愛にすべてを
バルドバラスはリケンやアノガルと一時別れ、露店を見ていた。
おそらく王宮にいるであろうセウスやセリーヌに土産の一つでも買ってやろうと黒髪の少年は思っていた。
こうして自分たちだけ楽しんでいるのも悪い、とバルドバラスは思っていた。最近セウスと話す機会も少なかったために、バルドバラスはセウスとセリーヌがまさか祭りを見に街にいるとはつゆにも思っていなかった。
露店で適当な物はないかとみていたバルドバラスはふと、見知った人物の顔を見た気がした。
そちらを見て、間違いない、とバルドバラスは思う。
髪の色は違うが、それは親友であるセウスであった。バルドバラスからは離れているが、奔っていけば捕まえられる距離である。
バルドバラスはセウスの方に走ろうとして、ふと足を止める。
セウスの隣には、オレンジ色の髪の少女がその髪と同じ色のワンピースを着て駆けてくる。そして、嬉しそうにセウスと会話をする。セウスも満更ではない様子である。
露店の前で立ち止まった二人。髪飾りを見ているようで、セリーヌが熱心に見るものをセウスが買い、少女の髪につける。
見惚れるような笑みを浮かべた少女は満面の笑みでセウスを見ていた。
バルドバラスはただ、そんな二人を見ていることしかできなかった。
呆然とするバルドバラスを置いて、二人は歩き去っていく。
(わかっていたさ)
バルドバラスは一人、呟いた。
彼は、セリーヌが好きであった。それに気づいたのは、ずいぶん前である。気づいた時には、彼女に夢中であった。憎まれ口を叩き叩かれても、それを不快に思ったことはない。
そんな彼女がセウスを男として好きなのも知っている。そして、彼女にとってバルドバラスは親友の一人に過ぎないことも。
それでも、わずかにでも可能性があるのではないか、などとバルドバラスは考えていた。先ほどの様子を見るまでは。
セウスの様子も、いつもとは違い、どこかよそよそしい感じがした。セリーヌは気づいていないだろうが、バルドバラスにはわかった。
セウスも、セリーヌのことが好きなのだ。本人はまだ、それに気づいていない様子ではあるが。
セウスが本気になったら、バルドバラスの付け入る隙はない。身分的にも、バルドバラスではセリーヌに釣り合わない。侯爵家の娘なのだから。
三人の友情。それを壊さないためにも、バルドバラスはこの想いを秘めておかなければならない。それが、セウスとセリーヌの為であるし、自分の為である。
バルドバラスは静かに目元をぬぐうと、静かに離れ行く二人に背を向けて歩き出した。
それでも、想いは消すことはできない。
あふれ出る涙を拭い、少年は人ごみの中を走る。
無性に、一人になりたかった。
ペルゼンがフローリアを意識しだしたのは、二度目の出会いのときであった。
最初に逢った時、彼女の顔はよく見えなかったし、まさか王宮に務めているとは思わなかった。それも王の友人であるセリーヌ・ミリシュアの侍女とは。
セリーヌの魔術の師でもあるペルゼンがフローリアと接触する機会は思いのほか多く、話す機会もわずかながらあった。
おっとり顔の美女は、聞くところによるといまだ独身であるという。騎士身分の家系、ということで一応貴族に位置するが、平民に限りなく近い。それでも、その美貌と器量で婚約者くらいいるものと思ったが、いないらしい。
ペルゼンはそういった恋とかそういう不確かな感情が嫌いである。学生時代から女子から色目で見られていたプレアデスやペルゼン。彼らにとって色恋に現を抜かす暇はなく、ただただ若い情熱を己の剣と魔術にかけていた。
だから、その感情にペルゼンも戸惑ったものであった。理由も何もない、ただ純粋に彼女とともに遺体、と言う思い。不確かすぎる、気の迷いともいえる衝動に、けれどペルゼンは従った。
けれど、彼女にもペルゼンにも立場がある。ペルゼンの誘いを受けても、彼女はかたくなに拒んだ。
自意識過剰と感じられるかもしれないが、ペルゼン同様、彼女も自分を好きである、ということを魔術師は確信していた。なのに、頷かないのは、やはり身分とそして主のことがあるからだろう。
