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第一話 八百神姫菜 2

「嘘だッ!」

「えへへー。ほめてほめてー」

 差し出された頭を素直に撫でると、姫菜は気持ちよさそうに目を細くした。

 どうしてだ……。

 俺は本気で首を傾げる。やっぱり、と云うか。

 記憶が美化されていたわけではなかった、と云うか。

 姫菜の料理は、完成してみれば美味しかった。むしろ、普通以上に。

 どんなトリックを使いやがったんだ……。

 途中テンパって、

「レシピ通りに作るだけを『料理がうまい』なんて云わないわよ! そんなのただの作業じゃない。器用なだけよ」

 だの、

「その場その場で対応出来てこそ料理がうまいといえるのよ! いつだって、高い食材をきっちり用意して、長い時間をきっちり用意して、準備万端って訳にはいかないんだから!」

 などとほざいていたがどうやらあながち口先だけ、でもなかったらしい。どこかの九十九とか云う詐欺師とは大違いだった。

 いや、本当、なんであんな状態から復帰できるんだ……? 錬金術? 逆闇鍋だ。

 ともあれ予想に反して無事に食事を終えて、一休みしていたときのこと。

「ねえ、圭祐、服取りに行かないの? お風呂は?」

「は?」

 俺は首を傾げた。取りに行く? 何処へ? ちなみに部屋復旧に関する電話は既に終えている。ちゃっかりと。いや、本当、虫は駄目なんだって。

「ずっとその服でいるつもり? それはないと思うよ……」

 ジト目で見られる。まあ、たしかにそれはないかも知れない。

「…………いや、でも取りに行くって、あの家に?」

「もちろん」

「それは……ないなぁ……どうしても着替えろっていうんなら買いにいくけど……」

 などというとジト目が強力になる。大金持ちのくせに庶民みたいな金銭感覚してやがる。

 金があっても引っ越したり、豪邸に建て直したり、人を雇い入れることさえしないのは家が大切だからだけだと思っていたけれど、そこに負い目を感じたりしていたけれど、どうもそれだけではないみたいだ。

 だけでなかったからと云って、負い目がなくなるわけではないけれど。

「マジで?」

 取りに行くのか、あの家に。まあ、どうせ頼むなら全部屋、でもあるし。しかも、もう夜になってしまったというのに。そう、もう夜になってしまっているのだ!

「もう夜なのに……」

「かっこ悪いとかのレベルじゃないよね、もう……」

 真剣に頭を抱える俺に冷ややかな声が浴びせられる。いや、だから回避案出したじゃん! 買えばいいじゃん! 金なんて使わなきゃただの紙切れだよ! とは絶対云えないけれど。こっちは普段からこんなに想っているのにこんな事で好感度下がるなんてどうなんだ……。ゴキブリめ……重ね重ねにっくき仇敵よ……。

 どうせ好感度下がるならサービスシーンくらい出せよ! えっちぃハプニングとかにしろよ!


「ははは! 貴様らなど残らず殺戮してくれるわ!」

 とか云う奴が主人公では絶対あり得ないけれど、そんな事を電気もついていない自宅で叫びながら設置型の殺虫剤をばらまく高校生が居たりした。ほら、九十九さん家ってご両親亡くされてるから。いろいろ大変なんじゃないかしら。とか明日あたり井戸端されてたりしてな。ほっとけ。

 そんなわけで無事服なりなんなりを回収して。いや、別に電気つけなかったのはすぐ姫菜の家に戻るからであって、電気つけた瞬間遭遇したらどうしようとかそう云うことじゃないんだ。全然違うよ。死んだ人間のことだからほっとけだとかそんな不謹慎な上につまらないこと考えてるはずもないじゃないですか。怒りますよ?

 それはそれとして。

 風呂は特に語るべき事もないのでカット。なんでさ?

