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ヨハの楽園  作者: いづるとき
狩人追討篇
5/44

『狩人』

 六月二〇日。

 龍一は壁も天井も真っ白な病室で目を覚ました。

 腕には点滴が刺されていて、何やらテレビドラマなどでよく見る機材が頭の上の部分に置かれて、定期的に電子音を響かせていた。

 「ここは、病院……?」

 まだはっきりしない意識で上体を起こそうとするが、頭部にズキッと痛みが走り、再びベッドに横たわった。

 すると、横にスライドする病室のドアが開いて、中肉中背の白髪の医師が入って来た。

 「おや、目が覚めたかい?」

 医者は優しそうなおじさんで、どこか落ち着く笑顔を向けてきた。

 「はい……」

 しかし、龍一の気分は決して晴れやかではない。医者もそれを察したのか、少し神妙な面構えになり、口を開いた。

 「君の連れかい?」

 「え?」

 「いやね、君と一緒に病院に来た女の子のことなんだがね」

 医者のその言葉に龍一ははっとした。そして、ベッドから飛び降りんばかりの勢いで上体を起こす。

 身体に痛みが走ったが構っている余裕はなかった。

 「梅雨理はどうしたんですか!? 無事なんですか!?」

 しかし、医者はどこか気まずそうに視線を反らし、しかしはっきりと言う。

 「詳しいことは分からないが、泣きながら病院を出て行ったよ。なにやら、一緒には居られないとか言ってたかな」

 「っ!?」

 龍一は医者のその言葉で全てを悟った。

 梅雨理は自分のせいで龍一が巻き込まれたのだと。そして、それに責任を感じて龍一の元から去って行ったのだと。

 だが、梅雨理に行くあてなどあるはずがない。

 だからこそ龍一が引き取ることになったのだから。

 「梅雨理!」

 龍一がベッドから飛び降りようとするが、医者に肩を押さえつけられてしまう。

 「そんな怪我でどこに行こうといんだい? 君にとってあの子が大切な人というのはなんとなく分かるがね、私は医者だ。目の前の患者をみすみす見逃すわけにはいかないのだよ」

 「なら俺は梅雨理の保護者だ。みすみす梅雨理を危険な目に遭わせるわけにはいかない!」

 「なら、もう一度君が行って何ができるんだい?」

 医者の言葉に、龍一は思わず動きを止めた。そして、医者は肩から手を離すと続けた。

 「君だけじゃないんだよ、『狩人ハウンド』の被害者は。それこそ、彼らと同じ武装集団の連中だってぼこぼこにされて病院に運ばれてきているんだ。鍛えられた彼らでさえその始末なのに、君みたいな一般人がどうこう出来る問題じゃないと思うがね? 不意を突かれたらしいが、怪我をしていなかった君が太刀打ちできなかった相手がどうして大怪我をしている今ならどうにか出来るんだい?」

 龍一は医者の言うことはとてもよく理解していた。

 もちろん、今だって『狩人ハウンド』に勝てるなどとは思っていない。けれど、ここでじっとしているとまた自分で自分の未来を諦めていた、梅雨理と出会う前の自分に戻ってしまう気がしていた。

 そして、気が付いたら口が動いていた。

 「梅雨理は、あんな小さな身体で俺の命を助けてくれたんです。俺自身が適当に考えていた未来を守ってくれたんですよ……。だったら、今度は俺が梅雨理の未来を作ってやる番なんじゃないですか!?」

 「……、もう一度言う。私は医者だ。目の前にいる患者を見逃すわけにはいかない」

 「だったら強行します」

 「だが、医者の前に一人の人間でもある。そして、一人の人間としては君をここで引き留める気は起きないのだよ。私は今、その葛藤と戦っている。今なら、君がどこに行こうとも追いかける余裕はないようだ」

 「……ありがとうございます!」

 龍一は点滴を引き抜いて医者に一礼すると、重たい身体を引きずるように、しかし無理矢理に足を前へ前へと運んで駆けだした。




 龍一が病院から出ると、外はすっかり明るくなっていた。

 腕時計を見ると、時間はすっかり翌日の正午。

 (急がないと。恐らく、梅雨理が行くなら、これ以上俺に危害を加えない選択肢を選ぶはず。となると、『狩人ハウンド』のところか……? 確か奴らは第一八エリアを拠点にしていたはず。一旦アパートに帰って車で行くしかないか!)

