第二話 七渡瀬七花 1
第二話 七渡瀬七花
「七花ちゃんも、もう部になれたでしょう」
「はい、姫菜先輩」
「そろそろ導入と部の正式名称が欲しいと思わない?」
「唐突だな」
しかも直前の会話と繋がっちゃいねえ。
「なんでよ? メンバーが揃ってプロローグが終わったんだからキリいいじゃない」
「長いプロローグだな。入学してから一年半以上過ぎてるぞ。むしろ半分終わってるじゃねええか」
「大切なのは、過去じゃなく未来なのよ!」
姫菜がいつものようにそれなりな胸を張ってなにかの本の受け売りを偉そうにって駄目だろそれは! どうせなら会長って呼べば良かったな、一応生徒会長なんだし。
「まあ導入は毎回私の名言でいいとして、部の名称は『友人部』『ヘルプミー団』あたりを推したいわね。生徒会でもいいけど」
「よくねえよ! 部の名称も明らかにアウト! 颯汰、何か云ってやれ」
「僕は死んだ世界せ」
「もういい! 次! 凛!」
「リトルバスタ」
「却下だ! 次! 七花!」
「あ、野球チームの名前が思い出せません! 七花ちん、ぴんち」
「……うぐぅ」
躊躇なくでかいところに挑み続けるこいつらを何とかして欲しい。あと七花、毒されるの早すぎる。まるで昔からこの中にいたみたいだ。悪影響与えたのは誰だ。
「圭祐、ふざけてばかり居ないで真面目に考えてよ」
「なんで俺!? ボケたのはお前らじゃねえか」
「だって、ねえ?」
「圭祐くんが好きかなぁ、と思って」
「いや、じゃあ俺にボケさせろよ。七花はツッコミ要員じゃなかったの?」
「え? 私ですか? おにぃ……先輩がツッコむ方が良くないですか?」
「いやいやいや、俺もボケたいですから」
あと今、噛んだ?
「じゃあ、いいわよ」
にやっと笑いながら姫菜がそう云う。
「え?」
「だから、いいわよ、ボケて。はい、どうぞ」
「いやいやいや、無理だろ! 何でハードルあげた状態で無茶ぶりなんだよ!」
「で、部の名称なんだけど」
「聞けよ! そこは聞けよ! 俺が滑るとこまでひとネタだろ!」
「ボケられなかったじゃない。あまり暇じゃないんだからね?」
「なんなの!? 俺扱いおかしくない!?」
「バランスバランス」
「何のだよ!」
「そろそろ締めないと。尺だって無限じゃないのよ?」
「だから何のだよ! つうか早えよ! 駆け足過ぎる!」
「僕は帰ってテレビ見ないと」
「録画しとけよ! じゃなかった。優先順位がおかしい!」
「あ、録画できないから、あれ。ん? もう出来る?」
「……え? 六槻は何の話してるの?」
「何の話だよ!」
「九十九君、勢いだけで他人にのってツッコむのはどうかと思うよ……」
「先輩、基本勢いだけで生きてますからね」
「生徒会の参謀になんて扱い!」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「……いやいやいや、いやいやいやいや。何その『この人突然何云ってるの』みたいな反応! 参謀ですから! ブレーンですから!」
「プレーン?」
「複雑だよ!」
「クレーン?」
「起重機じゃねえよ!」
「グレーン?」
「誰だよ!」
「え? 先輩、グレーンは人じゃありませんよ?」
「…………」
俺は頭を抱える。
なんてことだ……ツッコミなのに間違えた……しかも素。参謀なのに。賢いキャラのはずなのに。
「グレーンは質量の単位ですよ。これ、先輩が教えてくれたはずなんですけど……」
「いや、初めて聞いたぞ、そんなの」
グラム以外の単位なんて使わねえよ……。くぅ。この屈辱を心に刻みつけて、もっとどうでもいい知識を増やしてやる……!
