見る。セウスが反対しないならば、彼女が反対する理由はない。
「ふむ、腕試しか。面白そうね。いいわ、のったわ」
ツェツィーリエはそう言い、バルドバラスとハイタッチした。
セリーヌもいいわ、と息をついた。バルドバラスはリケンとアノガルを見る。
「僕は個人戦はパス。団体戦なら、出てもいいよ」
「よっし、アノガルは?」
「断る理由はないですし、いいですよ。どうせやるなら、上を目指しましょう。団体戦も個人戦も」
そう言うアノガルに流石、とバルドバラスは言い、全員を見る。
「ようし、決まりだ。ほかのやつから勧誘遭っても、誘いに乗るなよ?」
「それで早めに手を打った、と言うわけなのね」
セリーヌがあきれて言う。
「それはそうだろう。一年の中でもツェツィーリエやアノガル、それにリケンは色々噂になってんだ。先に勧誘されて駄目、ってことにもなりかねない」
「あんたや私は?」
「俺らはセウスを裏切れないからな」
バルドバラスは自信満々に言う。たとえ勧誘があろうとも、バルドバラスは動かなそうだし、事実セリーヌもセウスを優先するだろう。
「ま、そういうことだ。よろしく頼むぜ」
「承知した」
「了解です」
「六年まで、ってことは相当手ごわいんだろうね」
リケンはそう言うが、まあこのメンツなら下手をすれば上級生にも勝てるか、と思う。
アノガルやツェツィーリエのスキルも含めた実力は知らないが、いい線はいくだろう。
天才魔術師はそう考えながら、本のページを捲った。
王宮。
セウス王は書類を読み、それに王印を押していた。別に印を押すくらいならば、誰がやってもいいが、流石にそうもいかない。実際に目を通しておかなければ気のすまないセウスはきちんと全部読んで印を押している。
「すみませんね、セウス様」
「いや、王の務めだからな」
細目の魔術師の言葉にセウスはそう返す。
「それより、お前も大変だな。王補佐官に任命されて。リケンやらセリーヌやらの教育係も兼任だろう?」
「まあ、御二方は休日にでもならないと帰ってきませんしね」
魔術師ペルゼンは笑って言う。
ペルゼン・ロイ・フォクス。プレアデスが若手筆頭の騎士であったのと同様、彼も若手宮廷魔術師の中ではもっとも優秀と言われている。
プレアデスとは親友同士であり、幼き頃のセウスやバルドバラスとも交流はあり、彼らの護衛をやっていた時期もあった。
だが、トローア東部での大規模な病魔と飢饉の調査のため、その任を離れ、数年間そこに滞在。王宮に戻ってきたのはつい数か月前。
その腕を見込まれ、リケンやセリーヌの魔術の師を押し付けられ、その直後に王補佐官に任命された。
王補佐官という地位は若い王の手助けをする者のことであり、本来ならば年のいった大臣経験者などがなるのだが、生憎そこまで今の王国人事は余裕がない。そこで、王宮に戻ってきたばかりで、暇な彼に白羽の矢が立ったのだ。
やる気の面では問題はあるが、知識はある。セウス王ならば使いこなすであろう、という予測もあり、ペルゼンは今の地位にいる。
「あーあ。本当なら、プレアデスとかがやった方がいいのに」
今は亡き親友を思い出し、ペルゼンは言う。
「それにしても、リケンは本当にあいつの弟かと疑いたくなるような魔術の才能ですね」
「本人も最初は驚いていたけれどね」
セウスはペルゼンの言葉に同意した。今では一部分野は師であるペルゼンに匹敵する、というのだから驚きである。
「まったく素晴らしいスキルだ」
リケンのスキル『早熟の賢者』は、魔術や知識を湯水のごとく吸収し、自身のものとするスキル。これのおかげで、常人の数倍のスピードでリケンは学習することができる。本一冊読んだだけで、三冊以上の差ができるほどなのだそうだ。
「いいスキルですねえ、本当に」
「・・・・・・・・・・・・そうだな」
セウスはそう言い、書類に目を通しながら、ふと思う。
自身のスキルを。
セウスのスキルの発現は四歳のころ。その時はただの超高速治癒能力でしかない、と思っていたが、どうやら違うらしい、と最近になって感じてきた。
ここ数週間で、セウスの身体はまるで成人のように急激に変わった。それとともに、彼の魔力や身体能力も変わった。
それが何の影響か、セウスにはわからなかった。だが、ある時、食事に紛れ込んでいた致死量に至る毒物をセウスはそれと知らずに口に含んだ。
当然、倒れたセウスは死ぬものと思った。だが、死ななかった。
彼の身体は、死を迎えることがない体へと変化していたのだ。
ペルゼンや老魔術師によるセウスの身体の調査によると、それはどうやら彼のスキルであるらしい。彼のスキルの完全発現。それに伴い、一気に身体は成長したのだろう、とみられている。
そして、この先セウスの外見が変わらず、年もとらないのではないか、とペルゼンは見ていた。
永遠の若さ、死なない肉体。それは、物語の中だけの話である。だが、セウスに与えられた祝福はまさにそれである。
「セウス様?」
物思いにふけるセウスを呼ぶ声に、セウスはああ、と言うとペルゼンを見る。
「なんでもない。なんでも、な」
そう言い、また書類に目を通す。
この先、自身はどうなるのだろうか。ふと、そんな思いを抱いた。
自分だけは年を取らず、周りが変わっていく。そんな時が来たら、自分はどうなるだろうか。
今はまだ、いい。周囲とも差はないし、不便もしない。だが。
いつか、バルドバラスやセリーヌが老いて死ぬのを、若いままの姿のセウスが見送る、ということもあるかもしれない。