 龍一は自分のアパートへ向かって力の限り走りだす。走るたびに頭がズキズキと痛むが、不思議と気にならなかった。というより、梅雨理のことで頭がいっぱいだったのだ。

 (無事でいてくれ、梅雨理!)






 『ヨハの楽園』、第一八エリア居住区域郊外にある格納庫。

 楽園にある全二〇エリアのうち、第一八エリアから第二〇エリアは居住区域に指定されている。しかし、だからと言って皆が皆家を持っているわけではなく、『狩人ハウンド』のように集団生活をしている連中は少し離れたところにある普段は使われていないよな格納庫で生活していたりする。

 定期的に使われている格納庫ということもあってか、中には大きなコンテナや荷物が入った段ボールなどが高く積まれている。

 そして、格納庫の大きく冷たい扉がゆっくりと開いた。

 中には小さな電球がいくつかあるだけで決して明るくはないが、扉が開いたことで太陽の光が差し込みいくらかマシになった。

 「「……」」

 すると、格納庫に住む『狩人ハウンド』たちの視線が一点に集まった。

挿絵(By みてみん) 

 格納庫の入り口に立つ小さな影。

 遠くからでも後ろでリボンで束ねた長い二本の髪束は分かる。

 その影を確認した一人の大男が立ち上がって、ゆっくりと歩み寄った。

 彼こそが『狩人ハウンド』のリーダー、荒沢拳あらさわけん。荒沢は、悪戯に笑みを浮かべながら言う。

 「これはこれは、一体どういう風の吹きまわしだ? 俺たちに散々『ヨハの恩恵』を渡すまいと知り合ったばかりの男の家に逃げ込んでいたほどなのになぁ?」

 すると、入り口に立っていた少女、梅雨理が震えた声で返す。

 「ふざけないで。どうして関係のない龍一まで狙うのよ!」

 「そのおかげでお前はここに来た。違うか?」

 「この下衆げすがっ!」

 しかし、荒沢は笑みを崩すことなく、

 「別にいいさ。それよりも、『ヨハの恩恵』は持ってきたのだろうな?」

 梅雨理は言われると、ここに来る前に龍一のアパートに寄って持ってきたリュックサックを荒沢の前に放り投げた。

 「そこにパパとママが造った『ヨハの恩恵』が入ってる。それ全部あげるから、もう龍一には手を出さないで!」

 「くははっ! 健気だねぇ。ああ、約束しよう。というより、端からお前をおびき出せた時点で奴は用済みなんだよ」

 「これで私も勝手に生活させてもらう。もう私の生き方に干渉しないで!」

 そう言いきって荒沢に背を向けた梅雨理。が、その身体は動かなかった。

 「なっ!?」

 梅雨理の服は、荒沢によってがっちり掴まれていたのだ。

 「お前を帰すとは言っていないぞ?」

 「なんでよ!? 『ヨハの恩恵』は約束通りに渡したでしょ!?」

 「しかし、お前がいるだろう? お前を自由にさせて、他の連中に『ヨハの恩恵』の存在を言わないとも限らないからな」

 「いい加減にしなさいよ! そんなこと言わないわよ!」

 「保障できんだろう? 悪いが、お前もここで生活してもらう。もちろん、監視付きでな」

 「そんな……!!」

 震える梅雨理を見て、『狩人ハウンド』のメンバーは不敵に笑う。

 梅雨理は小さな拳をぎゅっと握りしめて涙が流れるのを必死に堪える。

 (龍一……!!)

