青年の苦悩
トローア国内北部ペスベレント地方。ここはトローア国内でも貧しい地帯である。
かつては豊富な土地を使用した農業により栄え、穀倉地帯として知られていた。しかし、過去数度の他国からの侵略の影響を大きく受け、他国の領地として労使され搾取された結果、その土地は大きく疲弊し、人々もまた大きな傷を負った。ペスベレントが再びトローア王国の領地として回復したのは、およそ三十年前。フロイデン帝国、アースウォード王国の二国により分割統治されていたものを、当時のセオドア王とシノルヴァの元老院が交渉して返還に至った。シノルヴァ側の思惑は不明であるが、この時フロイデンもアースウォードも特にこれに抗議をすることなく、トローアへ返還した。
二国が素直に返還したのは、もはやペスベレント地方に利用価値がないとわかっていたからであろう。フロイデン支配地域は徹底的な搾取により、農地は壊滅的であり、アースウォードによる支配を受けた土地も、若者は労働の担い手として、若い女子供はバランシェ層の奴隷としてそれぞれアースウォード国内に連れ去られていた。残っているのは、老人となにもない土地だけ。両国が手放すのも、当然と言えた。
セオドア王はこのペスベレント復興のために、あらゆる支援を行った。かのミリシュア侯爵、それにペルゼンのロイ・フォクス家といった主要貴族らによる支援も行われたが、それが実を結ぶことはついになかった。
長く他国の支配を受け、トローア国内でも差別とまではいかないものの、外国と言う印象を受け、ペスベレントの住民は非常に居心地が悪かった。それでも、王国の一部であり続けたのは、他の国の支配よりはましだから、という理由しかない。
セウス王治世でも、ペスベレント地方の支援は行われているが、それが進むことは一向にない。騎士団再編や国境地帯への壁の設置などに金は使われ、それまで以上の支援は行えない。
セウスは決して軽視をしていたわけではない。だが、結果として、この地域を軽視していると判断されても仕方はない。
「ペスベレント地方の視察、ですか」
ペルゼンが言うと、セウスは頷く。
「ああ、今までペスベレントをはじめとした地域には視察に入っていない。遅すぎるくらいだが、現状を見ておきたいと思ってな」
セウスの言葉に、顔を顰めるペルゼン。
16歳になったセウスは、それまで以上に精力的に国内情勢に気を使うようになった。ここ数か月、他国での雲域は妖しくなっており、フロイデン、アースウォード共に不穏な動きがみられるという。
視察ついでに国境地帯の動向も探る目的もあり、セウスはそのようなことを言ったのである。
「しかし、今の情勢です。ペスベレントは危険ではありませんか?」
「だからこそ、だ。彼らは戦争で常に犠牲になり続けてきた。だからこそ、行かねばならない」
強い言葉でつづけるセウスに、それ以上ペルゼンが言える言葉はなかった。
ペルゼンを見て、セウスは笑う。
「安心しろ、無理はしないつもりだ。それに、さすがにフロイデンもアースウォードも、互いの動きがわかっていない以上、下手には動くまい」
「・・・・・・・・・・・私もついて行きます、セウス様」
「ダメだ」
ペルゼンの言葉にぴしゃりとセウスは言う。
宮廷魔術師の肩に手を置き、セウスは笑った。
「お前は王宮で留守を頼む」
「しかし、王補佐官がそばを離れるなどと・・・・・・・・・」
渋るペルゼンにセウスは「王命だ」と言う。
「フローリアの側にいてやれ。いろいろと今は不安な時期だろうから」
「・・・・・・・・・・・・・」
セウスの言葉に、沈黙するペルゼン。
彼の妻フローリアは今、念願の第一子を妊娠中であり、出産は早くて数週間後であるという。セウスの視察の予定は二週間後。その間に生まれる、という可能性もあるが、どちらにせよ、ペルゼンを連れていく気はない。
宮廷魔術師は相変わらずセウスの支えとして働いてくれている。休みのない仕事だから、碌に弔うこともできない。
「生まれたら、セウス様に名前を付けていただきますよ」
そう言っていたことを思い出し、セウスは笑う。
「まだ、性別は分からないのか?」
「ええ」
時期によっては魔力の質で男女の判別がつくが、どうやらペルゼンはそれを行っていないようだ。生まれるまでは知らないでおこう、と夫婦で話し合ったそうだ。
「しかし、セウス様。それならば、リケンを連れて行ってください」
ペルゼンの後継者、ともいえるリケン。未だアカデミー在籍中であるが、王宮内でもそのような認識でとおっている。セウスの右腕ペルゼンの秘蔵っ子とあれば、誰も文句は言わない。
「勝手についてくるよ、リケンもほかのみんなもね」
セウスはそう言い、椅子に深く腰掛ける。
「アカデミーの方は最近どうですか?」
「順調だよ。相変わらず、バルドバラスとは決着がつかないけれど」
そう言って笑うセウス。ふと、その顔に影が差す。
「・・・・・・・・・・このまま、戦争が起きなければいいが」
「そうですね・・・・・・・・・・・・」
ペルゼンは静かに同意し、自身の王を見る。
憂鬱な表情で、王は窓から見える夕日を眺めた。
四年であるセウスらも、今では下級生の訓練に付き合う立場になっていた。
ツェツィーリエはアカデミー一の剣士として知られ、アノガルも理想の騎士として憧れの目で見られている。リケンは学園一の魔術師として知られ、セリーヌも薬学の知識では随一と言われた。バルドバラスも彼らほどではないが、実力者として知られていた。セウス王は言わずと知れた人物であり、この六人はもはやアカデミーの顔、ともいえる。