そんなことを考えると、セウスは無性にさびしくなる。
(スキル、か)
神の恩恵。それは、個人に差があるという。紙は平等だと言うが、本当にそうなのだろうか。
セウスには、よくわからない。
セウスとバルドバラス、それにツェツィーリエとアノガルは個人トーナメントに向けた訓練を積んでいた。個人には参加しないセリーヌとリケンはその様子を少し離れたベンチから眺めていた。
セウスとバルドバラスが剣を交え、その少し先ではツェツィーリエとアノガルが剣を交えている。
「ねえ、あの中では誰が強いと思う?」
セリーヌはリケンに声をかける。リケンはううん、と唸る。
「難しいね。剣の腕ならツェツィーリエだろうけど、単純な体力やスピードはアノガルが上だし、バルドバラスの守りとスキルは結構厄介。セウスはセウスで剣だけじゃなく、魔術も使えるし、結構タイプが分かれているから、簡単には答えられない」
リケンはそのスキルのおかげで各自の特性やらなんやらを正確に理解できる。
セリーヌはリケンのスキルがあれば、剣術とかも習得できるのでは、と思うのだが、リケン曰く、剣術は頭で理解できても意味がないから無理、とのことであった。
自分を本の虫、完全インドア派と言うリケンが剣を持っても、様にはならないな、とはセリーヌも思うが。
「でも、仮にあの四人の中で優勝者が出るなら、やっぱりセウスに優勝してほしいかな」
「・・・・・・・・・・そうね」
セリーヌは同意して、砂色の少年を見る。少年、と言うよりは青年と言った方がいい体系であり、大人びている。急に成長した彼は、今までは外見と言動が年齢と一致していなかったが、今では違和感がない。
そんな青年を熱い目で見るセリーヌ。
確かに、ほかの三人も友人ではある。だが、好きな相手には一番であってほしいと思うのは、当然であろう。
セリーヌに熱い視線を向けられているとは知らず、必死にバルドバラスと剣を交えるセウス。その身体には、重苦しく何かがのしかかるような重圧を感じていた。
「どうした、セウス!動きが遅いぞ!」
そう言うバルドバラスの剣を何とか受け止めるセウス。骨がきしむような強さの重力である。
バルドバラスのスキル『重力操作』である。有効対象は自身の近くにいるものである。生物ならば同時に三体まで、ものならば最大十までスキルを使用可能である。
重装のバルドバラスにとって、このスキルを使用することで軽装の敵でも互角以上の条件で戦うことが可能である。
セウスのようにこのような状況に慣れていないものは、バルドバラスの攻撃にあっけなく沈んでしまう。
セウスが何とか対処できているのは、バルドバラス対策に剣や服に加速の術式を事前に組み込んでいたからである。
「くそ、厄介だな、相変わらず!」
「お前も、やるなっ」
苦しそうな顔ではあるが、セウスの顔には笑みが浮かんでいる。対するバルドバラスも笑っている。
こうして、小さい時から二人は剣を交えては切磋琢磨してきた。それは、今でも変わらない。
「行くぞ、バルドバラス!」
「おうとも、セウス!今日こそ俺が勝つぞ!」
二人の様子を見て、セリーヌとリケンは笑う。
いつも引き分けで終わる二人の戦い。きっと、今回も引き明けだろうな、と付き合いの長い二人は感じていた。
一方、ツェツィーリエとアノガル。こちらはセウスとバルドバラスのように言葉を交わすこともなければ、笑みを浮かべることもない。
ただただ、剣を突き合わせるだけである。
「・・・・・・・・・・・・っ」
「はぁ!」
アノガルの剣がツェツィーリエの隙をつく。それをツェツィーリエはあり得ない反応速度で防ぎ、カウンターを入れてくる。アノガルは軽く右脚を退いて身体をそらす。
訓練、とは言っても真剣を使って、である。下手をすれば死ぬことすらある。
「殺す気ですか?」
「避けたろ?」
アノガルの言葉に、不敵に笑ったツェツィーリエ。普段の言動はとても剣を持つものとは思えないが、いざ剣を持った彼女はまるで、剣の神、と言ってもいい実力を持っている。
基礎体力などは、アノガルが勝っているが、剣の技術では仲間内では、いやアカデミー内でもトップクラスであろう。
構えは特定の流派の物ではなく、自然体、といったものでその剣捌きを見切るのはまず不可能だろう。
アノガルは乾いた唇を舐める。
そして、剣を構え彼女に向かっていこうとした時、突然アイスブルーの瞳の少女は剣を鞘にしまうと、アノガルに背を向ける。
「ああー、肩凝った。アノガル、それにセウスにバルドバラス。アタシは今日このくらいにしておくぜ」
そして手をひらひら振って、少女は去っていく。
「また、ですか」
いつも戦いの途中で少女は剣を治める。そのため、アノガルやセウス、バルドバラスはツェツィーリエの本気を見たことがない。セウスとの最初の戦いも彼女の本気をすべて見せたわけではない。ほかの三人は、なんとなく互いの実力を評価できる程度に理解している中、少女の実力だけは今一つ判断できないでいた。
アノガルは、このトーナメントの中で彼女に本気を出させたい、と考えていた。もちろん、それが自分である、などという慢心は抱いていないが。
それでも、彼はツェツィーリエのことが気になっていた。
自分とは違う生き方の少女。それに対して、ある種の反感と興味を抱いていることをアノガル自身知っていた。
(いつか、本気にさせて見せましょう)
少女の背を見ながらアノガルはそう呟くと、剣を鞘にしまい、へとへとのセウスやバルドバラスとともにセリーヌたちの方へ向かって歩いていく。