厄介な、と思う半面、それが彼女の美徳だとペルゼンは思う。
焦り過ぎは禁物だ、そう自分に言い聞かせた。焦るなど、自分らしくないではないか、と。
いずれセリーヌが一人で生きられるようになれば、彼女も。
そう思うことで、ペルゼンは彼女への想いを押さえながら、密かにその時を待っていた。
外堀を埋めて、あとは彼女が頷くだけ。
そこまで段階を踏んでついにペルゼンはフローリアを誘った。セリーヌも快く送り出してくれたことで、彼女も決心がついた様子である。
ペルゼンは懐に秘めたそれを握りしめ、フローリアをエスコートする。
祭りの人込みを避け、人通りの少ない道を通りペルゼンたちが向かうのは、街の小高い丘である。
木々が立ち、柔らかな風の吹くそこにはヒマワリが咲き誇っている。黄色い風景の中に、フローリアの魅力的な金髪はよく映える。
ペルゼンはそこでフローリアを見る。
「フローリアさん」
「ペルゼン様」
互いの名を呼ぶ二人。その声には、緊張感があった。
おそらく、彼女も予測しているのだろう。次に来るであろう言葉を。
侍女の顔は赤く染まっている。自分はどうであろうか、などとペルゼンは考えることで胸の動悸を何とか抑え込む。
(まったく厄介だな、心と言うものは)
理屈じゃないその感情に、何度目かしれぬ苛立ちを感じながらペルゼンは侍女を見る。
すぅ、と息を不意込み、吐き出した。そして、言葉を紡ぐ。
「フローリア・シャイア。私、ペルゼン・ロイ・フォクスの妻として、私とともに生きてくださいませんか?」
その言葉に、フローリアは口を押え、感涙する。
いきなりの求婚。普通ならば非常識すぎるのだが、そういう恋愛を経験したことのないペルゼンもフローリアもそれが普通のように感じていた。
共に過ごした時間はあまりにも少ない。けれど、二人の想いは不思議なほどに魅かれあい、思いあう。
その本心に抗うことは、二人ともしない。
魔術師が取り出した小さな箱。その中には輝く指輪が一つ。
それを取り出し、ペルゼンが差し出す。
フローリアは静かに手を差し出す。それは了承であった。
ペルゼンはその指にぴったりの指輪をはめると、フローリアを見て、微笑んだ。
そして、二人は長い口づけを交わした。
それを見守るのは、天に悠然と輝く太陽のみであった。祭りの完成が微かに聞こえる中、二人だけの世界に浸っていた。
祭りの翌日、王宮には衝撃的な知らせが響く。
王宮魔術師ペルゼンの突然の結婚である。
周囲のものが驚くのも無理はない。この調子では結婚しないでいるのではないか、とまで言われていたのだから、それも当然である。
王であるセウスやセリーヌ以外には事前に知らされておらず、付き合いの長いバルドバラスやリケンも寝耳に水、であった。
「ペルゼン師、おめでとうございます!」
「フローリアさんも、おめでとう」
リケンとバルドバラスの言葉に、照れくさそうに笑う二人。
「それにしても、突然だったからびっくりしたぜ」
何時の間に、というバルドバラスに宮廷魔術師は意味深に微笑んだだけであった。
部屋にいるいつもの面々を見回し、ペルゼンは幸せそうに笑う。
「式は何時、やるんだい?」
職務を終え、ゆったりとした服装のセウスの問いに、ペルゼンとフローリアは互いに顔を見合わせる。
「夏中に、というのは難しいでしょう。セウス様の生誕祭もありますし」
「いっそ、その日にでも結婚式すればいいのではないか?おめでたいこと続きでいいではないか」
セウスがそう言おうと、恐れ多い、とさすがのペルゼンでも怯んだ様子である。
「そうか、まあ、二人のことだし、二人に任せよう」
セウスはそう言うと、改めて二人を見て言う。
「おめでとう、ペルゼン、フローリア」
「ありがとうございます、陛下」
頭を下げる二人に、セウスはうん、と頷く。そんな二人に、友人たちも祝福を贈る。
