脈動
フロイデン滅亡により、アースウォードはフロイデン領への侵攻をはじめ、それまでの戦闘において温存させてきた軍団を投入し始めた。フロイデンとトローアが疲弊し、その兵力や資源は大きく減っている。たとえトローアがフロイデンの兵力を吸収したところで、その数はアースウォードには及ばないし、フロイデンを吸収したことでトローアはより負担を強いられる形となる。国力の乏しいフロイデンをトローアが支えようとすればするほど、アースウォードには都合がいい。
シノルヴァ王国元老院はトローアのこの力を危険視し、アースウォードとの一時休戦を申し入れ、ともにトローアを潰そう、という提案を遠回しながら送ってきたが、ジョット王はその密書をみぎり潰し、風の中にばらまいたという。
「愚かなシノルヴァが、我らと同等と勘違いしおって」
怒りに震えるジョット王は、トローア、シノルヴァを完全に滅ぼす時が来た、とシノルヴァに対しても攻勢を強めた。シノルヴァ側は同盟を結ぶクライシュ大陸の国家群の助力を得ることで、なんとかその猛攻には耐えることができた。
シノルヴァ元老院はそれでも、アースウォード、トローア双方を相手に互角以上に戦争ができると考えていた。
国王エルデリートは、その状況を憂いていた。
老人たちはこの状況に理解を示していない。無駄な戦いにより、多くの国民が苦しんでいることすらわかっていないだろう。
無力な自分には何もできない。それが口惜しい。
憂いの表情を浮かべた王は、今日も一人、宮殿の奥で生活をしていた。
「セウス王、か」
一体どんな人物か、この目で見てみたいものだ、とエルデリートは思った。
「エルデリートさま」
「ネズリグか」
エルデリートは自身の名を呼ぶ声に振り向いた。そこには、一人の老騎士が立っていた。
彼はエルデリートを幼いころより守り、共にいてくれた彼女の数少ない信用のおける人物であり、父のぬくもりを知らない彼女にとっては最も父に近い人物である。
しかし、その外見は常人とは違う。遠目で見ればわからないが、皮膚の色は薄緑色であり、うっすらと肌にはうろこ状のものが浮かび、歯はぎっしりと鋭い牙になっている。目は蛇のような眼である。
彼はリザードマンという魔族の種族である。魔族とは、人間やエルフ、ドワーフといった人類種から差別される者たちの総称である。魔物や魔神などを起源とした、醜い種族として多くの場所で迫害されてきた。
そんな彼がエルデリートの護衛騎士となったのには、様々な事情があったようだ。だが、外見こそ自分たちとは違うが、その中身は何ら変わりのない、穏やかで思慮深い人物とエルデリートは知っていた。
「はい、ネズリグでございます」
「ねえ、ネズリグ。この戦いを、どうにか止めることはできないのでしょうか?」
そう言い、エルデリートははぁ、と息をついた。美しい紫色の髪が揺れた。
「このような戦いに、何の意味がありましょう?」
「人は争う生き物。戦って、征服欲を満たさなければ満足できないものなのです」
魔族と言われ、迫害されてきたためか、その言葉には棘がある。だが、その通りだとエルデリートは思う。
「ジョット王とは、思想的なものもあり、相容れられるとは思いません。しかし、セウス王ならば、あるいは」
「・・・・・・・・・・・・・」
エルデリートの言葉に、沈黙したネズリグはぎょろりとした目で忠誠を誓った王を見る。
元老院からはお飾りと言われ、政治の実権はとうにない。それでも、民を考え、憂うだけの心を持つ優しき王。その願いを叶えたい、と思うのは無理もない。
魔族と蔑まされてきた彼に、手を差し伸べてきた彼女の願いならば、と。
「ならば、私が見極めてきましょう。セウス王が、真にエルデリート様の期待にそう人物か否か、を」
「・・・・・・・・・・・・ごめんなさい、ネズリグ。我儘を言ってしまって」
「いいえ、それよりもその間、私は陛下のもとを離れなければなりません。そのことを、お許しください」
「大丈夫よ、ネズリグ。私は道化の王。誰も暗殺などしようとも考えないわ。私が彼らにとって従順である限りは」
