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第三話 観測者の孤独(颯汰) 2

「伝聞は観測か否か。匣の中の猫がどうなったか、伝える人間はまだ匣の中だろう? どこまでが本当なんだろうね」

「お前は友人か」

 生憎俺はウィグナーじゃねえよ。見慣れた、ような、そうでも無いような顔。歯車同士がこすれ合って不快な音を立てるイメージ。

「相変わらず気にくわない美形面だな」

「そう云うお前も顔だけはいいぜ」

 云ってろ。

「もう韜晦もいいだろうよ。ぼろ出したのは自分だしな」

 ばつ悪そうにそう吐き捨てる。まあ、自分だしな。

「かっこ悪すぎるだろ……。もっとこう、ピンチの時に、とかじゃないか普通。睡魔って……」

「睡魔だって魔だぜ。試験中に眠いとかピンチだぜ」

 こいつ開き直りやがった。のど元過ぎればなんとやらってか。まあ俺自身一日たっちまえばそうなるだろうけどな。危機感がないのはそのせいなのか、そもそもそんなもん備わっちゃ居ないからなのか。

「まあ、運が尽きたらどうせ終りだしな」

「そうそう、危機感なんて意味ないぜ。死ぬときゃ死ぬだろ」

「……死んでも電気ショックとかで蘇生しそうだけどな」

「案外、日常に飽きたらそのまま死ぬんじゃないかって思うけどな」

「ああ、まあ……」

 幸運、ね。まったく。生きる為には笑い続けろとかどんな呪いだよ。

「まあいいや、で、戻ってそのまま?」

「ああ。ここで選手交代。客観的には一日分寿命が縮むな」

「嫌な云い方すんな」

 主観なら同じじゃねえか。なんならこの期間だけを死ぬまで繰り返してやるよ。……繰り返す? ん? まあいいか。

 ともあれ頭に掛けた鍵でもあけていってまいりますか、昨日の夜にでも。

「久しぶりだな、運命アクセスの縦軸使うの」

「まあ、基本は余波(こううん)だけでどうとでもなるしな。バック……つうか本物以外は概ねみんな気付いちゃいないし」

 なんて云ってる俺自身も、必要なとき以外は認識に鍵がかかっているわけだが。ミステリのネタバレは気にしないにせよ、自分で書いてる作品じゃ伏線の妙にも驚けないって。……あれだ、自分の手品じゃ自分はだませないからな、基本。

 だからそれを知らない横軸の自分を重ね合わせてひたすら確定を避けているわけさ。

 未来が見えすぎるとルーチンワークみたいになっちゃうしな、って事で。

 だから韜晦はだれでもない、自分自身に対してだ。器用なんだか不器用なんだか。

 ともあれ、いきますか。

 テストの結果を書き換えに。

 せーのっ!


 と、気がつくと校庭にいた。なんでだよ。

「あー、久々すぎてやや不調?」

 しかしまあ、夜の学校ってのはこうしてみると不気味だな。上履きで校庭にぼーっとつっ立っている俺も端から見れば不気味だろうけどな。

 とりあえずぐるっと校舎の外側を回ってみる。窓という窓に手をかけてみながら。

「…………どこもあいてねえじゃん」

 あー、まあ当然っちゃ当然なんだが。窓、割っていいのか? いやでも窓が割れてたなんて話聞いてないしな、今日、いやここから見たら明日か。ん、別に『どの窓も割れていなかった』とも聞いてないからセーフなのか、ぎりぎり。でもアウト扱いになって横で書き換えると矛盾の調整が面倒だからなぁ。あとどうせ横で修正するなら自分の点数も下げておきたい。ああいやでも鷲見さんなんていう、本来いないはずの人が来ちゃうレベルのを書き換えたらそれこそ調整が大変か。

 と、かんがえていると。

「あ、いました、先輩!」

「ん?」

 制服姿の七花が後ろから突然現れた。ふとした疑問、これって偶然位置が重なったら……ああ、いや、考えるのやめ。グロ禁止。幸運値考えたらそれはないしな、俺とか七花なら。あ、あと半端に重なったらもっと、げふんげふん!

