7話 旅
「お世話になりました」
「あいよ! 気をつけてお行き!」
翌朝、女将に見送られて雷華とルークは宿を後にした。村の人通りは昨日来たときより多いようだ。雷華と同じような外套を纏った人もちらほら見かける。ただ、風が吹くと地面の砂が辺りに舞うので、あまり視界は良くなかった。
「そういえばさ、昨日女将さんに治ってよかったねって言われたんだけど、どういう意味なのかわかる?」
歩きながら小声でルークに尋ねる。
「それなら昨日渡した紙を見ればわかる」
「泊まる時に女将さんに見せたやつ?」
「ああ」
それなら確かバッグにしまったはずだと、雷華は中を漁る。そして見つけ出すとそれを取り出した。ちょっとシワがよってしまっている。昨日見たときにはさっぱり読めなかった文字が今ははっきりと読むことが出来た。
(これも血の力ってことか……ほんと不思議だわ)
「ええっとなになに、『私は今、喉を痛めていて声をだすことができません。一部屋お願いします。代金は二分の一銀貨でいいですか?』なるほど、だから治ってよかったなんて言われたのね。それにしても、こんな紙を事前に用意してるなんて、準備よすぎない?」
雷華は書かれてある文章をぶつぶつと読むと、ルークの準備のよさに舌をまいた。
「いや、それも友人が用意した。万が一だと言ってな」
「へえ、その人ってもの凄く先が読める人なのね。会ったらお礼を言わないと。その人も騎士なの?」
「いや、奴は……グレアスは聖師だ」
何故かルークは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「グレアスさんって言うのね。なんでそんなに嫌そうな顔してるの? 友達なんでしょ?」
「奴は、何というか性格に問題があるのだ。人の弱みにつけ込むことにかけては世界一かもしれん」
「そ、そうなんだ。ところで聖師って何?」
あまり深く聞かない方がいいと判断した雷華は、話題を変えることにした。てくてく歩き続けて宿からかなり遠のいたところまで来ている。昨日雷華が立っていた砂漠とは反対に向かっているため、村を出た先がどうなっているのかは不明だ。
「聖師は聖堂で日々歴史の研究に勤しんでいる人間のことだ。後は、貧しい子供に勉強を教えたりもしているな」
「なるほど」
(教会の神父みたいなものかしらね。そんなところで働いてるグレアスさんって人は、いい人のような気がするんだけど……ま、会ってみればわかるでしょ)
先入観を持つのはよくないと、雷華はグレアスの人物像を想像しないことにした。
「これから何処行くの?」
村の入口が見えてきたので、目的地を聞いてみる。
「ここから乗合馬車で隣村に行き、さらに乗り継いでソルドラムという町まで行く。そこで情報を集めるつもりだ」
「馬車があるのか。よかったあ、移動手段が徒歩しかないとか言われたらどうしようと思ってたのよね」
いくら体力があるとはいえ、自動車や電車で移動するのが当たり前の世界からやって来た人間には、ひたすら徒歩というのはさすがにきつい。馬車があると知って雷華はほっとした。
「当然だろう。ライカの世界では馬車がないのか?」
ルークが不思議そうに聞いてくる。この世界では馬車での移動が当たり前なのだろう。
「う~ん、他の国では使ってたりもするけど私の国ではもうないかな。馬車よりも早い乗り物がたくさん出来たからね」
彼が自分の世界に来たらきっと驚くに違いない。そう思うと雷華は少し可笑しくなった。
「そうなのか。馬より早いとなると翼竜か?」
「何、ヨクリュウって?」
「翼竜もいないのか。ライカの住んでいた世界はこことは全然違うのだな。翼竜はその名の通り翼の生えた竜だ。主と認めた人間しか背に乗せようとはしない、かなり気難しい生き物だ」
「り、竜ね……」
(次は妖精でも出てくるのかしら)
ここは本当に違う世界なのだと、改めて実感した雷華だった。
アゾルの村の入口で乗合馬車に乗った雷華たちは、陽が落ちる前に隣村に着くことが出来た。その村もあまり大きくはなく、周囲に畑が広がるほのぼのとした田舎という感じだった。砂漠から大分離れたせいか、暑さも少し弱まり、緑が多く茂っている。
村で一泊した後、今度はソルドラムという町に向かう馬車に乗ったのだが、馬車に乗る時ちょっとした事件が起きた。定員いっぱいだから犬を膝の上に乗せてくれと言われたのだ。もちろんルークは嫌がったが、乗らなければ明日まで馬車はないと言われたので、雷華は他の人には聞こえないよう彼の耳元で「犬ごはんにするわよ」と囁いて笑顔で脅し、無理矢理膝の上に乗せた。膝の上と言っても間にスポーツバッグがあるので、正確にはバッグの上なのだが、それでもルークは馬車に乗っている間中ずっと気まずそうにしていた。
同乗していた人から、スポーツバッグと木刀についてさんざん珍しがられ、必死に言い訳を繰り返した雷華は、うんざりしながらソルドラムの町で袋を買おうと決意したのだった。