「ブレーン?」
「あってるよ! つか続けるのかよ!」
「テレーン? 名誉挽回ですよ、先輩、ファイト!」
「地帯構造区分じゃねえよ!」
「モレーン?」
「氷堆積じゃねえよ!」
「トレーン」
「裳裾じゃねえよ!」
「ノレーン?」
「……? っ! それは暖簾だろ! もうネタねえんじゃねえか!」
「あはは、すいません。もっと賢ければまだまだある気がするんですけどね」
ドレーンとかな。まあこっちもネタ切れだが。
「トレーンが電車じゃなかったのは流石先輩ですね」
「まあ、必死だったからな……」
つかこれ、頭の中だけでやってるからお互いが間違ってる可能性、充分あるよな……。
「ね、ねえ、私、圭祐達が何云ってるのか殆どわからなかったんだけど……」
「よ、よかったぁー! わ、わたしだけバカなのかと思ったよ、姫菜ん!」
「なんかそれ、二人してバカみたいになってるけど、あいつらがおかしいのよね……?」
俺は力を使い果たして机に突っ伏す。
「……っていうか、テレーンって何? ボケもツッコミもわけわかんないんだけど……」
「ツッコミがわかりにくかったからね。いや、記載用語かよ! でもわかりにくいけど。かといって全部でも長いしね」
「え? 何? 六槻わかったの?」
「美濃テレーンとかのやつだよね?」
「いや、わたしに聞かれても……」
「いやはや、楽しいですね、こういうの。先輩!」
「ああ……楽しいのは楽しいけど、疲れる……」
「って話脱線しまくりじゃない! 珍しく目標があるのに! っ、わわわっ!」
唐突に立ち上がって叫んだ姫菜が、机にぶつかってコップをたおした。
「べたべただね、姫菜ん」
「机の上に資料とか置いてなくて良かったね」
「先輩、次生きましょう、次!」
「いや、七花マイペースすぎるだろ。一回向こうへのリアクションをとるべきだ」
「うぅ……」
口調と合ってないてきぱきとした動きで姫菜が倒したコップを片付ける俺たちは息が合っているんだか合っていないんだか。
「姫菜ん、着替えてきた方がいいよ」
「ん、そうする。うぅ……ちべたいよぅ」
ぽたぽたと水滴を垂らしながら部室を出て行く姫菜。
ところであまり関係のない話なのだが、たとえば席に着いたとき、机の高さはどのくらいになるだろう? きっちりと座っているワケじゃなくて、かなりぐだっとした座り方の時だ。
話が変わるが、この部室は結構暖かい。暖房がはいっているからだ。暖房が効いている部屋で、厚着をするだろうか?
何となく云いたいことはわかってくれたと思う。
水色でした。
なんだろう、障害が多いほどかえって燃えるというか、萌えるというか、ワイシャツから透ける方がエロ……
「圭祐くん?」
「は、はい? なんでしょうか?」
ガンッと俺の椅子を蹴りながら凛が微笑みかける。
「姫菜んを見送りながら、何考えてた?」
「いえ、何も?」
一見ニコニコしているが、額にはわかりやすい怒りマークが見えそうだ。こう云うときは多少以上に不自然でも適当に話題をそらせてしまうに限る。
……ヘタレとか聞こえない。
「実は『普通』って触れ込みの颯汰以上に、凛のほうが普通でキャラが薄いんじゃないだろうか、とか考えていませんよ?」
わざとらしく目をそらしながら答えてみる。俺も含めて、やたらキャラのたちかたを気にする傾向があるからな、この集まり。
「え? ええっ!? な、何を云ってるのさ圭祐くん! わたしのキャラは薄くないよ!? 毎回テストがぎりぎりだし、目立ってるよ!?」
「それ、弱くないか……?」
「なんでさ! そんな事云ったら圭祐くんのがキャラ薄いよ! 中途半端だよ! いい点数ってだけで特徴ないよ!」
「でも俺の点数には七花がいるから。ねー?」
「ねー?」
可愛らしく答える七花。不覚にも癒されそうだ。
「年下好きなんて、圭祐くんはロリコンだ!」
「ロリコンはキャラ薄くないな」
「って私はロリじゃありませんよ! この魅力溢れまくりなボディーをみやがれです!」
胸を張るようにして自分の身体を示す七花。
「…………」
「…………」