 いつの間にか、心の中で龍一の名前を何度も叫んでいた。







 龍一はバスを乗り継いでようやく自分のアパートに帰って来ていた。

 当然、部屋に梅雨理の姿はなく、彼女のリュックサックも見当たらない。

 「やっぱり梅雨理のやつ、『ヨハの恩恵』を『狩人ヤツら』のところに持って行ったのか……」

 一刻の猶予もないため、龍一は車のキーを取ってすぐに部屋を出ようとする。すると、黒い物体が龍一の視界に飛び込んできた。

 ベッドの近くに転がっているそれは、龍一の命を救ってくれた『ヨハの恩恵』だった。漆黒の黒い円筒で、上部にワイヤーの射出口が取り付けられている。

 龍一はそれを手に取って、小さく梅雨理の名前を呟いた。そして、シューターを右腕につけると、すぐにアパートの駐車場に向かう。

 龍一の車は一人暮らしというこもあり、二人乗りの小さなホワイトの乗用車だ。

 車に乗るなり、龍一はナビゲーションで第一八エリアを検索する。

 「第一八エリア内で、『狩人ハウンド』が問題なく拠点と出来るような場所は……」

 龍一はナビ画面を指でタッチしながら横やら縦にスライドしていく。すると、いくつか候補にあがるような場所が表示された。

 「格納庫、か。確かこの辺一帯の格納庫は年に数回使われるだけって聞いたことがあるな。それに広さも申し分なさそうだ」

 龍一は『狩人ハウンド』の居場所に目星をつけると、車のエンジンを唸らせる。

 「この一件が終わったら梅雨理に携帯電話も買ってやらないとな。迷子になったら探しきれないっての」

 勢いよくアクセルを踏み込むと、ホワイトの車体は景気良く駐車場を飛び出す。





 龍一の車は楽園内のほとんどのエリアに直通の、いわゆる高速道路を走っていた。

 と言っても、その機能は日本にあるそれよりも遥かに優秀で、速度制限も実質ないも同じで、上りと下り、それぞれ五レーンずつあるのだ。その上利用料もなしときたものだから、休日の利用客はとてつもなく多い。

 そんな高速道路も平日の真昼間ともなれば、業者のトラックやら営業マンの乗用車くらいのもので、走り屋なら泣いて喜ぶような環境となっている。

 龍一も速度を上げる度に全身に痛みが走るのを我慢して車と飛ばしていた。

 メーターには一五〇キロを表示している。

 (このスピードなら三〇分もあれば着くか……?)

 龍一はナビゲーションに映し出されている目的地との距離をチラチラと確認しながらハンドルを握る。

 車窓には楽園の景色がビュンビュンと横切って行く。

 龍一自身、免許を取って日は浅いため、こんな高速で車を走らせたことは無い。けれど、今はそんなことに構っている余裕などなかった。

 今こうしている間にも、梅雨理が危害を加えられているのではないかと思うと気が気ではない。

 ふと右腕にあるシューターを見る。

 梅雨理は一体どんな顔で自分の元を去って行ったのだろうか。そんなことを考えるとやりきれない気持ちになる。

 だからこそ、今は全速力で梅雨理の元に駆けつけることだけを考えるのだ。

 また殴られるかもしれない。

 今度はもっと大きな怪我を負わされるかもしれない。

 けれど、今の龍一にとっては梅雨理を失うことのほうが怖かった。その最悪のシナリオだけはどうしても避けたい。それが龍一の本心だった。

 





 第一八エリアの郊外にある格納庫。

 『狩人ハウンド』のメンバーは酒やらつまみをダンボールの上に広げてドンチャン騒ぎしている。

 梅雨理は格納庫の端で両腕両足をロープで縛られていて、見張りという見張りはとくにいなかった。

 「しっかし荒沢の親分、ついに俺たちの天下が来たんっすね!」

 一人の男が、梅雨理の持っていた『ヨハの恩恵』の一つ、拳銃のようなそれを指でなぞりながら不敵に笑う。

 そして、ビール瓶を口に付けてグビグビ飲んでいた荒沢も調子よく口を開く。

 「ああ。これで明日にでも『獅子団ししだん』や『月下指揮げっかしき』の連中を根絶やしに出来るってもんだ。特に『月下指揮』には舐められているからな。ここらで一発かましてやるさ」

 すると、荒沢の隣で酒を注いでいた石松が続いて言う。

 「『月下指揮』はメンバー全て女のくせにその勢力はとてつもなく大きいですからね。正直、自分じゃあそこの『女帝トップ』には勝てそうにありませんで。しかも、『獅子団』の連中とは何度か小競り合いもあったそうですし」

 「らしいな。元々、『月下指揮』と『獅子団』のトップは昔からの顔なじみらしく、小競り合いは今に始まったことじゃないらしいがな。だからこそ、俺たち『狩人ハウンド』が天下を取る隙も生まれるってわけだ」

