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ヨハの楽園  作者: いづるとき
政府監守篇
8/44

来訪者は突然に

 七月二日。

 夏本番とは言い難いこの日、楽園内には春のうららかな温かさは何処へ、うだるような暑さが支配していた。

 当然、あらゆるデパートやらマンションが立ち並ぶ第三エリアもヒートアイランド現象よろしく人工的に気温を上昇させている。

 街中を行き交う人は、日傘を差していたり、拭いても拭いても溢れだす汗をハンカチで拭ったり、はたまたサラリーマンなのか全身真っ黒なスーツで身を包み死んだ魚のような目をしているなど実に様々だった。

 そして、そんな第三エリアにあるアパートもまたこの暑さに包みこまれている。

 アパートの周りにある数本の木からは蝉の大合唱が途切れることなく響き渡り、時折聞こえる車やらバイクのエンジン音がハモリを効かせていた。

 「はぅー、快適快適ー」

 しかし、外が暑いからといってアパートの部屋まで暑いわけではない。特に玄関に『葉原』と書かれた二階の角部屋は実に快適な室温に保たれていた。

 エアコンのリモコンには二四℃とデジタル表示されていて、エアコンの真下に置かれたベッドの上で梅雨理はだらけていた。

 ショートパンツに白いキャミソールといったラフな格好で大の字になって寝転がっている。

 「梅雨理、風が直接当たるとこにいると風邪ひいちまうぞ?」

 だらける梅雨理を苦笑いしながらキッチンから出てきた龍一の手にはお盆に乗せられた二人分のかき氷があった。

 かき氷を見るなり、梅雨理は目をキラキラ輝かせてベッドから飛び降りた。

 「わぁ!! 美味しそう!!」

 「梅雨理は何味がいい? 一応、シロップはメロンとイチゴ、レモンとグレープがあるけど。あ、あとコーラもあるぞ?」

 「んっとね、メロンとイチゴのリバーシブル!!」

 かき氷の前に座る梅雨理は小さくピョンピョン跳ねた。その度に後ろで束ねた二本の髪が連動してピョンピョン跳ねていた。

 龍一は梅雨理の注文通り、かき氷のてっぺんから丁度半分ずつメロンとイチゴのシロップをたっぷりとかけた。

 「ほい、召し上がれ」

 「いっただっきまーす!!」

 目の前に差しだされた緑色と赤色のかき氷を勢いよく頬張る梅雨理。だが、冷たい氷を一気に詰め込めばどうなるかは分かるわけで、

 「んー!!!!」

 案の定頭を押さえて悶える梅雨理。

 「そんな慌てなくてもかき氷は逃げないぞ?」

 龍一は笑いながら自分のかき氷にレモンシロップをたっぷりかける。

 梅雨理は涙目になりながらも笑って見せて言う。

 「だってぇ、かき氷なんてしばらく食べてなかったんだもん!」

 「これからはいつでも食べられるんだから、ゆっくり食べなよ」

 「はぁい!」

 梅雨理はそう言いながらもむしゃむしゃとかき氷を頬張っては頭を押さえるのを繰り返していた。

 龍一はそんな光景を微笑ましく思いながら自分のかき氷を口に運ぶ。そして、ふいに思い出したように言った。

 「そういえば今日これからバイト先に行くことになってるんだけど」

 「えっ!? 龍一行っちゃうの?」

 梅雨理は不満そうな表情丸出しだった。けれど龍一は苦笑いを見せて続ける。

 「ほら、『狩人ハウンド』がデパート爆発させたろ? それでアルバイトも全員駆り出されて復旧作業を手伝わなくちゃいけないんだ。だいぶ前から始まってたみたいだけど俺も怪我して入院してたからその分働かないとな」