「…………うん、まあ、キャラとしてはね、いいんじゃないかな……」
「うおーっなんだその反応っ! 失礼です! じゃあなんですか、凛先輩は、凛……せんぱい、は……」
凛の方をみた七花がかたまる。
「ん?」
と首を傾げた年齢より幼く見える仕草の凛の胸は、なんというか。
「先輩、私は逆ギレるべきか落ち込むべきかどっちなんでしょう……」
力なくそう云って席に着く七花。だが席に着いた途端また立ち上がる。
「けしかりません!」
けしかりませんって何語だ。
「童顔サイドポニーのくせに巨乳ですか! ロリ巨乳ですか!」
「いや、ロリじゃないだろ。歳考えろ。図々しいぞお前ら」
「そこに図々しいっていうあたり九十九君は結構ガチなロリコン疑惑だよねー」
凛のところまで歩いていく七花を見ていると、いつの間にか横にいた颯汰がそうしゃべりかけてくる。
「余計なとこにツッコな。そこはさらっと流せよ」
「ロリコンでもいいじゃない。人間だもの」
「いや、駄目だろ」
それこそ人間として。
「いやね、九十九君、そもそもロリ」
「このっ、胸が、くぅ! けしかりません!」
だからけしかりませんって一体、
「ぶっ!」
「ちょ、七ちゃん!? 何を、ひぅ、やめっ……」
七花が凛の後ろから胸を揉んでいた。こう、思いっきり。
「うぅ、やーらかいですね、何でですか。ずるいです凛先輩!」
「ずるく、なっ、んっ、ちょっと……ぅん、圭……助け、あんっ!」
凛の胸を容赦なく揉みしだいている七花。あれは倫理的にありなのか。いつの間にここはそんな百合で視聴制限のかかりそうな空間になったのか。それはどんな感触なのかもうちょい詳しく……もとい凛は妙な声を上げるな。あとそんなタイミングで俺の名前を呼ぶな、なんかこう、いろいろと。いろいろと、だ。
「こういう時ってどうしていいかわからないよね」
「颯汰、冷静だな……」
目をそらそうと思いつつ凛の胸を揉む七花を見続けている俺の横で颯汰が呟く。
「九十九君だって口調は冷静っぽいよ」
かといってどうしていいのかはわからないのだが。とりあえず現状維持、だ。ヘタレじゃないし、わざわざ止めるのはもったいないとかでは決してない。民事不介入なのだ。そう、そうれだ。混乱のあまりいろいろ混ざっているが、嘘だけど。
「ひゃぅっ……ん、ほんとに……あんっ、だめっ……ふっ、ぅん……」
「…………」
「…………」
「り、凛先輩、なんだかえっちぃです……」
「て、とめっ………ん、ふぅん……ぁう……あんっ! はぅ、っん」
…………………………。こう、ど、どうすればいいんだろう!
「……な、なにやってりゅにょ、あんたたち……」
俺たち四人の目が一斉にドアの方へ向く。混乱のあまり噛みまくりで、呆然としたブルマ姿の姫菜がドアを開けた姿勢のまま固まっていた。
「や! これはその、なんですか? なんでしょう? 勢いですか? あれ? 空気? わかりません!」
「はぁ……ふぅ、ん」
手をいろいろと振り回しながらおたおたと叫び続けている七花。凛は顔を赤くして、息をあげて、両腕で胸をガードするようにクロスさせている。服が乱れていて、すこし目が潤んでいて、それがこう、居たたまれない気持ちさせる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
姫菜が現れたことで一気におかしな空気が払われて、気まずい空気が漂う。いや、まあ部室開けたときにあの光景じゃなんと云っていいやら。
いや、それはそれとして。
異常な空気のせいでうっかり流していたが。
「姫菜、その格好、なんだ?」
「え? これ? 借りたのよ」
視線が向くと恥ずかしいのか、体操服を引っ張ってブルマを隠そうとする。
その動きは、それはそれでとてもいい! ……じゃなくて、
「誰に……?」
この学校指定体操服は、勿論短パンである。なんでだよ! 時代とかしらねえよ! そもそも解放運動がどうとかいう理由だったろうが! 機能性重視ならそれでいいじゃねえか! 云ってることが無茶苦茶だ!
