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セアリエル  作者: 七鏡
私は理想のためにその手を汚すことができるだろうか
3/59

哀しみの王

セウスが父セオドアの墓前を訪れることができたのは、父の国葬から二週間後のことであった。

王妃は未だ悲しみに伏せり、その体調を崩している。幼き王セウスがあまりにも優秀であると言っても、解決せねばならない問題は多い。彼に赦された自由時間など、ないものにも等しい。

父の墓前には、偉大なる王、民を愛し、国を愛した英霊と刻まれていた。


「父上、私は」


そう言い、父の墓の前でセウスは決意に満ちた表情をする。

フロイデン、アースウォード、シノルヴァ、トローア。この四国によるラカークン大陸の覇権をめぐる戦いを、自分たちの題で終わらせることを、誓った。

道は遠く、難しい。それでも、このままの世界が正しいとは思えない。

彼一人ならば、この夢物語を実現することは難しいだろう。だが、彼には友がいて、力がある。


「見ていてください、いつか必ず」


天に輝く太陽を見てセウスは言うと、父の墓に礼をして去っていく。


セウスは王都の中央共同墓地の王墓を出ると、父とともに戦死した者たちの墓を巡り始める。

戦没者の中でも特に交流のあったプレアデス。まさか、本当にあれきり会えずに、とはセウスも思ってはいなかった。

だが、騎士たるものいつ死ぬかはわからない。彼らは剣であり、盾。この国を守るものなのであるから。

生き残った帝国兵の話によると、最期までプレアデスは父の側で戦い、守り、そして死んでいったという。片腕を失い、多くの傷を負いながらも、彼は戦った、と。


「ありがとう、プレアデス。父上を、トローアの民を守ってくれて。安らかに眠れ、そして、私たちを導いてくれ」


そう言い、プレアデスの名が刻まれた墓石を撫でて背を向けたセウスは、ふと歩いてくる少年を見る。

年のころは自分たちと同じくらいであろう。親の姿はなく、来ている服も質素である。貴族の子息ではなく、平民なのだろう。

こんなところに独り、珍しいと思うが、その顔にはどこか見覚えがある。そして、思い出す。

プレアデスの墓の前に来た少年は、通り過ぎようとしたセウスも水に、墓の前に座り込む。

セウスはそんな少年の背を見て、しばしその場にとどまり、そして声をかけた。


「失礼、君はプレアデスの弟のリケン、で間違いないか?」


「はい、そうですが」


貴族らしい格好のセウスに初めて気づいたリケンは、おどおどしながらそう言い、セウスを見る。


「私の名前は、セウス。セオドアの息子のセウスだ」


「!?こ、国王陛下!?」


リケンは驚き、平伏しようとする。それを慌ててセウスは制す。


「待ってくれ、頭を下げるのはなしだ」


「ですが」


「私はまだ、人に敬われるほど何かをしたわけではない。無力な王だ」


そう言ったセウスの言葉に、リケンは何とも言えなかった。


「国王陛下のこと、哀しく思います」


「父上は立派に戦った。父上の死は悲しいものではあるが、過去に縛られるばかりではならない。未来を、見据えなければ」


父の死を乗り越えていかなければならない。セウスはそう強く思っていた。王たるもの、前を向き歩き出さねば、民もまた進めないのだから。


「強いですね、陛下は」


「いや、それより君は今どこに住んでいる?プレアデスより、君のことを任されているからな」


「兄から、陛下がですか?」


驚くリケン。セウスと兄がまさかかかわりがあったとは思ってはいなかったのだ。リケンは兄がただの騎士であると思っていたようだが、実際はリケンは上位騎士であり、国王直属の近衛隊所属のいわゆるエリートである。生きていれば、歴代最年少の騎士団長もあり得た。そうまで言われた人材なのだ。