 「そうですね。正直、今までこの三つの勢力が均衡を保っているおかげで居住区はある程度秩序が守られていますが、もし何らかの原因で均衡が崩れたら想像もしたくないような事態に陥ってしまうでしょうし。そうなるくらいなら、最初から一つの組織が全てを統括するほうが平和的ですから」

 石松の言葉に口を挟んだのは、荒沢でもなく、『狩人ハウンド』のメンバーでもなかった。

 それは、身動きがとれない梅雨理。

 「何が平和的よ。『ヨハの恩恵そんなもの』を使って、他の勢力を殲滅せんめつして平和的? 笑わせないでよ!」

 すると、荒沢はビール瓶をダンボールに置くと、梅雨理のほうに身体を向けた。

 「ほう? ならば貴様はどうする? 大切な物を守るために力の行使を行わずしていかにして守るというのだ?」

 「それは……」

 「答えられるはずもない。そもそも、人間がそれ以外のもので何かを守ることなど不可能なのだからな。人は自分を守るために権力を振るい、他人を守るために暴力を振るう。何かを犠牲にしなければ何かを守れない。こんなくそったれな事こそがこの世の理なのだ。それを否定することは簡単だが、打開策を見出すことは不可能なのだよ」

 「けど、だからって『ヨハの恩恵』で他勢力を殺すなんておかしいでしょ!?」

 「おかしさもまた受け入れなければならないのだ。第一、おかしいと言うのなら『ヨハの楽園』などという隔離世界が存在することも、その中で平然と暮らす人々も、ましてや貴様が否定する『ヨハの恩恵』を造った貴様の両親もまたおかしいのではないか?」

 「っ、パパとママはおかしくなんて……」

 「我々人間は完全ではないのだ。目の前のものを守るためにただ必死なだけなのだよ。そのために誰かを傷つけることを一体誰が責めることができようか? もし、貴様が大切に想う者を俺が殺めたとして、貴様は俺に対して黙っていられるのか? 暴力、あるいは何かしらの方法で報復したいと思うのが人間ではないか?」

 「……」

 梅雨理は自分の唇を噛みしめた。何も言い返せない自分に腹が立った。

 荒沢はそんな様子を見て、再びビール瓶を手に取る。

 「ふん、まあいい。貴様みたいな子供にはまだ難しかったか。しかし、人間に感情と欲望がある限り、争いはなくならない。それだけは覚えておけ」

 「しかし、荒沢さん。責めるとしたらどちらからにします? 理想は二つ同時ですが、さすがに二つを同時に相手取れるほど実力差はありませんし、かといって、片方ずつだと戦力を失ったときにもう片方に攻め込まれればそれまでですよ」

 「二つ同時は無理だろうな。いくら『ヨハの恩恵』を手にしたとしても、その数はせいぜい一〇個。メンバー全体の戦力アップには程遠い。ともすれば、まずは各組織のトップを攻め落とすのが妥当だろう? そして、まずはより厄介な方だ」

 「と言うと、『月下指揮』の女帝ですか? 花柳時雨かりゅうしぐれ。通称、月夜の女武将。彼女の刀さばきは一朝一夕の力ではどうにもなりませんよ」

 「トップはトップ同士でけりをつけるさ。俺に一つ飛び道具タイプの『ヨハの恩恵』を寄こせ。そうすればいかに花柳時雨ヤツと言えども一発で仕留められるだろうさ」

 荒沢のその言葉に『狩人ハウンド』のメンバーは惜しみなく大きな笑い声をあげた。それはそうだろう。今の彼らにとって『ヨハの恩恵』を独占したということは、六億円の宝くじを独占しているようなものなのだから。

 第十八エリアから第二〇エリアを縄張りとしている三つの勢力は均衡を保っている。が、それはつい先日前までの話だ。もし、どこかの勢力、もしくはいずれの勢力が『ヨハの恩恵』などという強力な力を手にしてしまえば、その前提はまるで意味を為さない。

 そう。今の『狩人ハウンド』は前提を覆してしまったのだ。

 それを理解していたからこそ、自分の両親の努力の成果をこんなことに使われる悔しさは計り知れない。

 梅雨理は拳を強く握りしめた。

 もどかしい。

 自分では何もできないことが。一三歳だからなどという歳を言いわけにしたくはなかった。それこそ、世の中には自分より年下でも立派に何かを成し遂げている子供などゴロゴロいるのだから。

