34話 隠
あれから一睡も出来ずに朝を迎えた雷華は、眼の下に隈をつくり、どんよりした顔で鏡の前に立っていた。
「どうしよう、これ……」
首に咲いた赤い痕を見ながら憂鬱になる。数日は消えなさそうだ。とりあえずの応急処置として髪を後ろから前に肩にかけるようにして隠すことにしたものの、このままではいつ人に見られるかわかったものではない。
(首に何か巻いた方がいいよね……ストールみたいなのが売ってないか、朝食を食べたら探しに行こう)
そう決めた雷華は最後にもう一度、鏡で痕が見えないか確認してから洗面室を出た。
「う……おはよう、ライカ……」
部屋に戻るとルークがよたよたと覚束ない足取りで歩いてきた。辛そうな顔をしているところから見ても、完全に二日酔いだと思われる。
(そういえばルークのやつ、昨日あいつが来たとき全く起きなかったわね。お酒、飲ませるんじゃなかったわ)
ふらふらの彼を見て思わずぐっと拳を握る。別にルークのせいでも何でもないのだが、やった本人がどこにいるかわからないので、雷華は誰かに八つ当たりしたい気持ちでいっぱいになった。だが、さすがにそれはよくないと、どうにか思いとどまる。
「おはよう、ルーク。二日酔いみたいだけど、大丈夫? 水でも飲む?」
「あ、ああ……頼む」
雷華はグラスに水を注いでルークの前に置いてやった。そして水を飲む彼の頭を優しく撫でる。いつもはふさふさの毛並みが、よれよれになってしまっていた。
「もう犬のときにお酒飲んじゃ駄目だからね。朝ご飯は食べれそう?」
「いや……」
「じゃあスープだけ用意してもらうわ。あ、そうそう、私食べ終わったらちょっと買い物に行こうと思うのだけど、ルークはどうする? 部屋に残ってる?」
「部屋に、いる」
「わかった。じゃあとりあえず朝食頼んでくるね」
雷華は朝食を食べ終わると、外套を纏って外に行く準備をすませた。と言っても町で買い物をするだけなので、荷物を入れている革袋からお金を取り出し懐に入れただけなのだが。
「じゃあ行ってくるわ。多分二時間、じゃなくて一刻? それくらいで戻ってくるから」
「ああ、気をつけ、てな」
「ルークはゆっくり休んでなさいね」
長椅子の上でぐったりしているルークの眉間を指でつついて部屋を出る。鍵を受付にいたシュナンに渡し、宿の扉を開けた。
外は今日も快晴で、鳥のさえずりが風に運ばれて聞こえてくる。雷華は商店が並ぶ通りへと歩き出した。ここウォルデイナの町は避暑地として有名だからなのか、行き交う人々の中に身なりの良い人が多くみられた。
(それにしても、ルークに眼の下の隈のこととか訊かれなくて助かったわ。昨日のことはあまり話したくない、どころか思い出したくもないからねえ。ロウジュだったっけ? また来るとか言ってたけど、もう来ないでほしい)
雷華は切実に願ったが、どうにもその願いは叶いそうにない気がしてならない。どうにかあの変質者を撃退する手はないものか、悶々としながら歩いているといつの間にか目的の通りに着いていた。
通りの両側には商店や露店が数多く並んでいる。人通りも多く、なかなか思うように商品を物色出来なかったが、それでも何とか欲しいものを手に入れることが出来た。
「ストールはなかったけど、これならばっちり痕を隠せるわ」
満足そうにする雷華の首には、小さな紅玉石が付いていている黒い布製の幅広のチョーカーが巻かれていた。宝飾品を扱う露店に置いてあったのを一目惚れして即購入したのだが、彼女の手にはもう一つチョーカーがあった。店主に二つ買ってくれたら安くすると言われたので、それならルークにあげようと買ったのだ。雷華と同じ紅玉石が付いたチョーカーなのだが、こちらは細い紐を編んで作られているので、男性がしてもおかしくはない。
(お揃いみたいになるけど……ルーク、嫌がるかな?)
いらないと言われたら自分がつければいいかと思い、手に持っているチョーカーを懐にしまうと、どこかでお茶でも飲もうと適当に歩き出す。
しばらく歩くと、町の中央と思われる大きな広場に着いた。そこにはいい匂いのする屋台がいくつも並んでいて、道行く人々を誘惑していた。その中の一つで飲物を買い、雷華は広場の段になっているところに腰を下ろす。
「まだ一時間くらいしか経ってないわよね。これからどうしようかしら」
蜜柑のような味のする飲物で喉を潤しながら、次はどこへ行こうか考える。
「もう少し町をぶらつくか、それとも宿に戻るか」
さて、どっちにしようかなと思いながら広場にいる人々をぼーっと眺めていると、ふいに声をかけられた。