「いや、無茶苦茶なのは九十九君だからさ」
「颯汰に諭された!?」
「いや、本来僕はそういう役割だからね?」
モノローグが颯汰に読まれたことはもはや一々問うまい。
「愛の力だよ」
「介の字張り!」
「勢いだけで風化するネタ入れるのやめようよ……」
「むしろブルマ云々はそっちのキャラだと思って黙っていたんだが……」
「え? ああ、まあ三次元とかぶっちゃけどうでもいいっていうか……」
「…………まあ、キャラ的にはそうなるのか」
「着こなしが難しくて野暮ったくなる率が高いし……」
「もういい、黙れ。君とはわかり合えないようだ」
相変わらずの勢いだけで引けない感じ。いや、実際そこまで好きというわけではね、ないんだけれど……。
「って話ふっといて私は無視なの!?」
「え? ああ、すまん。食いついとかないといけない話題かと思って」
「まあ、別にこのあたりに立ち並ぶ怪しげな部活の一つが貸してくれただけなんだけどね」
そんなものがある部活は果たしてどうなのか。いや、きっとあれだよな。運動部とかで、ユニフォームの予備だとかね、そんな感じに違いない。
文化部ばかりな『このあたり』の『怪しげな部活』とかはね、まあ主観っていろいろだから。ということでひとつ。
嫌なことからは目をそらすのが処世術。
「逃げ切れるからたち悪いんだよね」
「ほっとけ」
視点を変えるようにモノローグを読んでくる颯汰。
「ところで逃げ切れるは逃げきれるでいいのか? 逃げ切られるじゃなくて。違和感を感じ頭の頭痛が痛いのは申し訳ありません。犯罪を犯すのはいいのか?」
「唐突だね」
「日常会話に脈絡なんて求められても……」
「九十九君は唐突にワケのわからないことをするけれど、それはちゃんと意味があるんだよね? 伏線なんだよね? 面白くない事は『面白そうだからやってみました』とか通じないよ? わかってる?」
「な、なんで急にそんな辛辣なんだ」
「マ○ア様がみてるから。……シリアスなときにボケるなよ!」
「颯汰、ノリツッコミ下手な」
「反省してまーす」
「お前も風化するネタじゃねえか!」
「先輩って、颯汰先輩と話していると結構滑りますよね」
「今この娘嫌なこと云った!」
「ああ、すいません、やっぱり私を巻き込まないでください、先輩」
「自分から入ってきといて!?」
「じゃあわたしがはいるよ! ねえ圭祐くん、面白いこと云おうよ」
「なんか余計なのきた!」
「互恵ならいいですね」
「国じゃねえよ!」
巻き込むなとか云いながら入って来やがった!
「義兄? おにいちゃん!」
「セルフかよ!」
ちょっと萌え……げふんげふん。
「じゃあ愚兄ですね。ねえ、そこの、あんたよあんた」
「扱い悪い!」
「美形……あ、ごめんなさい……」
「謝るなよ! なんか顔良くないみたいになってるだろ!」
「理系……あ、ごめんなさい……」
「今度は本当に謝れ!」
「情報化社会に秘計なんて無稽ですよね!」
「お前は本当に奇警だよ!」
「私の奇計を聞けい!」
「酷すぎる! 流刑だ!」
「徒刑でどうにか」
「なあ、これ終わらなくないか……?」
「あと十ターンくらいは続けるつもりだったんですけど……」
「圭祐くんのばかっ!」
「えぇ!?」
外野の凛が怒るほどまだ止めちゃいけない空気だったのか。
「わたしが話しかけたのに放置した!」
「ああ、そっちか」
「察知!」
「もう入ってくんな!」
「ケチ……」
「だからつなげようとすんな!」
「エッチ……」
「脈絡がねえよ!」
「リッチ?」
「その二つを繋げるな!」
「グッチのラッチ」
「金から離れろ!」
「ブッチでぼっち」
「だからわたしを無視しないでよぅ! わたしのターン!」
「だぁぁ! お前らもう何なんだ!」
ぎゃーぎゃーと騒いでいる内に、今日も一日が終わっていく。