赤髪の観察
七月三日。
この日の朝も絶好調の暑さにみまわれた。
アパートの部屋も夜は冷房を消しているため、一日の中で朝が一番室温が高かったりする。
この日の室温は二八℃。気持ちよく眠るにはかなり暑い温度だろう。
龍一はそんな軽いサウナ状態の部屋で目を覚ました。全身汗をかいて気持ち悪いななどと思いながら、なぜか同じ布団でヘソを出しながら眠っている梅雨理の寝巻をしっかり着せ直してからシャワーを浴びる。
低く設定した水温が心地よく全身の汗を洗い流してくれたところでドライヤーで冷たい風を浴びるのが最高に気持ちがいいらしく、ここ最近の龍一の日課になっていた。
汗もさっぱりと洗い流し、着替えも済ませて部屋に戻るが、梅雨理は未だに寝息をたてていた。
時刻は八時を回っている。
今日は特にバイトもないが、さすがに休日だからといっていつまでも寝ているわけにもいかない。そういった怠惰な生活が、バイトの連続出勤のときにどれだけのダメージを生むか龍一は身をもって知っていたからだ。
「おい、梅雨理―。そろそろ起きろー」
龍一は片手でユサユサと梅雨理の小さな身体を揺らす。その度に首が右へ左へと揺れ、無意識に眉をひそめる梅雨理の顔がちょっと面白くなってきていた。
「ん~、まだぁ朝じゃないよぉ~。ムニャムニャ……」
「残念ながらもう立派に朝なんだよ、梅雨理。朝八時が朝じゃないなら、世界中の学生たちは寝坊という災厄から救われているはずさ」
それでもなかなか起きない梅雨理。かくなる上は、龍一はテーブルクロス引きの要領で、敷布団の端を両手で掴み、勢いよく引き抜いた。
梅雨理が軽かったおかげもあって、布団引きは見事成功し、梅雨理は数回床を転がって止まった。
「龍一ぃ、床冷たい……」
さすがにこれだけされれば梅雨理も起きた。眠たいのか半開きの目を擦りながら床にチョコンと座る。
「おはよう、梅雨理。早く着替えといで。その間にパンでも焼いておくから」
「うん」
梅雨理は眠たそうな顔でパーテーションを立て始めた。龍一もキッチンで四枚の食パンを一気にトースターの中に放り込んで行く。
スイッチを押してパンが焼けるのを見守りながら龍一はパーテーションの向こう側にいる梅雨理に言った。
「そういえば、何で俺の布団で寝てたんだ?」
「んー? だって龍一が私と一緒に寝てくれないから、私から龍一の布団に行ってあげたんだよ」
「それはどうもありがとう。けど今日からはちゃんとベッドで寝ような?」
「えー? それは受け入れがたい要求ですな――っ!」
梅雨理は着替え終わってパーテーションから出てくるのと同時、素早い動きで窓の外をカーテンの隙間から覗きこんだ。
「どうした、梅雨理?」
「……、昨日の監視役が外にいるの」
「えっ!? もう来てるのか?」
龍一の言葉に梅雨理は静かに頷いた。彼女の視線の先には、太い木の陰に隠れながらどうやらコンビニで買ってきたらしき牛乳とコッペパンを頬張る遥がいた。
パッと見たらしっかり仕事をしているようだったが、よく見れば見るほどコッペパンの甘みを楽しんでいるようにしか思えない表情を浮かべている。
しかし、そんなことは梅雨理にとって問題ではなかった。龍一との平和な日々に干渉されること、それが梅雨理にとって大問題なのだから。
この瞬間に、遥は理恵と同じく『梅雨理と龍一のお邪魔虫』というカテゴリーに勝手に振り分けられた。
梅雨理は静かに窓から離れると、キッチンにいる龍一に向って言う。
「ねえ、あの人昨日は二人を監視しに来たって言ってたけど、本当のところはどうなのかな?」
「どういう意味だ?」
「だって、今回の一件に関わっているとは言っても、龍一はいわゆる一般人の部類でしょ? なのにわざわざ政府の監視下に管理させている楽園に住む一般人を見張るために人材を派遣する必要があるのかなって」
「……確かに」
そう。
梅雨理の言うとおり『ヨハの楽園』は領海こそ日本のもののところに造られているが、それを日本と言うには疑問を抱かずにはいられない。外界とは隔離された島で、政府によって定められた貿易船や航空機が数機しかなく、その上楽園には独自のネットワークのみが存在しているような場所。
