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セアリエル  作者: 七鏡
私は理想のためにその手を汚すことができるだろうか
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侍女と魔術師

一年次はまだ王都外での魔物との実戦などは行わないが、二年次以降のそう言った実戦に向けた訓練・指導は行われている。もし仮に戦時になれば、三年以上は戦争に招聘される。基本は後方支援などではあるが、もし仮に騎士や準騎士がいなくなれば、彼らが国を守るかなめとなるのだ。

そのため、この訓練もただあの訓練ではなく、非常に意義のある物であり、手を抜いているものなどは教官の叱咤を浴びることとなる。

戦場では叱咤で済まない。命あっての教訓である。


ハバナンは自身の上位クラス生徒を低い声で怒鳴る。

やる気のない奴らめ、などとぼやくハバナンだが、そんな彼の目に六人の少年少女の姿が映る。

セウスらである。

彼らは他の者たちとは違う様子であり、真剣さが違う。ハバナンはほう、と息をつき、彼らを見る。

もともと、こういった訓練や授業では手を抜くことはないが、それでも彼らの中にはどこか甘えがあたのだろう。

だが、あのトーナメントでの敗北が彼らを変えたのだろう。

圧倒的な才能と実力の前に、努力を放棄し、逃げるものは多い。何故なら、そうやって逃げるのが楽だからだ。かくいうハバナンとて、何度も逃げたし、今だって自分の限界を知り、それ以上を目指そうとは思っていない。

だからか、セウス達を見ていると、羨ましく思うのだ。

その若さを、純粋さを、強さを。

自分がとうに失ってしまったものを持つ若者たち。そんな者たちを教え導くことができることは、ハバナンにとってこれ以上にない誇りであり、名誉である。

もう、戦場で先陣を切って走ることもできないが、こうやって未来の騎士たちを育てられるのだから。

彼らが、この国の未来を作ってくれる礎となれるならば、それは喜ばしいことであり、歓迎すべきことである。

今はまだ、経験の差があるが、いずれはそれもなくなるだろう。

その時まで、ハバナンは教え導くであろう。




ハバナンは生徒たちを集めると、大きな声で言う。


「今学期の授業はこれで最後であるが、休暇中も各自、鍛錬を怠らぬように。いいな?」


はい、と生徒たちが大きな声でうなずくと、ハバナンはふん、と鼻を鳴らす。


「誰一人欠けることなく、次の楽器で会えるのを楽しみにしている。以上、解散」





「夏季休暇、ねえ。普通の学校じゃない王立アカデミーにもあるんだなあ」


バルドバラスの言葉に、セウスは頷く。


「さすがに、一年中、と言うのも問題だからね。貴族の子弟が多いから、その辺の配慮もあるしな」


五、六年生にもなれば社交の場にも顔を出すことになる。慣れない夜会に出なければいけないから、マナーやらダンスやらの特訓をする期間、ともいわれている。


「そう言えば、休暇中はアノガルやツェツィーリエはどうするんだ?」


セウスやバルドバラス、セリーヌ、リケンは王宮住まいであるから、王都に滞在する。が、アノガルは中央部、ツェツィーリエは東部の出身であり、当然故郷に戻るではあろう。そう考えてのセウスの発言であった。


「一度くらいは顔を出しますが、基本は王都にいますよ。幸い、学生寮は休暇中も開いていますしね」


訓練場なども解放されているから、ここで剣でも振りますよ、とアノガルは笑う。

ツェツィーリエも大体同じ答えであった。


「アタシも、一度帰るくらいだね。どうせあっち行っても暇だし、あっちじゃあアタシに敵うやつがいないしね」


「そうか、じゃあ夏にも六人で何かしたりできるかもね」


セリーヌが楽しそうに言うと、そうだな、と全員が頷く。


「何かあれば、寮の方に来てください」


「アタシも基本寮にいるから」


「なら、また夏休み中の会おう。それまでは元気でな」


セウスが言うと二人は頷き、自分の寮へと戻っていく。

セウスら四人はとりあえず王宮に戻ることにする。

バルドバラスやセリーヌは休暇を満喫しようとはしゃいでいたし、リケンもこの休暇中にペルゼンの蔵書庫を制覇しようと、闘志を燃やしていた。

セウスはそんな仲間たちを微笑ましく見ると、王宮へと歩き出した。



学生としては休暇中でも、王の責務は休みなどない。

むしろ、学業から解放されたこともあり、普段よりも忙しい。

夏に恒例の神々への感謝をささげる祭りや、王の生誕記念祭などもある。アポクリフの月、つまり七月に生まれたセウスの誕生月がもう間もなくである。

そういうこともあり、王宮では各所から許可やら準備やらの要請が王のもとにやってくるのだ。

王補佐官ペルゼンとともに書類を見て王印を押すセウス。外見はい孟青年ではあるが、彼とて十二歳の少年でしかないのだ。が、不満もこぼさず職務をこなすのだから、セウスはやはり生まれもって王の素質を持っているのだろう、などとペルゼンは思っていた。

