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第三話 観測者の孤独(颯汰) 1

第三話 観測者の孤独(颯汰)


「あ」

 かえってきたテストに目を落として、思わず声を上げた。

 ときに世間には、一夜漬け、というものがあると聞く。

 試験前日の夜に真剣に勉強し、短い時間で効率的に嫌なことを終わらせ、かつそれなりに妥協できる点数を取得する為の、連綿と続くそれなりに真面目な学生の伝統だ。

 ちなみに俺はそれなりにも努力家ではないので、ここに来る前でさえ一夜漬けはしていないが。日頃から真面目に授業をうけていれば、試験前に慌てる必要なんて無いからだ。……すいません、嘘です。だってあれ、体調崩すから。

 そう、一夜漬けには副作用がある。

 付け焼き刃の知識が直ぐに忘れ去られるとかは、まあいい。試験対策だから。

 問題はそう、加減を誤ると試験中に睡魔との戦いを強いられるということだ。それに負けた場合、試験は――。

 そこまではいかないとしよう。睡魔と戦いつつ、歪んだ字で何とか試験を終える。だが半分意識を持って行かれた状態では……。

 一夜漬けは諸刃の剣だ。

 ところで、試験前日。周りが一夜漬けをしているまさにその時間、深夜までゲームに興じる人間も居る。もちろん学力は上がらないし、副作用だけが現れる。自業自得だが。

 俺が前日何をしていたかは、もう察してくれ。

 そもそもこの学校、何勉強していいかわからないから、皆試験前は熟睡である。

 ともあれ。

 そんな睡眠不足+無勉強の試験、本来なら悲劇である、が――。

「潜在能力の目覚めだ……」

 周りにも聞かせるように呟く。自慢ではない。……うん、まあ、多分ね、うん。

 こと学力なんかと無縁なこの学校に於いては。

 トランス。概念世界との接続。潜在能力の解放。眠りかけて深層へ至る意識が、思わぬ結果を生むこともある。

 妙な顔をした教師から受け取ったテスト、百点。記録更新だ。自己記録ではない、学校記録だ。

「俺は……神だったんだ……」

 確かめるように呟くと、隣の二宮と目があった。

「………………!」

 こちらの点数を視界に捉えると目を丸くした。驚いた顔を初めて見た気がする。意外と可愛いとか云ったらぶっ飛ばされそうだが。

 テストを受け取ってきた凛が逆隣に座り、こちらのテストをのぞき込み。

「…………………………」

 かたまった。

「凛、俺はどうやら神だったらしい。崇めていいぞ。潜在能力が目覚めた」

 内心焦りまくりだった。どうしていいのかわからない。突発的な出来事には弱い方。

「九十九、あとで職員室に来るように。それと鷲見さんがお見えになっているから、直ぐにいくように」

「……はぁ」

 まあ、だろうな。俺は云われるまま席を立つとVIPルームへ。


「やあ、九十九君」

「どうも」

 いくらするかもわからないソファにこしかけた鷲見さんが手を挙げた。

 この人はマシだ。でも、友達ではない。

 明確な線引き。

 友人の友人は、友人ではない。当然だ。だからそう、必然。

 油断は良くない。仲間じゃ、ないから。他人と会うのは疲れる。表面の優しさに、油断する。だけどそれは、いけないことだ。

 大人としても、子供としても。大人であろうとするなら、特に。子供であろうとするなら、当然に。

 裏切られるのは怖い。

 颯汰とは違う。俺は、矮小だから。他人は裏切る。いや、最初から仲間でさえない。誰だって。だからいつも。

 外の世界はいらない。進化の可能性も、必要ない。繰り返すだけの永遠。変質のない世界。幸福な夢。

 他人の居ない、仲間だけの世界。

 いや。信頼とは別物か。ともあれ、そう。

「以降、連絡が無かったあたり、満点は確定のようだね」

「はい」

 自らのバック。スポンサー陣には不自然なほど若いが、眼光は鋭い。それは遠くに向けられている。遙か遠く。いや、それはもう近いのか。自信が感じられる。大人らしい手段(ろんり)と子供らしい熱意。

 バックと生徒は、お互いに利用し合う関係だ、というか、まあ、大体生徒側は利用され、それでよしとしている、というか。

 雇用は概ねそうだ。利害の一致。金の為。お互いに。

 運は大切だ。だから幸運に金を払う。その幸運は企業で発揮すれば更に大きなリターンがあるからだろう。売買目的有価証券のようなもの。利益になるはずだから買っているが、はずすことももちろんある。

 や、本当、仲間内以外だとモノローグもふざけられないよね、とか云って。

「さて、早速だが本題に入ろうか」

「…………」

「凛の様子はどうだ?」

 シリアスモード終了だった。空気を返せこのシスコン、と思った。

「相変わらずですね……」

「うん?」

「元気ですよ。あー、まあ今は落ち込んでると思いますが」

 そう云うと鷲見(旧姓三鶴城:シスコン)は顔をしかめた。この男の眼光は、もしかしたら倫理的にやばいのかも知れない。

「そのあたりは、どうすることも出来ないな。今更ゴミ掃除をしたところで、だ」

「会ったりはするんですか?」

「あれにか? ああ。するな。気付かれてはいるだろうがな。そう手は出してこないさ。一応、手駒だからな。くわえて今更手を出せば、だ。鷲見が敵に回る」

 なんにせよ、と続ける。

「そろそろだな、こっちもあっちも。烏丸の事故死も大きいが、今回のテストも、だ」

「百点、ですか」

 満点は居なかった。同時に、それはこの学校が志向したものでもあるのだ。完璧な運。神の領域。ツァラトゥストラへの翼。人類の進化。

「それと、四点だな」

「――え?」

 鳥肌が立つ。四点、即転校、それまでの成績にかかわらず――。光が遠くなる。

 よりによって、だ。なんて運の悪いやつなんだ。

「確実に何かが動き始めている。だから我々も動くならそろそろだ。――君には期待しているよ、九十九君」

 その目が鋭くこちらを見据えている。先ほどまでとは違う、相手をひるませる目。

「話、聞いたのいつです? 点数の、両方とも」

「うん? 一昨日の夜だな」

「……そうですか」

「あの、少し席を外しても? ……お詫びってワケじゃありませんが、凛、呼びます?」

 こちらを見る目がいくらか和らぐ。

「いや、いいさ。陰から見守っておく。全部終わった後だ。そしたら、取り戻すさ、時間は長い、はずだから」

 最低の俗物だった、と以前語っていた。両親の事だ。三鶴城なんて名前、捨てられて好都合だったよ、と愚痴っているのを聞いたことがある。

 凛を救い出す為なら、そこまでは必要ないのだろう。だからきっと、この人は復讐に生きている。でも。

 でも、だ。それは凛が居たから、凛の扱いに対してなのだろう。自分一人なら、きっとこの人はその人生を受け入れていた。だからそう、この人は

「シスコンですね」

 そう云われると微笑んで、

「君も似たようなものだろう」

 と呟いた。

 ドアを開けて部屋を出る。

 ――一昨日の夜、ね。


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