六人の絆
まず動いたのはアノガルであった。足を踏み出し、細剣を突き出す。鋭い突きではあるが、それはバルドバラスの盾で防がれている。連続攻撃と、そのたびに違う方向から繰り出される攻撃で盾を弾き、バルドバラスの守りを崩すつもりのようだが、そうもいかない。
バルドバラスは模擬剣を構え、アノガルに叩き込もうとする。アノガルは剣を逆手に持ちそれを受け止め、受け流す。バランスを崩すバルドバラスに剣を突きつけるが、左手に持つ盾を投げたバルドバラス。
アノガルはそれを後ろに下がり回避する。盾はバルドバラスの手元に戻り、盾を装着したバルドバラスが踏み込んでくる。
はあ、と声を上げ、バルドバラスは剣で払う。それを細剣で受け止めたアノガルに、バルドバラスは左手の盾でその脇腹を殴打した。
バルドバラスにとって、盾とは防具ではなく武器である。バルドバラスの現在使用する小型の盾は飽くまで訓練用のものであるが、実際は様々な武装がついている。盾を防具と勘違いしたものにとって、予想できない攻撃を繰り出し、相手の不意を突くために。
だが、今回はそれがない。そう言ったフェイントなしで勝つには少々手ごわい相手だとバルドバラスは感じていた。
アノガルの攻撃は一つ一つは単純であるが、素早い動きと力でそれをうまく組み込み、隙を最小限にしている。バルドバラスの戦闘方法を短期間で覚えたのか、先ほどよりも攻撃が通らなくなっていた。
バルドバラスの持つ盾にももはや防具、と言う意識はなく、武器であると認識していることだろう。
バルドバラスは乾いた唇を舐めて相手を見る。
銀髪の騎士見習いは、引き締まった顔でバルドバラスを見る。油断も何もない、その顔。
面白い、とバルドバラスは内心感じていた。自分とこれだけ戦えたのは、同年代ならばセウスくらいのもの。なのに、目の前のアノガルやツェツィーリエなど、まだまだ多くの実力者がいるとは。
「ふんッ」
バルドバラスは盾を捨てると、両手で剣を構える。
「盾を捨てるとは、どういうことです?」
アノガルは問う。バルドバラスのあの攻防一体の姿勢。それを捨ててどう自分と戦うのだ、と。
アノガルのスピードにはバルドバラスでは勝てない。盾があるからこそ、それまで攻撃を避けられた。
それをバルドバラスも知っている。
「もともと、俺は守りに徹することは嫌いなんだ。守るべきもののために、盾を持っているだけでな」
「つまり、それこそが本来の戦い方、というわけですか」
両手で剣を持つバルドバラスを見てアノガルはそう言う。
「決して、自暴自棄ではない、ですか。ならば、こちらも本気で行かせていただく」
アノガルは左手で刀身を撫でる。
「行くぞ」
奔りだすバルドバラス。その速さは、守りに徹していた時よりも早い。
両手で繰り出される斬撃は、重くのしかかる。アノガルは剣で受け止めるが、このままでは折れる、と感じた。
競り合うことを辞め、横にそれ剣を振りだすアノガル。その細剣の突きをバルドバラスは剣の腹で受け止める。
「ちぃ、押せないですか。ならば!」
アノガルの剣戟はより速さを増す。それを受け止めるバルドバラス。
「一撃一撃が軽い、それでは俺は倒せぬ!」
バルドバラスは叫ぶと、アノガルの身体ごと剣で吹き飛ばす。宙に浮いたアノガルの身体に向かって、バルドバラスの剣が向かう。
アノガルはわずかに身を反らし、カウンターで右手の剣を突き出す。
ほぼ同時に、二人の剣はそれぞれ相手の首元の皮一枚のところで止まる。
その瞬間、ハバナンの「止め」という言葉が響く。
「両者引き分けだ」
そう言われ、バルドバラスはふう、と息をつき、地面に着地し膝をつくアノガルに手を貸す。
「いい戦いだったぜ、お前」
「貴公こそ」
そう言い立ち上がるアノガル。アノガルは土埃を払うと、剣を腰に差し、悠然と列に戻っていく。
バルドバラスも盾を拾い、剣を収めると列に戻る。
「セウス」
「どうだった、バルドバラス」
親友に小声で囁くバルドバラス。それに相手の感想を聞くセウス。