 梅雨理は龍一を巻き添えにしてしまったと痛感していた。だからこそ、余計に今度は自分で何とかしたかった。

 したいはずなのに。

 (恐いよ、龍一……)

 いつの間にか、半ば無意識でそんなことを想っていた。

 身体はロープで縛りつけられているとはいえ、震えていた。そして、もう一度、龍一の顔を脳裏に映し出そうとした瞬間。


 ギィイイイイイ……。

 

 格納庫の重い鉄の扉が開く音が梅雨理の耳に飛び込んできた。

 いや、梅雨理だけじゃない。

 格納庫にいる『狩人ハウンド』のメンバー全てが音のした方に視線を移していた。

 薄暗い格納庫の中に太陽の日差しが鋭く差し込んできた。そして、その日差しの中に一人の影が立っていた。

 「りゅ、龍一……!?」

 梅雨理は顔を確認するまでもなくそれが龍一だと分かった。理屈ではない。ただあえて言葉にするならば雰囲気というのだろうか。そういったもので梅雨理は感じ取ったのだ。

 「梅雨理! いるのか!?」

 梅雨理の声を聞いた龍一も大きな声で叫ぶ。それを聞いた梅雨理は嬉しさのあまり泣き出しそうだった。が、ぐっと涙を堪えて状況を冷静に判断した。

 格納庫内にはざっとみるだけでも三〇人ほどの『狩人ハウンド』のメンバーがいる。ただそのほとんどがただのチンピラのような連中だが、だからといって龍一に分があるわけではない。龍一に至ってはただの一般人だ。これだけの数のチンピラを相手に出来るはずもない。その上、今の『狩人ハウンド』は『ヨハの恩恵』を所持している。どう考えても龍一に勝ち目などなかった。

 それは当然、『狩人ハウンド』のメンバーも分かっていた。だからこそ、一瞬ざわつきこそあったものの、慌てる者など誰一人としていなかった。

 そんな中で、一人の男がニヤニヤしながら前へ出た。

 それは、商店街で龍一を襲った男の一人だった。

 「荒沢さん、コイツはもう一度俺がボコってやりますよ。何やら全く懲りてないみたいですしね」

 男はそう言いながらボキボキと指の関節を鳴らす。

 龍一の危険を悟った梅雨理は叫んだ。

 「逃げて、龍一! 今度は本当に殺されちゃうよ!」

 梅雨理の悲痛の叫びが格納庫に響く。しかし、龍一はその場から逃げだそうとはしなかった。どころか、一歩、また一歩と格納庫の奥へと足を踏み出した。

 男は龍一を見て嘲るように言う。

 「おいおい。何、女の前だからってカッコつけてんだ? どう考えてもお前に勝ち目なんてないだろうが。今逃げないと、お前の大切な女の前でちびっちゃうぞ?」

 男の言葉に『狩人ハウンド』のメンバーもげらげらと笑う。

 それでも、龍一の足が止まることはなかった。

 「龍一、駄目だってば!」

 もう一度、梅雨理の叫びが響いたところで、ようやく龍一は口を開いた。

 「梅雨理、迎えに来たよ。ごめんな、ちゃんと守ってやれなくて」

 「龍一っ……!?」

 龍一は梅雨理の声が聞こえる度に自然と表情が柔らかくなっていった。それは龍一自身気が付いていないのかもしれない。

 「全く、情けないったらないぜ。女の子一人守れずにやられっちまってよぉ。目が覚めたら病院で寝込んでて、しかも守りたいはずの女の子はいなくて、その子はまた一人で戦おうとしてんだから」

 龍一の足は止まらない。

 男との距離も数メートルまで近づいていた。

 「ホント、マンガの主人公みたいに特別な力があって、それでヒロインを守れたらどんだけかっこいいんだろうな。けど、俺も本気を出せばそんなかっこいいことが出来るんじゃないかって思ってたんだよ。特別な力はなくても、女の子一人くらいかっこよく守れるって思ってた。だけど、やっぱ現実はそんな甘くねーな。勝てないものは勝てないって。どんな綺麗事並べても、どんな願ってもどうにもならないことはやっぱあるんだよな」