エルデリートはそう言い、自嘲した。
「・・・・・・・・・・・・」
魔族の老騎士は沈黙し、主を見ると、頭を下げて素早く消えた。
エルデリート王は目を閉じると、微睡の中に落ちて行った。
アースウォードとの対決のため再編されたセウス王によるトローア軍の規模は、旧フロイデン軍を吸収し拡大していた。
とはいえ、フロイデン領の警備のために兵を残す必要があったため、そのすべてを投入できるわけでもない。インサニアフォースズの精鋭部隊はそのほとんどがミトリガン戦で死傷しており、残ったフロイデン兵はインサニアフォースズと比べれば錬度も低い。しかし、文句を言うだけの余裕も時間もない。
アースウォード軍は大量の軍事力を投入してきた。おそらく、フロイデン化トローアどちらかが倒れた時のために、戦力を温存していたのだろう。
中央大陸の国家に属する傭兵団を雇い入れて投入しており、その被害は大きなものとなりつつある。トローア本国の方でも国境警備隊との戦いは激化しているらしく、ペルゼンが前線に出る事態にまで一時は陥ったという。その後はコクーン、ジュリアス、テレサといった本国に残った騎士や魔術師が活躍して何とか押し返したが、予断は許されない。
セアベリノ地方を攻めるアースウォード軍を打ち破り、フロイデン側からアースウォードへ侵攻、そのまま王都アズガーを攻め、叩き落とす。
アースウォード軍はフロイデン軍とは違い、忠誠心のない軍である。国の支配層バランシェに使える下層の民たちにより作り出された軍や金で雇われた者たちによる軍であるため、中央つまりは王都貴族を撃てば、戦争は終わるのだ。
シノルヴァ側も現在はアースウォード対策に追われており、トローアにまで手を伸ばす余裕はない。攻めるならば、今このタイミングであろう。
セウス王はフォッシウスやリケンらの意見を基に、先行部隊を編成し、派遣した。セウス王率いる本軍は、そののちのアースウォード侵攻の準備があるためにまだ動けない。
先行部隊として派遣されたのは、フォーリヴズ・バイラス、セイザー・アルカンシエル、クレオメロン・シレ、サウルン・トーキッドなどを中心とした部隊である。少数部隊での攪乱など、ゲリラ戦に特化した騎士たちで構成された部隊である。
構成員の多くがフロイデン兵であり、アースウォード本国に入る前に連携を高めたい、というセウス王の狙いもあった。セイザーやクレオメロンらの存在もあり、統率も取れるであろう、という期待もあった。
また、その先行部隊とは別に騎士テンスビルガ-らによる潜入部隊が組まれていた。彼らは先行部隊がアースウォード側と接触した後、甘くなった警備網を突破し、アースウォードに侵入。そして、工作を担当する。少数精鋭であり、もっとも危険な任務であるが、寡黙な騎士テンスビルガ-は王命に忠実に従った。
ここ数日、執務続きのセウス王は属領総督代理フォッシウスやリケンの勧めで休息を取っていた。
そんな王のもとに、知らせが届く。
知らせは王都にいる妻セリーヌからであった。
セウスはその手紙を兵より受け取ると、読み始める。
そこには王都の近況とセリーヌと子供のこと、それにペルゼンとフローリアの第三子が生まれたことが書かれていた。
セリーヌ自身も、もう一か月もすれば出産、と言われており、大事を取って執務も休み休みやっている、ということであった。
妻のもとにすぐにでも駆けつけたい衝動がセウスを疼かせるが、それはできない。彼にはまだやるべきことがあり、何もまだなしてはいないのだ。
セリーヌはそれを理解しており、帰ってきてくれ、とは書いていない。だが、その手紙には思いやりが満ちており、言葉にできない愛情を感じた。
本当は還ってきてほしい、近くにいてほしいはずなのに。
セウスはグ、と拳を握った。
「セリーヌ、すまないな。だが、私は必ず、必ず作り上げてみせる。私たちの子どもたちが健やかに過ごせる世界を」
ロン・バ・ザール傭兵団と言えば、中央大陸では名の知られた傭兵団である。団長のロンドリオは金にうるさい人物だが、金さえ支払えばきちんと仕事はする。
