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黒犬と旅する異世界  作者: 緋龍
黒犬と探偵の真似事をするに至った理由
68/86

68話 聴1

 案内された食堂はかなり広く、三十人は座れそうな大きな机が中央に置かれていた。十人ほどが会話しながら食事していたが、雷華たちが部屋に入ると一斉に口を閉ざした。誰もが入り口に立つ執事と、その後ろにいる銀髪の女性を凝視している。


「マーサ、少しよろしいですか」


「はい」


 マーサは、六十歳は過ぎているであろう白髪の恰幅のいい女性だった。背筋を真っ直ぐ伸ばし、全く年齢を感じさせない足取りでこちらに近づいてくる。


「マーサ、こちらはライカ様です。ブレンドル様がカリーナとニーグの捜索を、この方にご依頼されました。ライカ様の質問には何でも答えるように。いいですね?」


「まあ、そうなんでございますか。二人を捜すために侯爵様が。ええ、ええ、もちろんお話致しますとも。何でもお聞き下さいまし」


 表情をころころと変えて話すマーサは、愛嬌のあるお婆ちゃんといった感じだ。


「ありがとうございます。ヴェインさん、彼女と二人だけで話がしたいのですが、どこか部屋をお借りすることは出来ますか?」


 過去を見るのを他人に見られたくはない。取り調べのようで気が引けるが、ただ話を聞くだけなので相手に不快感を与えることにはならないだろう。


「そうですね、空いている使用人部屋でも構いませんか?」


「ええ、問題ありません」


 目的の部屋に着くまで誰も何も話さなかった。マーサは、何度か口を開こうとしてはやめていた。ヴェインをちらちら窺っていたので、おそらく私語は慎むよう言われているのだと雷華は推察した。


「こちらの部屋をお使い下さい。私はここでお待ちしておりますので」


 質素な扉の前でヴェインは歩みを止める。同じ扉が等間隔で続いていたので、この辺りは全て使用人の部屋なのだろう。


「ありがとうございます。じゅっぷ、あ、いえ、そう掛からずに終わりますから」


 慌てて言い直す。幸いにしてヴェインは何も突っ込んではこなかった。これがリオンだった場合、またうんざりするほど質問してくるんだろうと思うと何だか背筋が寒くなる雷華だった。

 部屋の中に入ると椅子が一脚しかなかったので、マーサをそこに座らせて、扉を背にして彼女と向かい合う形で立った。


「改めまして、雷華といいます。行方不明のカリーナさんについていくつか質問させていただきます」


「ええ、ええ、何でも聞いて下さいな。それにしてもライカさんは本当に綺麗ね。瞬きするのも忘れて見惚れちゃったわ。でも、これは私に限ったことじゃないのよ。食堂にいた全員がそう思ったはずだから」


「は、はあ、ありがとうございます。それで質問なんですけど、カリーナさんってどんな方ですか? 性格ではなく容姿についてお答え下さい。ヴェインさんに似ていますか?」


 マーサの発言を軽く流して質問を開始する。ほっておいたら永遠に喋り続けそうだ。


「容姿? そうねえ、ヴェインさんに似ているといえば似ているかしら。カリーナの方がもっと表情豊かだけれども。髪と眼はヴェインさんと同じ灰色に赤茶色よ。とても可愛らしいのだけれども、彼女はもっと明るい髪がよかったと、よく言っていたわ」


 ヴェインと似ているのは分かったが、それだけでは不十分だ。いくら過去が見えるといってもカリーナを特定出来なければ意味がないのだから。写真があればいいのだが、それをこの世界で言っても仕方あるまい。雷華はもう少し情報を得るために質問を続けた。


「いなくなった時は、貴方と同じ侍女の服装でしたか? 何かすぐに彼女だとわかる特徴はありませんか?」


「服はもちろん侍女服だけれども、そうねえ……あ、そうだわ。花の形をした髪飾りをしていたわ。確かお休みの日に買い物に出かけて一目惚れしたとか。黄色と橙の綺麗な髪飾りよ」


 ヴェインに似た花の髪飾りをした娘。ここまで分かれば大丈夫だろう。


「わかりました。では次に、眼を閉じてカリーナさんと最後に話したときのことを話してください」


「眼を閉じるの?」


「はい。その方がより正確に思い出せますので」


「そうね、そうかもしれないわ」


 マーサは雷華の適当な説明を疑いもせず、素直に眼を閉じた。それを確認すると、雷華は懐から眼鏡を取り出してかける。すぐにマーサの背後に半透明の光景が見えてきた。


「では、お願いします」


「昨日は、ニーグがいなくなったことで朝から皆ばたばたしていたわ。屋敷から出ていないはずなのにどこにも見当たらなくて。まるで煙のように消えてしまったから、気味悪がる使用人もいたくらいなの。夕方近くまで仕事しながら捜したのだけれども、やっぱり見つからなかった。それで、どうにかして逃げたんだろうっていう話になったの。ここで働き出してからまだ短かったし、何か不満があったんだろうって」


 眼鏡ごしにマーサが屋敷を歩き回っている姿が見える。彼女とすれ違う人も皆緊張した面持ちだ。ニーグが見つからないことが不安なのだろう。しばらく眺めていると、マーサの言っていた特徴に合う人物が映った。


「カリーナがいないことに気付いたのは夕食のとき。いつも遅れずに来る彼女が姿を現さなかった。私は四半刻前に彼女と裏庭ですれ違っていたからすぐに見に行ったわ。だけど、どこにもいなかった」


 マーサの話は続いているが、雷華は彼女の話ではなく、彼女の過去に映っているカリーナと思しき人物に集中した。

 裏庭をどんどん奥の方に進んでいる。辿り着いた先は小さな建物だった。小さなとは、この屋敷と比べて言ったのもで、庶民の感覚でいえば充分大きい。カリーナは中に入っていく。建物の中は光がほとんど差し込んでいないせいで真っ暗に近かった。彼女は手にしていたカンテラのようなものに火を入れ、奥へと進んでいった。どうやら物置らしい。暗くてよく見えないが、所狭しと何かが置かれている。彼女がその間をすり抜けて建物の一番奥に着いた、そのとき――――突然彼女の姿が消えた。何の前触れもなく、忽然と。


「っ!?」


 カリーナが消えて真っ暗になったことに思わず声を上げそうになったが、手を口に当てて堪える。今のは一体どういうことなのか。まさか、と脳裏に浮かんでくる最悪の結果を、頭を振って遠くへ追いやる。結論を出すのは早すぎる。

 雷華は眼鏡を外して懐にしまい、深呼吸をしてからマーサに終わりを告げた。

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