しかも楽園には政府直轄の管理施設まであるのだ。そんな楽園に住むただのアルバイトの龍一を監督するのにわざわざ人を派遣するとは考えにくい。その程度のことならば楽園内にいる人材やネットワーク管理で事足りるはずなのだから。
顎に手を当てて考え込む龍一を見て梅雨理は続けた。
「けど、もし『ヨハの恩恵』を見張りに来たとしたら納得できるかも」
「えっ?」
「だって、パパとママは日本政府に隠そうとしていたみたいだし、けど、政府が『ヨハの恩恵』の真実を知ったならたとえどれだけの人材を派遣してでも知りたいと思うはずかなって」
「まあ、確かにそう考えたほうが自然なのかもな。それに楽園内にはいろんな噂も出回ってるし。一番ひどいものなんか、楽園は日本政府が経済の回復のために起こそうとしている『第三次世界大戦』のための軍事施設なんてものもあるらしいし」
「……」
梅雨理は顔を俯かせた。
自分がそんなものに利用される可能性があると思うとやりきれない気持ちになったのだろうか。そんな梅雨理を見て、龍一は彼女の元まで寄って頭を撫でながら、
「ま、憶測で話していても何も解決しないし、本人に聞いてみようぜ?」
「……そうだよね」
「うわー! 涼しい~! ウチ外でずっと待ってたからそのうち倒れちゃうんじゃないかって思ってたんだよね!」
遥は龍一の部屋にいた。
いつまでも外で見張りをしていた遥を龍一が部屋に招いたのだ。
遥はベッドに浅く腰かけながら直接身体に当ってくる冷風を堪能していた。そんな彼女の向い側に龍一と警戒気味の梅雨理が床に座っている。
梅雨理は野良猫のように遥を警戒して、龍一の袖を掴んで離そうとしないので、仕方なく龍一が話を切り出した。
「あの、昨日は政府の人たちが俺たちに興味を持ったから監視しに来たって言ってましたよね?」
「うん、そうだよー!」
龍一の質問に、遥はエアコンの風に吹かれながら気持ちよさそうに答えた。
「本当の目的は他にあるんじゃないんですか?」
「? どゆこと?」
首を傾げる遥にとうとう梅雨理が身を乗り出して口を挟んだ。
「どうゆうことも何も、私のこととかじゃないの!?」
「んー? ウチは特に詳しいことは聞かされていないしねー。君たちの日ごろの動向を日本政府に報告するだけって言われたからさ!」
遥はそこで一旦区切ると、今度は突然、悪戯な笑みを浮かべて再び口を開く。
「まあ、お若い二人の同棲生活を覗き見する趣味はあいにく持ち合わせていないんだけどねー! 仕事だからって感じ?」
「そうよ! 私と龍一のラブラブ生活を覗き見するなんて悪趣味なんだから! 分かってるならさっさと日本に帰ってよ、ストーカー!」
「えぇ!? ストーカーはさすがにウチも傷つくなー」
「梅雨理、別にラブラブな生活ではないよな?」
呟くように言った龍一の言葉は梅雨理の耳には届かなかったようで完全にスルーされた。ここ数日で感じていたことだが、梅雨理はどうやら自分に都合の悪いことはシャットアウトする便利な耳をお持ちのようだ。
「と・に・か・く! ここは私と龍一の愛の巣なんだからもう帰って!」
「えー? 誘ってくれたのはそこにいる君の旦那だよ?」
「いや、旦那じゃないよ!?」
「龍一は私だけじゃなくて皆に優しい人なの! だからって人の旦那の優しさに甘えないでよ!」
「梅雨理!? 旦那は否定しよ? お願い! それと監督さんも梅雨理を煽るようなこと言わないで!」
「んー、仕方ないなー。じゃあ今日のところはこっそり君たちを監視することにするよ! あー、外暑そうだなー。熱中症で死んじゃうかもなー」
「安心しなさい、その時は私が救急車を呼んであげるから! だから心置きなく今すぐ外に出て!」
「……」
遥と梅雨理の間に何とか割り込もうと頑張った龍一も最終的には黙らざるを得なかった。理恵と梅雨理の時もそうだったが、女同士の会話に男が入り込むのは本当に大変なのだとつくづく痛感させられた二日間になった。
それから遥は意外にもあっさりと部屋を出て行った。とはいえ、きっとどこかで龍一と梅雨理を見張っているのだろう。
