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セアリエル  作者: 七鏡
闇あるところに光あり、光あるところに闇あり
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散り行く命

アグラウェイン・サーグラスは死者で溢れる砂漠の中、剣を振るっていた。照りつける太陽と灼熱の熱砂、それにいつにもまして激しい戦いのために、汗は先ほどから止まることを知らない。アグラウェインも、どれほどの間、こうして敵と戦っているのかを忘れてしまっていた。

はるか前方のミトリガンを死者から救出する、というセウス王の立派な行為に賛同し、彼はこの戦いに参加した。父であり、円卓騎士の一人サーグラス卿の二男として彼は生まれた。アグラウェインの父も、彼の兄も、そして彼自身もトローア王国に忠誠を誓い、剣に生きてきた。セオドア王、そしてセウス王に絶対の忠誠を誓った。トローア王たちの掲げる理想の為ならば、どんなことでもできる。

兄は先の戦争で死に、このたび死者としてトローアの都を攻めてきた。その兄は、父により再び冥府に戻された。

多くの英霊、そして兄の名誉を傷つけた敵を、赦すわけにはいかなかった。騎士として、一人の人間として。

アグラウェインは剣を振るう。まだ彼は二十にもなっていないが、すでにその才能を認められており、明日の円卓騎士として父やその同僚からは期待されていた。その期待通りの働きを彼は果たした。彼以上に腕の立つ者、経験の深いものでさえ、この戦場で命を落とす中、彼は逃げることなく、今も生き残っていたのだから。


「はぁ!!」


アグラウェインの構えた剣が死者の顎から上を斬り飛ばす。アグラウェインはすかさず、もう片方の手に持っていた短剣で背後より忍び寄る敵の目をくりぬき、素早くその足を払う。


「父上!」


アグラウェインは父を呼ぶ。サーグラス卿は複数の敵からの攻撃を受けていた。

アグラウェインは父のもとに急ぐが、その前に無数の敵が立ちはだかる。


「アグラウェイン、来るな!」


「父上ぇ!!」


頭を振り、叫ぶサーグラス卿の喉を、刃が切り裂く。その頭部が乾いた空気の中を滑り、泥まみれの戦場に墜ちる。アグラウェインは叫ぶ。

怒りに剣を振るいながら、目の前の敵を打ち払ったアグラウェインは父の首を砂から持ち上げ、腰に巻いた布でそれを包んだ。

父の持っていた剣を掴むと、アグラウェインは悠然と敵を見る。四方を囲む死者の目には、生者の光はない。魂なき、哀れなる肉。

憐れみは必要ない。


「父上、兄上」


アグラウェインはそのまま無数の敵と剣を構えた。

アグラウェインは若さと熱意で敵を切り伏せていくが、それでも彼の体力が無限に続くわけがない。スキルの恩恵すら効果が切れてきた。アグラウェインも、自身が窮地に陥っていることはすぐに分かった。


「・・・・・・・・・・トローアのために!」


死するとも、一人でも多くの敵を道連れに。アグラウェインは死を覚悟して特攻をしようとした。

だが、彼は結果として死ななかった。彼を囲んでいた敵を、味方が倒したのだ。

エオス、アルクィン、ペンテシレイアの三人は間一髪のところであったアグラウェインを救ったのだ。


「無事ですか」


アルクィンの言葉にアグラウェインは頷く。そして、深く頭を下げた。


「忝い、命を救ってもらい」


「気にしないでくれ。お互い様だ」


エオスはそう言い、アグラウェインを見る。


「エオスだ」


「アグラウェインだ」


二人は互いに名乗り合うと、再び押し寄せてきた敵を見る。


「・・・・・・・・・・トローアのために」


「トローアのために」


二人は呟くと、仲間たちとともに脚を進めた。




ミトリガン正門。怪物アルカンシエルを相手に、二人の円卓騎士は苦戦していた。

死して幾分脆弱になった代わりに、不死性を得たアルカンシエル。知性は欠片もないが、本能でフォーリヴズとクレオメロンを相手に、互角以上にわたり合っていた。

クレオメロンのスキルを発動させようにも、接近をアルカンシエルは許さなかった。フォーリヴズのとっておきの武器ももはや使い尽くしており、彼が持つ武器は剣が一本に、弓矢のみとなっていた。