自分たちのことを馬鹿にするバランシェが気に喰わなくとも、金さえ払えば従う。それが彼らだ。
ロン・バ・ザール傭兵団は、その規模は比較的大きく、傭兵によって作られたアースウォード傭兵団の中心に存在していた。
彼らは現在、セアベリノ攻略のためにフロイデンの大地に立っていた。部隊の後方指揮はバランシェ帰属によるものだが、前線指揮はロンドリオに任されていた。
「ふんっ、トローアの王だかなんだか知らんが、大したことはない!」
セアベリノの一都市を落とし、略奪をする傭兵たちを見ながらロンドリオは嗤う。
「ロンドリオ親分、いい娘がいましたぜ!あとでお届けに陣地まで行きます!」
「おおう、楽しみにしてるぜ」
ニヤリと笑い、自分の傭兵団の構成員を見てロンドリオは腕を組む。
これしきの仕事で大金に女に、といろいろと手に入るのだ。まったく、うまい話だぜ、とロンドリオは嗤う。
わざわざ中央大陸から来た甲斐があったというものである。
金も十分、ここ数年で蓄えたし、そろそろ中央に帰ってもいいだろう。この戦いが終わったら、帰るとしよう。
ロンドリオがそう思っていると、まだ誰も荒らしていない民家を発見した。こんな目立つ場所にある家をまだ誰も手を付けていないのか、と疑問に思ったロンドリオがその中に入る。
ロンドリオはその家を物色するが、その中は不気味なほどに暗く、うっすらと光がさすだけ。誇りが舞い上がり、蜘蛛の巣が張っている。
どこか危険な何かを感じながらも、そんなものあるはずない、とロンドリオが奥に進む。
そんなロンドリオは気づかない。彼の後ろに立つ、怪しい影に。
色々と物色し、金目のものも女もいないと知ったロンドリオが踵を返した瞬間。
その首を何かが貫いた。
ブフッと血を吐き出したロンドリオが見たのは、灰色の髪の上半身だけの男であった。
腕が途中で切断されている。胴体部分も斬られており、人間の下半身がまるまるない。その代わりに、その切断面からは不気味な触手のようなものが無数に生えていた。
ロンドリオの首を貫いていた触手が膨張した。無数の触手がロンドリオの顔を這いずりまわり、その顔を破壊した。破裂した頭部を触手が吸収する。
『あぁあああぁあぁあぁ・・・・・・・・・・・・セウス、セ、ウス、ぅぅぅぅぅ・・・・・・・・』
怪物は虚ろな声でつぶやき、ロンドリオの身体を取り込んだ。
怪物の後ろには、砂色の髪の女が立っていた。金の瞳が光り輝いている。
「フフフ、アルカード、理性を失くし、死の淵にありながら強い復讐の思念は見事、と言わざるを得ないわね」
怪物と化したアルカードを見ながら魔女は嗤う。
太古の禁術によって召喚した、異形。それを彼女は死の淵に瀕したアルカードに寄生させたのだ。
元より、アルカードのその闇の魂に目をつけていた彼女は、いずれ自分の手足となるであろう駒に使用しようとかねてより考えていた。それを実行したのだ。
今はまだ不安定であり、こうして肉を補給させねばならない。なにもこの傭兵団でなくともいいが、下手にセウス王の有能な騎士に最初から当たっては、せっかく作った駒が台無しである。舌ならしとしてこの哀れな傭兵団を選んだ、それだけのことであった。
血を撒き散らし、肉を喰う怪物を見て、魔女は嗤う。
『が、ぁぁ、セ、ウ、ス・・・・・・・・・・セ、ウゥ、ス、ゥウ・・・・・・・・・・』
「そうよ、憎みなさい、アルカード。憎しみがあなたをより強くするのだから」
魔女の言葉を聞いていたかは知らないが、アルカードは頷くように体を動かし、その触手で男の身体をぼきぼきと千切り、喰った。
先行部隊がこの街を訪れた時、住人はおろか、この街を襲ったはずの敵の存在もなかった。
その場所で何が起こったのかは不明だが、何かとの交戦の跡が見受けられた。魔物か何かだろうか、とフォーリヴズらは疑問に思ったが、そんな彼らの任務はアースウォード軍である。敵がいないならば、長居は無用であり、調査は他の者に任せることにした。
先行部隊の去った街の中で、魔女は怪物を尻に敷いて、一人笑っていた。金眼が不気味に輝き、トローア軍を見送った。