梅雨理は玄関の外で遥が聞き耳を立てていないか確認すると、玄関のカギを閉め、チェーンロックもかけて完全な密室を作りあげると、ベッドで項垂れている龍一を見下ろすように仁王立ちで言い放つ。
「龍一、今晩から『新婚旅行』に行きたいと思います!」
「あれ、おかしいな? 暑さのせいか聞こえてはいけない単語が聞こえた気がする」
龍一はそう言うと、エアコンのリモコンを片手に室温を下げようとするが、梅雨理がすかさずリモコンを取りあげて再び口を開いた。
「大丈夫だよ龍一。それは愛の熱さがマックスになったときに聞こえる奇跡の単語なんだから!」
「……何を言ってるんだろうこの子は。今まで理恵さんもかなりぶっ飛んでる人だと思ってたけど、わお、こんな身近にも負けず劣らずぶっ飛んだ子がいたよ」
「それで『新婚旅行』はここに決めたいと思いますのです!」
梅雨理はそう言うと嬉しそうに一枚のパンフレットを龍一の目の前に差し出した。
「すげーや。本当に都合の悪いことはシャットアウト出来るんだ」
と言いつつパンフレットを受け取る龍一。
パンフレットの内容は最近出来た第一三エリアに出来た温泉宿のものだった。出来たばかりなのか、一泊二食付きでお一人三〇〇〇円と驚きの安さ。温泉と言っても海の上に人工的に造られた島で温泉が湧いているはずもなく、海水をヨハを応用した装置で温泉と同じ成分に造り変えたものなのだが、それでも効能は期待できる。
「確かに温泉はいいかもな。別に『新婚旅行』ではないけど。絶対に」
「でしょー? なんか変なストーカーも付きまとって来るし、夜のうちに二人で行っちゃお? なんか駆け落ちみたいでドキドキするよねー!」
「全く駆け落ちみたいでドキドキしないけど、うん、そうだな。せっかくだし温泉には行ってみるか。マジで『新婚旅行』とかじゃないけど」
「じゃあ、決まり! 今夜、私たちの『新婚旅行』に出発~!」
「ちょっとぉ! 誰か梅雨理専用の通訳の人も来てくださぁああい!」
夕方六時。
第三エリアにあるアパートの部屋の玄関がゆっくりと開いた。そして、ドアの隙間から覗かせた顔は梅雨理。ただ、いつの間に買ったのか目の周り全体を隠すような大きなサングラスに、頭の上にちょこんと乗ったベレー帽を着用している。
そして、二度三度とアパートの周りをキョロキョロ見回してからようやく外に出た。
「龍一、早く早く! ストーカーに見つかる前に車に乗らないと!」
「……」
龍一は大き目の旅行バッグを背負いつつ、内心「これじゃどっちがストーカーか分からないよな」などと思っていた。
とはいえ、確かに遥に見つかれば何かと面倒になりそうとも思っていたので、梅雨理の言うとおり足早で車に乗り込んだ。
後ろのトランクに荷物を積んで、助手席に梅雨理が座る。
そうとう旅行が楽しみらしく、両足を宙に浮かしながらパタパタと動かしていた。
「それじゃ、出発するぞ」
「うん! 出発しんこー!」
梅雨理の掛け声を合図に龍一のホワイトの車は元気よくアパートの駐車場を飛び出した。
少し走って、楽園名物の高速道路に乗り込む。
ただ、第一三エリアは第三エリアからはかなり離れているため、高速道路を利用しても一時間はかかる。
しかし、梅雨理にとってそんなことはどうでもいいらしくえらく上機嫌で鼻歌なんかを歌いながら夜の景色を見ていた。
「なんかね? 今から行く旅館って新婚さんに人気の場所なんだって!」
龍一は『新婚』という言葉にピクリと眉を動かしたが、それを悟られないように平静を装いながら切り返す。
「へぇ、そうなのか。まあ、俺たちは新婚さんじゃないけどね。そっか、俺たちみたいな人だけじゃなくて新婚さんも利用するんだな」
「うん! みんな私たちみたいな仲のいい新婚さんなんだね!」
「……」
この時、やはり本気で通訳の人を探す必要があるかもしれないと思った。と同時にもう諦めようとも思った。
けれど、やはり隣の席に梅雨理がいるだけでどことなく安心感が生まれていた。
この前初めて高速を走った時は一人で、しかも梅雨理を助け出すために余裕も全くなかった。
