幕間Ⅰ
幕間Ⅰ
「九十九、ちょっといいか?」
部室に向かう途中で、二宮に呼び止められる。
「ん? ああ、構わないが」
二宮は辺りを見回しすと。
「少し、場所を変えないか?」
と尋ねてきた。
「わかった」
二宮の少し後ろを歩いて、空き教室へ向かう。部室が固まっている所と階が違うから、放課後はとても静かだ。
短くなってきた陽が傾いて、オレンジ色をした教室。
教室へ入った二宮は、窓の外から街を、或いはもっと遠くを眺めるようにしていた。
「それで、話って?」
「ああ」
二宮が振り向いて頷く。銀色の眼鏡を軽く押さえるようにしている。
「私はあまり会話が得意ではないから、率直に聞こう。八百神姫菜をどう思う?」
「……どういう意味だ?」
「『神のサイコロ(デウス・エクス・マキナ)』について、だな」
考えるときの癖なのか、眼鏡を指で押し上げながらそう云い直した。
「……俺じゃ勝てそうにないな、くらいにしか。どうしたんだ、急に?」
「うむ……幾つか疑問に思うことあってな」
「運、だろ。全部」
それだけが判断基準だ。少なくとも、答えを流しでもすればそれは他の人間にばれる。後ろ同士の関係など知った事ではないが、それだけの金が動いている。生徒たちをどう使うのかは知らないが、見返りを見越すからこその投資だろう。
「八百神が常識外れの高得点をとって得をするのは誰だ?」
「そりゃ、本人とバックだろうな」
「だろうな。しかし、バックは普通の人間だ。……それにもういない」
「大金持ちが普通の人間かは怪しいが」
もういない、には触れずに話を進めていた。
「ああ、いや、運命にアクセスしていないない普通の人間、という意味だ。汚い上手いとかではなくて」
「なんだ? 後ろ同士がもめてたのか?」
「うん? いや、私の所は、こう云ってはなんだがそんなに名家じゃないからな。そこまで積極的ではないよ。せいぜい私が切り札だろうな」
今ならともかく当時の烏丸に勝てるわけがないだろうよ、と。そう自嘲めいた笑みを浮かべてみせるが。二宮にせよそのバックにせよ、油断していい相手じゃないのは確かだ。特に二宮のバックは。かなり切れるだろう。何せ、最初は普通の成績だった二宮に目をつけているのだ。九十九や八百神のようなはじめからわかりやすい人間を選ぶのとは違う。九十九なり姫菜なりのバックは、二宮云うところの普通の。金を持っているだけの人間だが、果たして……。
「バックと云えば、そっちはいいのか? 他のバックがついてる俺と仲良く密会なんかして」
「うん? まあそこまで神経質でもないだろう。それにバックというなら九十九達のグループこそ無茶苦茶だろうに」
「まあな」
九十九ではなく八百神のグループ、というのが一般的だが。
その実は。
だがあの集まりについては。それは一つ、八百神と三鶴城と六槻が居るからだ、というのもある。
九十九はともかく。『絶対強運』、『最悪の事態だけは必ず回避』、『常に平均』が運命である三人に関してはそれこそ、バックの『人間』ごときがどう動いたところで意味がない。くわえて云えば。でもあるが。
なんと呼ばれていようと。
どんな才能があろうと。
どれだけ人間を操ってみようと。
所詮は人間。運命だの神の意志だのに逆らえるはずもない。金持ちには似合わないかも知れないが。運命に打ち勝つだなんて綺麗事は通じない。それこそ金持ちになる為に、一般的な意味で『運命に打ち勝って』きた英雄達だとしてもだ。逆境を乗り越えてきた勇者だとしても。
バックはそこを買っているのだし。今も目が曇っていなければ、だが。
けれど二宮は違う。点数を上げてきているのが本当に分析であるならば。そうでなくても運が上がってきていると云うことは。下がる事もあると云うことだ。
安定しなければ、幸運などただの偶然。
ただの偶然で強者に負け続けないで居ることなど出来るはずもない。それこそそんな凡人を、踏みにじってきたからこその金持ちだ。
本当に。だから九十九はともかくだが。
だというのに、だ。
「今更私一人くらい、仲間に入れてさえくれたって問題ないだろうに」
と少し拗ねた風に云う。
或いはそれは錯覚で、ただの皮肉だったのかも知れない。バックがバラバラで、つまりまず同じでは居られないはずの九十九たちの関係を。
まあ、だとしても。
彼にはこの楽園を手放すつもりもなければ、勿論無意味にバックと争う気もない。
無意味には。
「なあ、二宮。狙いは何だ?」
そう尋ねる九十九は。きっとわらっていた。
大切なものが傷つかないとわかっている戦いほど、おもしろいものはないだろう。
君はそう。少しひねくれているからね。