 「それは分かるけどー」

 梅雨理は唇を尖らせてブーブー言っている。龍一は少し考えて一つの提案を持ち出した。

 「なら、梅雨理も一緒に来るか? ただし、復旧作業手伝ってもらうけど」

 途端に梅雨理の顔は晴れた。今日の空よりも晴れた、ような気がした。

 「うん! 行く行く行くぅ! 絶対に一緒に行く!」

 「じゃあもっとちゃんとした服着て準備しないと」

 「かき氷食べたらすぐに着替える!」

 梅雨理はスプーンを握り直して、まるでお茶漬けのようにかき氷を口に放り込んで、

 「んー!!!!!!」

 痛みに悶えた。

 



 かき氷を食べ終えると、梅雨理はいそいそと着替える服をクローゼットから出して用意した。

 いくら歳が離れているとはいえ、梅雨理も立派な女の子。

 梅雨理と暮らすようになってからはベッドとクローゼットの間に折りたたみ式のパーテションを買ってきてそれを立てるようにしている。そうすればあっという間に更衣室が完成するのだ。

 その間に龍一は食器を洗い終え、バイト先に行く準備を済ませた。

 いつもなら車で行くのだが、爆破のせいでデパートの駐車場も使えないので歩いて行くことになる。

 徒歩でも二〇分ほどなのだが、この暑さの中での二〇分は正直辛い。

 そんなことを思いながら龍一は腕や首周りに冷却スプレーを吹き付けた。

 そのうちにパーテションの中から梅雨理が出てきた。相変わらず下はショートパンツだが、さすがに上にはちゃんとしたTシャツを着ていた。

 「えへへ、どう?」

 腰に手を当てて自慢げな梅雨理に、龍一は思わず笑ってしまった。

 「な、なんで笑うの!?」

 「ううん、面白いなって。よく似合ってるよ」

 「う~、なんか納得できないかも」

 そんなことを言っている梅雨理だが、龍一が「行こう」と言えばすぐについて行く。そこで、梅雨理は一つ忘れ物したらしくすぐに部屋に戻ると数秒も経たないうちに玄関に戻って来た。

 「何か忘れ物したのか?」

 「うん、これ!」

 そういって龍一の前に差しだしたのはつい昨日梅雨理のために買ってやったスマートフォンだった。

 まるでお守りのように大事に握りしめている。

 「外に行く時は何かと必要だもんな」

 龍一が言うと、梅雨理は笑顔で頷く。

 機種は梅雨理の強い希望で龍一のモノと同じで色違いのものを買ったのだ。そして昨日から何かと電話帳に登録された龍一の連絡先を見ては嬉しそうにしていた。

 「けど、ずっと一緒にいたら使う機会もそうそうないかもな」

 龍一が笑いながら言うと、梅雨理はプクーと頬を膨らませて反論する。

 「あるよー。龍一が迷子になったときとか必要になるでしょ?」

 「俺が迷子……? それは梅雨理の間違いじゃ?」

 「ちーがーいーまーす!」

 「はは、じゃあその時はそれで俺を探してくれよ」

 「任せて!」

 そんな会話をしながら二人は意気揚々と外に出た。

 出たはいいが、出た瞬間にじめっとした暑さが二人の全身を包みこんだ。

 「暑いね」

 「暑いな」

 内心、「あー、マジでデパートまで行くのだるいわ」などと思っている龍一。そして隣には暑そうだが何故か嬉しそうな梅雨理。

 対照的な二人は太陽に焼かれた街へと繰り出した。

 少しあるいただけでも肌がジリジリと痛む。額からは汗が滲みでて間違っても空など見上げてなるものかと龍一は思っていた。

 そして、梅雨理はと言うと鼻歌混じりで歩いている。ただ、右手で龍一の服の袖をちょこんと掴んで離そうとはしなかった。

 そんな梅雨理を見て、妹が出来たみたいでちょっと嬉しくなった龍一は梅雨理の鼻歌に耳を傾けながら歩くことにした。すると不思議なことに思ったより体感的に長く感じずに目的場所であるサンスイデパートに着いた。