話し合いの結果、二人の結婚式は夏中にやることになった。セウスの生誕祭の少し後、ということである。ただでさえ忙しい王補佐官を見て大丈夫か、とセウスが問うと、まあ、と苦笑するペルゼン。
ペルゼンのためにも少しは暇を作ってやらねばな、とセウスは思うのであった。
そんなセウスはペルゼンに代わり、リケンを自身の業務にかかわらせ始めた。もともと、こういった仕事に興味を持っていたリケンは、これを機に師の仕事の一部を受け持つこととなった。リケンは十二歳であるが、こういった業務をこなせる程度には知識はあるし、なにより王の信頼もある。反対する者はいなかった。
リケンもそれまでのように師の家に入り浸る、と言うことはできない。王宮暮らしだったフローリアが今はペルゼンの屋敷にいるからだ。結婚すれば、正式にそこに落ち着くであろう二人の邪魔をする気にはとてもなれなかった。
幸い、蔵書七千冊はもうほとんど読み終わっており、読んでいない分もリケンが借りているため、問題はない。
「セウス、はい」
「ありがとう、リケン」
もう慣れた様子で仕事をするリケンを見て、セウスは笑う。心配の必要はなかったな、とセウスは息をつく。
リケンも兄の親友であり、師であるペルゼンの婚約には祝福を贈っていた。婚約祝いにペルゼンに何か贈ろうか、と最初に言い出したのはリケンであった。
バルドバラスとセリーヌはその贈り物の準備をしている。セウスやリケンでは暇もないし、下手をすれば宮廷魔術師にばれてしまう。
ペルゼンは午後から仕事に来るので、それまでにある程度の仕事は片をつけておきたい。
二人は未だある書類に向かっていく。
バルドバラスはセリーヌと二人きり、と言う状況を気まずく思っていた。この間のセリーヌとセウスを見てから、ずっとこうであった。
バルドバラスの様子に、流石のセリーヌも何か感じていたが、彼のためにも何も言わなかった。
バルドバラスはそんなセリーヌを伺い見て、息を吐いた。
セウスに向ける目と、自分に向ける目。それは確かに愛ではあるが、それは違う種類。自分に向くそれは親愛であり、それが男女の愛になることなど、ないと彼は悟っていた。
バルドバラスは親友を恨めしく思った。それでも、彼とセリーヌならばまだ赦せる。これが見ず知らずの男ならば、その男を殺してしまうだろうから。
バルドバラスの黒い思いも知らず、セリーヌは少年とともにペルゼンとフローリアへのプレゼント選びのために街を歩いていく。
そんなバルドバラスとセリーヌを見つめる視線。じっとりとしたその視線は、闇の中から二人の少年少女を見ると、ニタリとその口を歪め、闇の中に消えていった。
生きていれば、セウス王の円卓騎士団の中でも勇名を馳せたとされる騎士プレアデス。
セウス王の物語では時折人々の会話で出てくる程度の存在であるが、実際は彼のもたらした影響、というものは大きなものであった。
セウスやバルドバラスに剣を教え、リケンを結び付けたのは間違いなく彼であるからだ。宮廷魔術師ペルゼンの人格形成にも大きく役割を買い、その死後も彼はセウスやペルゼンの中に生きており、彼の存在がいかに大きなものかを知ることができる。
亡き親友プレアデスの墓の前で、結婚について報告をすると、ぺる残は立ち上がり、墓を見る。
「まさか、お前が結婚しないで私の方が結婚するとは。本当に、世の中とはわからないものだな」
墓の前でそう呟き、ペルゼンは自身が持ってきた花を置く。
プレアデス・メイルシュトロム。ペルゼンの唯一無二の親友。無念なのは、親友に愛しき人を見せることができないことだ。
「どうして、先に逝った、プレアデス」
なあ、と言うペルゼンは、その目を輝かせる。顔を上に向け、その液体が零れないようにする。
生きよう。友の分まで、幸福に。そして守ろう。友の守ったこの国を、彼女とともに。
「・・・・・・・・・・・また来るよ、プレアデス」
そう言うと、魔術師はローブを翻し、亡き親友の墓を去っていく。
ふと見た空の向こうで、友が微笑んでいるような気がした。
まさかな、とペルゼンは笑った。




