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セアリエル  作者: 七鏡
何者であろうとも私の道を阻むことはできない
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ジョット王の妄執

アースウォードの敗北は、見るものが見れば明らかであった。

どんどんと敗北を重ねるアースウォード。支配者たるバランシェ層から解放された民は喜んで解放者であるトローアへと鞍替えし、バランシェ貴族の一部も祖国を見限りシノルヴァへ逃れるなど、国家としての体を成していない、といっても過言ではないだろう。

この期に及んでバランシェ貴族は互いの利権争いをしており、国王ジョットも未だ自分たちの勝利を疑ってはいなかった。傲慢な彼らはトローアによる敗北を全く考えてはいない。それこそが彼らの最大の間違いであるが、多くのものが最期までそのことには気づかないだろう。

また、地上にばかり気を取られ、彼らは海上の警備をおろそかにしていた。アースウォード海軍は、フロイデン帝国海軍以上の性能を持つ艦船を持っている。他大陸で造られた高性能艦であり、主砲である魔術砲は当時のトローア戦艦を一撃で戦闘不能に追い込むこととてできた。

だが、慢心がその目を曇らせた。それに、消耗品のように人を使うバランシェたちは海が陸以上に経験を必要とする場と理解していなかった。

素人同然の兵士たちを配置し、それで彼らは安心しきっていたのだ。高性能艦隊の前に、立ち向かう敵はいないし、仮に向かってきたところで撃ち払えせばいい。

そう思っていた。


アウラ海アースウォード沿岸部。バランシェ貴族ムットゥーマにより率いられた艦隊はアースウォードへ侵入する艦船の見張りをしている。もっとも、見張りと言っても楽な任務であり、時折通るのは中央大陸より贈られてくる傭兵部隊。激戦の続く智将とは違い、海は平和だ、とムットゥーマは優雅にコーヒーを楽しむ毎日である。当初は左遷された、と憤慨した彼も、戦争で次々と政敵が死んでいく様子を見ながら、存外これはチャンスだったかもしれない、と思っていた。

政敵が減り、地上で有能な指揮官がいなくなれば、いやでもムットゥーマに頼らねばならない。ムットゥーマの偉大な作戦により、アースウォードの英雄としてその名が語り継がれる。そんな壮大な妄想に毎日浸っていた。

艦船三十隻。これほどの艦船に挑むだけの戦力を他国は持っていない。いかにフロイデンの軍を吸収したトローアであろうとも、だ。

ふふん、と鼻で笑い、その上品な香りに満足そうに顔を歪めたムットゥーマ。そんな彼の耳に、何か大きな、そう、砲撃のような音が聞こえた。

空耳か、と思うが、そうではないことはすぐに分かった。

船室の外は騒がしく鳴り響いていた。ムットゥーマの持つコーヒーも、艦船を襲った揺れにより、その中身が零れ、ムットゥーマお気に入りの服を汚した。

くそ、と毒づき、ムットゥーマは何事か、と船室の外にいた兵士に問う。兵士は慌てていった。


「て、敵襲です!」


「敵だと、どこの国の軍だ?」


「トローア王国です!」


兵士はそう叫んだ瞬間、舟を大きな振動が襲った。よろけたムットゥーマが立ち上がろうとした瞬間、ムットゥーマの乗る船をトローア艦船の砲撃が襲う。そしてそれは、ムットゥーマの乗る旗艦を直撃した。

その直撃により、ムットゥーマは自分の死を感じる暇もなく、その身体を消滅させた。



この海戦における戦力差は四対一ほどである。トローア側は劣勢であり、到底敵うとは思えない。しかしながら、結果としてトローア軍は勝利を遅め、三十隻からなるアースウォード艦隊を全滅に追い込んだ。

トローア軍の主力を担う元フロイデン軍は経験豊富であり、それを指揮したクレオメロン・シレと言えば、フロイデン海軍提督の孫であり、その才能を強く継いでいる。士官学校においても、戦術理論ではセイザーを超えた才女であり、その能力はいかんなく発揮された。