王子の護衛などでもセウスとは長い付き合いである。セウスとバルドバラスの剣の師でもあり、兄であり、友人であった。


「友人だから、な」


そう言ってプレアデスの墓を見るセウス。


「行く場所がないならば、王宮に君を招こう」


「でも、僕は」


平民で、地位も何もない。親もいなければ、頼りだった兄もいない。

そう言おうとしたリケンにセウスは何も言わず、肩を叩く。


「遠慮はいらない。私はただ、友との約束を果たすだけなのだから」


「陛下」


「プレアデスのことは、残念に思う」


そう言うと、リケンは涙を流し、セウスの腕の中で泣いた。

プレアデスによく似た、優しい少年は、陽が暮れるまでそこで泣いていた。

そして、セウスとともに千年宮へと向かっていった。





王宮に帰ったセウスは、リケンのことを任せると、自分はセリーヌのいる部屋に向かう。バルドバラスは毎日訪れているのだが、セウスにはそれすら許されない。今日は、久々の休みであるから、破瓜から帰ったら向かうつもりでいたのだ。

コンコン、とセリーヌの部屋の扉を叩く。中から声がして、扉が開く。


「どなた・・・・・・・・・・・せ、セウス様!」


部屋から出てきたのは、二十代前半の若い女性である。名前をフローリア。セリーヌの世話で一緒にこちらに来たミリシュア侯爵家に代々使える一族の出身者である。おっとり顔の美人で、左目のなきぼくろが特徴的である。


「フローリアさん、セリーヌに会えますか?」


「はい、ですがまだ、お元気はないようで。無理はありません。先ほどまではバルドバラスさんもいたのですが」


「バルドバラスが・・・・・・・・・・」


セウスが来れない分、彼はずっとセリーヌの側にいたのだろう。好きな少女のため、とは彼は認めないだろうな、とセウスは心の中で苦笑いする。


「会わせてください」


「わかりました、どうぞ」


フローリアはそう言い、セウスを室内に導いた。




「セウス」


「久しぶりだね、セリーヌ。ごめん、なかなか会いに来れなくて」


そう言い、謝罪するセウスにセリーヌは首を振る。彼女もわかっているのだ。セウスの状況を。父王を失くし、母が伏せり、それでいて国内は混乱しているのだから。彼が暇ではないことは、よくわかっている。自分のように、悲しみに暮れている秘魔すらないことを。

