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セアリエル  作者: 七鏡
私は理想のためにその手を汚すことができるだろうか
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精霊湖

トローア王国南部には王都トローアがあり、それから僅かに東に進んだところに、精霊湖と呼ばれるラカークン大陸最大の湖がある。

澄み渡った水と、森林があり、豊かな生態系の広がる土地である。ここには貴族たちの別荘などが数多くある。王家の別荘も当然存在し、歴代王族も何度かこの地を訪れている。

魔力の宿るユグラドの木々が夜には淡く発行し、蛍が湖を覆う光景は、古くから絶景として知られている。

伝承ではその昔、約四千六百年前、聖女クレシアがこの湖に立ち寄り、祝福したことで、水は澄み渡り、このような幻想的な風景を生み出しているのだという。

聖女クレシアと言えば、魔王ヴァレンダリオスにより死の大地と化した東のクライシュ大陸を蘇らせ、その力を危険視され処刑された悲劇の女性である。

今では誰も疑うことのない聖人として知られ、彼女が立ち寄ったとされるここも精霊湖、と呼ばれるようになった。精霊とはつまり、聖女クレシアのことであり、死後彼女の魂はここに眠っている、とまで言うものさえいる。

飽くまでそれは伝承に過ぎず、本当に聖女クレシアが個々に立ち寄ったかは、わかってはいない。

けれど、この精霊湖を訪れるものは必ずと言っていいほど、伝説の聖女を思い浮かべ、その情景を思い浮かべるのだ。



セウスら六人とペルゼン、フローリア夫妻、それに数名の護衛はここ、精霊湖の近くにある王家の別荘を訪れていた。

かねてよりペルゼンから言われていた旅行にセウスら六人はきたのだが、どうせならばペルゼンたちもどうか、とセウスは誘ったのである。王補佐官が近くにいたほうが都合はいいであろうし、二人も精霊湖でのんびりする時間もあるだろう。王の申し出に、ペルゼンが断る理由はなかった。