 「なんかここも久しぶりって感じだな」

 「帰る家があると思うとこのデパートも良い感じに見えるかも」

 「まあ、そうだよな。ここの物置に住んでるとなると別に良くも見えないよな」

 そんなことを言いながらデパートの自動ドアをくぐった。するとフワッと心地よい冷気が火照った身体を冷やしてくれた。

 「冷房はもう直ったのか。まあ、この暑さで冷房がなかったら死活問題だもんな」

 全身を包んでくれる恵みの冷気を堪能しながら、龍一と梅雨理はゆっくりと動くエスカレーターを乗りついで書店のある二〇階に向った。

 その途中、どのフロアも大勢の人が忙しそうに復旧作業していた。見た目こそほとんど修復されているものの、店の商品の処理やら倉庫の整理などが大変なのだろう。もちろん、それは龍一のバイト先も例外ではないはず。そう考えると自然とため息が漏れた。

 そして、二〇階に着いて書店に入ろうとした瞬間。

 「龍一君!!」

 聞きなれた声が耳に飛び込んできた。

 梅雨理は反射的に龍一の後に隠れ、龍一は声の方向に身体を向けた。すると、やはりというか予想は的中した。

 綺麗な長い黒髪を揺らしながらバイト仲間の理恵が走り寄って来た。

 「龍一君、もう大丈夫なの!? なんか、心臓がなくなっちゃったとかで入院してたんでしょ!?」

 「もう大丈夫ですよ、理恵さん。そして知ってます? 人は心臓がなくなった時点で死んでしまうんですよ」

 すると今度は店長が心配した様子で龍一の元に駆け寄って来た。

 「龍一君、大丈夫かい? なんか心臓が破裂したとかで入院していたんでしょ!?」

 「店長、一度自分の心臓を破裂させてみてください。そうしたら俺がここにいられないことが分かりますから」

 龍一が呆れたように二人のボケに突っ込みを入れると、二人とも満足げな笑顔になり、

 「「これぞ北斗流ジョーク☆」」

 とドヤ顔を見せびらかしてきた。

 店長はすぐに他のバイト店員たちと復旧作業に戻ったが、理恵は龍一の後に隠れていた梅雨理を見逃さなかった。

 「あれ、龍一君って妹さんいたんだっけ?」

 「あ、いやちょっと訳ありで一緒に住むことになったんですよ」

 「えっ!? りゅ、龍一君、女の子と同棲してるの!?」

 「いや、間違ってないですけど、なんかその言い回しは引っ掛かるんで止めてもらえます?」

 しかし理恵に龍一の言葉は届かなかった。そして、上目遣いで龍一の腕を抱え込んで、

 「こんなにも龍一君を想っているのにひどいよぉ!」

 とわざとらしい演技をする。

 だが、梅雨理は黙っていなかった。それまで龍一の後で縮こまっていた梅雨理が慌てたように理恵の前に飛び出した。

 「ちょ、ちょっと!? 私の龍一にそんなに近づかないでよ!」

 梅雨理は何とか理恵の手を龍一から引き剥がそうとするが、理恵もありったけの力を込めているのかなかなか剥がれない。

 「残念ね~、龍一君はずっと私が先に目を付けてたの! もう心も体も全部私のものなんですぅ」

 すると梅雨理も負けじと言い返す。

 「別に龍一にあなたの名前なんて書いてなかったもん! それに一緒に住んでる私のほうが龍一の持ち主にふさわしいんだから!」

 「持ち主って……」

 そんな龍一の言葉はもはや二人には届かなかった。

 片腕は梅雨理に掴まれ、もう片腕は理恵に掴まれている。そして、龍一の目の前で二人は火花を散らせている。

 さらに梅雨理はたたみかけるように続けて言う。

 「龍一は私に『ずっと一緒にいたい! だから梅雨理の初めてを俺にくれ!』って言ってくれたんだから!」

 「えっ!? 梅雨理!? ちょっと待って、なんか半分ほど作り話が当たり前のように混じってるけど!?」

 一瞬その言葉に動じた理恵も、しかし平静を装って言い返す。

 「あら奇遇ね。私も龍一君に『君との子供を早く作りたいぜ☆』って言ってくれたのよ」

 「ちょっと理恵さん!? 理恵さんに至っては一〇〇%嘘ですよね!? なんか☆とか付けて可愛く言ってるっぽいですけど何もごまかせてませんよ!? というかその危なすぎる作り話はやめてください!」

