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ヨハの楽園  作者: いづるとき
狩人追討篇
4/44

温かい場所

「ここが龍一のアパート……」

 爆発に巻き込まれて、一緒に住むことになった龍一と梅雨理。そして、デパートのある第三エリアの居住区にあるアパートの前に二人は立っていた。

 第三エリアは主にデパートや大企業などの商業中心のエリアだが、その周りにはわずかだが居住区もある。

 「狭いけど、ほとんど新築だからそんなに汚いことはないと思うんだけど……」

 「ううん、すっごい良いアパート! 本当に私も住んでいいの?」

 梅雨理の表情は明るかった。

 その表情を見れるだけで、龍一はどこか嬉しく思えた。

 「いいって。その代わり、家事ちゃんと手伝ってくれよ?」

 「了解であります!」

 梅雨理は子供らしい笑顔を浮かべてビシィっと敬礼のポーズを取った。

 会ったときは大人びていた梅雨理も、本当はこんなにも子供らしいことが出来るのだと、龍一は安心した。

 きっと、あんな物置で過ごしていたから精神的にもゆとりがなかったのだと勝手に推測する。

 アパートは二階建てで、龍一の部屋は二階の角部屋だ。

 元々、荷物をほとんど持っていなかった梅雨理を自分の部屋の前まで案内する龍一。

 そして、部屋のカギを開けると、

 「さ、今日からここが君の家だ」

 「うん。……あのさ、龍一」

 「うん?」

 梅雨理はどこか龍一と目を合わせないように泳がせていた。そして、頬を少し朱色に染めながら口を開いた。

 「部屋に入る前に、してほしいことがあるんだけど……」

 「何?」

 「梅雨理って、呼んで? パパとママはそう呼んでくれてたから……」

 パパとママ。

 梅雨理の口から出たその言葉に、龍一は胸が痛んだ。

 そう。

 目の前にいる少女には両親がいない。まだ一三歳なのにデパートの物置で一人、暮らしてたのだ。

 自分より遥かに大きな存在に思えた。だからこそ、本当に自分が支えになるのか不安にも思った。

 「龍一……?」

 いつの間にか、梅雨理が下から顔を覗き込んできた。

 その顔を見て、ふと我に返る。

 不安を感じている場合じゃない。彼女を支えられるのは今は自分しかいないのだから。

 「ああ。分かったよ、梅雨理」

 龍一は何とか笑顔を作って、梅雨理の頭にポンと手を乗せた。

 梅雨理は嬉しそうに目を細めた。

 「それじゃ、入ろうか」

 「うん!」

 ガチャリ、とアパートのドアが開く。

 「うわぁ!」

 梅雨理は輝いた笑顔で玄関に入った。

 「狭いけど自由に使ってよ」

 「全然狭くないよ! ね、ね? 中に入っていい?」

 「もちろん!」

 梅雨理は靴を脱ぐと、リュックサックを背負ったままアパートの奥へと駆けだした。

 龍一のアパートは一〇畳ほどのワンルームと、トイレ、浴室、キッチンといった一般的なものだった。

 ワンルームの中心には座敷タイプのテーブルが置かれていて、部屋の端っ子にベッド、本棚が設置されている。そのほかにもテレビ、冷蔵庫、洗濯機などの必要な家電も全て揃っていた。

 物置で生活していた梅雨理にとっては夢のような空間だった。

 「すっごい! いい部屋だね!」

 梅雨理は部屋でクルクル回って見せる。

 「喜んでもらえて良かったよ。けれど、梅雨理は荷物も全然ないし、服とかも買わないとだな。あと歯ブラシとか生活必需品も。今まで風呂とかはどうしてたんだ?」

 「昼間はデパートも人が多いから、比較的物置から出やすかったから、その時に銭湯に行ってたよ。お金は少しだけどパパとママが残してくれたから。けど、ここ二日は入ってないんだよね……」

