10話 力
「なるほど。やはりライカには力があったということだ」
ソファに座って占いが趣味発言を後悔している雷華から話を聞いたルークは、ほっとした様子だ。
「でも、こんな力でどうやって色のない神を見つければ?」
人の過去が見える力などが役に立つのだろうか。
「そうだな……《色のない神》はライカ以外には見えない。だから、誰かの過去を見た時、その人物に関係のないものが見えたら、それが《色のない神》ということになるのではないか?」
(え? つまり、それって)
「ひたすら人の過去を見まくって、関係ない人を捜しだせってこと!? この世界にどれだけの人が暮らしてるか知らないけど、無茶過ぎない!?」
途方もない方法に、雷華は軽くない眩暈を覚えた。
(何となく一、二カ月で見つけられると思ってたけど、とても無理そうだわ。ああ、困ったなあ、いつ帰れるんだろ)
親も兄弟もいないから家族に心配をかけるということはない。が、雷華の場合勤め先に問題があった。
(今ごろ捜索とかされてるのかしら。その必要はないって伝えられればいいけど、無理な話だろうし。課長心配してるわよね)
直属の上司である捜査一課長は、厳しいが頼りになる人物で、雷華は彼のことを父親のように思っていた。彼の顔を思い出し、はああっと深い溜息を吐く。
「ライカ、大丈夫だ。きっと見つかる」
ルークがソファの上に飛び乗り、雷華の膝にぽんと前足を置いてきた。
「ルーク……」
(ルークだって犬の姿になって大変なのに、私自分のことしか考えてなかった)
気持ちを切り替えると、雷華はルークの頭を撫でながらにっこりと笑った。
「そうよね、何事もやってみなきゃわからないわ。意外とすぐに見つかるかもしれないし! くよくよ悩むのは私の柄じゃないしね」
「ああ……ところで、ライカ」
「ん? どうかした?」
手触り抜群だなあと思いながら撫でていた雷華に、ルークが複雑そうな顔を向ける。
「俺は一応人間で、おそらくお前よりも年上なのだが」
「それがどうかした?」
「頭を撫でられるのは抵抗がある」
「私だって大の大人の頭を撫でる趣味はないけど。いいじゃない、今は犬の姿なんだから」
「よくない!」
ルークは雷華の手から逃れるためにソファから飛び降りると、彼女のことをじとーっと睨んだ。だが、犬、それもコーギ―に睨まれたところで痛くも痒くもない雷華は、しれっとしている。
「ルークって毛並みがいいから触ると気持ちいいのよね。ルークは気持ちよくなかった?」
「――っ!!」
ルークは言葉に詰まると、思い切り顔をそむけた。
「あらまあ、照れちゃって。可愛いなあ、ルークは。さてと、お風呂入ってこよっと」
ひとしきりルークをからかった雷華は、共同浴場に行くために部屋を出て行った。
「……早く人間に戻らねば」
一瞬人間の姿になって仕返しをしようと思ったルークだったが、犬の姿に戻った後のことを考えてやめた。きっと間違いなく確実にこんがりと犬ごはんにされるような気がしたからだ。その代わり一刻も早く元の姿に戻ることを改めて決意した。
上機嫌で浴場から戻ってきた雷華が目にしたものは、ソファで拗ねたように丸まっているルークの姿だった。
(あらあら、少しからかいすぎたからかしら)
拗ねた姿も可愛いなと思いながら、雷華は部屋に置いてあった水差しからグラスに水を注ぐと、ソファには座らずに出窓の縁に腰かけた。外の様子を眺めつつ水を飲む。すると口の中に柑橘系の香りがひろがった。
「ただの水じゃなかったのね。でも美味しい」
窓から見える景色はかなり暗かった。灯りが月の光と家々の窓から漏れる仄かな光しかないせいだろう。通りを歩く人もほとんどおらず、見ていると何となく寂しい気持ちになった。
(私のいた世界とは大違いね。でも、月と星がはっきりと見えて綺麗……何年振りだろう、こうやってぼうっと空を見上げるなんて)
刑事になってからは休みもほとんどなく、毎日事件に追われていた。家に帰れないこともよくあった。課長と言い合いしたり、犯人と格闘したり、とにかくぼうっとする暇など全くない日々だった。なのに……
(不思議だわ、あんな超不健康生活を懐かしいと思うなんて)
この世界でルークを人間に戻すという役割がある以上、それを放棄するようなことはしたくない。何故自分なのかと思わないでもなかったが、選ばれたからには全力でやろうと思った。もともと困っている人を放っておけない性分なのだ。
雷華はグラスの中身を一気に飲み干すと、大きく息を吐き出した。
「さて、と。そろそろ寝ようかな。あれ、ルーク? どうかした?」
出窓の縁から立ち上がり視線を部屋の中に戻すと、ルークがいつの間にか雷華の傍に来ていた。
「い、いや何でもない!」
ルークは、わたわたしながら慌ててソファの上に戻って行く。かなり不自然な動きだ。
「……何なのよ」
追求しても答えてくれないだろうと思ったので、雷華は気にせずベッドに入ることにした。眼を閉じるとすぐに睡魔がやってくる。
「お休みなさい」
「……ああ」
すぐに深い眠りについた雷華とは違い、窓から外を眺める彼女の横顔が頭に焼きついてはなれないルークは、なかなか眠ることが出来なかった。