64話 職
聖堂に入れば昨日とほとんど変わらない景色が眼に飛び込んでくる。あえて違う点を上げるとすれば、忙しなく動き回っている彼らの目の下に隈が出来ていることだろうか。目つきが怪しくなっている人もちらほら見られる。この調子では試験日当日にはこの世からいなくなっているのではないかと、他人事ながら雷華は少し心配になった。
こんこんこん
長い廊下を歩いた先にある、 国の紋章が描かれたリオンの部屋の扉を叩く。
「はい」
「すいません、雷華です。今お時間よろしいですか?」
また突然扉が開いて鬼の形相で怒鳴られたらどうしようと内心びくびくしていたので、返事が返ってきたことにほっとする。足元のルークを見れば、彼も身体の力を抜いていて、考えていたことは同じだったらしい。
「ええ、今扉を開けますね」
しばらくしてがちゃりと重厚な扉が開く。リオンが天使の笑みで出迎えてくれた。
「こんにちは。少しご相談があって来たのですが……」
「私でお役に立てることであればいいのですが。さ、どうぞお入り下さい」
「お邪魔します」
昨日も座った応接用椅子に腰掛けると、リオンがすぐにお茶を運んできてくれた。雷華はここに来る途中で買ってきた焼き菓子をリオンに手渡す。彼は一瞬だけ驚いた表情になったが、すぐに砂糖よりも甘い極上の笑みをその美しい顔に浮かべた。
「私のために買ってきてくださったのですか? ありがとうございます。とても嬉しいです」
(お菓子一つでそんなに喜ばなくても。女性から毎日大量にもらってそうなのに)
誰もがうっとりと見惚れてしまうであろうリオンの笑顔を見ても、雷華はただ首を傾げるだけで顔を赤らめたりすることはない。何故なら、彼がけして甘いだけの人間ではないということを知っているからだ。
「お口に合えばいいんですけど。あ、私はいいので後で召し上がって下さい。用件が済めばすぐに帰りますから」
菓子を並べるための皿を取りに行こうとしたリオンを引き止める。彼が忙しいのは分かっているので、一緒に食べるつもりはなかった。量も一人分しか買っていない。
「そうですか、それは残念です。昨日の続きを聞かせてもらいたかったのですが……仕方ありませんね。それで、用件とは何でしょう?」
がっかりした表情になるリオンに向かって雷華が、勘弁して下さいと心の中で突っ込みを入れたのは言うまでもない。また元の世界についてあれこれ尋ねられる前に、ここにきた理由を説明した。
「働く場所、ですか。それは確かにルークではわからないでしょうね。何せ王子で騎士ですから」
ルークはぎろりと悔しそうな眼でリオンを睨むが、発言した本人はしれっとした顔でお茶を飲んでいる。
(わざわざ怒らせる言い方するんだから。ほんといい性格してるわ)
「まあ、そこの犬のことは置いておくことにして、ライカさんの仕事についてですが」
「はい。五日間で私でも出来る、しかも給料のいい仕事なんてあるでしょうか?」
五日間でなるべくたくさん稼ぎたいので、少しでも給料は多い方がいい。だが、そんな割りのいい仕事がそうそう転がっているとも思えないので、ないと言われるのは覚悟のうえだった。が、
「あります」
「本当ですか!?」
まさかそんな都合のいい仕事があるとは本当にあるとは思わず、雷華は身を乗り出して聞き返した。横ではルークも目を丸くして驚いている。
「ええ、ライカさんにぴったりの仕事だと思います」
「私にぴったりですか? 大したことは出来ないと思うんですけど」
「出来るではないですか。過去を見るという、貴方以外には出来ないことが」
「えっ……ああ、そうか。クレイですね?」
リオンが知っていたことに驚いたが、すぐにぴんときた。クレイが手紙に書いたに違いない。
「はい。彼からの手紙には貴方の力のことも書かれていました。クレイは貴方のことを恩人だと言っていましたよ」
「そ、そうですか」
知らないところでそんなに感謝されていたとは。嬉しいような恥ずかしいような、雷華はなんとも言えないこそばゆさを感じた。
「その力を使って捜して頂きたい人たちがいるんです」
「人捜し、ですか?」
(しかも複数?)
予想外のことに眼をぱちぱちと瞬かせる。探し物を頼まれるかとは思ったが、まさか人だとは思わなかった。
「はい。懇意にしている侯爵から相談を受けたのですが、私は準聖師の試験の準備で忙しく、時間が取れないので困っていたのです。試験終了後に詳しい話を聞くつもりでしたが、人を捜すのですから一日でも早い方がいいでしょう。お願いできますか?」
「そうですね……私は問題ないと思いますけど、相手の方はどうなんでしょう? 侯爵って相当偉い貴族の方ですよね? 私なんかに依頼してくれるでしょうか?」
誰かの過去に捜したい人が見えれば、おそらくすぐに見つかるとは思う。その人物がうろうろ移動していなければの話だが。しかし、雷華は庶民だ。いくらリオンの紹介だからと言って、すぐに信用してくれるだろうか。どうにも難しい気がするのだが、リオンはとてもにこやかな笑みを浮かべてこう言った。
「問題ありません。侯爵は私の言うことなら何でも聞きますので」
……天使の裏にはやはり鬼がいるのだとあらためて実感した雷華だった。