 龍一の願いもむなしく、それから十数分間の間、女同士の争いは続いた。

挿絵(By みてみん)



 「はぁ……」

 龍一は書店の休憩室にあるパイプ椅子に項垂れた。

 散々、梅雨理と理恵の争いに巻き込まれ、それからは倉庫の大量の書物の整理をしてようやく四時間ぶりに一息つけたという感じだった。

 いくら冷房があるからといって、重たい本を運んで店内を往復していたら暑くもなった。なにより疲労感がずっしりと全身にのしかかってくるようだ。

 すぐ隣で梅雨理も疲れた表情でパイプ椅子にダランと身体を預けている。

 龍一は梅雨理の頭にポンと手を置いてやると、「お疲れさん」と言って撫でてやった。

 ちょうどその時。

 龍一と梅雨理の分の缶ジュースを買ってきた理恵が入って来た。そして理恵の視界に入ったのは梅雨理の頭を撫でる龍一。

 そこから導き出される答えは一つ。 

 自分も撫でられたい! だ。

 「龍一君、ジュースどうぞ☆」

 理恵はそう言いながら龍一の隣にパイプ椅子を置いて座る。すると龍一を挟んで反対側に座っていた梅雨理はムッとした表情になったが、理恵は特に気にも留めずに龍一の肩に頭を乗せた。

 「龍一君、私も今日は疲れたな~。あまりにも疲れたからもう頭も持ち上がらないかも。あ、けど龍一君が頭撫で撫でしてくれたら疲れも飛んじゃうと思うんだけどなぁ」

 「……」

 龍一はどうしたものかと困惑したが、理恵はすっかりその気になっている。バイトを初めて二カ月ほどだが、理恵の性格は大体分かっているつもりだ。こうなった理恵は自分の要求を呑まれるまで動こうとはしない。

 龍一は小さくため息をつくと、左手を理恵の頭に乗せて撫で始めた。

 右手で梅雨理の頭を。左手で理恵の頭を同時に撫でる。

 龍一は自分でも我ながら何をしているのだろうと自問自答を繰り返した。そして、その光景を他人が見たらどうなるかと考えていると、休憩室に店長が入って来た。いや、入ってこようとして動きが止まった。

 同時に二人の女の子の頭を撫でる龍一を見て店長はほとんど棒読みで言い放った。

 「シュールな光景だね、龍一君」

 「あ、ちょ、違うんです!」

 しかし、龍一の言い分を聞かずして店長は回れ右をして休憩室を出て行った。





 結局、龍一と梅雨理がデパートを出たのは夕方の五時を回っていた。なんだかんだでずっと理恵と梅雨理が張り合うものだから、なかなか作業が終わっても帰るタイミングが掴めずにいたのだ。最終的には、理恵は妹からの帰りの催促のせいで、いやおかげで帰ることになり、そのタイミングで解散となったわけだ。