 「龍一……」

 「だから、俺はここに来るまでずっと考えてたんだ。俺はどうしたいんだろうって。どうすることが一番いいんだろうって」

 とうとう、龍一の目の前に男が立ち塞がった。

 明らかに身長差が一〇センチ以上ある中で、男は余裕の笑みで龍一を見下す。

 しかし、龍一は男を見上げることはなかった。それどころか、男を一瞥することもなく再び歩き出したのだ。

 「なっ!?」

 完全に素通りされた男はそこで動揺の表情に変わった。

 「クソガキ! 無視してるんじゃねぇよぉおおおおおお!!」

 男は龍一の背後から大きな拳を振り上げ、勢いよく振り下ろした。

 「危ない! 龍一ぃいい!」

 しかし、龍一は動じる様子もなく、再び口を開いた。

 「考えた結果、一つの答えを見出せたよ。それが――」

 龍一はすっと右腕を格納庫内にある大きなコンテナに向けた。いや、正確には右腕に取り付けられているシューターのワイヤー射出口を向けたのだ。

 そして、ピッとボタンを押すと、先端に小さな刃がついたワイヤーは勢いよく射出された。

 ガッ! と刃がコンテナに突き刺さったのを確認すると、今度はもう一度ボタンを押す。次の瞬間には、龍一の姿は男の前から消えていた。

 ワイヤーが勢いよく巻かれていく力を利用して龍一はあっという間にコンテナの上まで移動していたのだ。

 男の拳は勢い余ってそのまま地面と激突した。

 「ぐぁああああああああ!?」

 男は何が起こったのか理解することさえ出来ずに、激痛にその場に倒れた。

 「龍一、それって……」

 驚いたのは梅雨理だけではなかった。

 それまで余裕の表情だった『狩人ハウンド』のメンバーが明らかに騒然とした。それはリーダーである荒沢も例外ではない。

 「貴様、それはまさか『ヨハの恩恵』かっ!?」

 だが、コンテナの上に立つ龍一は荒沢の問いに答えることはなかった。

 龍一はロープで縛られている梅雨理を見て、一瞬唇を噛んで再び口を開いた。

 「俺の答え。それは、どんな手を使ってでも梅雨理を助け出すってことだ。別に『狩人おまえら』を倒すとか、そんなことはどうでもいいよ。というか、多分俺には無理だ。マンガみたいに都合よく俺に新しい力が芽生えるとかしないとシューターだけじゃこれだけの人数を倒すのは無理だって、小学生でも分かるって話さ」

 そこで一度区切ると、今度は大きく深呼吸して、再び、

 「けどな。どんなにやられても、梅雨理を助け出すことは諦めない! そこだけは妥協しないって決めたから! 梅雨理!」

 「っ!」

 龍一に名前を呼ばれて、梅雨理ははっと龍一を見た。

 そこには自分の知っている龍一が立っている。どことなく安心する。けれど、ここから逃げてほしいとも思う。そんな葛藤と戦っていると、龍一は声を張り上げて続けた。

 「助けてもらってばかりでこんなワガママ許されるか分からないけど、俺は梅雨理と一緒にいたい! 何となくだけど、梅雨理と一緒なら楽しい毎日になると思う! だから俺は俺のために梅雨理を助ける! だから、逃げろって言われても逃げない!」

 「……龍一ってあまり頭良くないんじゃない……?」

 今にも消えそうな声だった。

 振るえている声だ。

 けれど、それはさっきまでとは違う。恐怖による震えじゃない。

 格納庫の床にポタポタと雫が落ちて行く。

 梅雨理はもう涙を我慢していなかった。止まることなく溢れてくる涙を感じながら、満面の笑みを見せながら言う。

 「私も、そんな龍一と一緒にいたいよぉ!」

 梅雨理の言葉を聞いて、龍一もまた笑顔を浮かべ、言う。

 

 「じゃあ、一緒に帰ろう!」



こんばんは、いづるときです!

一週間おきの更新でなかなか話が進まなくてごめんなさい!!

ただ、そこはゆっくりと温かい目で見守っていただけたら幸いです。

次の更新は2月22日を予定しております!


みなさん、バレンタインはいかがでしたかー?笑

ではでは、また次話!

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