「かなりできるな、あいつ。たぶん、このクラスであれだけの強さなのは、俺とお前、それにさっきの女くらいだな」
バルドバラスの言葉に、セウスはそうか、とうなずく。
セウスの脳裏には、あの二人を自分たちの仲間として迎えたい、という思いがあった。
このままいけば、騎士としてトローアに使えることは間違いはあるまい。だが、その才能を徒に埋没させるのももったいない。
それに、自分たちの理想のためには、もっと多くの仲間が必要である。そのためにも、あの二人は必要不可欠だろう。
ツェツィーリエ、アノガル。両者のあの目の輝きは、ほかの物にはない輝き。
ラカークンの因縁を終わらせる、希望の光である。
リケンとセリーヌはハバナンの使命で魔術の決闘を行った。だが、セウスやバルドバラスの予想通り、結果はリケンの圧勝であった。
セリーヌは確かに才能はあるが、流石にリケンには敵わない。リケンはあらゆる魔術を得意としているし、そのリケンに並ぶ補助魔術では決闘には勝てない。必然的にセリーヌが負けるのは目に見えていた。
とはいえ、それは彼女のレベルが低いわけではない。単純な才能ならば、セウス以上であるし、戦闘用の魔術も十分脅威となりえる威力を持っている。
落ち込むセリーヌに、フォローにならない励ましをするリケン。二人が列に戻ってくる。
この二人で、上位クラスの各人の実力把握の決闘は終わった。
「ふん、全員終わったな」
ハバナンはそう言い、ボードをわきに挟み、全員を見る。
「今はまだ、それぞれ差がある。だが、今後の訓練次第で大きく変わってくるであろう。才能に溺れ、努力を怠る者は、いずれ地獄を見る。騎士たるもの、常に精進せよ。身体のみならず、心も鍛えるのだ」
そう言い、ハバナンは全員をもう一度じっくりと見る。
「では、解散。来週からは本格的な訓練と座学を始める」
そう言い、校庭で解散を言い渡し、ハバナンは去っていく。
生徒たちは着替えのため、校舎内に戻っていく。
セウスとバルドバラスはそれぞれ自身の対戦相手を捕まえると、仲間たちのもとにやってくる。
「なんだ、いきなり人を捕まえて」
ツェツィーリエはそう言い、周囲を見る。セウスに、黒髪の男に、気の弱そうな金髪の少年、可愛らしい少女、そして困惑気味の銀髪の少年。
「いや、ツェツィーリエ、君とアノガルとぜひとも友人になりたくてね」
「国王陛下にそう言われるとは、感激です」
アノガルは嫌みなくそう言い、騎士の礼を取る。
「友人になりたい、と言ったんだけどね、私は」
従属関係は求めていない、と暗に言っていることを感じ、「失礼しました」と言い、アノガルは姿勢を戻す。
「ですが、敬語を辞めろ、とまでは言わないでください。こればかりは癖ですので」
アノガルがそう言う。いかにも堅そうな奴だもんなァ、などとツェツィーリエは呟く。
「まあ、いいけどね。あんたらは面白そうだし、ね」
アイスブルーの少女はそう言い、ウィンクした。
「まあ、自己紹介はしとくか」
「お前のことはみんな知ってるから省略」
セウスが言うと、バルドバラスが笑みを浮かべて言う。この国の王であるセウスを知らないものなど、この国にはいないし、時間の無駄だ。
わかっていても、そう言われたセウスはバルドバラスを恨めしく見る。バルドバラスはそれを受け流し、ツェツィーリエとアノガルを見て言う。
「バルドバラス・ブラッケストだ。平民だが、セオドア王に拾われて以来、王宮でこいつと暮らしてきた」
セウスと肩を組み、バルドバラスは言う。そして、くい、と顎でリケンを指す。
「リケン・メイルシュトロムです。三年前から同じく王宮で」
「セリーヌ・ミリシュア。父はミリシュア侯爵です。私も王宮で」
四人の言葉を聞き、なるほどね、とツェツィーリエは頷く。
「幼なじみ集団、ってことね」
そんな少女に自己紹介を促すようにじぃっと見るバルドバラス。
わかったよ、と頭を掻きツェツィーリエが口を開く。