昨年度のトーナメントにおいて、彼らのチームは優勝し、個人戦でもセウス、バルドバラス、ツェツィーリエ、アノガルが準決勝に残り、激戦を繰り広げた。決勝ではセウス、バルドバラスの試合となったが、これがまた決着はつかず、初めての優勝不在の事態に至った。
あらゆる意味で話題を作り上げてきた彼らは、今なお変わらぬ絆で結ばれている。
「ペスベレント、ねえ」
セウスの話を聞いて、バルドバラスは唸る。ペスベレントも、他国の動きに合わせて最近いろいろと動きがある、と専らの噂である。あえて、そのような場所に行く必要があるのか、とバルドバラスは思っており、素直にそのことを話す。
「それでも、王が訪ねる、と言うことは大きいでしょう」
アノガルはそう言い賛成する。ツェツィーリエは特に何も話さず、愛剣の手入れをしている。
「そう言えば、ペルゼン様はどうするの?」
セリーヌはふと気になって尋ねる。セウスはセリーヌを見て言う。
「さすがに、今の時期に彼に頼むのは気がひけるからね。皆に頼みたいと思ってね」
「任せてください」
アノガルはそう言い、仲間たちを見る。異論はないようで、皆静かに頷く。
「ありがとう」
「水くせえぞ、セウス」
「そうよ、私たち親友でしょう?」
バルドバラスとセリーヌの言葉に「そうだな」とセウスは呟き、笑った。
その夜。
セリーヌとセウスはアカデミー内の森の奥で並んで歩いていた。
その手は強く握られ、二人は互いの顔を熱い目で見ている。
セウスがセリーヌに自身の想いを伝えたのは、今から数か月前のことであった。きっかけは些細なことであり、怒った幼なじみにセウスは正直に自分の想いを伝えた。
突然の告白にセリーヌは戸惑った。嬉しいのだが、混乱してしまって返事もすることができず、そのまま自室にこもってしまった。
一晩中、セリーヌの部屋の前で待たされたセウスは夜が明けた瞬間現れたセリーヌから返事をもらい、こうして付き合うこととなったのだ。
セウス達は未だ学生であり、情勢もあるので即座に結婚とはいかなかった。それでも、二人はこうしてともに時間を過ごせるだけで満足であった。
夜の間のほんの少しの時間。セウス自身がそれほど暇がないため、本当に限られた時間。それでも、セリーヌは不満はない。ようやく自身の望みがかなったのだ、これ以上の望みは贅沢すぎる、と。
ずっと一緒にいたセウス。そんな彼と心を通じ合わせることができただけで、少女は満足であったし、それはセウスも同様であった。
傾斜の上に座り、二人星を見ていると、セウスが顔を寄せて少女の唇にそっと自身のそれを落とす。少女も目を閉じて、それを受け入れる。
そのまま傾斜の上に寝そべった二人が情熱的に求め合うのを、遠くからバルドバラスが見ていることには二人は気づかなかった。
黒髪の青年は苦しそうに背を向けて去っていく。
月明かりの下、二人の影が一つになる。
「ああああ、あぁああああああああああああああっ!!!!」
バルドバラスは叫び、剣を振る。
二人は大切な親友である。セウスは良きライバルであり、彼の最大の友である。セリーヌは彼の愛する女性であり、セウスと同じように大事な友だ。そんな二人の幸福を願うべきであるのは、バルドバラスもわかっている。だが。
「どうして、セウスなんだ、セリーヌ・・・・・・・・・・・」
そう思う自分がいることもまた、彼はわかっていた。
どうして自分ではないのか。同じだけの時間を過ごしてきた自分ではなく、なぜセウスなのだろうか。自分はこんなにもセリーヌを思っているというのに。
生まれなのか。平民である自分には、所詮彼女は見向きもしないのか。
(落ち着け、バルドバラス。俺のこういう部分が、セウスに敗けている、ということなのだから)
醜い自分の感情。それを理解していた。理性が理解していても、本能は納得しきれない。
くすぶる不満と怒りが周囲の木々を圧迫する。肉体の成長とともに、彼のスキルも増強され、今では制限なしにそのスキルを発動できる。
周囲に人がいないことは確認していたし、今は夜だ。少しくらい、とバルドバラスは思っていた。
「最低だな、俺は」
二人を祝福してやれない自分。あれほどセウスは自分を信じてくれているのに、俺は。
情けなくなり、彼はその場にしゃがみ込んだ。
「俺に力があればな」
他のみなには何かしらの特技や何かがある。セウスには王としての地位が、アノガルには騎士としての誇り、ツェツィーリエには比類なき剣の才が、リケンには魔術の才、セリーヌにも薬学の知識がある。
バルドバラスには突出した何かはない。剣ではツェツィーリエに劣り、騎士としての能力もアノガルには劣る。魔術はからっきしであり、薬学などの知識があるわけでもない。そして、王宮で育ったとはいっても、彼は平民であり、貴族になることも、まして王になることもないのだ。
六人の中で、彼だけが何もない、とバルドバラスは思っていた。
努力をしたところで、覆せないものがある。現実は思い通りにはいかない。
この想いも、何もかもが。
それが世の中であると、バルドバラスも悟っている。それでも、諦めきれない。
自分だけの何か。自分の存在を肯定してくれる何かを、青年は求めていた。
力への渇望と嫉妬、焦りは日増しに強くなる。それを隠しながら、バルドバラスは明日からもセウス達とともに過ごす。
いっそ、出会わなければ、こんなにも悩むこともなかったのかもしれない、とバルドバラスは思った。
背を向けて去るバルドバラス。黒髪の青年の背中を見て、ニヤリと笑う影が一つ。




