12話 金
あの後、ものすごい勢いで帰って来たロザリーに首飾りがあったと叫びながら抱きつかれ、肺が潰れそうになりながらも、なんとか今日も泊まる旨を伝えることができた雷華は、ルークと町を歩いていた。荷物はお金と眼鏡以外は全部部屋に置いてきている。
眼鏡をかけていることを隠すためにフード付きの外套を店で買い、今はそれを纏っていた。
「ねえ、この格好あやしくない?」
ぼそぼそとルークに話しかける。
「大丈夫だろう。行商人などもそういう格好をしていたりするからな」
「なら、いいんだけど」
すれ違う人々をフードの中から観察しながら町中を歩く。人々の背後には何人かの半透明人間が見えるのだが、特に違和感を持つ光景を見つけることは出来なかった。二時間近く歩いただろうか。そろそろ休憩したいなと雷華が考えていると、町の中に鐘のような音が響き渡った。部屋の中では何度か聞いていたが、外で聞くとかなりの音量だった。
「前から気になってたんだけど、この音は何?」
「時を告げる鐘だ。一刻おきに鳴る……今のは昼二の鐘だな」
「昼二って何時のこと?」
「ナンジとは?」
「……時間の数え方が違うみたいね。うーん、じゃあ今は一日のどの辺りなの?」
「丁度真ん中だ」
(ってことは正午くらいかな。この世界には時計がないのね)
正確な時間がわからないことに一瞬不安を感じたが、ここは自分のいた世界ではないのだから別に問題ないかと思い直し、気にしないことにする。
「じゃあ、お昼にしましょうか」
「そうだな」
町の食堂ではルークは犬用のご飯(骨など)を出されるので宿に戻る。便所洗剤を一階で見つけたので、彼に頼んで部屋に料理を持って来てもらった。
食べ終わって一息ついていると、部屋の扉がノックされ、ポールが皿を下げに来てくれたのかと思い扉を開けると、そこにはロザリーがいた。
「どうしました?」
きらきらと瞳を輝かせ、頬を薔薇色に染める彼女の様子は、まるで敬愛する教祖にようやく会えた信者のようだ。そういえばポールもそんな顔してたなと、食事を頼んだときの彼の様子を思い返した。
「あの、先ほどは本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「お礼ならさっきも聞きましたから、もう十分ですよ」
「いえ、その……私が貴女に首飾りを見つけてもらったと、支配人に話をしていたら、それを聞いていたお客様がその人を是非自分にも紹介してくれと仰られまして」
「え!?」
(ロザリー、お前もか!)
雷華は心の中で思いきり突っ込みを入れた。そして彼女に口止めすればよかったと後悔したがもう遅い。
「占っていただけたら、貴女の宿の代金は払うとのことです」
(……それは助かるかも)
ロザリーの言葉に一瞬前に後悔したことも忘れて、雷華の眼がきらりと輝く。ルークが用意していたお金はかなりの金額だったが、それでもこれからの旅のことを考えると心許なかったのだ。お金はあるに越したことはない。それに他人のお金を使うことに若干の引け目も感じていた。
「わかりました。その人を占えばいいんですね」
「はい! あ、いえ、正確には違います」
「はい?」
「その人ではなく、その人たちです。占いを希望されるお客様は七名いらっしゃいますので」
(どれだけの人に聞かれてるの!?)
予想外の人数に、ロザリーが客に宣伝して回ったのではないかと疑わずにはいられない。
結局、雷華が占った人数は二十人を超えていた。宿の客が外で言いふらしたせいか、宿の客以外の人間が続々とやってきたからだ。その人たちからはお金をもらって占ったため、懐をそれなりに潤すことが出来た。
「このまま占いを続けたら、お金持ちになるかも」
お金でまん丸に膨らんだ皮袋を眺めながら、雷華は思わず顔が緩んでしまう。
「金持ちになりたいのか?」
ルークは雷華に黒く輝く瞳を向ける。
「そういうわけじゃないけど、でもお金がないよりはある方がいいじゃない」
「そう、だな」
(ルークってお金に興味がないみたい。もしかしてかなりのお金持ちなのかしら)
そこまで考えた雷華は、騎士という以外ルークのことをあまり知らないことに気付く。
(よく考えたら出会ってまだ数日しか経ってないのよね。お互いのことを知らなくて当然か)
その内知る機会もあるだろうと思いこの時は何も聞かなかったのだが、この二日後、雷華は意外な人物から、意外すぎるルークの素性を聞くことになるのだった。