 梅雨理はちょっと恥ずかしそうに言う。

 「なら、とりあえずお風呂入る? その間に服洗って乾燥機にかけておくから」

 「いいの?」

 「当たり前だろ。ここは梅雨理の家でもあるんだから。その後、買い物に行こう」

 「うん!」

 梅雨理は跳ねるように浴室へと向かった。

 「洗濯物は浴室にある洗濯機に入れておいてね」

 「はーい」

 それから少ししてシャワーの音が聞こえてきたので、龍一は洗濯機を回した。

 そして、乾燥機もセットしてからベッドに寝転ぶ。

 白い天井をぼうっと見つめながら龍一は考える。

 (少し、勢いってのもあるけど、何とか梅雨理を支えてやらないと。こんな俺の命を助けてくれたんだし……)

 同時に、自分が情けなくも思えてきた。

 一度受験に失敗して、勝手に諦めて、周りに素直になれずに生きてきた自分が情けないと。

 梅雨理も素直でなかったが、その理由はとても重かった。それに比べて自分の理由なんてどんなに幼稚だったか。

 (……変わろう、いや、変わらなきゃ!)

 龍一は拳を強く握りしめた。

 同時に、梅雨理の両親のことも気になって仕方なかった。梅雨理は殺されたと言っていた。そして、梅雨理が両親から渡されたというリュックサックの中にいくつか入っていた『ヨハの恩恵』。

 そのおかげで龍一も命拾いしたのだが、どう見ても梅雨理のような女の子が持っていていいものではない。もちろん、龍一も。

 確かに、ヨハを応用した強力武器の開発、なんて噂も以前からあったことにはあった。ひどいものは、『ヨハの楽園』そのものが、日本の武装生産施設なんてものもある。

 もし、このリュックサックにあるものが、そんなものだとしたら梅雨理を本当に守っていけるのか、そんな不安もあった。

 そんなことを考えているうちに、時間はあっという間に過ぎていた。

 気が付けば三〇分ほど過ぎている。

 龍一がベッドから上体を起こすのと同時に浴室から乾いた洗濯物を着た梅雨理が出てきた。

 ヨハを使っている洗濯機はとてつもなく優秀で、乾燥させるまでわずか二五分という脅威のスペックなのだ。

 「さっぱりしたか?」

 龍一が問いかけると、梅雨理は濡れた頭にタオルを乗せながら大きく頷いた。

 「梅雨理、こっちおいで」

 龍一が手招きすると、梅雨理はテクテクと龍一のところに行って、ちょこんとベッドに座った。

 龍一は後から梅雨理の頭をタオルで拭き始めた。そして、聞くべきか迷ったが、決心を決めて口を開いた。

 「なあ、梅雨理。お前の両親のことだけど……」

 「……うん。そうだよね。ちゃんと龍一には話しておかないと」

 梅雨理は出来るだけ明るく努めようとしていたが、声は震えていた。龍一はそれが分かったから胸が痛んだが、聞いておく必要があるとも同時に改めて思った。

 「パパとママはね、日本政府機関に所属していた研究者だったの。もちろん、ヨハの研究専門のね」

 「そうだったのか……」

 「うん。それで、パパとママが主に研究していたのはヨハを応用して造られた武器」

 梅雨理はそう言いながら、床にあったリュックサックに視線を移した。

 その中には両親の研究成果である『ヨハの恩恵』がいくつも入っている。

 「日本政府は、半永久的にエネルギーが得られるヨハのみで機能する武器ができれば、これ以上の力はないと考えているみたいなの」

 「えっ、けどもしそんなものが各国に渡ったら……」

 「そう。間違いなく地球は滅ぶ。だからこそ政府はヨハに関しての情報を国家最高機密事項としたの。もし日本以外の国でもヨハを使った武器が造られたら、次の戦争では間違いなく人類は滅んでしまうから」

 「……」

 「けれど、パパとママの研究は不幸にも実ってしまった。それがあの『ヨハの恩恵』なの。もちろん、全部が全部殺戮のためだけに造られたものじゃない。さっきみたいな救出用の道具もあるんだけど、それでも武器もあることも事実。パパとママは研究が実ってしまったことに少し後悔もあったみたいだけど、それでも私たちは幸せだった。普通の家族だった」