自分の十二歳のころ、と言えば、怪しい事件と悪友たちといたずらばかりしていたものだ。

教官に叱られた思い出は、今でも鮮明に覚えている。

そんなことも考えていたペルゼンは、王にある提案をする。


「旅行?」


「ええ」


ペルゼンの言葉に、セウスは何を言っている、と旧知の王補佐官を見る。

王補佐官はですから、と自身の王に言う。


「せっかくの休みですからねえ、少しくらい休んでもいいでしょう。さすがに今は無理ですが、祭りの後ならば落ち着くでしょう。その頃に、そうですねえ。王都から少し離れた場所に絶景の場所がありますから、バルドバラスたちも誘っていけばいいと思いますよ」


「しかし」


王たるもの、そうそう玉座を離れるわけにはいかない。王都を離れるなど、論外だ。

そう言おうとしたセウスに、ペルゼンは細い目でウィンクした。


「大臣方の許可もとっていますし、その間は私たちで何とかしますよ。ああ、でも、護衛はつけさせてもらいますがね」


「・・・・・・・・・・悪いな、ペルゼン。気を遣わせて」


「いえ、王ばかりにすべてを押し付けるなど、そういうことはしませんよ」


魔術師はそう笑うと、次の書類を渡す。


「まあ、それまでは頑張っていただきますがね」


「善処する」


苦笑いしてセウスはそれを受け取り、目を通す。





セリーヌは侍女フローリアから、裁縫などを学んでいる。そのほか、貴族の子女に求められるダンスやマナーは王宮の侍女たちから教わっている。

セウスにもっとも近い女子であり、王妃となるかもしれないセリーヌにはそういう教育が王宮に来てからはされていた。身分もミリシュア侯爵の娘であり、セウスと釣り合う。

王立アカデミーでの勉学もあり、それほど最近はやっていなかったそれを、セリーヌは受けていた。

ああ、せっかくの休日なのに、と少女は嘆く。肝心のセウスは忙しそうで、話しかけることができるのも朝のわずかな時間暗い。

いやだいやだ、とため息をつくセリーヌを見て、幼いころから彼女を見てきた負ローリエは慈愛の表情で主を見る。


「セウス様に逢えなくてさびしいですか」


「煩いわ、フローリア」


睨む少女だが、それは怖い、と言うよりも微笑ましいものであった。幼いころからの付き合いである侍女には照れ隠しだとばれていた。

セリーヌもかなうならばセウスのもとに今すぐ行きたい。が、それで彼の邪魔をするのは彼女の望むことではない。

だから、我慢する。


「セリーヌ様、そう落ち込まないでください。もうすぐセウス様のお誕生日の式典がありますから」


「だから?」


不機嫌そうに言う少女に、フフ、と侍女は笑う。


「セウス様もダンスを踊らなくてはいけないでしょう?けれど、相手はいません。王宮に年の釣り合う娘はそうそういませんし、王都外からくる貴族の子女と踊る、と言うことはないでしょう」