性能差を戦術で覆したクレオメロンだが、もちろん勝利は彼女だけの力で成し遂げられたわけではない。

魔術師リケンによる魔術の霧と、アースウォード艦隊の中に偽装戦艦として紛れ込んだフォーリヴズ率いる部隊の活躍も大きな勝因であった。

フォーリヴズの部隊は敵戦艦に乗り込んで白兵戦を展開した。トローア軍には剣の達人ツェツィーリエがおり、アースウォードの有象無象を切り捨てた。

濃霧のせいで敵味方の識別ができないだけでなく、戦闘面においても大きく劣ったアースウォード軍はその高性能戦艦の能力を発揮する間もなく、全滅に追い込まれたのだ。

アースウォード軍を破ったトローア側の損失はわずか一隻のみであったという。死傷者は少なく、沈んだ一隻の搭乗員の多くが怪我こそしたものの、死から逃れ味方戦艦に救助されている。

ムットゥーマ艦隊敗北の報が届くよりも先に、トローア艦隊はアースウォード側の陸地に到達、そこから侵攻を開始した。

突如現れたトローア軍の数は少なかったが、このような事態を全く想定していなかったアースウォードの対応は遅れ、北部の要所の一つ、アッコンを瞬く間に占拠された。

アッコンに篭ったトローア軍を殲滅するため、急遽派遣されたバランシェ貴族率いる軍であったが、錬度も低く、また指揮官の統率能力も低かったために、アッコンに籠城するトローア軍を倒すことはできず、逆に反撃され、指揮官は死亡。軍の大半もトローア騎士たちの一騎当千の活躍により死に、生き残った者たちは剣を投げ捨ててトローア軍へ降服した。

アッコンから離れたトローア軍はその後、王都アズガーとつながる街道地域の要所を次々に占拠し、主だった軍を蹴散らした。

これを重く見たジョット王の命により、トローア軍への守りを固めていた国境地帯からは兵が大幅に減り、中央へと戻ることになった。これはそれまで国境地帯でとどまっていたトローア軍を進軍させる事態となった。

セウス王率いるトローア本軍はアースウォード軍を屠り、徐々に王都へと向かってきていた。

クレオメロンらのトローア軍は籠城し、防衛に専守した。圧倒的な戦力を投入したものの、クレオメロンらの部隊を落とすこともままならず、セウスの本軍の接近を許す羽目になった。

闘いにおいて相当数の戦力を失ったジョット王は、国内全域に徴兵令を出す。国家の危機であり、国民はすべて年齢性別を問わず、武器を取り、国のために戦え。そのような理不尽極まりない命令が発布されたのだ。

当然、これには国民の不満があった。今までならば、多くの国民は仕方がない、としたがっていたが、セウス王のアースウォ-ドの民への施しようはよく知れ渡っており、なぜ碌に自分たちを大事にしない国のために戦えるだろうか、と疑問に思うものも多々出てきていた。むしろ、悪性を敷くバランシェ貴族と王を討たんとするセウス王に従った方がよほどましである、と。

一地方の民が「王命を拒否する」と宣言。これを聞いたバランシェ貴族により、その地方で虐殺が発生すると、王都周辺地域以外でのあらゆる場所で同様の宣言がなされ、バランシェ貴族軍と州民たちの間で戦闘が発生した。

そこにトローア騎士たちがさっそうと現れ、圧制を敷くバランシェ貴族軍を倒し、民を解放した。

民はこのトローア騎士たちに感謝をし、敵国であるはずのトローアに喜んで協力した。

各地でのこのような出来事により、戦況は一気に変化した。

王都アズガーとその周囲を覗くアースウォード全域がトローア軍による支配を受け入れ、敵となったのだ。ここで想定していたはずの戦力は一気になくなり、アースウォード軍は孤立状態となった。

ついには残った全軍を王都まで下がらせ、それ以外の地域を切り捨てる判断をジョット王は下した。

長き歴史を持つアースウォードはついに敵を、それもトローアと言う彼らの言う「弱小国」に追い詰められることとなったのだ。




テンスビルガ-たちの工作もあったとはいえ、ここまでうまくいくとはな、とセウス王は王都アズガーを前に思う。

それだけバランシェのよる支配は過酷であり、多くの国民たちに不満を抱かせていたのだ。テンスビルガ-の工作も、所詮はきっかけであったのだ。いずれ何らかの形でアースウォードは崩壊する運命だったのだ。

黄金のガルシャー宮殿が、セウスの立つ丘の上から見える。ややくぼんだ大地に造られた王都アズガーはセウスのいる丘から離れているが、そこからでも黄金の王の宮殿が見える。