 五時になると日もだいぶ傾き、少しは暑さも和らいでいた。

 しかし、梅雨理は行きよりも明らかに疲れ気味で、ほとんど体重を龍一に預けた状態で歩いていた。

 「大丈夫か、梅雨理?」

 「……うん。あの理恵って人なかなか龍一のこと諦めてくれないから……」

 「あ~、はは。まあ、理恵さんも悪い人じゃないんだよ? きっとそのうち梅雨理とももっと仲良くなれるって」

 「え~、だってあの人龍一のこと好きなんだもん。私たちの障害になっちゃうよ」

 「いやいやいや、障害って……」

 龍一にもそれ以上ツッコむ元気は無かった。

 今はただ出来るだけ無駄な労力を使わずに自宅に帰ることだけに専念したかった。

 街中も帰宅ラッシュ時間なのか、行きよりも交通量が増えている。そんな中で、今晩のメニューなんかを考えながら歩いていると、ふと目の前に人が立ち塞がった。

 「「??」」

 龍一と梅雨理の目の前に立っていたのは一人の女性、というよりは女の子だった。

 一六〇センチほどの身長に肩にかかるくらいの赤い髪が特徴の女の子。服装も大き目のシャツに七分丈のジーパン、皮のサンダルと至ってシンプルだ。

 もちろん、龍一も梅雨理も目の前の女の子と面識はない。二人は顔を見合わせた後、龍一が声をかけた。

 「あの、何か御用ですか?」

 すると、少女は待ってましたと言わんばかりに腰に手を当て胸を張った。

 「まずは自己紹介! ウチの名前は赤嶺遥あかみねはるか! 日本政府監督課の新人なんだけどね。歳は一九歳! ほとんどもっと歳は下に見られちゃうことが多いんだけど一九歳なんだよ! あ、ここに来た理由は簡単に言って、君たち二人を監視して来いってお偉いさんたちに頼まれちゃったわけさ!」

 夕方で少しは涼しくなったとは言え、なんて無駄にテンションが高い人なんだ。これが龍一と梅雨理の所見の印象だった。

 「えっと、監視っていうのはつまり、どういうことなんですか?」

 「ほらぁ、『狩人ハウンド』の一件って君たちが関係しているんでしょ? それで政府の人たちは君たちに興味を持ったみたいなんだよね。それで、君たちに一番歳が近いウチが派遣されたってわけ! アンダースタンド?」

 遥の口から出た『狩人ハウンド』という言葉と『政府』と言う言葉に敏感に反応したのは梅雨理の方だった。

 「それで? 監視っていうのは具体的にどうするの?」

 梅雨理は威圧したつもりだったのだが、遥は変わらずにこにことハイテンションで答える。

 「ウチはとりあえず君たちの日ごろの生活を見守れって言われて来たの! だからウチのことは気にせずに普段通りに生活してくれたらいいんだと思うよ?」

 「普段通りって言われてもなあ。見張られてるみたいで息苦しくなりそうだ」

 龍一の言葉に梅雨理も頷く。

 「けど、政府からの命令だから、ウチも独断でどうこう出来る話じゃないんだよね、これが。だから、まあ悪いんだけどウチはウチの仕事をさせてもらうね! 別に危害を加えたりするわけじゃないから、そこだけは安心していいよ!」

 「えっと、じゃあ俺たちはこのまま普通に帰宅していいの?」

 「もちろん!」

 



 景気のいい遥の返事に甘え、龍一と梅雨理はアパートまで帰ることが出来た。出来たのだが、その後には隠れる気もなく堂々とついてきた遥もいた。

 そこでついに梅雨理が遥に身体を向けて言い放った。

 「ちょっと!? 監視っていうか、ストーカーじゃない! いや、堂々としてるからストーカーじゃないのかな? ううん、そんなことはどうでもいいの! もしかして家の中までついてくる気じゃないでしょうね!?」

 「さすがにそれはしないよー。ただ外でずっと待っているだけだよ!」

 「ま、待っているっていつまで……?」

 「次に君たちが出てくるまで!」

 「「……」」

 まるで迷いの無い遥の返事に、龍一と梅雨理は器用にもアイコンタクトで会話を始める。

 (なあ、梅雨理。俺たちはどうしたらいいんだ? さすがに夜ずっと外に女の子を放り出しているのを見て見ぬふりをするのは心が痛たまれるんだが……)

 (けど、政府の人間って言ってるし、堂々と監視とか言ってる人を家にいれるのは恐いよ。それに、私と龍一の二人っきりの時間が……ゴニョゴニョ)

 (やっぱ、今日のところはお引き取り願うしかないのかな?)

