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黒犬と旅する異世界  作者: 緋龍
黒犬と占いを始めるに至った理由
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14話 招

 翌日、液体薬剤バルーレッドに言われた時間に、宿の前で迎えが来るのを待っていると、遠くの方から豪華そうな馬車が走ってくるのが見えた。二頭立ての馬車は雷華たちの前でゆっくりと止まる。馬車の側面には剣にソルドの花が絡まっている紋章らしきものが描かれていた。

 道行く人々が一体何事かと好奇心に満ちた眼で雷華を見つめている。


 (これは、黒塗り高級車に該当するのかしら。乗合馬車の素朴な造りとは全然違うわね。さすが領主)


 やっぱりやめとけばよかったかなと思い始めていると、馬車の扉が開きバルーレッドが姿を現した。


「おはようございます、占い師様。お待たせして申し訳ございません。どうぞお乗りください」


 バルーレッドは、昨日と同じ慇懃な態度で雷華とルークを馬車の中へと案内した。


「お、おはようございます、ブル……バルーレッドさん」


 どうしても、置くだけでトイレ洗浄が出来る便利薬剤の名前を言いそうになる雷華だった。



 快適な馬車に揺られることおよそ二十分、雷華たちはようやく町の中央にある領主の館に辿り着いた。


 (迷子になりそう)


 広大な敷地と建物を目の当たりにした雷華の素直な感想だった。


「どうぞお入りください」


 バルーレッドに促され、気後れしながらもおそるおそる館へ足を踏み入れると、そこはまるで別世界だった。玄関ホールの吹きぬけの天井、磨き抜かれた白い床、細かい装飾が施された柱、どれも雷華が生まれて初めて見るものだ。長い廊下にはいかにも高価そうな絵画が、いくつも掛けられていた。

 何度も廊下を曲がり階段を上ったりして、そろそろ一人では出口に辿り着けないなと不安になり始めたころ、バルーレッドは一つの扉の前で立ち止まった。彼が扉をノックすると中から若い女性の声で返事が返ってくる。


「こちらにお召し物をご用意しております。侍女がお手伝いさせていただきますので、お着替え下さいませ」


「き、着替えですか?」


 てっきり領主の待つ部屋に着いたのだとばかり思っていた雷華は、ぎょっとして半歩後ろにさがる。バルーレッドが扉を開けるとそこには三人の若い女性が立っていて、雷華の姿を見ると深く頭を垂れて彼女を出迎えた。


 (確かに貴族サマに会う格好ではないかもしれないけど……)


 服装に問題があるのであれば事前に言っておいて欲しかったと思う。それとも、服を着替えさせられるのはこの世界では普通のことなのだろうか。


「さあさあ、どうぞこちらに。全て私どもにお任せ下さいませ!」


 どう対応すればいいか分からずに躊躇していると、有無を言わせず部屋の中に引きずり込まれた。 


「え、あの、ちょっと……わ、わかりました! わかりましたから、腕を引っ張らないでー」 


「ライカ!」


 それまで一言も喋らなかったルークが、はしっ! と器用に前足で雷華の服の裾を掴む。

 

「ルーク? どうかした?」


「心配だから俺も一緒に行く」


 ルークはいたって真剣な眼差しをしている。


「そうね、一緒に……って駄目に決まってるでしょうが! バルーレッドさん、すいませんがこの犬のことお願いします」


 雷華はルークの首根っこを掴むと、バルーレッドに押し付けばたんと部屋の扉を閉める。外から彼女の名前を呼ぶ声が聞こえたが、もちろん気にしない。


「全く、悪気がない分よけいにたちが悪いわ」


 ぶつぶつと呟きながら雷華が振り返ると、侍女たちが揃って奇異の視線を彼女に向けていた。


 (し、しまった! ルークの声は私以外には吠えてるようにしか聞こえないんだった)


「あは、あはははは」


 上手い言い訳が思いつかなかったので、とりあえず笑ってごまかすことにした。何とも言えない気まずい空気が部屋に流れる。それを変えたのは一人の侍女の発言だった。


「もしかして動物の心がお分かりになるのですか?」


「え??」


「凄いです! 占いが出来るだけではなく、動物の考えてることまで分かるなんて!」


 勘違いをしている侍女がきらきらと尊敬の眼で見つめてくる。あとの二人の侍女も「さすが高名な占い師様ですわ」「私、羨ましいです」などと、動物の心が読めるということに納得した様子だ。


「はははははは……」


 (こうして噂って広がっていくのね)


 ひきつった笑みを浮かべながら、雷華は侍女たちの勘違いを訂正することを諦め、がっくりと肩を落とした。





「こちらの緑色のドレスがいいんじゃないかしら」

「それよりこっちの琥珀色の方が似合うと思いますわ」

「いえいえこの薄紫と黒のドレスがぴったりですわよ。お連れの犬も黒かったことですし、きっと絵になりますわ」

「そうね、じゃあ耳飾りと首飾りはこの紫水晶にしましょう」

「髪は軽く結う程度にしたほうがようございますね。こんなにきれいな銀髪ですもの、全部纏めてしまったらもったいないですわ」


 三人の侍女は雷華を取り囲み、ああでもないこうでもないと言いながら彼女にドレスを着せ、化粧を施し髪を仕上げていく。やられている当人はというと、ぐったりとしていてされるがままだ。


 動物の心が分かることにされた後、じゃあお風呂に入って下さいとまるっと裸にされ、自分で出来ますからという発言を全く聞き入れてもらえずにごしごしと隅ずみまで洗われたあげく、あがった後も身体にいろんなものを塗りたくられた雷華は、ドレスを着る前に心身ともに疲れ果ててしまっていた。


 (大人になって他人に体を洗われるなんて、どんな羞恥プレイなのよ……)


 貴族の女性ならば特に驚くことではないのだが、庶民の世界しか知らない雷華は軽くないダメージを心に受けたのだった。

   

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