44話 卵
「うわあぁぁっ、こっちに来るなああぁぁ!!」
「助けてくれえぇぇっ!!」
「俺たちは何もしていないのに! なぜ襲ってくるんだ!」
「うええぇぇぇん、おかーさあぁぁぁん! どこにいるのおぉぉっ!!」
村のは阿鼻叫喚の地獄と化していた。妖雷鳥に襲われ血を流しながら逃げ惑う人々が、あちこちで助けを求める声を上げている。雷華は、フードを被り懐から眼鏡を取り出してかけると、村の入口近くにいた子供めがけて降下してきた妖雷鳥に狙いを定め、地面を強く蹴った。
がきぃっ
雷華が構えた木刀に妖雷鳥の爪が突き刺さる。ルークが言っていた通り、鋭く尖った爪だった。下手をすれば一撃で致命傷になりかねない。雷華は妖雷鳥を睨みつけたまま、子供に向かって話しかけた。
「今のうちにお母さんのところに行きなさい。さあ、早く!」
「う、うん!」
雷華の言葉に子供がこくんと頷いて、足をもつれさせながら走って行く。それを横目で確認すると、雷華はもの凄い力で木刀を押してくる妖雷鳥に向かって言い放った。
「あなたの過去、見させてもらうわよ」
キョエェェェェェッ
目の前の鳥が甲高い耳障りな鳴き声をあげた。少しでも油断すれば嘴で顔を突かれそうだ。腰をおとし足に力を入れてから、雷華は妖雷鳥に目を向けた。すぐに半透明の光景が彼(?)の背後に浮かび上がった。
(よかった、人間じゃなくても見える。他の鳥が来る前になんとか原因を突き止めないと)
妖雷鳥の後ろに見える過去にじっと集中する。色々な場面が次々と映し出されていく。雷華はその中にあるモノを見つけた。
(卵だわ……あっ! 誰かが持ち去った。もしかしてこれが原因……この妖雷鳥たちは卵を取り返しに来たんだわ)
いつ他の妖雷鳥が襲いかかってくるかわからない緊張に、背中を汗がつたって流れ落ちる。額にも汗がびっしりと浮かんでいた。だが、ここでやめるわけにはいかない。卵を盗んだ人間の居場所を見つけなければならないのだ。雷華はさらに意識を集中させた。
(あんたは一体誰? さあ、早く正体を見せなさい!)
卵を持った、おそらく二十代後半だと思われる痩せぎすの男は、走って山を駆け下りると麓に待たせていたらしい馬に飛び乗り、一目散に駆けていった。どうやら村の人間ではないようなのだが、どこに向かっているのかがいまいち分からない。
何か男の正体がわかるものはないだろうか。雷華が男の服装などに目を向けたその時。上空を飛びかっている数百匹の妖雷鳥のうちの二羽が、彼女めがけて急降下してきた!
「まずいっ!」
自分に向かってくる存在に気付いたものの、雷華はどう動くべきか一瞬迷った。今避ければこの妖雷鳥を逃がしてしまうかもしれない、そんな考えが頭をかすめたのだ。その迷いが彼女に避ける時間を失わせてしまった。
「っ!」
急所にさえ攻撃を受けなければ……雷華は顔を背け歯を食いしばって攻撃を受ける覚悟を決めた。
がきぃっ がきぃぃっんっ
キョエエェェッ キョエエェェェェッ
「…………?」
だが、覚悟していた痛みはやってこなかった。反射的に閉じていた目を開け、顔を前に向けるとそこには、どこで拾ったのか木の棒のようなもので妖雷鳥の攻撃を防いでいる二人の黒髪の青年の姿があった。
「うぇ!? ルーク!?」
雷華は今自分が置かれている状況も忘れて、素っ頓狂な声を上げてしまった。何故人間の姿をしたルークが目の前にいるのか。さっぱり理解出来ずに頭の中が疑問符でいっぱいになる。
「ライカ、大丈夫か!? 俺が抑えている間に早く!」
「あ、う、うん、わかった」
ルークの声で、はっと我に返った。そうだ、今はぼけっとしている場合ではないのだ。
「ライカ、そいつのこと、後で聞かせてもらうぞ」
先ほどの続きを見ようとすると、もう一人の黒髪の青年、ロウジュが少し感情のこもった声で言ってきた。何故か少し怒っているようだ。彼の紫の瞳がきらりと輝く。
(うわぁ、絶対ごまかされないって眼をしてる……)
「う……そう、ね。もう、一人で大丈夫だって言ったのに……でも、ありがとう。二人とも、もう少しの間だけ私への攻撃を防いでくれる?」
ルークのことがばれてしまったが、それについて考えるのは後だ。
「当然」
「任せておけ」
二人の返事はとても頼もしかった。雷華は自分の木刀に爪をくい込ませ、隙あらば嘴で攻撃してこようとする目の前の妖雷鳥の過去をもう一度見るべく、意識を集中させた。知りたいのは卵泥棒の素性と行方だ。
(ええっと、何か特徴は……ん? 首に痣みたいなのが……刺青かしら。犬か狼か、よくわかんないけどそんな感じね。あっ、やっと止まった。森の中にある廃墟みたいだけど、村の人に訊けばわかるかしら。よし、こんなものね)
雷華は過去を見るのをやめ、焦点を現実に戻すと二人に声をかけた。
「終わったわ」
「そうか。で、どうするのだ」
容赦なく襲ってくる妖雷鳥を木の棒で押し返しながら、ルークが訊いてくる。
「この鳥、妖雷鳥に村の人たちは関係ないってことを伝えたいんだけど……人間の言葉って理解してくれると思う?」
それが一番の問題だった。原因を突き止めたのはいいが、それを妖雷鳥に伝えられなければ何の解決にもならない。今になってその事に雷華は気がついた。
「妖雷鳥はかなり知能があり、ある程度の人語を理解すると言われてはいるが……真実かどうかはわからん。なにせ滅多に見ない鳥だからな」
こちらの言葉をわかってくれる可能性がある。ロウジュの言葉に雷華はほっと安堵した。聞いてくれるかどうかは別として、やってみる価値はあるということだ。彼女はがっちり木刀に爪をくい込ませていた妖雷鳥を勢いよく木刀を振るって遠ざけると、眼鏡を外しフードを取った。
「じゃ、とりあえず試してみますか」
銀色に輝く長い髪と外套を風になびかせ、雷華はにやりと強気な笑みを浮かべた。




