11話 占
「じゃあ今日も泊まるって伝えてくるわね」
「頼む」
部屋で朝食を取った後、二人はこれからの予定について話し合った。その結果、雷華の力がどれほどのものかよくわからないので、とりあえず町の人を観察しようという、ものすごく大雑把な結論に至った。一日では到底終わりそうにないので、延泊することになる。そのことを頼みに宿の受付に行くと、今日も眩いばかりに輝いている金髪の女性がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
「あの、すいません」
「おはようございま……ああっ! お客様は!」
女性は雷華の顔を見るなり叫び声を上げた。指をさされないのが不思議なくらいの驚きようだ。
「え!? わ、私が何か!?」
何か悪いことをしたかと、思わず雷華はあせった。
「も、申し訳ございません! お客様が高名な占い師だと厨房見習いのポールから聞いたものですから。つい興奮してしまって」
「は? いや、あの……私は」
(占いが趣味って言っただけなのに! 酸性トイレ用洗剤みたいな名前して、なに大げさに言いふらしてんのよー!)
雷華は頭の中で混ぜるな危険と書かれた緑色のボトルを殴りつけた。
「もしよろしかったら私も占って下さいませんか。大事なものを無くしてしまって、とても困っているんです」
きらきらと期待のこもった眼で見つめられる。頼りにされるとつい期待に応えようとしてしまう雷華は、その眼にとても弱かった。
「いや、でも、昨日のはたまたま当たっただけかもしれないし……」
「そんな、ご謙遜なさらないで下さい。世界でも有数の占い師に違いないってポールが言ってましたわ」
(ぽおぉぉぉるうぅぅぅぅ!!)
雷華は酸が効く! が謳い文句の緑色のボトルに、渾身の踵落としと回し蹴りをくらわせた。
「お願いします! 私を助けて下さい!」
がばっと頭を下げてお願いしてくる女性をつき放すことは、雷華には出来なかった。
「で、何を無くされたんですか? ええっと……」
「ロザリーです。無くしたのは母の形見の首飾りです。毎日肌身離さず身につけていたのが、いつの間にか消えてしまったんです」
受付の金髪美人ロザリーの依頼を泣く泣く受けることにした雷華は、彼女を連れて部屋に戻った。ルークが「どうしたんだ?」と眼で聞いてきたので、小さく首を横に振って「なんでもない」と返した。ロザリーをソファに座らせると、雷華も眼鏡をバッグから取り出して隣に座る。
「それは、どんな形ですか?」
「三日月に星がのっていて、星の中央に白い石が嵌めこんであります」
「いつまであったかはわかりますか?」
「二日前の夕方にはあったということしか……」
「わかりました。じゃあ始めますから、眼を閉じてください。いいと言うまで絶対開けないで下さいね」
「は、はい」
ロザリーがぎゅっと眼を瞑る。眼鏡のことはあまり知られない方がいいと思ったため、そうしてもらったのだ。彼女の眼が閉じられていることを確認すると、雷華は眼鏡をかけた。
(故郷に伝わる秘伝の品とか言ってごまかしても作り方とか聞かれたら困るしね。さてさて、ロザリーさんのペンダントの在りかは……)
眼鏡を通してみると、昨日の便所洗剤と同じようにロザリーの背後に透けた人間が見える。鍋や包丁も見えるので、どうやら台所らしい。ロザリーはご飯の支度をしているようだ。しばらく観察していると彼女が野菜がたくさん入った木箱の前に屈みこんだ。そして野菜を手にして立ち上った瞬間、彼女の胸元から何かが滑り落ちるのが見えた。その何かは木箱の中に入ってしまったが、彼女は気付かずに離れていってしまった。
(今落ちたのが多分ロザリーさんが探してるペンダントよね)
雷華は眼鏡を外すと、ロザリーに眼を開けるように言った。眼を開けた彼女は期待と不安が入り混じった表情で雷華を見つめる。
「あの……家に野菜がたくさん入った木箱ってあります? 多分そこに入ってるんじゃないかなって思うんですけど」
間違ってたらごめんなさいと続けようとしたのだが、ロザリーによって遮られてしまった。
「ええ、あります! わかりました、さっそく帰って調べてみます!」
彼女は勢いよく立ち上ると、小走りで部屋を出て行った。今から家に帰って木箱を調べるのだろう。宿の仕事はいいのかと思わないでもない雷華だった。
「ねえ、ルーク。この国の人って、人の話を最後まで聞かない人が多くない?」
「いや、そんなことはないと思うが」
「この宿の人が特別なのかしら。まあ、いいけど、それじゃあ町を歩きましょうか……あ!」
外に出る準備をしようとしたところで、雷華の手が止まる。
「どうした?」
「ロザリーさんに今日も泊まるって言うの忘れた」
「……何をしに行ってたんだ」
ルークの的確なつっこみに返す言葉もない雷華だった。
もちろん作者はトイレ用洗剤に対して何の恨みも抱いてはおりません。念のため。