だから、責めはしない。


「いいの、気にしないで」


あなたもつらいはずなんだから。そう言うセリーヌの目からは、涙が零れた。おかしいな、あんなに泣いたのにまだ出てくる、とセリーヌは無理に笑う。


「セリーヌ」


セウスは自身の胸元から出したハンカチを手渡す。セリーヌはそれを受け取り、涙を拭いた。


「ごめんなさい、私・・・・・・・・・・・」


そう言い、セリーヌはセウスに抱きついた。そのままわんわん泣く少女の背を、優しくセウスは撫でる。


「セリーヌ、君とミリシュア侯にも誓う。この国を、トローアに繁栄と平和を。そして、この大陸に平安をもたらすことを」


そう言い、セリーヌの身体をわずかに離すと、セウスはオレンジ色の髪の少女の、琥珀色の瞳を覗き込む。


「そのためにも、君の助けがいる」


「私の、助け?」


「ああ、君とバルドバラスと僕で、この世界を変えよう。みんなが笑える、そんな世界を」


「できるの?」


「やるのさ」


セウスの強い決意を秘めた瞳。わずか七歳の子どものする瞳ではない。

ああ、そうか。この人は生まれながらに王であるのだ。少女は自身の友である少年を見て、そう思った。

そして、そんな彼が自分を必要としてくれるなら。

少女は友の期待に応えなければなるまい。大好きな少年のために。


「はい、我が王よ」


彼が自身を王として見ることは不要、と言うかもしれないがけじめだけはしておかなければ。

その思いを組んだセウスは静かに頷くと、セリーヌを抱きしめる。また零れてきた涙を拭ってあげると、セリーヌは不意に、セウスの頬にキスをした。

セウスは驚きながらも、その少女の好意を受け止めた。その時、チクリと黒髪の親友の顔が思い浮かんだ。




セウス王はリケンの部屋を訪れた。王宮の人間が気を使わせたのか、バルドバラスの部屋の隣に位置していた。

セウスが訪れた時、部屋にはリケンのほかに、バルドバラスがいた。


「ああ、バルドバラス。こちらにいたか」


「よう、セウス。セリーヌのとこ、行ってきたんだろ?だいぶ、ましになってたろ」


「ああ」


セウスはそう言うと、リケンの部屋にあった空き椅子に座る。

バルドバラスとセウスがいる空間で少し居心地悪そうにするリケン。そんなリケンにセウスは笑う。


「すまないな、リケン」


「い、いえ」


「こいつ、プレアデスの弟だから、てっきり岸になるのかと思いきや、魔術師になりたいんだってさ」


「ほう」


バルドバラスの言葉にセウスは興味深く頷き、リケンを見る。初めて見た時より、魔力が豊富な気はしていたが、なるほど、と頷く。


「兄さんみたいに、騎士にはなれないけど、魔術師なら僕でもなれるかな、って」


「なるほどな。だが、騎士に慣れない、と言うのは間違いだ」


セウスは言う。


「騎士とは、剣や武術ができるもののことではない。信念を持ち、民の剣となりたてとなることができるもの。その心さえあれば、だれであろうと騎士なのだ。もちろん、君でもね」


セウスはそう言い、微笑む。


「リケン、私は良き国を作りたい。そのために、君の力も貸してほしい。良き友人であったプレアデスと同様、君とも私は友になりたい」


王の言葉に慌てるリケンは、紅くなりながらセウスを見る。


「あ、あの、僕、でよければ」


おどおどする少年にセウスは笑いかける。バルドバラスが「ようし」とリケンの肩を強く抱く。


「そうしたら、敬語はなしだぜ、リケン」


バルドバラスはそう言い、リケンを見る。


「今日から俺たちは親友だ。いかなることがあろうと、どんなことがあろうと、絆は永遠だ」


だろ、とセウスを見て言うバルドバラスに頷く王。そして、リケンとバルドバラスの手を握る。


「私たちは、親友だ。いかなる困難も乗り越え、ともに未来に向かっていこう」


王の言葉に、二人の騎士の卵は静かに頷いた。




四人の少年少女は、その後、肉親の死や親しいものの死を乗り越える。

そして、セウス王の言う理想に向かって、各々向かっていく。

セウスは王としての責務を。今はまだ、身体も未熟で、王としても完成されてはいない。偉大な父の足元にも及ばない。臣下の助けと、親友の支えで、彼はトローアの王として精進していく。

黒髪のバルドバラスは、プレアデスより教わった剣を更に極めるため、騎士の訓練に参加するようになる。幼いながらも、体力、才能ともに恵まれたバルドバラスは日に日に強くなっていった。

セリーヌは貴族子女としての教育を受けながら、セウスの手助けのために勉学に励んだ。魔術の勉強をしているリケンに教えを請い、魔術の操作も彼女は学んだ。

リケンは王宮魔術師のもとで、その才能を開花させた。天性のセンスと豊富な魔力は彼に自信を与えた。

プレアデスの弟、という重圧もものともせず、彼は三人の友と並んで立てるくらいになっていた。


フロイデン帝国および、ほかの周辺国による侵攻はなく、セウスは北部、特に被害の大きかったミリシュア領を中心に復興を進めた。王宮内では失われた騎士たちの補填を急いだ。

