16話 苛
「どういうことか説明してもらいましょうか? ルークウェル、王子殿下?」
ひとしきり叫んだ後、雷華はにっこりと笑顔でルークに説明を求める。だが、眼が全く笑っていない。
「す、すまない、ライカ。謝るから落ち着いてくれ」
彼は雷華の気迫に押されて耳をへにょっとさせ、じりじりと後ずさりしながら謝る。
「落ち着けるかあぁぁっ!」
化粧をして美しさが増した雷華は、怒りの迫力も凄まじい。
「……くっくっくっ、あっはっはっはっはっは! あー、おっかしいたらありゃしないぜ」
雷華とルークのやりとりを見ていたクレイが、突然腹を抱えて笑いだした。
「クレイ……様?」
「笑いごとではない。お前が余計なことを言うからだぞ」
彼の笑い声で雷華は怒った顔をやめ、ルークは恨みのこもった眼でクレイを睨みつける。
「何言ってるか、わかんねーよ。しっかし、リオンから手紙が来た時は信じられなかったぜ。あんな言い伝えが本当だったなんてな。黒犬を連れた凄腕の美人占い師がいるって聞いたときも、まさかお前だとは思わなかったよ」
クレイはおかしくて仕方がないといった様子だ。ルークは苦虫を五十匹くらい噛み潰したような顔をしている。言い返したいが、言葉が通じないので苛立っているようだ。
「お前この子に自分が王子だって言ってなかったんだな。ま、そりゃ犬の姿でいきなり言っても信じてもらえるわけないだろうけど」
(……なんかだんだん腹立ってきた)
二人の様子を黙って見ていた雷華は、もやもやとした怒りが沸き上がってくるのを自覚した。クレイのルークに対する言い方が癇に障るのだ。
「その黒犬の姿、お前にぴったりだぜ。人間のときよりずっといいじゃねえか。なんせお前の仏頂面ときたら、一睨みで翼竜すらひれ伏させるって有名だったからな。もういっそのこと、ずっとその姿でいてもいいんじゃねえ? ライカもそう思うだろ。ってこいつの人間の姿は知らないーー」
「思いません!」
「ライカ……?」
ぴしゃりと言い切った雷華をルークが不思議そうな眼で見つめる。雷華は鋭い眼でクレイを睨みつけた。
「先ほどから聞いていましたが、ずいぶんな言い草ですね。貴方はルークのお友達ではないのですか? ルークは人間の姿に戻るために必死に頑張ってるんです。私は出会ってまだ数日ですけど、ルークを信頼していますし、彼を人間に戻すために力を尽くすことを心に決めています。友達ならもっと彼のことを心配してあげたらどうなんですか」
そこまで言うと雷華はソファから勢いよく立ち上がった。
「私はこれで失礼します。過分なおもてなしをどうもありがとうございました。さ、ルーク行くわよ」
「あ、ああ」
ぺこりと一礼をすると、くるりと踵を返し部屋を出るための扉へと向かう。ルークも慌てて後を追いかける。
(まったく! 見た目と地位はいいかもしれないけど、中身が最悪ね! ここに案内してくれた侍女の人が、クレイについて言い淀んだのがよく分かるわ)
ドレスの裾をたくし上げて大股で歩く姿は、淑女とは程遠いものになっていたが、雷華は全く気にしない。
「待て。俺はまだ退室を許可した覚えはないぞ」
「私も許可をもらった覚えはないですわね」
どこまでも偉そうなクレイの言葉に、額に青筋を浮かべながら足を止め、振り返って冷気を含んだ視線を送る。そのまま二人はしばらくの間無言で睨み合ったが、その沈黙を破ったのはクレイの方だった。彼はにやりと笑うと、とんでもない発言をした。
「その態度、気にいったぜ。どうだ、俺と付き合わねえか?」
「なっ!?」
「…………は?」
(気のせいかな、今何かおかしな言葉が聞こえたような……)
クレイの爆弾発言に、雷華は自分の耳を疑った。ルークは眼を見開いて口をぱくぱくさせている。
「ドレスでも宝石でも、欲しいものは何でも用意する。どうだ、悪くない話だと思うぜ」
(この人何かの病気にでもかかってるのかしら? 今の話の流れでどうしてそうなるの? ああ、もう殴ってもいいかな)
「なあ、ライ――」
「いい加減にしてちょうだい! 私はそんなものに興味なんて――っ!」
「ライカ!」
余裕たっぷりで近づいてくるクレイの顔面を殴るべく一歩踏み出した雷華だが、情けないことに思いきりドレスの裾を踏みつけてしまった。