「背中、流してあげよっか?」

 とかあるわけない。どこのゲームだ。ここら辺でサービスシーンいれろとか云う神の声とか聞こえない。

 だから姫菜がはいっている間シャワーの音で想像を逞しくさせたりだとか、ましてや裸の姫菜がいきなり風呂から飛び出してくるなどといったお約束なイベントなどないのである。なかったのである。

 だからそのあたりはすっ飛ばして。

 就寝である。

「ねえ、圭祐……」

「うん?」

 ベッドに寝ている姫菜が、横に布団を敷いて寝ている俺に話しかける。

 流石に同じ布団は、ねぇ? と云うことで。どっちの方向的にもちょっと間違ってる気がするが。

「もう寝た?」

「返事してるだろうが……」

「ねえ、圭祐……」

「……なんだよ」

 眠いのか、ぼんやりとした声。それにループしてる。

「久しぶりだね……」

 こうして並んで寝るのが、か。

 両親が死んだ直後以来、だな。

 当時の姫菜は静かになった家を怖がって、よく俺を呼びつけていた。窓で繋がっているから、一つの家みたいにして、二人で暮らしていた。

 年齢が上がって恥じらいを感じるようになったからか、風化して慣れてしまったからか、気がつけば俺たちはそれぞれ一人暮らしになっていたけれど。

 当時の俺は、姫菜が両親の事なんて吹っ切れてくれればいいと、それだけを祈っていた。姫菜には笑っていてほしかった。

 いつも運のない、じゃんけんに勝つこともないような、不幸でしかない彼女に、それでも笑っていてほしかった。どうして笑えるのかわからない環境で、それでも儚げに微笑む彼女が好きだったから。俺はきっと、彼女に恋をしていた。

 だから彼女の不幸は誰かが背負えばいいし、誰かの分の幸福まで彼女に降り注げばいいと願った。

「圭祐……」

「うん?」

「じゃん、けん、ぽん」

「ん」

 姫菜はグー、俺はチョキだった。

「よかった……」

 姫菜は安心したように呟く。

 彼女の運が良くなったのは、四人が纏めて死んで、少ししてからだ。姫菜は、両親の死という不幸を補填するのが今の幸福だと思っているに違いない。

 だから、補填が終わるのを恐れている。元の、不幸な自分に戻ることを。

 幸福だからこそ、不幸が帳消しになってしまうとされる日を恐れている。

 現実は人の数だけある。事実はともあれ。

 俺には俺の、姫菜には姫菜の現実があり、それぞれ勝手な負い目がある。

 仰向けで見上げた天井は懐かしくて、俺の胸を刺す。

『どうして、そんなにかなしそうなの?』

『おとうさんと、おかあさんが……』

『でも、もうなぐられないよ?』

『だけど、あたまもなでてもらえないし、わらいかけてもくれないから』

『ひめなは、あのひとたちがすきだったの?』

『だって、おとうさんとおかあさんだよ?』

『……そう』

『けいすけは、かなしくないの?』

『おれは……うん、かなしいよ……?』

『そうだよね、さびしいよね』

『……う、うん』

『て、つないでいい?』

『もちろん』

『けいすけは、いなくならないよね?』

『とうぜんだろ。おれはうんがいいから、だいじょうぶだ。ひめなのことも、これからはおれのうんがまもるよ』

『おれが、じゃないんだね』

『おれは、まあ、あまりつよくないからな。うんどうもできるほうじゃないし。でも、だいじょうぶだ』

『ねえ、けいすけ』

『うん?』

『よんでみただけ。て、あったかいね』

『ちょっと、ねむいからな』

『ごめんね』

『いや、いいよ。……あおあざ、だいぶへったな』

『……うん』

『おれが、いっぱいわらえるようにするから。せかいでいちばん、しあわせにしてやる』

『うん。なんか、ぷろぽーずみたい』

『ぷろぽ……なに?』

『ううん、なんでもないよ』

『おれが……ぜったい、…………ひめなが……わらっていられるように……』

「ねえ、圭祐……」

「うん?」

「手、かして?」

「おう」

 姫菜の方に手を差し出す。姫菜が俺の手を握った。あのときは並んでベッドに寝ていたからいいが、今はベッドの横に布団を引いているので高低差がある。

「しばらく、こうしていていい?」

「高さがあって少し疲れるんだが」

 結構腕が痛い。

「あの、じゃあ、となり、くる……?」

「………………」

「…………ご、ごめん」

「いや……」

「嫌……?」

「嫌じゃなくて……」

「…………」

「…………」

 何となく天井を見上げる。部屋が静かすぎて、隣から姫菜の微かな吐息が聞こえる。

 随分久しぶりに、姫菜の手を握りながら眠りについた。



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