必然的に相手はセリーヌ様だけです、と侍女は言う。


「そう都合よくいくかしら?」


「いきますよ。セリーヌ様はセウス様にとって大事な人ですもの」


その言葉にセリーヌは紅くなり、まんざらでもなさそうな口調でしゃべる。

フローリアは内心でつぶやいた。もっとも、セウスがセリーヌに向けるそれは男女の愛ではなく、友人への親愛なのだけれど。

まあ、大事な人、と言うのは間違いではないだろう。

あとは、セリーヌ様の努力と思いの強さでどうにでもなるだろう。

侍女は慈愛に満ちた瞳で、少女を見て、うれしそうに笑った。

父の死でふさぎ込んでいた少女は、もういない。

もう、大丈夫だろう。

妹のように思うセリーヌの顔を伺い、静かに笑うとフローリアは窓から外を見た。

窓の外には、主の思い人と歩く宮廷魔術師の姿があった。

それを熱のこもった目で見るフローリア。そんな彼女の様子に気づかないほど、セリーヌはセウスのことで頭がいっぱいであった。



フローリアがペルゼンにあったのは、一年ほど前のことであり、彼女が一方的に見知っているだけの関係である。

王都のとある場所で、道に迷ったフローリア。そんな彼女に手を差し伸べたのが、宮廷魔術師であったペルゼン。ただ、それだけの関係。

以来、話をしたこともないし、フローリアのことなど憶えていないだろう。あの時は、深々と帽子をかぶっていたし、わざと作った声で接していたから。

無理もない、とフローリアは思う。

そしてどうして、と自身に問う。なぜか、ペルゼンから目を離せない。

これが恋、というものなのだろうか。初めての感情に彼女は戸惑っていた。無論、知識と言う形では「恋」が何かを知っているし、わかっているつもりだった。

セウスを厚く見る主を見て、知った気になっていただけであった、と気づいたのはつい最近のこと。

ままならない思い。

人の心配をしている暇もないだろう、とフローリアは頭を振ると目をそらした。



「ペルゼン?」


どこかを見ている魔術師に王は問いかける。彼らが歩いているのは、定例会議のためである。

魔術師のどこか遠くを見るような眼を、セウスは初めて見る。あるいは、今までも見ていながら気づいていなかっただけかもしれない。

はっとしたペルゼンが、いえ、と言葉を濁す。問い詰めようとするセウスに、会議をせかし、魔術師は先を行く。

セウスは釈然としない思いを抱えながらも、彼にも悩みの一つや二つあるだろう、何か問題があれば話してくれるだろうし、抱え込むこともなかろう。そう納得し、セウスは補佐官の後を追う。





会議は滞りなく終わった。各地にいる諜報員からは、他国に動きは見られないという。

国内の問題もなく、とりあえずは平穏であるな、とセウスはため息をつく。

とはいえ、この平穏が永遠に続くとは考えてはいない。

フロイデン、アースウォード、シノルヴァ。三国は未だ覇権を求めている。表面上は対決姿勢を見せていないが、いつその均衡が崩れるともしれない。

ラカークンの情勢は不安定である。いつまたフロイデンの侵攻があるか、それはセウスにはわからない。

とりあえず、祭りと生誕祭までは、何も動きがないことを祈るのであった。

祭りは年に一度の神への感謝をささげる儀式である。この日は、どのような者たちも休日をもらい、一年に一度の休息を得るのだ。

そのためにも、セウスはより一層の警戒を指示していた。


「よろしく頼む、コクーン・アーマリオン」


「・・・・・・・・・・・」


沈黙した武人の雰囲気を醸し出す青年。鋭利な瞳と、固く閉じられた口。逆立った短髪と意志の強さが垣間見える。

現アーマリオン伯爵にして、再編された国境警備隊の若き隊長である。

王立アカデミー出身者であり、ペルゼンらの二期先輩である。前回のフロイデン侵攻の際、喉を敵に切り裂かれ、一命を取り留めるも声を失った。が、未だ剣を手に取ることはできるし、声が出ずとも的確な命令を下すことができる。

現場の騎士たちからの推薦を受け、セウスが警備隊隊長に任命したのが二年前である。

以後、寡黙なこの騎士は、トローアを外敵からの侵略から守ってきた。

コクーンは胸に右腕を当て、主に首を垂れる。忠誠心厚いこの武人を、セウスは高く評価し、好感を抱いていた。

セウスはそのほかの騎士団、魔術師団の長を見ると、同じように言葉を与える。

各騎士団の長たちは首を垂れ、王の言葉を拝命し、忠誠を示す。




この時点で、後世『円卓騎士団』と呼ばれ、その騎士として数えられるものはそう多くはいない。

セウス王同様、円卓騎士団の騎士の多くはまだ騎士ではなかったか、生まれてすらいないのだから。

セウス、バルドバラス、リケン、アノガル、ツェツィーリエ、セリーヌ。王を含めた六人。

それに、『導師』ペルゼン、『神槍』ジュリアス、『堅牢』コクーン、『老騎士』ハバナンくらいのものであろう。

セウス王の物語はこの時点ではまだ始まりにすら至っていない、と言っても過言ではない。




セウス王の運命が真に動き出すのは、この年の夏である。



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