だけど今は違う。
隣に無邪気に喜ぶ梅雨理がいる。
それだけで同じはずの景色が全く違うものに見えるのだから不思議だ。
楽園内のほとんどのエリアを繋ぐ高速道路は少し走ればその景色も大幅に変わるから面白い。
居住区のエリアなら小さな家の灯りがまるで星空のように光っているし、商業区ならデパートとかのネオンが派手に輝いているし、場所によってはほとんど灯りがないところもあった。
ただ、夕方で帰宅ラッシュということもあるのか、龍一たちが走る車線も反対車線も交通量は多かった。
すれ違う車を目で追っている梅雨理を見て、龍一はふと口を開いた。
「梅雨理は昔はよく旅行に行ってたのか?」
すると梅雨理は窓の外を見ながら静かに首を横に振った。
「パパとママは研究で忙しかったから旅行なんて行ったことないの。せいぜい近くの動物園や公園に出かけるくらいだったかな」
「そっか」
けど梅雨理の表情は決して暗くない。むしろ明るかった。
「だからね、初めての旅行が龍一と一緒で嬉しいよ!」
全く無理のない輝いた笑顔。
前にリボンをプレゼントしたときのような無垢な笑顔だった。
改めて龍一はこの笑顔に支えられているんだと実感できるほどに。
だからこの旅行の名目が『新婚旅行』だろうがもう気にするのは止めようとも思えた。今はただ梅雨理と一緒にこの旅行を楽しもうと。
龍一は片手で梅雨理の頭に手を乗せて言う。
「楽しい思い出にしような」
「うん!」
二人の期待を乗せて、車は夜の高速道路を駆け抜ける。
『ヨハの楽園』、第一三エリアは娯楽区域に認定されている。
楽園内にある全二〇エリアのうち、娯楽区域に認定されているのはこの第一三エリアと第四エリアの二つだけなのだが、この二つは根本的に趣旨が違う。第四エリアは動物園や遊園地、映画館などのアミューズメント施設が中心的であるのに対し、第一三エリアは人工リゾート地や旅館など宿泊施設が中心となっている。
もちろん、第四エリアにもホテルなどがないわけではないが、旅行を目的とした場合は第一三エリアを利用する客が多い。
高速道路を下りた龍一たちは、目的地である旅館の駐車場に立っていた。
新しくできたばかりということもあり、やはり綺麗な旅館だった。テレビや雑誌などで見たことがある日本の京都なんかにある旅館に似せた雰囲気の旅館に、龍一も梅雨理も感動していた。
入り口には木目の看板に大きく『旅館・東雲』と書かれていた。
楽園内では珍しい純和風の建築物に感動しながら旅館の門をくぐると、これまた感動を覚える和服美人が出迎えてくれた。
「いっらっしゃいませ。当旅館の女将をしております、綾瀬と申します」
背筋をぴんと伸ばし、艶のある黒髪を綺麗な髪飾りでまとめている女将はどう見ても三〇代というところだ。
さすがにこれには梅雨理も感嘆の息を漏らすしかなかった。
少しの間呆気に取られた龍一も我に返って女将に言う。
「あ、あの。二人なんですけど、予約とかしてなくても今晩泊まることって出来ますか?」
すると女将は二コリと優しい笑顔を浮かべ、
「ええ、もちろんでございます。お二人様でしたらお部屋も余っておりますので、ぜひごゆっくりして行ってくださいな」
女将に案内された部屋はとても立派なものだった。
二人だととても広く感じられる畳の部屋だ。しかも畳の部屋の奥には夜景を見ながらくつろげる板張りの空間まであり、とても快適な造りになっている。
「では、温泉の方はいつでも入っていただけます。その後に御夕飯のほうをお持ちいたしますので、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
そう言うと、女将は部屋を去った。
梅雨理は畳の上で無邪気に駆けまわりながらはしゃいだ。
「すっごーい! 畳の匂いがするよ~」
「俺のアパートにはないもんなー。やっぱ畳もいいな」
龍一は部屋の隅に荷物を置くと、夜景が見渡せる大きな窓を覗いた。
そこからは旅館の中庭が見えるようで、庭を点灯するライトがなんとも幻想的な演出を作りだしていた。
「やっぱり来てよかったな」
「でしょでしょ!」