渇いた唇を舌で濡らし、フォーリヴズはクレオメロンを見る。


「おい、大丈夫か?」


「正直、最悪ね」


クレオメロンは真顔でそう言った。美しいその顔は汗でぬれている。フォーリヴズも砂と汗で酷い顔になっていた。

青白い巨人は咆哮をして、その剣を振るう。地面を抉り、衝撃波を飛ばす剣圧に、二人は歯を食いしばる。


「化け物め・・・・・・・・・・っ!!」


「敵になれば、これほど恐ろしいものとは、な!」


以前対峙したフォーリヴズと違い、初めて敵としてアルカンシエルと対峙したクレオメロンは改めてアルカンシエルの強さを実感した。

この人が生きてさえいれば、とも思ったことは多々あった。けれど、とクレオメロンは巨人を見る。


「閣下、あなたはもう、ここに居てはいけない人なのです」


時代はもう、彼を必要としていない。これからのラカークンの未来に、アルカンシエルら死者は必要ないのだ。

過去の犠牲となった英雄たちを忘れるわけではない。明日のために、クレオメロンは剣を振るう。

恩師を殺すこととなろうとも。それが、彼女が将軍から教わったことである。


『民の、国の未来のために』


その教えを、今、果たすときなのだ。


「フォーリヴズ、仕掛けるぞ!」


「・・・・・・・・・!ッ、了解!」


クレオメロンが剣を構えて走り出す。フォーリヴズは肩に持っていた弓を構え、矢を番える。クレオメロンに向かうアルカンシエルに向かって、彼は弓を射る。


「邪魔は」


矢はアルカンシエルの肩を貫く。間髪入れずにフォーリヴズは矢を構えて、撃つ。正確な一撃が再びアルカンシエルを貫く。


「させないぜ」


「はああああああああッ!!」


クレオメロンは接敵する。アルカンシエルの放った剣戟を受け止め、左手で剣に触れる。その瞬間、クレオメロンの剣劇が脆くなったアルカンシエルの剣を砕く。

アルカンシエルは武器がなくとも、その拳でクレオメロンを弾き飛ばした。女としては長身と言えども、アルカンシエルの前では子供のようなもので、彼女は宙に舞った。その彼女に向かって足元の岩を投げつけようとしたアルカンシエルの右腕を、フォーリヴズが切断した。

無くなった右腕を呆然と見て、少し遅れて叫んだアルカンシエル。それを見て、にやりとフォーリヴズは笑う。


「これでやっと、五分五分かな?」


より戦意を増したアルカンシエルを見て、うんざりした様子でフォーリヴズは息をついた。






フォッシウスは民間人をかつての城に避難させると、自身は陣頭指揮に出た。城の守りはセイザーに任せた。いざとなれば、セイザーが旧帝国領を治めることになるであろう。もとより、そのための教育も施している。


「あの時は、ともに死ねませんでしたが、マーズリートさま。今度はわたくしもお供いたしましょう」


そう言い、フォッシウスはミトリガンの騎士たちを率い、ミトリガン内部に侵入した敵と戦った。

傷ついた兵士を癒し、魔術を行使して戦ったフォッシウスだったが、敵の流れやが彼の老いた体を貫いた。致命傷を負いながらも、フォッシウスは前線の兵士を叱咤激励し、何とか敵の侵入を食い止めた。

フォッシウスはひとまず落ち着くと、城に帰還した。しかしながら、長時間血を流しすぎたために、その命はもう燃え尽きていた。

駆けつけたセイザーに後を託し、フォッシウスは静かに戦士の腕の中で息を引き取った。


この戦いで死んだのは、フォッシウスだけではなかった。

コクーンとともに最前線で戦い続けてきたセウス王の忠実な騎士にして戦友のサウルン・トーキッドもまたその一人となってしまった。

戦場において縦横無尽に駆けたサウルンは、その慢心により命を散らした。


「が、はぁ・・・・・・・・・・・・・」


サウルンは左胸を押さえ、砂ぼこりの中に倒れた。

砂の中に紛れていた伏兵の攻撃に気づかず、彼は一撃で倒された。

英雄の死、と言うにはそれは呆気なさ過ぎた。

それを目撃したコクーンは、声こそ挙げなかったが、憤怒にその顔を真っ赤に染め、敵兵を木っ端みじんに叩きつけ、騎士たちに命じた。

敵の殲滅を。

亡き友の開かれた眼を閉じてやると、コクーンは戦友の剣を手に取った。

その顔に、一筋の涙が浮かんだが、それはすぐに戦場の風にかき消された。

友の死に悲しむ暇もなく、騎士たちは剣を振るう。悲しむことは、何時でもできた。

亡き友、父、多くの命のために、彼らは戦うしかないのだ。





セウスとマーズリートの戦いは熾烈を極めていた。

かつて下した相手とはいえ、セウスにとっては厄介な相手であった。すでにスキルの恩恵がなければセウスは死んでいただろう。誇りもなく、ただ操られるだけの屍と化したマーズリートを見て、セウスは憐れみの目で彼を見る。

あれほどの偉大なものを、こうまでに落としてしまう死霊術師とその背後にいる敵。それに対する怒りはさらに積もるばかりである。

フロイデンを守る。

それがマーズリートを下した時、彼が受け取った約束であった。

その約束を果たすためにも、セウスは止まりはしない。

ここで止まることはできないのだ。

多くの血に濡れてまで、この大陸に平和をもたらす。そのために、戦ってきたのだから。

距離を取り、二人は視線を躱す。まるで、あの時のように。

剣を構えるセウス。理性などないはずなのに、マーズリートも必殺の一撃を放つように剣を構えた。

風が、ビュウ、と吹いた。

決着を見守るのは、頭上の太陽のみ。

二度目の風が吹いた瞬間、同時に二つの影が動いた。

そして、影が交わり、一方が倒れた。


倒れたのは、マーズリートであった。

大きく胸部を切り裂かれたセウスは、片膝をつき、倒れたマーズリートを見る。身体からやや離れたところに、その首は転がっていた。

空虚な目は閉じられ、その顔は安らかであった。

セウスは目を閉じ、偉大な皇帝の冥福を祈ると、立ち上がった。

まだ戦いは終わってはいないのだ。




闘いはまだ続いた。だが、徐々に生者が死者を上回り、やがて日が傾くころにはほぼ決着はついていた。




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