馬車に揺られること数時間。セウスらと護衛たちはユグラドの生い茂る森を抜け、別荘にたどり着く。

石造りではなく、木材で作られた別荘。王族がいつでも使用できるよう、掃除は定期的に行われている、と言う。

ユグラドで作られた家は、ほんのかすかに光っているように見える。それは目の錯覚や太陽の光の性ではなく、ユグラドの樹の性質ゆえのものである。

別名魔出木。魔力を放出する木、である。魔力を放出する際のわずかな発光。それのおかげで光り輝いているように見える、と言うことだ。


「きれい」


セリーヌはそう言い、うっとりと周囲を見る。輝く森と、その向こうに見える澄んだ湖。空気はおいしく、風が気持ちいい。

他の物もそれは同じようであり、セウス達は胸いっぱいに空気を吸う。


「なるほどな、いい場所だな」


セウスが言うと、ペルゼンはそうでしょう、と言う。


「もっとも、私も一度しか来たことはないのですが。それでも、よく覚えていますよ、前に来た時のことを」


そう言い、思い出すように遠い目をするペルゼン。


「ねえ、それより早く湖に行きましょうよ!」


はしゃぐセリーヌを見て、セウスとペルゼンは苦笑する。一度、荷物を纏めてから、と言うと少女は待ちきれない様子である。

フローリアとツェツィーリアになだめられ、セリーヌは一度家の中に入る。男性陣もそれに続く。


家の中も、ユグラドのせいであろう、普通よりも魔力で満ちている。普段は見えないバルドバラスやアノガルでも見えるほどに魔力は充満している。

宮廷魔術師が手を振ると、天上の明かりがつく。ペルゼンほどの腕の魔術師ならば、手を振るだけで明りくらいつけられるほどにここは魔力が満ち満ちている。


「すごいなあ」


リケンはそう言い、周囲を見る。

珍しくうずうずとしているリケン。セウスはその様子を見て、魔術の実験と化したいのだろうな、と苦笑した。


「リケン、ほどほどに、な」


「わかってるよ、セウス」


そう言うリケンを、本当かな、とセウスは見る。しっかり者のリケンだが、自分の興味に没頭しすぎる悪癖がある。

まあ、大丈夫か、と思いセウスはバルドバラスとアノガルとともに部屋に向かう。



二階から見える景色もまた絶景であり、森と湖が一望できる。


「へえ、いい眺めだな。王都はあっちか?」


「そうだね」


窓から覗くバルドバラスとセウス。その後ろからアノガルもちらりと覗く。


「なるほど、精霊湖とはよく言ったものですね」


「だよなぁ」


「それより、早く行こうか。お姫様を待たせると怖いしね」


セウスの言葉に、バルドバラスとアノガルは笑って頷く。下の方にはオレンジ色の髪の少女が、真っ白のワンピースで男性陣を待っていた。

それを窓から見ると、セウスとバルドバラスはすぐ行く、と言う。早くね、と返す少女の言葉を背に受けながら、三人はリケンを回収して、お姫様のもとに向かう。



セウスらはまずは湖の周辺を軽く歩き、近くにある舟場に行く。舟場には騎士たちがいて、セウス達の乗る舟の用意をしていた。不備がないかを一通りチェックし、安全を確認した。そのあと、騎士たちはセウスらに舟のこぎ方を教える。とはいえ、簡単な操作法であるし、万が一何かあれば騎士たちが駆けつけられる。湖も、さほど深いわけではないし、危険はない。

セウスとセリーヌ、リケンとバルドバラス、アノガルとツェツィーリエ、それにペルゼンとフローリアに分かれて舟に乗る。一つにつき二人まで乗れる程度の小さな舟であるため、こうなったのだ。