「先輩一人じゃ夜の学校は怖くて寂しいかと思ってお付き合いしに来ましたよ」

「あー、どうせなら中に現れて開けてくれた方が……」

「ふふん、もちろん入り方も教えに来たんですよ。役に立ちます? 私が来て嬉しいですか?」

「ああ、流石俺のことに詳しいな。ストーカーは伊達じゃない、か」

「い、嫌な云い方しないで下さいよ。純愛ですよ、純愛」

「時代って面白いよな」

「生きづらい世の中です」

「不法投棄も取り締まり厳しいしなぁ」

 遺棄、な。ちょっとわかりにくいか。まあ、普段から大体こんな感じだけど。

「それよりお前、ナナちゃんに変なこと吹き込んだだろ」

「いや、あれ大体先輩ですって」

「記憶改竄すんな」

「えー。んー、やっぱり、先輩のせいだと思うんですけど……」

 俺の顔を見つめて、すこし目をそらしてそうこたえた。自信があるなら目を見ろ目を。

「まあそれは今後の努りょ……ああ、やっぱりお前のせいじゃないか」

「へ?」

 だってほら、七花みたいにしないってことは、ねぇ? 本人には云わないけど。その選択肢はもう消えてるだろうな。七花が隣に居るのを俺が気に入っている以上はさ。

「まあいいや、それじゃとりあえず、どこから入れるか教えてくれよ」

「部室ですよ、部室。先輩、昨日鍵掛けなかったでしょう?」

「あー、そうか? 云われてみれば?」

 窓締めて、カーテン引いて……本当だ。鍵掛けてなかったな。……多分、記憶なんて塗り替えられてるかも知れないが。これも運の影響か。

「って、二階だぞ、あそこ」

「と、思って梯子の位置も聞いてきましたよ」

「なあ、それ素直に中に現れてくれた方が……」

「……いえ、先輩がね、そう語っちゃったんで」

「ああ……」

 過去はいじらないようにか。

「ん? 七花はいつから来たんだ?」

「ここから見て、明日の放課後ですね。先輩が部室に来て話を聞いてからです」

「つうと、そうか、俺にとってはこのままその後か」

「そうですね」

 七花について梯子を取りに行く。何でこんな所に、とかは考えない。呼吸が上手くいかなくなるかも、と思いながら生きる奴はいるだろうか。たまに意識しだして上手くいかなくなる瞬間はあるが、一時的なものだ。

 まあ、心筋梗塞で死ぬ人間の大半は、自分が死ぬなんて思ってもいなかっただろうけどな。

 ともあれ、梯子を使い部室の窓から入る。

 ……梯子はもちろん俺が先に登った。いや、決して、

「先輩、先のぼって下さいよ」

「いや、レディーファーストで、どうぞ」

 と、単に慣れない梯子にびびって云ったりした後で、

「先輩の、えっち……」

 と云われてスカートに気付いた、とかはなかった。最初からもちろんそれが狙いでしたよ? サービスシーンを作ろうと頑張ってみたんですよ? ということで一つ。よく考えたらおさえておいてもらえるなら先の方が安全だよね。もちろん直ぐ後ろからのぼって来やがったから一緒だったけど。

 運を考えたら落ちるわけ無いんだけど、ほら、ジェットコースターだって事故る確率なんて限りなく低いのに怖いじゃないか。びびりじゃないよ? 普通だよ、うん、普通くらいのチキン具合だよ?

 なんだろうな、当たり前なんだが、自分はなんて主人公から遠い性格なんだろう。あれだよね、普通主人公はボタンがあったら押すような性格だが、俺は気にしつつ押さないまま通り過ぎるような奴だよな、で、誰かに押されちまう。

 まあ、実際、主人公でもない奴が迂闊にボタン押して巻き込まれてもゲームオーバーしか訪れないだろうしな。いいんだ、これで。ま、負け惜しみなんかじゃないんだからねっ! なんちゃって。

「肝試しみたいですよね」

 電気のついていない部室を見回しながら、七花が楽しそうに声を弾ませた。

「確かに。随分雰囲気が違うな……」

 中に入ると、外からの明かりが届きにくいせいで余計に暗く不気味だ。

「さ、行きましょう、先輩」

 七花に手を引かれて廊下に出る。見た目通り華奢な手は少し震えていた。

「……実はちょっと怖い?」

「な、何を云っているんですか? 別に何か出てきそうだなぁ、なんて思っていませんですことよ?」

 言葉遣いがおかしい。動揺すると無茶苦茶になるんだな、七花。

 暗くて見渡しが悪いせいか、普段より長く感じる廊下を二人で歩く。

「そ、そういえば先輩ってこの学校の七不思議とか……やっぱいいです、云わなくて。すいませんでした」

「ふむ、七不思議か……」

「いえ、だからいいです、すいませんでした」

「夜の校舎で……」

「ひぃ!」

 話し始めた途端風で窓が揺れる。なんてタイミングだ。

「せせ、先輩? 怖かったら手どころか腕を組んでもよろしくてよ?」

「お前は何キャラだ」

 無視して歩き出す。そういや七不思議とか聞いたこと無いな。……いや、まあ運だけのテストの結果なんてそれこそ不思議だらけか。

 校舎内には人の気配がない。イメージだと夜の学校には宿直というのがいる感じだが……創作の中だけなのかな?