いつ来るかわからぬ敵。そして、将来戦うであろう敵。それに備え、セウス王は国内の整備を急ぐ。





しかし、そんな中、王宮内に哀しき知らせがもたらされた。

戦いの傷が癒え始め、人々の哀しみが明け始めて二年ほど経ったある日のことであった。


十歳を迎えたばかりのセウス王は急ぎ、母プリシアの寝室に向かっていた。

母プリシアは父の死後から病に伏せっていた。弱り切った心と体。

最初は風邪と思われたが、次第に病状は悪化し以来、寝台の上で過ごしていた。

そんな母の様態が悪化したと聞き、十歳になったセウス王は会議を抜け出し、母の待つ千年宮に向かう。


「母上っ!」


セウス王は珍しく取り乱した様子で叫ぶと、母の寝室の扉を開ける。そんなセウスをセリーヌとその侍女、フローリアが出迎える。セウスは二人に見守られる母に近づき、近くにいた宮廷医師に問うた。


「母の容体は!?」


「陛下、誠に申し訳ずらいのですが、もう・・・・・・・・・・・・・・・」


長年の治療も功を奏さず、医師としても心苦しい次第であった。

プリシアのショックは思いのほか強く、医師の力ではどうしようもなかった。


「セウス、その方を責めないで」


「母上」


弱弱しくつぶやいた母に、セウスは近づく。美しい砂色の髪は真っ白になり、その肌は老婆のようであった。数年でこれほどまでになるとは、とセウスは嘆く。


「母上、母上」


「セウス、ごめんなさいね、弱い、母で」


本来ならば、セウスのするべき役目を果たすこともできずに。そう謝る母を、セウスはただ首を振り、その細く渇いた手を握る。


「そんなことはありません。母上、どうか、逝かないでください」


セウスの懇願。それを見る者たちは、いくらセウスが大人びているとは言っても、まだ十歳の子どもに過ぎないことを思い知らされる。母を求め泣き叫ぶその姿。父王を失った時でさえ、気丈であった彼が、これほどまでに取り乱すとは。セウスの気持ちを量り、それを見る親友たちの目にも涙があふれる。


「泣かないで、セウス。笑って、ちょうだい。私は、ずっと、あなたを見守っているから。父上とともに


「厭だ、逝かないでください、母上。父上だけでなく、母上まで失ったら、私は、僕は・・・・・・・・・・・・・・・!!」


ふと笑い、プリシアは愛おしきわが子の頬を撫でる。薄く開かれた眼には、微かに見える息子の顔が見えた。


「ハンサムになったわね、セウス。父上に似て。ああ、セウス。あなたなら、このトローアを」


そう言い、目を閉じるプリシアにセウスが叫ぶ。


「母上!」


「・・・・・・・・・・・・・ああ、あの人が、まっ、てる・・・・・・・・・・」


その言葉を最後に、その手が落ちた。

呆然とするセウスの隣で、医師が「ヴォーヴンのもとに逝去なされました」と告げる。


「はは、うえ」


しゃがみ込むセウス。その姿を見ていられず、セリーヌとリケンがセウスをその場から連れ出した。




「すまない、二人とも」


落ち着いたセウスは、立ち上がると二人を見る。


「大丈夫かい、セウス」


「ああ。バルドバラスは?」


「プリシア様のご遺体を、運んでいるわ」


セリーヌはそう言い、セウスを心配そうに見る。バルドバラスにとっても、プリシアは母のようなもの。セウスほどではないが、恩義も情もある。彼は志願してその任を行っているそうだ。

心の中で親友にありがとう、と言い、セウスは涙を拭う。

泣いてなど、いられない。

母の死、そして父の死。その責任のあるフロイデン。そして、長きにわたる大陸の覇権をめぐる戦争。それを終わらせなければ、このような悲劇はまた繰り返されるのだ。

改めて、決意を仮託したセウスの瞳には、迷いもなければ悲しみもない。


「見ていてください、父上、母上」


そう言い、セウスは歩き出す。そんな彼の後ろを魔術師の少年と少女が付き従う。

落ち行く夕日がそんな三人を照らし続けた。

長い影が伸び、やがて、夜の闇に消えていく。

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