 「梅雨理……」

 龍一はなんて言葉をかければいいか分からない。

 龍一が言葉を探している間に梅雨理は続けて口を開いた。

 「けど、どこの世界でも噂はあっという間に広がってしまうもの。『ヨハの恩恵』の存在も例外じゃなかったの。楽園内のインターネットでその存在が噂されて、まず最初に跳びついてきたのが『狩人ハウンド』と呼ばれる武装集団だったの」

 「『狩人ハウンド』!? あの、第一八エリアを縄張りとしているっていう?」

 「うん。彼らみたいな武装集団が『ヨハの恩恵』なんて夢のような武器を欲しないわけがなかった。そして、恐らく目的は他勢力の殲滅せんめつと、縄張り拡大」

 「聞いたことがある。居住区域と設定されている第一八エリアから第二〇エリアにはそれぞれ武装集団が縄張りにしているって」

 「そう。第一八エリアには『狩人ハウンド』が、第一九エリアには『獅子団ししだん』、第二〇エリアには『月下指揮げっかしき』と呼ばれている武装集団が縄張りとしてはびこっているの。そんな彼らのうちどれか一つが『ヨハの恩恵』を独占できたらどうなると思う?」

 「圧倒的戦力を手に入れた集団の天下、ってとこだろうな」

 「正解。そして、一番最初に行動に出たのが『狩人ハウンド』だったって話。彼らは三カ月前に私たちの家に押し入って来たの。そして、パパとママが『ヨハの恩恵』についての情報を話さないとみるやすぐに殺したわ。私は、パパとママが完成した『ヨハの恩恵』を持たせてくれて何とか逃がしてくれたんだけど……」

 「親戚もとくにいない、この隔絶された島に行くあてがなく、辿り着いたのがあの物置だった……」

 龍一の言葉に、梅雨理は小さく頷いた。

 「あと、今日の爆発も恐らくは『狩人ハウンド』が私を狙ったものだと思う」

 「なっ!?」

 「龍一、ごめんね。巻き込んじゃって……」

 梅雨理の表情は見えないけど、その小さな肩は小刻みに震えていた。そして、龍一はいつの間にか後ろから梅雨理を抱きしめていた。

 「ちょっ!? りゅ、龍一!?」

 「……俺じゃ頼りないかもしれないけど、全力で梅雨理を守るから。俺に変わるきっかけをくれた梅雨理は絶対に守るから」

 「龍一……」

 梅雨理の震えは止んでいた。そして、梅雨理は自分の小さな手をそっと龍一の手に重ねる。

 少しの間そうしていると、龍一は静かに梅雨理から離れた。

 「あまり遅くならないうちに買い物に行こうか」

 龍一の言葉に、梅雨理はピョンとベッドから飛びあがってクルリと龍一に振り返って、

 「うん!」

 






 第三エリアのサンスイデパート下。

 辺りはすっかり日が落ちて暗くなっていた。

 いつもはこの巨大なデパートの電気で付近を明るく照らしているのだが、昼間の火事で焼け焦げたデパートは不気味に佇んでいる。

 そんな中、二人の大きな影があった。

 「石松、どうだった?」

 身長一九〇センチほどの巨大な男の声が響いた。そして、彼に向いあうように立っていたもう一人の男は少し詰まったように答えた。

 「それが、ボス。メンバーに徹底的に調べさせたところ、この爆発での死者はいないそうで」

 「……逃げられた、ということか?」

 「しかし、唯一の退路である出入り口をメンバーに見張らせていたのですが、そこにターゲットが現れた様子もなく……」

 石松の答えに、巨漢は声を荒げた。

 「なら、奴と『ヨハの恩恵』はどこに消えたんだ!」

 それに肩を震わせた石松は、しかし平静を装って続けた。

 「ですが、一つ気になる情報を入手することに成功しました」

 「言ってみろ」

 「はい。当時、デパート内でアルバイトとして働いていた少年がいたそうなんですが、彼も出入り口から避難した形跡がないそうなんです」

 「……つまり、ソイツがターゲットと一緒にいた可能性が高い、と?」

 「そこまでは断言できませんが、今のところそれが一番あり得るかと。なんせ、ターゲットは一三歳の少女です。いくら『ヨハの恩恵』があったとしてもあの状況で自力で簡単に逃げられるとは考えにくいのでは?」