「ツェツィーリエ・ツィマット。東部の出身。アカデミーに入ったのは、なんとなく。ついでに言っておくと、放浪民の子孫」
「放浪民?」
セウスの疑問の言葉にツェツィーリエは頷く。
「そ、もともとは北のイヴリス大陸からファムファート経由してこっちまで流れてきたのさ。傭兵稼業、ってとこ。親父が現地人と結婚して、そのまま国民に、ってね」
イヴリス大陸は北に位置する大陸であり、ファムファート大陸は東に位置する。
北のイヴリスは一時、寒冷地獄と化したことがあり、その際多くの住民が他大陸に逃げたという。その時、他の大陸に逃げ、そのまま放浪しラカークンまで来た、ということだろう。
珍しいことだが、そう言う者たちがいたことも事実である。
「さて、それじゃああとは」
バルドバラスが銀髪の少年を見る。アノガルは口を開く。
「アノガル・アーカム。シノルヴァから亡命してきた貴族の末裔だ。出身は中央部だ」
「シノルヴァ、ああ、フィシケ・ヴォン・アーカムラックの?」
セウスの言葉にアノガルは頷く。
フィシケ・ヴォン・アーカムラックは百数十年前のシノルヴァの伯爵であった人物である。
トローアの王とも個人的な交友があり、シノルヴァとトローアの和平のため尽力した人物である。
騎士道精神あふれ、公正な人物であった、という。
だが、彼の祖国シノルヴァがトローアとの和平を利用してアークウォードと組み、トローアを滅亡させようとしている知ると、一族郎党を従え亡命し、トローアに危機を知らせた。
その後、トローアの貴族としての地位をいただいたが、それを辞退し平民として暮らした、という。
「アーカムと変えた今でも、師父フィシケの恩、ということでアカデミーへの入学がデキル、というわけだ」
半ば半分貴族ともいえる特殊な立ち位置にいるのだ、とアノガルは言う。フィシケの教えはアーカム家では今なお受け継がれているらしい、とセウスは思った。
「で、王サマは絵あたしたちを仲間に加えたいと思った理由はなんなのさ?ただお友達ごっこする、ってだけじゃあないでしょう」
ツェツィーリエの冷えた青い目がセウスを見る。アノガルもセウスを注視している。
セウスの目的と理想を知る三人は口を紡ぎ、セウスを見る。
セウスは二人の新たな仲間を見て、言う。
「力を貸してほしい。ラカークンの戦いを終わらせ、平和な国を作るために」
セウスの語る話を二人は黙って聞いた。
セウスの語る理想は、はっきり言って夢物語である。
セウスの理想を押し付けた平和は、下手をすれば帝国やほかの二国のやっている覇権争いと変わらないものになる。その危険性を指摘すると、セウスもわかっている、とうなずく。
「確かに、私は独裁者になりかねない。だからこそ、私をいさめ、ともに道を歩いてくれる仲間が必要だ。強い意志と力を持つものが」
「アタシらがいなくとも、いるじゃない?」
「足りないさ。四人だけでは、何もできない。思いだけでは、世界は動かない」
セウスはそう言い、二人を見る。ツェツィーリエはただ理想を語るだけの王ではない、と思った。十二歳でありながら、ここまで考えられるとは、と。
アノガルはしばし沈黙すると、セウスを見て言った。
「わかりました。我が剣を、あなたの理想のために捧げましょう。師父フィシケの名に誓い」
「ありがとう、アノガル」
アノガルの言葉にセウスは礼を言うと、ツェツィーリエを見る。君はどうする、とばかりに。
頭を掻いたツェツィーリエは言う。
「わかったよ。アタシも仲間になってやるさ。そのかわり、あんたが心変わりしたら切り捨てるから」
「ああ、そうしてくれ」
セウスがそう言い、改めて手を差し伸べる。
ツェツィーリエとアノガルは力強くその手を握手をした。
『至高の王』セウス、『聖国母』セリーヌ、『黒騎士』バルドバラス、『賢者』リケン、『騎士王』アノガル、『剣聖』ツェツィーリエ。
後世、その異名と名声をラカークン、そして世界に響かせる六人。
僅か十二歳の少年少女たちは、未だ誰も成し遂げたことのないラカークン大陸の平和のため絆を結んだ。