 (それが出来るならそうしてもらいたいよぉ)

 そこで一旦アイコンタクトでの会話を打ち切ると、龍一が話を切り出した。

 「あ、あのー、お仕事熱心なのはすごく伝わったんですけど、やっぱりこんな夏の夜に女の子が一人で野宿っていうのは危ないっていうか、俺たちがハラハラするっていうか。やっぱりそういうのはよくないと思うんで、今日はお帰り願えないでしょうか? 俺たち別に逃げたり隠れたりしませんから!」

 「そう? まあ、確かにそうだよねー。ウチも野宿とか本当は嫌だし、蚊に刺されちゃうもの嫌だから本当はホテルに泊まりたかったんだよね!」

 「で、でしょ!? ならそうしたほうがいいですって! お互いのために! また明日になってから仕事をすれば十分だと思いますよ!? 夜なんて風呂入って寝るだけですから、見てても何も楽しくないですし!」

 隣で梅雨理が頬を染めながら、「もしかしたらあんな展開があるかもだけど」などと言っているがそこはあえてスルーしていく。

 龍一の言葉を受けて遥は少し考える仕草を見せた後、可愛らしい笑顔を見せて、

 「分かりました! それではお言葉に甘えて今晩はホテルに泊まらせてもらうね! 明日になったらまた監視の続きってことで!」

 遥はそれだけ言うと、足早に街中へと姿を消した。

 アパートの前に取り残された龍一と梅雨理は身体の芯から拭き上がる疲れに辟易へきえきしていた。

 「さ、早く部屋に帰ろうか」

 「うん……」

 



 だが部屋に戻って二人とも風呂を済ませても、すぐに寝ることはできなかった。

 原因はもちろん遥だ。

 「政府の監視って、やっぱ俺たちマズイ状況なのか?」

 「分かんない。けど、『狩人ハウンド』での一件での器物破損は全部あの人たちが請け負ってくれてるはずだし、問題はゼロじゃないけどほとんどないはずだけど……」

 「だよなー。何が問題なんだろう。いや、まあ問題なことはいっぱいあるんだろうけど……」

 「深く考えても仕方ないよ、龍一。今は明日のためにいっぱい寝て疲れを取ろ!」

 梅雨理は少しでも龍一の不安を取り除こうと笑顔を見せた。龍一も梅雨理の笑顔を見て少し安堵したのを感じた。

 一人じゃないってだけでどうしてこんなにも落ち着くのか不思議だった。

 龍一はベッドの横に敷いた敷布団に身体を埋めると、ベッドに寝ている梅雨理は少し不満そうに言う。

 「ねーねー、一緒にベッドで寝ようよ。敷布団じゃ身体痛くなっちゃうでしょ?」

 「大丈夫だよ。それに、いくら何でもシングルベッドで二人だと狭いし、寝づらいだろ?」

 「そんなことないよぉ。私意外と小さいから龍一が入っても全然平気だし!」

 梅雨理は自分の布団を片手で掻きあげて龍一を誘うが、聞こえてきたのは龍一の小さな寝息だけだった。

 何度か名前を呼んでも起きる気配がなく、梅雨理は一度はふてくされた顔をするが、すぐに悪戯な笑みを浮かべ、そーっと龍一の布団の中に潜り込んだ。

 そして、龍一の背中にピタッと張り付き、体温を感じると自然と笑みがこぼれた。

 

 「おやすみ、龍一」

 小さなアパートの一室からもう一つの寝息が聞こえてくるのに時間はかからなかった。

 


星空が綺麗な夏の夜は静かに更けていく。


こんばんは、いづるときです!

今回から『政府監守篇』突入です!

これは三話構成で連載していく予定ですので、よろしくお願いします!

追記になりますが、今回ブログを始めましたー!小説の宣伝も兼ねてます(笑)

よろしければブログのほうも見ていただけると嬉しいです!

http://profile.ameba.jp/yohaofedon/


次の更新は三月一五日を予定しています。

ではでは、また次話!

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