 「確かにそうだ。しかし時間はかけられないぞ。今回のことで、『ヨハの恩恵』の存在は確固たるものになったと言ってしまったようなものだ。もしこれを嗅ぎつけた他の勢力に先を越されては元も子もない」

 「心得ています。今、第三エリアを中心にメンバー総出で探しております。アルバイトの少年の写真も全員に配ってありますので、見つかるのもそうかからないかと」

 「くくっ! 『ヨハの恩恵』さえ手に入れば、俺たちは楽園最強となることができる! 『獅子団』や『月下指揮』など一晩で壊滅させてくれる!」

 







 龍一と梅雨理は第三エリアにある商店街に来ていた。商店街と言っても、いわゆる日本にあるようなものではなく、その実はむしろショッピングモールと言った方が近いかもしれない。

 夜の八時近いというのに、大勢の人で賑わっており、あちこちにヨハを組み込まれた人型警備ロボットも徘徊していた。

 「まず服を買わないとな。今晩寝る時の寝巻だっているだろうし」

 「寝巻着て寝られるなんて久しぶり!」

 隣で歩く梅雨理の足取りはとても軽かった。無邪気な子供のように跳ね、その度に二つに縛ってある長い髪がピョンピョンと動いた。

 「梅雨理、あんまりはしゃぐと転ぶぞ?」

 「転びませんー! もうそんな子供じゃないんだから!」

 と、言った瞬間に梅雨理は足を絡ませてバランスを崩した。

 「きゃっ!」

 「っと!」 

 しかし、梅雨理が転ぶことはなかった。反射的に龍一が片腕で梅雨理を支えたからだ。

 「あ、ありがとう……」

 ちょっと恥ずかしそうに伏し目になっている梅雨理に、龍一はからかうように、

 「誰がそんな子供じゃないって?」

 「もぉ! 龍一のバカ!」

 頬を膨らませた梅雨理はそそくさと龍一の腕から飛び出し、先に歩き出した。

 龍一はそんな光景を微笑ましく見ながら、追いつくように速足で梅雨理の後に続く。すると、突然梅雨理が足を止めた。彼女の目線の先には派手やかな色合いのアクセサリーショップがある。

 「どうした、梅雨理? 何か欲しいアクセサリーでもあるのか?」

 「……」

 梅雨理は、無言で自分の長い髪を結っている黄色いリボンに指を絡めた。髪と同様に長いリボンだが、その色は少しくすんでいた。

 (やっぱり女の子だな)

 梅雨理の欲しいものを理解した龍一は、一言、「ちょっと待ってろ」とだけ言うと、アクセサリーショップの中に入って行った。

 そして、数分も経たないうちに片手に紙袋を持って店から出てきた。そして、それを梅雨理に手渡すと、彼女は下から龍一の顔を覗きこんだ。

 「開けてみな」

 龍一に言われて紙袋を開けると、中にあったのは可愛らしいピンクのリボンだった。

 「龍一、これ……!」

 「俺と梅雨理が出会った記念だ」

 龍一が笑いかけると、梅雨理の表情もぱあっと明るくなった。

 「龍一、ありがとう!」

 無邪気な笑顔で紙袋を抱きしめる梅雨理。それを見ているだけで龍一はどこか満たされた気分になった。

挿絵(By みてみん)

 「ちょっとこのリボン付けてくるね!」

 梅雨理はそう言うと、小さな歩幅で商店街のトイレに向って行った。

 その間、龍一はトイレの近くにある椅子に座って待つことにした。

 (俺にも、梅雨理を笑顔にすることが出来るんだよな……?)