唯一男同士のバルドバラスとリケン。バルドバラスはまあいいが、と未練たらたらである。リケンはそんなことは気にせず、早く湖を見たいと、目を輝かせている。


「それでは、何かありましたらすぐに駆けつけます、セウス王」


そう言う近衛騎士に向かい、セウスは大丈夫だろう、と返す。


「ペルゼンもいるし、まあ大丈夫だろう。あなたたちもせっかく精霊湖に来たんだから、肩の力をもう少し抜いてもいいですよ」


「は、陛下」


「それじゃあ、行ってくる」


セウスが言うと、四つの小舟が陸地を離れ、湖に漕ぎ出す。美しい湖面を滑るよう、四つの小舟が進みだした。



「ね。見てみて、すごい綺麗!」


「見えてるよ」


セリーヌの声にセウスはそう答え、自身も彼女の指す水面を見る。

海に広がる星空、湖面から底がくっきりと見え、中では魚や虫たちが動き回っている。

舟をこぐ手を休めずに、セウスはセリーヌに言う。


「ここに来てよかったな」


「そうね、うん」


幸せそうに笑うセリーヌの顔に、セウスもうれしく思う。そんな彼女の顔が、セウスは好きで好きでたまらない。

今では、彼女に抱くその思いが恋である、とセウスも悟っていた。

周囲のバルドバラスやアノガルたちに気づかれないように、クスリと笑い、セウスは櫂を漕ぐ。

その間も、セリーヌは湖を見て、楽しそうに嬌声を上げている。

セウスは笑いながら彼女とともに湖面を見つける。

その時、ふと湖面がゆがんだ、気がした。一瞬だけ、魔力が鈍く光った様な・・・・・・。

が、セウスが目を凝らしても特には何もない。それに、何かあればペルゼンが気づくであろう。

誰も騒いでいないのならば、気のせいか何かか。

そう思い、ふとセウスはペルゼンを見る。だが。


「?」


周囲には、ペルゼンたちの舟はなく、セウスとセリーヌしかいなかった。深い霧が立ち込め、周囲はうっすらとしか見えない。

誰もいない。

セウスはゾクリと背筋に寒気を感じた。

セリーヌはまだ、異常に気付いていない。


「セリーヌ!」


「どうしたの、セウス。慌てて」


「周りを見ろ」


「え・・・・・・・・・・・」


周囲を見て、セリーヌは呆然とする。


「バルドバラスやリケンは、どこに?」


「わからない」


セウスもセリーヌも気づかなかった。いつの間にか、二人だけになっていたことも、この異常事態にも。

セウスは落ち着いて周囲を見る。異様なまでに高い魔力の霧の中、二人は途方に暮れる。

このようなことは考えていなかったため、二人とも特にこれと言った武器も魔術具も持ってきてはいない。


「どうしよう」


「・・・・・・・・・・・」


セウスは魔術を使用する。魔術は、正常に発動する。

セウスはその魔術を放ち、その行方を見る。だが、その光の弾は何かに弾かれたように、掻き消えた。


「結界か何かか?」


「どういうこと?」


「私たちはどうやら異空間にいるらしい」


空間を操作し、さらに結界まで施して二人をこの世界にとどめている。高度な魔術であり、並大抵のものではできない。できるとしても、ペルゼンクラスの魔術師が三人以上は必要だろう。

他国の者による罠、というにはあまりにも不可解である。一人二人ならばペルゼンでも気づかないだろうが、三人以上の魔術師がいればどうやろうともその魔術を隠し切るなど不可能。ペルゼンの目をかいくぐるなど、至難の業である。ペルゼンのみならず、リケンやセリーヌの目まですり抜けられるなど、そうはない。

まるで、神業だな、とセウスは思う。

そう言えば、とセウスは思い出す。


「精霊湖の神隠し・・・・・・・・・・・・」


「え?」


「精霊湖には、異次元につながる空間がある、という。かつて、この湖に来た魔術師が残した術式。それが生きている、と」


飽くまで噂や伝承の一つであり、セウスも真には受けていなかった。

祖の術式により、度々行方不明者が出る。そんな精霊湖の神隠しの話である。

まさか、これがそうなのか、と周囲を見るセウス。そのセウスの身体に、自身の身体を押し付け、セリーヌは震える。


「セリーヌ」


「怖い、セウス」


震える少女を強く腕で抱きしめると、セウスは言う。


「大丈夫だ、どうにかして抜け出そう」


まだ、やるべきことは何もなしていない。セリーヌとともに、この異空間から抜け出そう。セウスは強い決意を込めた声でそう言い、櫂を漕ぐ。


霧の中、進む舟。やみくもに進むのは危険だが、一か所にとどまったところで、事態が動くこともない。

霧の中、セウスは慎重に進んでいく。オレンジ色の少女は、セウスの腕の中にいることで落ち着いたのか、先ほどよりも冷静になっていた。


「ん、何か見えてきた」


前方に何かを見て、セウスが呟く。セリーヌが目を凝らしてみると、それは次第に姿を現していく。

それは、神殿のような古びた建造物であった。


「何、これ?」


「何かを祀るもの、か?」


セウスは疑問に感じながらも櫂を漕ぐ。こつん、と陸地に舟が当たる。セウスは飛び移ると、セリーヌの手を取り、陸地に降り立つ。


「どうするの?」


「中に入ってみよう」


門は開いており、その中には暗闇だけがある。

不安そうにセウスの手を握る少女。その手を強くセウスは握り返す。


「安心してくれ、セリーヌ。何があっても、君だけは守る。命に代えても」


「セウス」


セウスはそう言い、片手から魔術の光を出す。それを手から離すと、セウスよりわずか先を光球が浮く。セウスがあしを進めると、光球も進む。


「行こう」


何があるかはわからないが行かねばならない、とセウスは思っていた。

怯える少女とともに、青年は未知の迷宮へと足を踏み入れた。





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