自己の支配欲を満たすためだけに造られた宮殿は、悪趣味なほどに光り輝いている。


「王都ガルシャーの城門はさほど硬くもなく、また隙も多い。陛下の優秀な騎士たちならば、苦も無く突破できましょう」


元バランシェ貴族イジュアドはそう言い、にやりと笑う。


「まあ、必要はないとは思いますが、こちらでもいろいろと手は回させていただきました」


「何をした?」


「なにも。ただ陛下同様にアズガーの民に少しばかり・・・・・・・・・・・」


そう言い、嗤うイジュアドを見てセウスは眉をしかめたが何も言わなかった。


アズガー内部では大きな混乱が起きており、市民による王への抗議の声が強くなっていた。


「即時降服を!」


「圧制をしく王に死を!」


「自由をもたらすトローア軍にアズガーを明け渡すべし!」


このような声に、ジョット王は粛清を命令した。ウォーグたちにより、多くの市民が虐殺された。

だが、この行為はより多くの民に反感を植え付けた。そればかりか、ウォーグの一部も命令に反し、主であるバランシェ貴族を切り殺す、と言う事件もあった。

バランシェ貴族たちは市民の多くを殺したために、自分たちの支えとなる民がいなくなり、満足に食事すらできない、と言う状況に陥った。

バランシェ貴族は歴史を動かすのは常に一部の優れたものである、というが、彼らはわかっていないのだ。真に歴史を動かしてきたのは、そう言った彼らに付き従う民の力あってのものだ、と。王や英雄がなしたことというのは、確かに彼らの力によるものである。だが、そういう英雄たちの影にも、多くの民の支えがあってのものである。

それを理解しなかったがゆえに、彼らはこのような状況に陥った、ということに、しかし彼らの多くは気づかなかった。

それは国王ジョットも同様であった。


「劣等種のトローア人どもが、なぜ偉大なるアースウォードに・・・・・・・・・・・ッ!!」


ジョット王は歯ぎしりをして、乱暴に自分の玉座の隣に立つ奴隷女を殴りつけると、苛立ちに任せて剣を抜き、一振りで女奴隷の命を奪った。

錯乱する王に、周囲の者たちは黙り込み、怯えた目を向ける。


「クソがぁ、仕えない奴隷どもごと、トローア軍を全滅させてやるぞ・・・・・・・・セウス王だと、若き英雄だと、解放王だとぉ!?」


虐殺した民の言っていたセウス王の呼び名を口にして、顔を歪めたジョット王は美しい顔を醜く染め上げ、唾を吐き飛ばしながら言う。


「ふざけるなよ、このアースウォードの王はこの俺だ・・・・・・・・・・天上天下、この俺ただ一人だ!」


ラカークンの王となり、世界を支配する俺が、このような場所で、セウスと言う王気取りに殺される?あり得ない。

ジョットは心の中で吐き捨てると、周囲にいるものに行った。


「王命である!ただちに全軍を上げてトローア軍を駆逐せよ!そして見せるのだ、この地上でもっとも優秀であり、尊いアースウォード人の力を!!」


ジョット王はそう叫び、妄執で染まった狂気の瞳を血走らせた。

王に逆らう者はいなかった。ジョット王の手荷物圏は、反論を許さない。奴隷女の血で染まった剣の餌食にはなりたくはなかった。

とはいえ、自殺ともいえるその命令に従いたくない、と言うのがその場に居たものの思いであった。

それでも彼らはバランシェ貴族であり、今更セウス王に頭を下げることもできようはずがない。腹をくくった彼らは、残り少なくなったアースウォード全軍に王命を伝達。




セウス王率いるトローア軍の再三の降服勧告を突き返したアースウォード。

それを受けてセウス王は王都アズガーへの総攻撃を宣言した。


「これより、我がトローア王国軍は、悪王ジョットと、彼の取り巻きであるバランシェ貴族の手より、アースウォードを解放するため、総攻撃を敢行する!我が誇り高き騎士たちよ、剣を抜け、恐れるな、正義は我らとともにある!光の導くままにいざ行け!」


一呼吸おいて、セウスは重々しくその声を響き渡らせた。


「突撃!!」


巨大なトローア軍は、わずかなアースウォード軍が立てこもる王都アズガーへの攻撃を開始した。

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