 椅子に座って、目の前を通り過ぎる親子が視界に入ってきて、ふとそんなことを思う。

 次の瞬間、龍一は自分の周りに三人の男が立っていることに気が付いた。

 同時に、男の一人の声が聞こえる。

 「あの女はどうした?」

 低く、威圧感のある声だった。

 龍一は恐る恐る顔を上げると、案の定、屈強な肉体に、鋭い目つきの男が三人いた。全身が黒服に包まれていて、一人はサングラスまで着けている。服の下に刺青があったところで何の不思議もない見た目だった。

 「ど、どちら様で?」

 龍一は返答するべきかどうか迷ったが、無視すれば間違いなく面倒事になるだろうと直感で感じていた。

 「こちらが質問している。あの女はどうした?」

 男たちは微動だにせず、ただ獲物を狙う猛獣のごとく龍一を睨みつけている。龍一も蛇に睨まれたネズミのように動けずにいたが、何とか口だけは動かす。

 「何のことを言ってるのか分かりませんが……」

 すると、男の一人が黒服のポケットから一枚の写真を龍一の目の前に差し出した。

 龍一は自分でも眉がピクリと動いたことに気が付いた。

 そこに写っていたのはさっきまで一緒にいた梅雨理だったからだ。

 いや、最初に声をかけられたときから何となく分かってはいた。この男たちが梅雨理を探しているということは。そして今それが確信に変わった。今、自分の目の前にいる男たちが『狩人ハウンド』だと。

 龍一は全身から汗が噴き出すのを感じた。

 そして、男たちもその変化を見逃すことは無かった。

 声をかけてきた男が龍一の胸倉を掴んで、軽々と持ち上げた。

 「知ってるんだな。居場所を吐け。お前と一緒にいることは分かっているんだ。お前もいい歳だ。自分と相手の実力差くらい分かるだろう? 悪いことは言わない。お前が一般人であることも分かっているんだ。あの女の居場所を素直に教えれば危害は加えない」

 「も、もう……十分危害を加えられてる気がしますが……? それに、あんたらみたいないかつい連中が、あんな小さな女の子を追ってるなんて、犯罪の匂いがするんだけど? それが分かっていて見捨てられるほど、落ちぶれた人間になったつもりはないんでね」

 「……」

 男は自分の手の中で不敵に笑う龍一を一瞥し、次の瞬間拳を振り上げた。

 「どうやら、一般人故に『狩人ハウンド』を甘く見ているようだな」

 「何を言って――」

 龍一の言葉は遮られた。

 代わりに、龍一の脳が大きく揺さぶられ、次の瞬間には地面に転がっていた。

 男の大きな拳が龍一の頭部に直撃したのだ。

 「ぐ、ぁあああああああああ!」

 あまりの衝撃の大きさに、龍一は地面でのたまった。

 しかし、そんなことはお構いなく、男は再び龍一を持ち上げて、今度は頬に拳を抉りこませた。

 龍一は自分の口の中が鉄の味でいっぱいになるのを感じた。

 「これでもまだ居場所を吐かないと言うのであれば、命の保証はせんぞ? 貴様が死ねばあの女が出てくるかもしれないしな」

 「がぁあ……」

 龍一は男の言葉に耳を傾ける余裕などなかった。

 が、しかし、男の拳が再び龍一を抉ることはなかった。

 『違反行動発見、違反行動発見。暴力による負傷者一名。至急、救急車を手配します』

 商店街を徘徊していた人型の警備ロボットが数台、こちらに向かってきている。それだけではない。その様子を見ていた他の客も何やら携帯電話で警察に連絡しているらしい。

 男は小さく舌打ちすると、

 「引き上げるぞ」

 と短く言ってその場を去った。

 龍一は次第に薄れていく意識の中で、周りが騒然とするのが聞こえた。そして、自分の顔に手を当ててみると、手はあっという間に真っ赤に染まった。

 (……ああ、だっせー) 