独り言のつもりで呟いたのに、いつの間にか隣で一緒に中庭を見ていた梅雨理が嬉しそうな笑顔をこっちに向けていた。
自然と龍一も笑顔になり、梅雨理の頭を撫でてやる。
「んじゃ、早いこと温泉に入って疲れでも癒すか」
「うん! あ、ねぇもしかして混浴かな?」
ワクワクという文字が見えてきそうな梅雨理の表情と対照的に呆れた表情の龍一は諭すように言う。
「ここはちゃんと男女別の温泉だよ。いいか? 絶対に男湯に入ってくるんじゃないぞ?」
「それはフリ!? フリなの!?」
「ちっがーう!」
旅館に来てまでボケ全開の梅雨理を何とか説得し、龍一は無事に男湯の脱衣所に辿りつけた。
脱衣所には数人分のロッカーが埋まっていて、中にはやはり数人いるらしい。
服を脱いだ龍一はガラガラと曇りガラス使用のドアを開けて中に入る。
すると、期待を裏切らない、いや期待以上の温泉がそこにあった。
これまた人工物とは思えないほどよく出来た温泉で、おそらく露天風呂をイメージしたのか風呂の周りは石で囲まれていて、シャワーの周りには竹林をイメージした人工植物が置かれている。
風呂も三種類あり、普通の温泉の他に水風呂やジャグジー風呂がある。しかも大きなサウナまであるのだからテンションがあがらないわけがなかった。
龍一の他にも数人客がいて、各々サウナで汗を流したり、ジャグジー風呂で身体のコリをほぐしたり、シャワーで髪を洗っていたりしていた。
しかし、これだけ広い温泉でそれだけの客がいても全く気にならなかった。
龍一は上機嫌で端のほうに積まれた椅子を片手にシャワーの前に座った。
一方、女湯。
基本的な造りは男湯と同じだった。
ただ、脱衣所のところに女性ならではの化粧品などが置かれていてどうやら自由に使っていいらしい。
女湯はほとんどの客が温泉を堪能した後のようで、バスタオルで身体を拭く人や、洗面所の前で顔に化粧水を塗ったり、髪を乾かしたりしている人が多い。
おかげで温泉よりも脱衣所が少し混雑していた。
「あーあ、せっかくなら龍一と一緒にお風呂入りたかったなー」
梅雨理もブツブツそんなことを言いながら服を脱いで行った。そして、シャツの下に来ていたキャミソールを脱いだところでふと自分の胸を見下ろす。
B。
これが何を意味しているのかはわざわざ言うまでもあるまい。
梅雨理はピクッと眉を動かして、
「ううん。今はまだ混浴は必要ないかも……。もうちょっと成長してからにしないと、龍一を魅了できないかもだし」
ちょっとした敗北感を感じながら最後に龍一からもらったピンクのリボンを外し、いざ温泉への扉を開ける。
ガラガラという音がよく響いた。
予想通り中は過疎状態で、ほとんど梅雨理の貸し切り状態となっていた。
が、よく目を凝らして見ると普通の温泉に人影が一つあった。
(貸切だと思ったのに、ちょっと残念かも)
梅雨理はそんなことを思いながら端に積まれた椅子を手に取る。
いや、取ろうとした瞬間、その手はピタッと止まった。そして、ゆっくりと首だけを回して振り返る。
そしてもう一度人影を目を凝らして見た。
さっきは湯気でよく見えなかったが、目が慣れてきて梅雨理の視界に飛び込んできたのはどこかで見たような赤い髪の女だった。
そして、向こうも梅雨理のことに気が付いたようで、笑顔を浮かべて片手を上げて言う。
「ヤッホー! ここの温泉って気持ちいいね~!」
ピキッ! と梅雨理の全身は石のように固まった。
そう。
そこにいたのは赤嶺遥だった。
そして、直後。
「っ、んにゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
梅雨理の嘆きが女湯、そして男湯にまで響き渡った。
こんばんは、いづるときです!
花粉症に悩まされる時期が来ちゃいましたねー。
作者は鼻づまりに苦戦しております笑
そして、今回の挿絵は『政府監守篇』から登場のヒロイン、赤嶺遥のサービスシーンでお届けしました(笑)
もしよろしければ小説の評価などしていただけると嬉しいです!
次回の更新は三月二二日を予定しております。
ではでは、また次話!