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黒犬と旅する異世界  作者: 緋龍
黒犬と占いを始めるに至った理由
18/86

18話 会

「結局私にどうして欲しいんですか?」


 吐き気もおさまりルークもお茶を飲んで大人しくなったので、雷華が話を元に戻す。


「ああ、そうだったな。初めにライカの噂を聞いたときは、婚約を解消できる方法がないか占ってもらおうと思ってたんだが、お前の力のことを聞いて考えが変わった。ライカ、三日後この館で開かれる夜会に参加してくれないか」


「は? やかい?」


 (やかいって……夜会よね? 夜会と聞いて頭に浮かぶのは、着飾った紳士淑女がカラフルなお酒を飲んだり軽やかにダンスを踊ったり微笑みながら腹黒い会話してる場面だけど)


 雷華は何かの映画で観た夜会のシーンを思い出すが、いくら考えても自分がその一員になっているところが想像できない。何といっても庶民なのだ。


「三日後の夜会は『ソルドのいざない』と言って毎年開いている大きな会なんだ。この町の貴族をはじめ近隣の町からも大勢の貴族が招待されている。はっきり言って俺はどうでもいい行事だと思っているんだが、昔から続いているもんでやめることも出来ねえ。この夜会に招待されることで、周りの貴族から一目置かれると思っている阿呆な連中も大勢いるんだぜ。まあ、そんなわけで今年もいやいや開くんだが、そこにさっき言った伯爵家も来ることになっているんだ。本当は呼びたくもないんだが、貴族同士の付き合いってやつで呼ばないわけにもいかなくてよ」


 (貴族の付き合いも大変なのねえ……)


 バルーレッドが入れ直してくれた熱々の美味しいお茶を飲みながら、他人事のように聞く雷華。実際他人事なので、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが。


「そこでだ、その夜会に占い師としてライカに来て欲しいんだ。そして奴の過去を見てくれ。そうすりゃ奴がどこで何をしてるかがわかるだろ。どうだ? いい考えだと思うんだが」


 クレイが期待に満ちた眼差しで雷華を見つめる。断られるとは微塵も思っていない様子だ。乗り気ではないが頼まれ事には弱いので、彼女がどうしようかと悩んでいると、お茶を飲んで静かにしていたルークが否の言葉を口にした。


「何故ライカがお前のために力を使わねばならんのだ」


 彼は不機嫌そうに右の前足を、たしたしと上げたり下げたり繰り返している。


 (確かにルークの言うとおりなんだけど、クレイは本当に困っているみたいだし、刑事が困ってる人を見捨てちゃ駄目、だよねえ……それに)


 正直、貴族の夜会なんてものに出たくもなんともないが、悪い奴を捕まえるということには興味をひかれなくもない。これも刑事のさがというやつだろうか。雷華は心を決めると正面のクレイを真っ直ぐ見つめた。


「わかりました」


「ライカ!?」


「本当か!」


 ルークは信じられないといった顔に、クレイは満面の笑みになる。


「ただし、いくつか条件があります」


「いいぞ、何でも言ってくれ! 出来うる限りのことをするぜ」


「では……」


 それから雷華はクレイに条件を提示し、彼はその全てを受け入れた。こうして雷華とルークは領主の館で開かれる夜会、『ソルドの誘い』に参加することになった。





 そして三日後の夜、雷華は領主の館の大広間と呼ばれるところにいた。たくさんのソルドの花で彩られたその広間は、大勢の貴族で埋め尽くされている。女性はこれでもかというほど着飾り、男性は指に大きな宝石のついた指輪をいくつも嵌めていて、いかに自分が目立つかを競っているようだ。そんな貴族たちの様子を雷華は広間の隅からこっそり観察していた。彼女がいる場所は衝立がわりの幕で仕切られており、他の人から見えないようになっている。これは、雷華が提示した条件の内の一つだった。


 (想像していたより凄いかも。うわ、あの人のドレスけばけばしいなあ。いくら目立ちたいからって、あれはないんじゃかしら?)


 雷華がけばいと思った人物は真っ赤なドレスに色とりどりの宝石をちりばめていた。化粧もかなり濃そうだ。刑事の勘かどうかはわからないが、とりあえず彼女に関わるのはやめた方がよさそうだと感じた。


 そんな雷華はというと、三日前と同じ侍女三人に好き放題された結果、どこから見ても完璧な貴婦人にしか見えない格好になっていた。上品な濃い青のドレスと髪と眼に合わせた銀の首飾りを身につけ、髪も複雑に編み込まれている。しかし彼女を他の人が見た時、まず眼がいくのはなんと言っても顔だろう。


 (確かに顔を見られたくないとは言ったけれど。これはこれでどうなの?)


 雷華は自分の顔の前にある薄い布を触る。そう、彼女は頭にヴェールを被っているのだ。条件になるべく顔を見られないようにして欲しいことを加えた結果、クレイが用意したのがこれだった。銀色の刺繍で縁どられたヴェールは、とても素敵なのだが如何せん前が見え難い。


 (私の予想では、フード付きのマントだったんだけど。それを深く被って、水晶玉に両手をかざしながらしゃがれ声で「ヒィッヒッヒッ、お前さんの望みは何じゃ?」っていうのが私の中での占い師のイメージなんだけどな。これじゃあお忍びで来てるお姫様じゃない……姫って柄でもないけど)


 占い師に対して雷華は大分偏ったイメージを持っていた。不満げにヴェールをいじくっていると、ルークが声をかけてきた。


「本当によかったのか?」


 彼は雷華がこの夜会に参加することにまだ納得がいっていないようだ。彼女の足元で不満と心配が入り混じった顔をしている。


「もう、ルークしつこいわよ。まだそんなこと言ってるの? 宿でさんざん話し合ったじゃない」


「それはそうだが……やはり不安だ。クレイの言っていた伯爵の噂は俺も知っている。かなり危険な相手なのだぞ」


「何度も聞いたわよ。大丈夫だって、ただ過去を見るだけなんだから。それに」


「皆様大変お待たせ致しました。間もなくヴォード家当主、クレイ・ヴォード伯爵がお越しになります」

 

 雷華の声に被さるようにバルーレッドの落ち着いた、だがよく通る声が広間内に響く。彼の声でざわついていた会場が一気に静まり返った。


「それに、もう遅いわよ」


 ルークがいくら不安に思っていても、始まってしまったのだ。色々な人の思惑が入り交じる、可憐な花の名を冠した夜会、『ソルドの誘い』が。  


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