 笑おうと思ったが、口が思うように動かない。

 「龍一!」

 しかし、聞きなれた少女の声ははっきりと分かった。そして、彼女はピンクの可愛らしいリボンを揺らしながら龍一の元に駆け寄って来た。

 「龍一!? どうしたの!? こんな……ひどい……」

 梅雨理の声は震えていた。

 視界が霞んでいたが、彼女の目に涙が浮かんでいるのはなんとなく分かった。

 龍一はゆっくりと自分の手を動かし、頬を流れる梅雨理の涙を拭ってやろうとしたが、手が届く前に力が全身から抜けてしまった。

 「龍一、もしかして『狩人ハウンド』が……?」

 しかし、龍一はそれを肯定するでもなく、否定するでもなくただ一言、

 「ごめんな」

 と今にも消えそうな声で言うだけだった。

 すると、遠くで救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

 龍一は安心しきったのか、梅雨理の顔を見ながら意識がなくなるのを感じた。

 最後に、梅雨理が自分の名前を叫んでいるのだけを耳に残して。








 龍一が襲われてから、数分で救急車が来た。

 見かけほど容態は悪くなかったらしく、軽い脳震盪だったのだそうだ。

 救急隊員によって止血されたが、大事をとって数日の間入院することになった。

 梅雨理も付き添いで一緒に救急車に乗ったが、ただただ泣き喚くことしかできなかった。

 「龍一……」

 そして今は、意識が戻らない龍一の病室にいる。

 外はもう真っ暗だった。窓に映った梅雨理の顔はひどく疲れていた。目は真っ赤に充血していた。

 しかし、そんなことを気にも留めず、自分の目の前に横たわる龍一の手を握った。

 「龍一、ごめんね……。私のせいでこんなことになっちゃって……」

 梅雨理は龍一が手術している間に一つのことを決心していた。

 「龍一は、私と一緒にいてくれるって言ったけど、やっぱりダメみたい」

 梅雨理は意識のない龍一に向けて、一生懸命笑顔を作ろうとした。とてもぎこちない笑顔を。

 「私、龍一が一緒にいてくれるって言ってくれて本当にうれしかったよ? 幸せだった。こんな小汚い私を受け入れてくれたんだもの。龍一は本当にいい人だよ」

 目がしらが熱くなるのを感じる。

 「素適な部屋で龍一と毎日一緒にいられるって思うだけでとてもわくわくしたんだよ。私、料理はちょっと自信があってね? だから龍一に食べてもらおうって思ってたの」

 次第に呂律ろれつが回らなくなってくる。

 「けど、私が一緒にいたら、龍一までこんなひどい目にあっちゃうんだよ……。私は龍一と一緒にいたいけど、それで龍一がひどい目にあうなら、そんなのは望まないよ……」

 龍一にはこの言葉は聞こえていない。起きたら何もなかったことにも出来る。けれど、梅雨理は自分の決心を口にするのが怖かった。

 しかし、口を止めることもない。

 「私は、龍一が平和に毎日を過ごしてほしいの。だから……」

 また、頬に涙が流れた。

 声が震える。

 梅雨理は龍一の手をギュッと握った後に、ゆっくりと手を離した。

 「私、龍一のところから出て行くね。短い間だったけど、幸せな時間をくれてありがとう」

 梅雨理は決心を言い切ると、涙を流したまま病室から飛び出した。

 そこで丁度、龍一の担当医師が入ってくるところだったらしく、梅雨理はぶつかったが気に留めることもなくそのまま暗い廊下に姿を消して行った。




こんばんは!いづるときです!

前回の更新から少し間が空いてしまいましたが、私こといづるときはこの二週間は大学受験のオンパレードだったのでございます(笑)そして、今日も大学受験があるので、これを更新したら寝る予定です!

ただ、勉強の息抜きという名目で小説をちょくちょく書いていたら、なんと二七話分まで書きあげてしまいました(笑)まあ、週一ペースだと掲載までまだまだ先なんですが、挿絵との織り合いもあるので、そこらへんはご了承ください。

稚拙な文章ではありますが、楽しんでいただけるようにしていくつもりですので、温かい目で見守ってやってください!

ではでは、今日はこの辺で。


次回の更新は二月一五日を予定しております!

『バレンタイン』の次の日かぁああああ!(笑)

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