 そのまま何事もなく職員室に辿り着く。七花の持っていた鍵で職員室を開け、中に入る。

「こう、机で視界が遮られていると、余計に何かが出てきそうですよね、そのあたりか……ひぃ!」

 七花が指さした瞬間また窓が揺れて、それに驚いた七花が抱きついてくる。……こいつ、どんだけタイミングいいんだ。

「せんぱい……なんだか、私、すごくドキドキしています」

「……びびったからだろ」

 わざとやってるので冷たくあしらう。あれだな、これが本気で空気が空気ならかなり、げふんげふん。

「いえ、まあそうなんですけど。なんて云うか、私もっとこういうの平気だと思っていたんですけど……ふざけてないと、結構本気で怖いです」

「夜の校舎でテンション高く騒いでる方が七不思議みたいだが……」

 なんていいながらテストを探し出し、書き換える。

「先輩、答えって覚えてきたんですか?」

「いや? 全然。なんで?」

「いえ、書くのがやたら速いから」

「ん? ああ、自分の答案も点数しか見てないから。結果を知らなきゃ運そのままで平気だろ」

「ああ、そういう。……あれ? もしかして運が先輩を追っかけているなら、今って私も普段より運良くなっていたりします?」

「多分。あれ? でも七花が影響うける『今』の俺ってこっち? 明日の方?」

「あー、どうなんでしょうね? 元が元なんで……同じ時間の先輩な気がしますけど」

「よし、終わり」

 出来てから四問ほどわざと間違える。これで大体普段くらいの点数だろう。

「じゃあ帰るか。……あー、俺はこのままか」

「そうですね。じゃあ私は帰りますね?」

「ああ。サンキューな」

「いえいえ。先輩の為ならいつでも駆けつけますよ」

 そう云うと、七花は元の時間へ跳んだ。

「妹、みたいなものなんだろうな」

 テストを眺めながらひとりごちる。

 人生の中で、一番長い時間を共有している存在。血だけが繋がっていた人達よりも、ずっと家族で居てくれた人。

 思い出も、感情も。

 すべて彼女からもらったものだ。

 俺の中にある人間らしさは、全部彼女のおかげ。さすがに歪みが全部なおるには、壊れすぎていたけれど。

 結果がわかるサイコロなんて、ふってみる意味がない。

 不可避の事実を告げられるほど、不幸なことはない。

 生きる価値も、生き方も、幸福も。

 全てもらい物だから。不幸でも微笑んでいた、彼女からの。

「特別、すぎるからな……」

 彼女には笑っていて欲しい。いつか、誰かの隣にいった後でも。

 自分の手を見つめる。

 それはきっと真っ赫な色をしていた。

 

 連絡を入れて、颯汰と合流する。

「おう」

「珍しいね、突然?」

「そうだな」

 深夜の公園には俺たち以外誰もいない。まあ、深夜だから当然といえば当然なんだけれど。まるで人通りのない町は、ゴーストタウンのように静まり返っている。車も走らない閑静さは、ポツポツと並ぶ街灯だけに照らされている。

「なにかあったの?」

「あったというか、あるというか、いやあった、でいいのか」

「いつから?」

「明日」

 こっちの考えることを、文字通りお見通しな颯汰がそう尋ねる。

「それで、大丈夫だったの?」

「ああ」

「気分はどう?」

「大丈夫。大分慣れたからから」

「でも、さ。思い出しちゃうと」

「ああ……それは仕方ない、かな」

 いざというときに、無意識でも意識的にでも使ってしまうから。現実に干渉すれば、その価値は急激に下がっていく。都合よくしか回らない人形遊びだ。それが楽しい瞬間は、確かにある。最初の方は特に最高の気分だ。けれど、ふと落ち着いたときに。

「…………」

「…………」

 二人して空を見上げた。

 作りものめいた星空。四角く切り取られたそれは、記憶よりイメージに近いのだろう。

 少しだけずれた所感を抱きながら、似たような空を見上げている。


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