46話 覗
陽が傾き、茜色に染まった平原を二頭の馬が疾走する。夜がもうすぐそこまで迫っていた。
「あんな約束をして大丈夫だったのか?」
馬を走らせながらルークが訊いてくる。ちなみにこの馬は、ルークがどこからか調達してきていた。おそらく村の人に借りたのだろうが、ロウジュの馬とほぼ並走する、なかなか優秀な馬だった。雷華は、彼にしがみつきながら、「どんだけ手際がいいんだ」と無性に突っ込みを入れたくなった。
「それより俺は、なぜライカがあんな色々な事を知っていたのかが知りたい」
ロウジュも訊いてきた。ライカの力の事を知らないロウジュは、そのことが不思議で仕方ないようだ。いつもの無表情面ではなく、興味津々といった顔をしている。……ごく微かにだが。しかしこの平原、至る所に大きな岩が転がっており、速度を出したまま馬を走らせるのはかなり難しそうなのだが、二人とも平然と飛ばしている。やはりただ者ではないなと、雷華は改めて感じた。
(それに、よくこんな揺れまくる馬の上で平然と喋れるわね)
こっちは落ちないようにするのに必死なのに。心の中でやさぐれつつも、無視するのも悪いと思ったので、舌を噛まないよう気をつけながら口を開く。
「大丈夫大丈夫。もし隠されていたとしても、すぐ見つけられると思うし、十分間に合うでしょ。ちょっと特殊な事情があってね……私、人の過去が見えるのよ」
前半をルーク後半をロウジュに向かって話すと、あははははと乾いた笑いを付けたした。
「ライカっ!?」
まさか本当のことを話すとは思ってなかったらしい。ルークが怜悧な顔を驚きでいっぱいにして、がばっと勢いよく振り返ってきた。
「だって仕方ないでしょ。流石に誤魔化せないわ。っていうか、ルークだって人間に戻ってるじゃない。それ、どう説明するつもりだったのよ」
「そ、それは……」
痛いところをつかれたルークは言葉を詰まらせた。
「もう説明するしかないんだって。という訳でロウジュ、ルークは人間なの。事情があって普段は黒犬の姿をしてるけどね」
「事情とは?」
「うーん、話すと長いし色々複雑なのよ。とりあえず、私もルークも普通じゃないってことで納得してちょうだい」
全部話すべきなのか、それとも話さない方がいいのか。迷った雷華は今答えることを放棄した。
「……わかった」
とても納得したようには見えないが、ロウジュはそれ以上の質問をしてこなかった。真っ直ぐ前を向き、馬の速度をさらに上げる。外套をはためかせながら馬を走らせるその姿はとても美しく、雷華は状況も忘れて思わず見惚れてしまった。
(はあっ、絵になるわね。ルークは格好いいしロウジュは綺麗だし、この世界の女の人が二人と一緒に旅したら、最高に幸せだと感じるんだろうな、きっと……)
もちろん、雷華だって不幸を感じているわけではない。だが、素直に喜べないのも確かなのだ。元の世界に帰るとき、こちらに未練を残さないためにも、深入りは避けるべきだ。ぐらりと揺らぎそうになる自分の心に、雷華はそう言い聞かせた。
前方に見えてきた森に入ると、そこはすでに暗闇に包まれていた。人の気配どころか動物の気配すら感じない、そんな静かな森だったが、しばらく進むと様子が変わった。ぼんやりと明るくなっている場所があり、近づくと複数の人の気配がする。これ以上馬で進むのは得策ではないと判断した三人は、馬を降り足音を忍ばせて明りへと近づいていった。
気付かれないよう茂みの隙間から明るくなっている場所を観察する。そこは、確かに雷華が妖雷鳥の過去で見た廃墟だった。そのことにとりあえず安堵しつつ、他の部分に目を向ける。
明りの正体は焚き火だった。勢いよく燃え上がる焚き火を囲み、複数の男たちが話しながら飲んだり食べたりしている。雷華はその中に卵を持ち去った痩せぎすの男がいるのを見つけた。
男たちはずっと大声で喋っており、少し離れた場所にいる三人の耳にも会話の内容が問題なく届いた。
「それにしても貴族ってのは、何だってこんなモノに大金を払うんだろうな」
「妖雷鳥の卵は若返りの食材として有名らしいっすよ」
「そんなもん嘘に決まってるぜ。食ったら若返るなんてそんな夢みたいな話、あるわけねえだろ」
「嘘でも本当でもどっちでもいいじゃねえか。卵を届けさえすれば俺たちには金が入るんだ」
「そうすればしばらく遊んで暮らせるってんだから! 卵サマサマだぜ」
「違えねえ!」
わははははは! 男たちは上機嫌で笑い声を上げている。その後も会話は続いているようだが、聞きたいことは聞けたので、三人は目配せをして茂みを離れた。彼らの会話がほとんど聞こえないところまで来ると足を止める。どのようにして卵を取り戻すか、それが問題だった。
「あいつらが犯人で間違いないわね。私が見た卵を持ち去った奴もいたし。さて、どうしましょうか」
何か策があるかと、ルークとロウジュに視線を向ける。
「全員殺す」
「こらこらこらこら!」
あっさりと恐ろしいことを言うロウジュに、雷華は慌てて待ったをかけた。
(この世界では普通かもしれないけど、それを容認することはできないわ)
「綺麗事を言うつもりはないけど、殺しちゃ駄目よ。たとえどれだけ殺したいと思っていてもね。相手を殺さなければ自分が殺されるという状況でも、出来れば殺さないでほしい……ごめん、これやっぱり綺麗事だね。甘い考えだってのは自分でもよく分かってる。でも、簡単に人を殺したりしないでほしいの」
人を殺すことに対する考えが、自分と違っているのは百も承知だ。ロウジュは今まで多くの人間をその手にかけてきたのだろう。そうしなければ、生きて来れなかったのもわかっている。それでも、雷華は言わずにはいられなかった。
「……わかった。ライカがそう言うならもう殺さない」
しばらくの沈黙の後、ロウジュはそう返してきた。




