13話 文
ロザリーや宿の客を占った次の日、宿には大勢の人が雷華の占い目当てにやってきた。
「好きな人がいるんだが、付き合ってもらえるだろうか」
「無理だと思います。その女性は違う男性に惚れているみたいですから」
「今の仕事やっていけるか不安なんだ……」
「大丈夫だと思いますよ。親方さんはあなたに期待してるようですので、頑張って下さい」
「10年後俺生きてるかな」
「知りません、そんなこと。でも、お酒を飲み過ぎのようですね。このままだと危ないかもしれませんよ」
「ずっと片思いの男性がいるんです。告白しようと思うんですけど上手くいくでしょうか」
「……あーうん、えーっと、ちょっと難しいかも……その人、女性に興味がないみたい……」
などといったやり取りを半日以上続けた雷華はいい加減疲れてきたので、今日はもう終わりですと言って宿に来ていた人たちを帰した。
部屋にルークと二人きりになると、ぐったりとソファに寝そべる。
「つっかれたー!」
「大変だったな」
ルークが心配そうに近づいてくる。彼もずっと部屋にいたのだが、まさか人間の言葉を理解出来ると思うはずもなく、誰も彼の存在を気にした様子はなかった。
「お金は溜まるし町を歩く手間も省けるから一石二鳥なんだけど、さすがに眼が限界。集中しすぎたせいか眼が痛くなっちゃったわ。あ、でもそのおかげで一つ気付いたことがあるの」
「なんだ?」
「過去の中に出てきた人物に意識を集中すると、その人の過去も見えたのよね。さすがにその人の過去の中に出てきた人物の過去までは見えなかったけど。でも、これって結構便利よね?」
本人に会わなくても、誰かの過去に出てきてくれれば過去を見ることが出来る。《色のない神》を見つけるのが、少しは楽になったのではないだろうか。
「そうだな、かなり役立つだろう。すまない、俺も何か役に立てればいいんだが」
ルークが三角の耳をへにょっと曲げて申し訳なさそうに言った。
「何言ってるのよ。ルークは犬の姿になって大変なんだから、気にする必要なんてないわ」
項垂れている彼の頭を撫でようと手を伸ばしたとき、雷華の頭にある考えが浮かんだ。
「ねえ、私の世界には蛙になった王子様が、お姫様に頼んで人間の姿に戻してもらうという話があるんだけど」
「そうなのか? その蛙はどうやって元の姿に戻ったのだ?」
ルークが興味津々といった様子で訊いてくる。耳もぴんと三角に戻った。
「それはね……」
コンコンコン
雷華が続きを話そうとすると、部屋の扉が叩かれた。
「はーい、今日の占いは終わりましたよー」
ソファから起きて服を払ってから扉を開ける。扉を叩いていたのはかっちりとした服に身を包んだ、五十歳くらいの男性だった。
「失礼致します。こちらに占い師の方がいるとお聞きしたのですが、貴女様でいらっしゃいますか?」
雷華は男性の慇懃な態度に思わずたじろぐ。
「は、はい、一応そうです」
やくざの脅しにも全く怯まない彼女だが、このような丁寧な接され方には慣れていなかった。
「私ヴォード家で執事をしております、バルーレッドと申します。こちらの手紙を主から預かって参りましたので、どうぞお受け取りください」
バルーレッドは縁が金色の豪華な封筒を懐から取り出し、洗練された仕草で雷華に手渡した。だが、彼女はその封筒よりももっと気になることがあった。
(今度は置くだけタイプ!? この国はどれだけトイレ用洗剤的な名前が好きなの!? 偶然? これって偶然?)
「占い師様、手紙をお読みいただいてもよろしいでしょうか」
「え? あ、すいません、考え事をしていたものですから。すぐに読みます」
トイレタンクの上に置かれた物体を想像していた雷華は、はっと我に返り慌てて封筒を開ける。中には一枚の手紙が入っていて、明日ヴォード家に招待するので是非来てほしいと書かれていた。
「どうして私が? 私はしがない一般人です。貴族? の家に呼ばれるような人間ではありません」
刑事の勘ではないが、嫌な予感がひしひしとしたのでなんとか断ろうとしてみる。ふと足元をみるとルークが液体薬剤を睨みつけていた。
(どうしたんだろ? もしかして知り合いとか?)
「謙遜なさる必要はございません。町の住民から貴女様の占いは確実に当たると聞いております。主は貴女様に会うのを楽しみにされております。どうか主にお会いしていただけないでしょうか」
そう言うとバルーレッドは雷華が今まで見たこともない優雅で完璧なお辞儀をした。
「ブ……バルーレッドさん、あの、頭を上げて下さい」
「では、おいでいただけますか」
「うっ、わ、わかりました。ルーク……犬も一緒でいいなら行きます」
雷華は足元で警戒態勢を取っているルークに目を向けた。
「もちろん構いません。明日の朝三の鐘が鳴るころにお迎えにあがります。では私はこれで失礼致します」
バルーレッドはルークのことを全く気にすることなく、一礼をして去って行った。
「……はぁ」
精神的に疲れた雷華は再びソファにごろんと横になった。
「何故断らなかったのだ」
ルークは苦虫を十匹くらい噛み潰したような表情をしている。
「私だって断りたかったわよ。でもあの人絶対私がうんと言うまで帰らなかったと思うのよね」
「それは、確かに」
「そういえばルーク、ずっと睨みつけてたけどあの人知ってるの?」
「ああ、まあな」
「じゃあヴォード家も知ってるのよね。何者なの?」
「ヴォード家の主は、この町の領主だ」
「……えええぇぇぇぇっっ!!」
偉い人だろうとは何となく予想していたが、まさか領主とは思いもしなかった雷華だった。
(やっぱり断ればよかった)